ー甘えさせてくれる人ー
「せめてこんな寝起きでみすぼらしい格好でなければお風呂でもなんでもご一緒したかったのですが」
「一緒に入るのは許されることなのか……!? そういうの気にするようになったっていうさっきの言葉は……」
「? あんな髪ボサボサの女とお風呂に入って嬉しいですか?」
「ターシャ……お前アルビナさんの教育に傾倒するようになったのはどうかと思うんだけど……女を捨ててないか?」
父である恭弥が言っていたことがふと思い返された。彼女は女として枯れているところがあるという。
昔の可愛らしいターシャを思い出して、ああ、あんな時もあったなあなどとしみじみと思うが、お風呂ならば当時も一緒に入っていたような気がする。
「男性とお風呂に入るのに見た目を気にすることのどこが女を捨ててるというのですか」
「男と一緒に平気で一緒に入るって言う事自体が女としてどうかと思うぞぉー」
「嬉しくないですか?」
なんて、蠱惑的に微笑んでそんなことを言ってくるものだから恐ろしい。
嬉しくないと言えば嘘になるが、なんというか仕事をしているときの彼女とのギャップが激しすぎて素直に喜べない。
シャワー上がりで黒のスパッツにグレーのタンクトップの姿というのも、一見粗雑で男性っぽい振る舞いではあるが女性としての体のラインを際立たせているために妙に色気がある。
特に見事にくびれた腰からムッチリとした太ももにかけてと、誰が見ても育ちすぎだろうという主張の激しい胸。
そういえば、見られて恥ずかしい胸ではないと自分で言ってたかと思い出し、案外ターシャは性的なことにおいて奔放なところがあるのかもしれない。
やはりそこはそれ、純粋な日本人的な奥ゆかしい教育は受けていないのだろう。
「嬉しいけどもだな……」
「見ます? その代わりヒナキの鎖骨あたりをじっくり見せてください」
そんなことを真顔で言うものだから、とくに何を狙ってのことではないことがわかる。
ただ、鎖骨に興味を抱かれるのは雛樹としても不可解な部分ではあった。
「なんで鎖骨……」
「あはは、焦ってるヒナキかわいいですよ」
えらく楽しそうにしているターシャを見て、雛樹もどこか安堵していた。
アルビナに連絡をもらった時、過酷な任務続きで息をつく暇がなく無理をしているという話だったため、心配していたのだ。
静流は静流で、今一番会って話したい人間が来てくれたため、少しばかりハメを外しているのだろう。
鬱屈したものもあったため、雛樹を通じてストレスを解消しているのかもしれない。
そう、簡単に言えば甘えているのだ。
「ヒナキ、久しぶりに髪結ってください」
「ん、ええ……。本当に久しぶりだから上手くできるかどうかわからないぞ」
「大丈夫です。私が気に入るまで何度でもやり直しできますよ」
「へぇ、そりゃ良心的だ。胃が痛くなってきた」
雛樹はドライヤーと櫛を渡されて、鏡の前に座る静流相手に髪をいじり始めた。
柔らかな黒髪を櫛で丁寧に梳く。やはり仕事の疲れが出ているためか、髪質が少しばかり悪くなっているが、それでもまあ問題ないだろう。
梳くたびに何かいい香りがする。洗髪料の香りだろうか。
「今日、ステイシスはどうしたのですか?」
「ああ、ちょうど予定が空いたから定期検査を早めてもらってな。今は高部さんに預けてある」