屈折
彼女と、テーブルを挟んで向かい合う。
テーブルの上にはガラスのコップがからっぽで置かれていた。
テルテル坊主をさかさまにしたような形でなかなかおしゃれだ。
彼女はカバンから五百ミリペットボトルを取り出す。
そして、なかにはいっていた液体をコップへ勢いよく注ぐ。
コップはわずかに粘度のある黄色の液体で満たされた。
ペットボトルをしまい、今度は透明のビー玉を取り出した。
「よくみててね」
そう言って、ビー玉をコップの中へ落とした。
液体にはいったとたんにビー玉は姿を消して、カツンという底に当たる音だけが響いた。
「消えましたー」
彼女は、見ろと言わんばかりにコップを中心にして両手を広げる。
私は、コップへ顔を近づけた。
すこしだけ、丸い輪郭が見える気がする程度にしかビー玉の存在を確認できない。
そうしている私を気にせず、彼女はビー玉をもう一つ投入した。
「これが屈折よ」
やはり今度も同じ程度にしか見ることができない。
ガラス同士のぶつかる音だけが着地を知らせている。
「あなたのダイヤの指輪でもできるわ」
手のひらを上に向けて柔らかく開き、こちらへ差し向けてくる。
左手薬指にはめた指輪を渡す。
受け取ると彼女はためらいなくコップへ投げ込んだ。
水にはいる音はしたが、底へつく音は聞こえなかった。
大粒のダイヤもプラチナの台も見えない。
「これも屈折なんだ!」
「えぇ、屈折よ」
思わず私は感嘆を漏らし驚きながめた。
「じゃあそろそろ返して」
今度は私が彼女に手のひらを差し向ける。
「ちょっと待ってね」
彼女はコップのなかへ人差し指をいれる。
液体のなかへとゆっくりと指を進めていく。
指先、
第一関節、
指の付け根、
手首、
ヒジ、
そして、肩。
「それも屈折?」
「えぇ、その通りよ」
コップへ上半身を傾けたまま、彼女は足をイスのうえに乗せ、机のうえに乗せる。
けりあげるようにして足を伸ばし、コップの上で倒立の姿勢をとった。
テーブルに対して見事なほどに垂直になっている。
次の瞬間、するりとコップのなかへと姿を消した。