2.
奴隷契約の第一条件は、無事成立した。
第一条件は、奴隷が主人のことを上の立場の人間と認識することで成立する。
足を治して上げることで、害意が無いことと、俺の凄さをアピール。
そして、魅力スキルの効果により、相手に好印象を与えておく。
この二つが恐らくは、相手が「人間なんかを主人として認める」ということの心因的ハードルを下げたに違いないと思っている。
「よろしくお願いします、ご主人様」
よって、今からは第二条件にうつる。
第二条件は信頼である。
恐らく、まだ彼女は俺のことを疑っているに違いない。
いきなり理由もなしに傷物の彼女を購入し、今度は世界樹の雫という超高価な道具を使用するのだから、何か裏があるに違いないと勘ぐってもおかしくない。
それも、王の血を引くものだから尚のこと、である。王の血族が目当てなのか、と警戒していることだろう。
もちろん王の血も目当てなのだが、それは隠させて頂く。メインは戦闘要員だ。
「ああ、そんなに固くならなくていいぜ、ネイティ」
「いえ、固くなど。……私に目をかけて頂くばかりか、私の怪我まで治して頂き、私はこの上なく幸せなのです」
俺は鑑定スキルを発動させた。
ダウト。
鑑定スキルの結果、彼女が感じている感情は、幸せではなく疑惑と恐怖だ。
おそらく、この先何をされるのかで不安に思っているのだろう。
鑑定スキル。心理状態まで鑑定出来るというのだから、この能力は飛びぬけてチートであると思う。
「しかし、私のような奴隷で良かったのでしょうか」
「何故だ、ネイティ?」
「このとおり、私はまず魔族です。人間の貴方と比べるとみすぼらしく、卑しい身分です」
ダウト。
彼女は魔族であることに誇りを抱いており、寧ろ人間を軽蔑している節がある。
……思うけど、本当に鑑定スキルチートだよなあ。
「その上、私は両手が翼ですゆえに、貴方の望むようなお手伝いなど望むべくもなく……」
これは本当だ。
家政婦をやとうにしても、もう少し安く、しかも便利な奴隷はいただろう、と彼女は思っているのだ。
実際、ネイティの腕は翼であり、手のひらが退化している。申し訳程度に、翼の骨の先に鉤爪が2本ある。
「ネイティ、俺は君のスキル等に投資したんだよ。君の能力は一流の冒険者と比較しても遜色ない」
「……そうですか」
なので、まず俺は彼女に、彼女を買った理由を説明しておく。
警戒の理由の一つである、理由が不明瞭なまま私を購入した、という警戒心はこれで少し薄れたようだ。
「君が王族であるということはこの際どうでもいいんだ。もし奴隷から自由になることお望みなら、お金を稼ぎたまえ」
「えっ」
「一生奴隷にするつもりはないと言ってるのさ」
自分が王族だと知っていること、奴隷から解放されるかもしれないこと、この二つに驚きを隠せない様子のネイティ。
だが、俺はそのまま指を3本立てた。
「3億シル、君を商人から買うのに使った金額だ。……君がそれを用立てることに成功した場合、君の身分を自由にしてあげよう」
「……」
3億。その数字を聞いて、彼女の顔は再び曇った。
破格の条件だと思うのだが。
まず俺の要求した3億シルの中には利子は含まれてはいない。
それに俺は、奴隷に給料を支給するつもりなのだ。
確かに、人間の奴隷に対してはこのように給料を支払う例はあるが、魔族の奴隷にはそれは寧ろ稀なのだ。
「俺の計算では、一年に3000万シル稼ぐのは難しい話ではない。つまり10年もあれば君は自由になれるんだ」
「……10年」
「諦めろ。俺は人間でもない君に、人間の奴隷以上の待遇を用意しているつもりだ。……俺を恨む道理はないぞ」
ネイティの顔はもう一度、絶望の様相を浮かべていた。
やはり姫の彼女にとっては、10年間というのは異常に長い期間のようだ。
「いいかい、一ヶ月に300万シル集めれば一年で3600万シルだ。つまり、一日10万シル集めるだけでいい。……最も、休日がほしいだろうから、一ヶ月に5日休んで、一月250万シルだとしても、一年で3000万シルになるさ」
「……」
「俺が君の倒した魔物を買い取ろう。もちろんギルドの相場よりは安いが、その代わり君に薬草だったり料理だったり、そういう世話をするつもりだ。君は魔物を倒していけばいい、それだけの話さ。出来るな?」
「……はい」
俺の計算を聞いても、全然気分が浮かれないようである。
まあそうだろう。今までの魔物の森での悠々自適な生活とは縁遠いものになったのだから。
一応、それなりには希望を見出して欲しいものだが。