07、密色の美酒は神の至高
暴食竜の鱗の研究に城の竜学者達が熱を上げている頃、ダグラスは変わらず議会に出席してご不浄の開発に勤しみ、セーマは暴食竜の被害を受けた街を見舞って回り、マリオンはリィリースの入浴に精を出していた。
「きゃあ!リィリース様、お待ち下さい!」
「走ったら危のうございます!」
「リィリース様!」
白い蒸気に包まれる浴場に響く侍女達の声に、脱衣室で備品を用意していたマリオンは息を吐く。
(またじゃれて…)
当初嫌がっていた入浴にも楽しみを見出だしたのか、リィリースは長く続く入浴を喜んだ。泡立つ石鹸や大浴場の浴槽で遊泳するのが楽しいらしい。
(素っ裸で色々しでかしていたなんて、恥じらいを教えたら彼女どうなるかしら)
無邪気とは時に害にしかならない事を学んだマリオンは、大きなタオルを手に早々に浴場へ続く扉を開けて声を張り上げた。
「リィリース様、逆上せてしまいますよ。濡れたままではお風邪も召されます」
マリオンの冷水のような語り口調に、侍女達はお仕着せを乱して追い掛けていた格好を慌てて正す。
リィリースは、一番長い付き合いの侍女頭の姿に顔中に嬉しいという文字を浮かべてタイルを飛ぶように跳ねてこちらに飛び掛かって来る。
「駆けては危のうございますと先程侍女が申したでしょう?ああ、体もこんなに冷やして」
熟れた動きでリィリースを受け止めながらタオルで伝う水滴を拭うと、冷え始めた体がふるりと震えた。どれだけお転婆を発揮したのか目に浮かぶようである。
「助かったわ、マリオン」
リィリースを追いかけ回していた同期の侍女であるアシュリー・トライガルが、マリオンの腕の中で満足げな表情のお転婆娘を見て、ずぶ濡れ姿で笑っている。
「また随分と暴れたのね?」
「ええ、それは思いきり。石鹸を靴にしてタイルの上を滑ってみたり、潜水してどれだけ息が続くか挑戦してみたり」
「本当に乙女なのかしら」
マリオンを見上げるリィリースは、撫でてくれと言わんばかりにくりくりとした瞳を輝かせている。断る義理もない為求められるようにしていると、喜ぶリィリースが胸に顔を押し付けて甘えた仕草ですんすんと鼻を鳴らした。
「普通の乙女では中々見ない元気の良さだけど…やだ、マリオンに甘えてるリィリース様すごい可愛い。撫でたら怒るかしら」
「私は胸が潰れて苦しいわよ…」
気を取り直してずぶ濡れ姿の侍女達を下がらせる指示を出す。一度抱き付くと気が済むまでこのまま張りつかれるので、背中に回そうとしているリィリースの腕を剥がして脱衣室まで引っ張りてきぱきと服を着せた。
マリオンの見立てでは一度も切り揃える事のなかった、月光にすら透けて輝く淡い月色の髪。
栄養が足りず成長期に満足に伸びなかった背丈の二倍以上の長さの美しい髪の毛を優しくタオルで乾かしながら、喉でも鳴らし始めそうなリィリースの姿に少し、嬉しく感じてしまった。
「マリオン、口元緩んでるわよ?」
早々に着替えたアシュリーがリィリースの髪の毛を乾かす作業を手伝いながらニヤリと笑っている。
慌てて口元を手で多いながら顔を隠すように逸らすと、リィリースが見上げて来て首を傾げる。
調子の狂ったマリオンの様子が興味深いのだろう。
「何でもないわ」
「おやぁ?顔も赤くなってるわよ?」
「アシュリー、リィリース様が風邪を引いてしまうわ。さっさと乾かさないと」
「マリオンは手伝ってくれないの?」
「っ、手伝うわ。手伝うに決まっているでしょう」
真っ赤に染まってしまった頬を隠す事も出来ずにアシュリーの口車に乗せられたマリオンに、追い討ちが掛けられた。
「リィリース様、ほら…さっき練習したでしょう?まー…?」
アシュリーの言葉を聞いていたリィリースが、何かを閃いたようにマリオンに笑顔を向けた。
「まー…?まりゅおん!まりゅおん!」
「っ!?」
何だこの神の創り給うた至上の宝は!
とでも叫び出しそうな自分を抑え込み、マリオンは震える自身の体を抱いた。
今この瞬間、危険な思考が過った。今死ねば、リィリースの膝の上で死ねると。
「可愛すぎて禿げる気分よね」
してやったりと笑うアシュリーを睨み付け、マリオンは咳払いをする。
「それは差別発言よ、アシュリー」
「まあいいじゃないの、ねえ?リィリース様、私も呼んで下さいな。あー…?」
「あー…あちゅいー!あちゅいー!」
「くぅー!これだけでラスコー三杯は堅いね!」
「あんな劇薬みたいなお酒、三杯も飲んだら死ぬわよ」
白いコットンの柔らかなワンピースの下でパタパタと足を遊ばせるリィリースの姿は無垢が過ぎて目に毒である。
(ダグラス様に献上するのが悔やまれる可愛さだわ)
このまま連れ去りたい気分になって、マリオンは首を振った。早く髪の毛を乾かさねば本当に風邪を引いてしまう。
風邪一つで簡単に死に至る乙女なのだ、丁重に真綿に包むように扱わなければならない。
「今日も剥がせなかったのね」
ふと、マリオンがリィリースのうなじを視界に捉えてアシュリーに問う。頷き返した同期の侍女は、困ったと笑った。
「どうしても剥がせないのよ。その場所だけやたらと頑固に固まってるみたい。あと、何か丸いものが埋まってるって」
「丸いもの?」
「そう、丸いもの。これ位だったかしら、リィリース様が教えてくれたわ」
「埋まってる…ね」
親指と人差し指で輪っかを作ったアシュリーの言葉にマリオンは疑問を抱いて小さく漏らした。
「それって、剥がしていいものなのかしら」
主人公達が、かち合わないまま登場人物ばかりが増えているようですよ。
あれ、おかしい。