08、共鳴りの歌、空に泣く
「いやぁ、今日も絶好調だなー」
上空を滑空する暴食竜を見上げて、セーマは今日も泣きたい気分で笑うしかなかった。
このところのドラゴンの行動は皆目見当も付かなかったが、結果論としてはやはり徐々に城の方へと近付いている。それが何を目的にされているかは分からずとも、明るい未来は望めなさそうである。
「うーん…」
城に持ち帰った鱗は、全く役に立たない竜学者達の玩具にされたが、各々の都市で集められた鱗を回収して回ったセーマは、その一枚を取り出して夜空に掲げる。
(一枚一枚は透けるんだな)
薄い碧の綺麗な鱗は、月明かりに幻想的に輝いている。
視界の端を飛ぶ同じ色のドラゴンは、時々低空を縫うように飛びきゅんと鳴いている。
「せせ、セーマ殿!危ないですよ!」
今日訪れた街は、農業に適さない朔の国でも数少ない農耕都市である。ウィートルという月光で育つ紫色の花を咲かせる植物の球根は、パンに加工出来るため朔の国民の主食である。そんなウィートルの名を冠する街の畑の真ん中で、セーマは夜空を見上げて居るのだ。
「いや、案外危険はないんですよー。むしろ建物の周りはドラゴンが止まり木扱いするから…」
言い終わらない内に、住民達の叫ぶ声がする。
農具小屋の屋根に下りるドラゴンの迫力に、蜘蛛の子を散らすように逃げ惑う住民達。全員大事がないようなのでそのまま放っておくことにした。
碧の鱗を震わせ鳴き出すドラゴンに、手元の一枚も小さく振動した。
(何だかなー…このドラゴン…)
きゅうきゅう、きゅんきゅん、くぅんくぅん。
犬のように鳴く姿は、悲壮感を漂わせている。
何度も顔を合わせていたからか、ドラゴンの方もセーマを認識したらしい。しかし、お前に興味はないと言うように目が合ってもすぐに逸らされる。
「何かなー、こう…」
腕を組んでドラゴンを見上げるセーマは、頭を掻きつつこの数日観察し続けた自身の考えに自信が持てずに呟いた。
「なあドラゴンさんよ。俺にはお前さんが誰かを探しているように見えて仕方ないんだ」
番を探しているにしても、だったら人里になど寄り付く道理はないはずだ。ドラゴンは滅多に人前には現れないのだから。
ならばこのドラゴンは、一体何の目的で人里に下りて来ているのだろう。
生態研究が他の竜と比べ大幅に進んでいない皺寄せが、こんなところで実を結んでしまった。
「共鳴…ねぇ」
ダグラスが言い放ったという事は、暴食竜の鱗は一枚一枚が共鳴し合うという事に間違いはない。無謬の言葉というのはそれだけ価値のある発言なのだ。
共鳴し合う鱗を、セーマの主観的な思考で言うと、わざとらしく振り落として回っているように見えるこのドラゴン。一体何を企んでいるのだろうか。
「やっぱり誰かを探してるのかなー」
唸ってみても、返事が返ってくるはずもなく。
今日も暴食竜は、生え変えの時期でもない癖にボロボロと鱗を振り落として飛び去って行った。
きっと明日は、今日よりも城に近付いた人里に現れる。そしてきっと、鳴くのだろう。
ボロボロと涙の代わりのように、鱗を散らしてあの竜は鳴くのだ。
「余程大切な餌かなんかを、無くしちまった…とかだったらどうしよう」
その名の如く、何でも喰らう竜なのだ。
今は人に興味を示さずとも、空腹を我慢しないあれが、いつ人で腹を満たそうと動くか。ないと言い切れない限り、国民を危険に晒し続けるのだ。
「近隣住民に避難勧告出した方がいいかなー」
相変わらず、魔術師達は汚物処理施設の開発に大方を奪われている。溢れた残りも大半を議会のご不浄改善案に踊らされている。
「なんかうちの国、きったねえのな…」
諦めにも似た呟きを落とし、震えなくなった鱗を袂に仕舞い込んで、セーマはウィートルの街に向かって足を動かした。事後処理だって、セーマの仕事の内なのだ。
本編が短めなので登場人物の小ネタで補っていきます。
「アシュリー・トライガル」
トライガル子爵家の令嬢。家督は兄が継ぐ事が決定済みの為、礼儀見習いをしつつ気儘にダグラスの城で侍女として勤めている。玉の輿を狙っている為、貴族階級以外の庶民の出の役人ですら一人ひとり天秤に掛けて物色中。今のところ彼女のお眼鏡に敵った人物は居ないらしい。マリオンとは同期で友人。中々進展しない友人の恋路にちょっかいを出しつつ見守っている。