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傾国の乙女と朔の国  作者: 茶月ちゃこ
出会い編
6/16

05、日帰り出張の経費は落ちない

 セーマ・ペンフィクスは庶民の出の役人としては新進気鋭の謂わば勝ち組であった。

 いくら貴族の嫡男と言えど、朔の国の無謬のダグラスは実力主義者であったから、血筋以外に取り柄のない輩には微塵も興味を傾けない。

 一方、生まれは決して恵まれたものとは言い難いセーマでも努力は裏切らないという結果をダグラスから与えられて今の秘書職に就いている。


 (ああ、あの頃の自分に言ってやりたい!役人を目指すのは止めとけって!)


 暴食竜の被害調査で立ち寄った都市が、今まさに件の暴れん坊が降り立ったところだったのを確認し、セーマは卒倒しかけた。


 「セーマ殿!そこは危険です!」


 慌てて袖を引っ張って都市の騎士団の一人がセーマを建物の物陰に引きずり込む。

 今までセーマが突っ立っていた場所にドラゴンの尻尾の凪ぎ払いが掠め、石畳の道が抉れた。


 「わー、お見事ー」


 「お静かに!気取られます、死にたいんですか!」


 勿論死にたがりな訳でもないセーマは首を横に振って意思表示をする。

 見事だと言いたいのは、自分のやけに間の悪いタイミングと走馬灯の如く脳裏に駆け抜けた主の見たくない色ボケ具合だ。


 「ねえ、顔合わせが最悪だった相手を焦がれる真意って何だと思います?」


 「はぁっ!?知りませんよ!今、悠長にそんな事話してられませんって!わわっ、こっち見た!」


 「いやあ、現実逃避でもしてなきゃやってられないって話なんですけど」


 またしても袖口を引っ張られてセーマの体は面白いように騎士の男に操られる。

 断りを入れると、セーマが痩身な訳ではなく、この騎士が大柄な体格をしているのだ。

 一人で押し問答をしているセーマの脇をドラゴンの咆哮が過る。ただの鳴き声が真空の球体となって飛ぶのだからドラゴンという生き物は実に興味を唆られる。



***



 一頻り暴れて気が済んだのか、暴食竜は街を離れて空へと消えた。残されたのは、ドラゴンの暴れた爪痕である。朔の国内でも有数の時計メーカーが犇めく職人の街の象徴である時計台は、凝った装飾と這う蔦の絶妙な味わいが趣深い素晴らしいものだった。寸分違わず時を刻んでいたその時計盤は、今や見る影もなく真っ二つに割れていた。


 「被害総額…いくらになるんだ…」


 街の人々が皆一様に空を見上げて嘆いている。ダグラスの腕時計も造られた街、クロトクの街は悲壮感に満たされている。そんな様子を横目に、セーマは騎士団の詰め所に舞い戻った。


 「被害はどんな感じですか」


 慌ただしく街中を隅から隅まで駆けずり回って住民の安否確認をしている騎士の男達の間を縫うようにすり抜けて、クロトク騎士団団長に声を掛ける。


 「ああ…セーマ殿。死人が出なかっただけ御の字ですよ…」


 「怪我人は?」


 「騎士団員が数名と、時計台を管理している時計店の主が怪我をしたそうですな」


 「被害なしとはいかなかったですか、いや…でもあの時計盤を見たら取り乱したい気持ちも分かります。ともあれその時計店の方が無事で何よりです」


 「セーマ殿も、間の悪いタイミングでしたね」


 「いやはや、全くです」


 クロトクの街は今回の暴食竜の異変で二度も襲われている。有史以来、このように人里をドラゴンが頻繁に襲う事などなかった。しかも、同じ街を再び襲う事など聞いたこともない。

 魔機で城勤めの竜学者にそれを伝えると、興奮したような盛り上がりを魔機越しに感じる。歯も抜けきった老学者など有り得ないと騒いでいる。


 (有り得ちゃったんだからさっさとどうすりゃいいのかを考えてくれよ、引きこもり学者共は)


