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傾国の乙女と朔の国  作者: 茶月ちゃこ
出会い編
5/16

04、議会は踊る、されど進まず後退す

 「セーマ、首尾はどうだ」


 毎朝の挨拶が、遂におはようではなくリィリースについてになった頃。セーマはげんなりした様子で首を横に振った。


 「おはようございますダグラス様。首尾はどうもこうも変化なしです。ああ、多少地肌は見えてきたらしいですけど…。マリオンを呼びますか?彼女の方がリィリース嬢の様子を詳しいでしょうし」


 「む…いや、別に異変がなければ構わぬ」


 「ダグラス様…」


 セーマは信じられないと戦く。あのダグラスが。無謬(むびゅう)のダグラス・ネロ・ナイトベルグが。


 「小娘一人に踊らされている…!」


 朔の国で一度は誰しもがダグラスに憧れ、敬愛を口にする。完璧で完全なる三人しか世界に存在しない無謬の人が、命の危機が差し迫っている状況下だったとしてもそんな姿は見たくはなかった。


 「別に踊らされている訳ではない」


 セーマの言葉に鋭い視線で応対するも、肝心の部下は戦慄いているだけだ。


 「セーマ、私が聞いた首尾とは何もリィリースの話だけではない。暴食竜の件はどうなっている」


 「あ、ああ、はい。そちらも切羽詰まってますよ。何せこちらが魔術で応戦したって、あの竜にとっては蚊に刺された程度の痛さなんですか…ら…ああ、すみません、失言でした」


 「構わぬ。私は心根の優しい無謬だ」


 「全くもって、その通りです」


 以前行われた定例三国会議で黎明の無謬がダグラスを蚊と揶揄した事を、主の背後に控えていたセーマは聞いた瞬間白目を剥いた。

 その時ダグラスは穏やかにその場を切り抜けたものの、会議を終え国に戻った暫くの間、蚊についての研究をしていた。

 ダグラスの心根は優しいが、些か繊細に出来ているらしい。


 「しかし…ドラゴンはこちらから手出しをしなければ滅多に人里を襲わない。彼等は人を蹂躙する事に興味はなかろうよ」


 「目的は分かりませんが、人里をしらみ潰しに襲っているようです。血気盛んな騎士団が手を出した都市以外で人害は出てはいないようですが」


 「魔術師達を派遣して、巣に戻るよう追い払うしかあるまい」


 「ダグラス様…お忘れとは思いませんが、貴方が魔術師達に出した排泄物の処理施設に関する開発はどうされるおつもりで?」


 「ああ、そんな話もしていたな」


 リィリースを引き取ってから魔術師達を悩ませていた開発は、まだ構想案すら纏まっていない。


 「あっちもこっちも…に、手を出すにせよです。魔術師達の数にも限りがあるので、そこで妙案があります。実はダグラス様にお願いがあるのです」


 「お願い?」


 「はい、ダグラス様には一先ず議会への参加をお願いしたいのです。暴食竜については視察ついでに俺が行きます。ダグラス様は魔力を温存しつつ、リィリース嬢の近くでお待ち下さい」


 「私に子狸達の躾をしろと?」


 「わー、天下の貴族議会も無謬からしたら子狸扱い!さすがです!」


 「おい、セーマ?」


 「すみません失言でした」


 朝からセーマは元気がいい。これが夜には草臥れて足下も覚束ないのだからもう少し気力の配分を考えればいいものを、とダグラスは目を閉じた。


 「それで?議会の今の議題は何だ?」


 「排泄物の処理施設の話題から派生した、現在のご不浄を多機能かつ便利にしようという議題が白熱しているらしいです」


 「それはまた…熱心な…」



***



 朔の国の国民は、細やかな作業を得意とする職人気質な者や芸術家が多い。工芸職人や研究者を目指す者も多く、食物のあまり育たない国を大国へ押し上げた起因はここにある。


 「貴族と言えど、根は職人だな…」


 自国贔屓を抜きにしても、ユーモア溢れる皆の話に耳を傾けるのはダグラスの楽しみな事である。議会へ顔を出すのは随分久しい気もするが、リィリースの入浴が終わるのをただ指を咥えて待つだけでは焦れてしまうのも確かだ。きっといい気分転換になるであろう。


 「さて…子狸達のご機嫌取りでもするか」


 セーマと別れて一人、城の内部に併設された議会場へと足を運びつつ、ダグラスは夜空を見上げた。半分まで満ちたこの美しい月夜を終わらせたくはない。願わくば、平穏な日々がいつまでも続くように。


 「邪魔をするぞ」


 年単位で足を遠退けていた議会場へと入った瞬間、白熱している議論の声に驚いた。


 「で、あるからして!いい機会だ。用を足した後の紙の使用を減らす為の魔術を何か組み込もうぞ!」


 「それはいかような魔術だ!」


 「魔術は万能ではあるまい!」


 「“身”の付いたままでいろと言うのか!」


 近頃の夜人の盛り上がる不浄の議論は、日常生活を円滑にするに至り必須な事案である。しかし、仮にも国を代表する貴族議会で“下”の議題がこうも熱く交わされるとは予想の範疇を越えている。


 (いや、必要な話し合いだ。きっと遅かれ早かれ議論をするべき話題だったのだ…)


 こめかみに手を当てて自分へ言い聞かせていると、ダグラスの姿に気付いた議員の一人が交わされる議論の声よりも一際目立つ声量で自国の無謬の名を呼んだ。


 「だ、ダグラス様!」


 「よい、議論を続けよ」


 一斉にダグラスの顔を見る貴族達を話し合いに押し戻しつつ、自分の為に必ず空けられていた席に向かって腰を下ろす。

 すると、一番近くの席に居た一人の貴族が楽しげに目を細めた。


 「これは珍しい事もありますな。ダグラス様がこちらに顔を出すとは…明日夜は雨ですかな?」


 「いいや、明日も変わらず晴れるはずだ。いいではないか、私とてお前達の働きを気に掛けたりもする。たまには、だがな」


 「ほっほっ。相変わらず可愛いげのない無謬様ですなぁ」


 「お前は相変わらず減らず口の多い奴だな、マナリーズ」


 マナリーズ公爵家現当主、アインス・マナリーズ。無謬のダグラスと軽口を叩く程度には気安い関係を保っている。彼がまだ若かりし青年の頃は、今のセーマと同じ秘書職に就いていた。


 「それで?随分と話は盛り上がっているようだが…」


 「そうですな、話題が二、三刷り代わり立ち代わりする位には迷走していますな」


 「舵取りは何をしている、何を」


 「チャリッド議長は少々気弱な性格ですからの」


 貴族議会の議長は、貴族と庶民で交互に役に就く事が通例になっている。今代のチャリッドは庶民の出だった為に、貴族との折り合いが円滑ではないのだろう。


 「まあ、せっかくの機会です。たまにはダグラス様も熱い職人魂に鼓舞されてみてはいかがです?」


 「それは是非とも、されてみたいな」


 苦笑交じりのダグラスを見て、アインスはまた目を細めた。この調子では無謬の体に不調は見られていないようだ。

 外見的には親子程の年齢差を感じる二人の寿命は実際は逆転していて、アインスは自身の寿命が折り返しを随分昔に過ぎた事を知っている。


 「それにしても…茶の不味くなりそうな話だな」


 「貴方が落とした議題なんですがの」


 侍女の用意した琥珀色の液体を喉に流し込みながら笑うダグラスを見て、今度はアインスが苦笑する番だった。

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