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傾国の乙女と朔の国  作者: 茶月ちゃこ
出会い編
1/16

01、救世主は絶望を添えて

注意!

不快指数上昇予定。

嫌悪感を感じた方は戻って下さい!

 ダグラス・ネロ・ナイトベルグは疲弊していた。 ここ数ヶ月の間、まともな寝食を過ごした日など皆無に等しい。それ程火急な事件が彼の身を襲っていたのだ。寝食どころの問題ではない。(くだん)の原因を取り除かなければ彼はきっと死ぬ。それはもうあっさりと。彼が死ねばこの(さく)は瞬く間に滅びるであろう。何万、何千万もの朔の国民の命は、ダグラスが居なければ風前の灯火に等しいのだ。


 「クソッ!」


 漆工芸の最高峰の職人に五十年掛けて造らせた執務机に握り拳を叩き付けた。傷一つ付かない素晴らしい出来の机だった。


 (まだだ、まだ諦める訳には…!)


 ギリギリと牙を噛み締め、彼は飢えた獣のような双眸を最重要機密と印を捺されたリストに巡らせた。


 (まだ何処かに居るはずだ。一人位はきっと残って……!)


 名を消された人物ばかりが並ぶこのリストを、一体何度読み返した事だろう。今の彼が望む条件はたった一つ。その一つが難題だったのだ。


 日に日に増えて分厚い辞書のようになってしまったリストの一から十まで目を通した時、ちょうど最後の一枚の一番下の名前に魔術の黒い線が引かれた。

 それを見た瞬間の彼の絶望は計り知れない。国中に派遣した部下達が一人ひとり確認して回った娘達は、最早誰も彼の望みを叶える条件を満たして居なかったのだ。


 「なんという事なのだ…」


 漆工芸品で統一された執務室に、掠れた男の声が響いた。



***



 世界は三つの国に分かれて存在している。黎明の国、日輪の国、そして彼が治める朔の国。


 それぞれの国名の冠する通り、太陽は黎明と日輪を照らす。朔はどの時間になっても夜空に輝く月と星の空が印象深い国だった。


 そんな三つの国の、朔の国に住む者を夜人と言う。同じように黎明に住む者は朝人、日輪に住む者は昼人と呼ばれる。国を治める無謬(むびゅう)の人は不老不死と言い伝えられ、各々の国に一人しか存在しない。


 朔の国を治める無謬の人、ダグラス・ネロ・ナイトベルグ。

 彼の食事に欠かせない唯一の食材はたった今、朔の国内には存在しない事を証明された。


 「終わるのか?」


 無謬と謳われた彼の唯一の生きていく為の糧を亡くした今、近々朔の国の崩壊が始まる。国土は痩せ、空気は淀む。きっと疫病が流行り多くの民は死に失せる。残った民も長くは生きれない。無謬の彼が居なければ、国は成り立たない。世界はそう造られているのだ。


 「クソッ!クソッ!クソォッ…」


 机上に無造作に散らばるリストを脇に薙ぎ払う。赤のインクの瓶も一緒に飛び、床にはまるで血溜まりのようなシミが出来上がった。


 (終わってしまう…)


 苛立ちの赴くまま机上に残っていた最後の一枚のリストを破り棄てようとした瞬間、黎明の国との国境付近に派遣していた部下の字で、新しい娘の名前が書き込まれた。


 思わず、それを見た彼は立ち上がる。勢い良く動いた為に座していた椅子が倒れたが気にしては居られなかった。


 「リィリース・エヴァルガ…」


 その名前を読み取り、彼は震えた声で娘を呼んだ。この娘だ、この娘しか居ない。


 リストが散らかる床を踏みつけ、彼は足早に執務室から外に出た。


 これが最後の望みだ。この娘が最後の一人と言うのなら、自分が確保しなければならない。


 「おい!セーマ!」


 「はい、ダグラス様」


 彼の執務室と繋がる直属の部下の執務室で待機していたセーマを呼びつけ、彼は述べた。


 「黎明との国境に向かう。供をせよ」


 「ハッ、畏まり…ハァ!?」


 「リストに目を通していないのか?新しい娘の名前が書き込まれたのだぞ」


 気の抜ける返事をして彼からリストを受け取ったセーマは、訝しげな表情を隠さずに進言した。


 「ダグラス様…この場所がどういう場所か存じ上げないとは思えませんが、敢えて申させて頂いても?」


 「今は些細な時間も惜しい、手短に言え」


 「この場所は、あの…」


 歯切れの悪いセーマの言葉の先を汲み取った彼は、溜め息を吐いた。


 「勿論、全て承知の上だ」


 「な、ならば…あと数日、いいえ!数時間お待ち下さい!もしかしたら他にも新しい娘が見付かるかも…」


 「その数時間が惜しいというのだ!」


 若い執事見習いの少年がバタバタと品のない動作で持ってきた外套は、頼んだ物とは違って今日の服に合わせるとちぐはぐな色合いだったが、それを正している余裕はなかった。


 「行くぞ、セーマ」


 「あぁあ…ああ…はい…」


 項垂れるセーマが壁際に掛かっていた自分の外套を取りに行くのを横目で見やり、ダグラスは執事見習いの少年からステッキと帽子を受け取り手早く身に付けた。こちらも彼の趣味とは合わないもので、帰って来たらこの執事見習いを一から鍛え直させる事を決める。


 「転送陣を使うぞ」


 「えぇっ!?」


 黒を基調とした城の中を半ば走るように進む彼の背後にピタリと付き従っていたセーマの驚愕の声を無視して、朔の国の王、ダグラス・ネロ・ナイトベルグは転送の間へと急いだ。


 その為、背広の内ポケットに折り畳んで入れたリストに書き加えられた新しい情報を確認する事が出来なかった。



***



リィリース・エヴァルガ(外見年齢、判別不可。本人の返答は無し。…の塔の管理人の一族の末裔。件の条件を満たす確率は極めて高いが、…を纏い…である。加えて、塔で生活していた為か…がなく、…ない様子。)


 この追記を転送の間に着くより先に読めていたなら、彼は彼女を諦めたかもしれなかった。しかし、残念ながらそれはもしもの話で終わってしまった。


 そして更に残念なお話は、この先まだまだ続くのである。

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