 ダグラスの名代としてあちこちを駆けずり回るセーマとしては、このところ毎日のように届くドラゴンの被害に頭を悩ませ、心を痛めた。


 「少々、お尋ねしたいのですが…出来れば多くの騎士団員に」


 「でしたらこの後の定時報告に参加しますか?出払っている団員以外は全員集まる予定です」


 「それはいい。ちょっとお邪魔させてもらいますよ」


 定時報告の時間まではまだ少し間が空いている為ダグラスへも魔機で連絡を入れてみる。


 「皆が無事で良かった…セーマ、やはり私もそちらに見舞いたいのだが」


 「それは明日以降にしましょう。貴方がホイホイ出歩いて暴食竜と対峙してしまったらその街の住民は死ぬ気で貴方を守り兼ねません」


 「む…それは望む結果ではない」


 「でしょう?ですからー…あー…ダグラス様は、多機能ご不浄へ情熱を傾けていて下さい。夜には俺も城に戻りますから」


 「ああ、頼んだ」


 ダグラスの背後で飛び交う熱い議論はまだまだ続いているようで、少々うんざりしている主を激励してセーマは魔機の通信を落とす。


 「さて、クロトクの騎士団は何か気付いてくれたかねぇ…」



***



 「えー、ちょっといいですかね」


 沈痛な面持ちの多い定時報告の終盤に、セーマは間の抜けた声を張り上げた。場にそぐわない声色のセーマに、無言の圧力が注がれる。


 「えー、お邪魔しています、俺、いえ…私はセーマ・ペンフィクスです。無謬の名代としてこちらを見舞っておりました」


 ダグラスの名を出した瞬間、騎士団員達の相貌には光が宿る。やはり無謬の存在は偉大である。


 「それででして、はい。手前味噌ですみませんが、私は言葉選びのセンスがない為余計なお見舞い言葉は省かせていただきます。えーと、本題に入りますね。実はドラゴンを誰よりも間近で見た皆さんに質問があります。皆さん、何かあの竜について気付いた点はありますか?些細な違和感でも構わないので、教えて欲しいのです」


 そして続いたセーマの言葉に、団員達は意表を突かれたようだった。


 「えー、ご存じの方もいますでしょうが、暴食竜は数ある竜の中でも一癖も二癖も強いドラゴンです。国内外に巣をいくつも持ち、転々としている為に竜学者の中でも遭遇ランクSと言われている珍しい竜です。つまり、人生であれに遭遇する機会は滅多にあるはずもないレアケースという事になります。事実、城勤めの私ですらあのドラゴンの色を初めて知りましたし、鱗も初めて見ました」


 「クロトクはそんな竜に二度も襲われたと言うのか…」


 「あー、はい、ドラゴンは自然災害と同義です。クロトク側に落ち度はありませんから落ち込まないように!」


 次の発言をじっと待つ団員達をぐるりと見渡し、セーマは一度咳払いをした。


 「生態も研究不足の竜なのは否めません。なので、あのドラゴンについて何か気付いた点はありませんか?今は僅かな手掛かりも喉から手が出る程欲しいのです」


 騎士団員達は各々の顔色を伺って、辺りは静寂に包まれた。


 (収穫なし…か?)


 ニコニコと害もない笑顔を張り付けるセーマが内心で息を吐こうとした時に、騎士団員らしからぬか細い少年の声が響いた。


 「あの!いわ、いわわわ違和感と、いうか!」


 「おお、はいはい。何でしょうか」


 声の主は新兵だったようで、セーマから離れた出入口付近から声が届く。因みに屈強な団員達の肉体により彼の姿は確認出来ない。


 「あの…暴食竜が、鳴いていました」


 「鳴く?ですか。咆哮ではなく?」


 「それとは違って聞こえました。呼び掛けるように、何度も」


 新兵の言葉に数名の団員が頷き言葉を引き継いでセーマに申告する。


 「確かに、咆哮ではない鳴き声は度々聞こえました」


 「それはどのような?」


 「こう…くぅん、とか。きゅいん、とか。そんな感じの鳴き方でした」


 「ドラゴンが鳴く…?ふむ…」


 後程竜学者達に報告した方がいいかもしれないとセーマは顎に手を当てる。


 「他には何か気付いた点はありますか」


 「気付いたと言うか…あまり、気付きたくなかった点はあります」


 「おお、団長。何でしょう?」


 今までセーマと団員のやり取りを静観していた団長が、眉間に皺を寄せて声を上げた。


 「あのドラゴン、しらみ潰しに人里を襲っておりますが…徐々に城の方へと近付いています」


 「…え?」


 壁に貼られた国の地図に書き込みながら、団長は難しい顔をした。次々と消される街の名前と、竜の辿った足取りを確認する。

 徐々に、しかし確実に。

 ドラゴンは城へと向かっているようだった。


 「うっわ!有給休暇って何日取れるかな!」


 繕う事も忘れて飛び出た発言に、騎士団員達が怪訝な表情で無謬の名代を見た事は、致し方無いという事だ。

タグとあらすじを少々いじくりました。

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