1.
後日談。
スケルトン・ケンタウロスを撃破した俺達は、その名前をギルドに轟かせた。
第7区域を解放した「月の弓」は、ますます名前を上げたに違いない。
そして俺もまた、有名になった。
「これが報酬ね」
「多いってば」
「いやいや、アンタがいたからこんなに楽勝だったの」
レベッカはそういって、結構な量の素材を俺に押し付けてきた。
多分、スケルトン・ケンタウロスの半分ぐらい。
正直、経験石、技巧石を剥ぎ取った上に、素材のあまりまで貰ってスライムに食わせちゃった俺からすると、これは貰いすぎの報酬である。
「いやいや」
「貰って。普通、スケルトン・ケンタウロスなんてあんな無傷で討伐出来るような雑魚じゃないの」
「いやいや、結構危険な戦いだったと思うぞ」
「は?」
レベッカからの素材を受け取れないと問答を続けていたが、どうも、何か俺とレベッカでは感性が違うみたいだ。
どうやら、普段レベッカはもっと危険なモンスター討伐をしているようだ。
「アンタ、あれは全然危険じゃなかったじゃないの」
「そうか?」
俺からすると、まあまあ冷や冷やしたのだが。
どうも俺は一般の冒険者と感性が違うみたいだ。一般の冒険者よりも安全マージンを取る傾向にある俺だが、どうやら今回は、安全マージンを取りすぎた、というみたいだ。
レベッカの微妙に呆けた目を見ながら、俺はやっちゃったかも、と思った。
しかし、それならばレベッカがこれだけ感謝している気持ちも分かるものだ。
正直気が引けるが、俺はその素材をありがたく貰うことにした。
俺の方がありがとう、なんだけど。
「とはいえど、この報酬である」
大量にもらった討伐報酬。おおよそ3000万シル。道中のスケルトン70体の報酬500万ほど、そしてスケルトン・ケンタウロスの討伐報酬を半分。合計で3000万。
素材をあわせたら、多分5000万近く行くんじゃないだろうか。
棚からぼた餅である。
俺? 単に敵に火炎瓶と氷魔石と蟻地獄の罠とオリハルコンワイヤーと、色々投げつけていただけです。
「こりゃあ、美味しいなあ」
何てぼやきつつ、今回手に入った技巧石、経験石を眺めた。
多分、価値でいえばこっちは10億ぐらい行くだろう。
もう訳わかんねえ。一生隠居暮らししようかなあ、なんて思うぐらいである。
というわけで、兼ねてより計画していた奴隷購入ですが。
「お気に召したものはおりましたか」
後ろから、奴隷商が俺に話しかけて来る。
俺は、ふむ、と唸るふりをして鑑定スキルを発動させていた。
俺は元々、奴隷購入をするつもりであった。
折角俺に、鑑定スキル、契約スキルがあるのだ。それを活かさない手はない。
鑑定で有望そうな奴隷を発見し、契約で俺の奴隷へと契約して使役する。
或いは転売してもいい。
奴隷商売は、そういう意味では、俺にとってまさに絶好の産業である。
鑑定スキルのチートがここで光るわけだ。
「まあ、気に入ったものは数人いますが」
俺がピックアップしたのは3人の奴隷。
どれもそれなりに品がいい。が、俺はある一体の奴隷に注目していた。
ハーピィの姫。
顔が随分とえぐれ、左足が欠けているものの、彼女からは特別な何かを感じる。
彼女だけは何としても欲しい。なので、俺はその意図がばれないように3体の奴隷をあえて選んで、迷っている振りをした。
「まずはこのエルフの子の説明をたのみます」
「はい、まずはこちらの子ですが……」
説明を聞き流しながら、おれはハーピィの姫のステータスを開いていた。
―――
名前:ネイティ
種族:ハーピィ・プリンセス
職業:奴隷 Lv:29
状態:左足欠損、顔火傷
スキル
・魅力Lv3
・歌唱魔術Lv3
+音域拡大、詠唱短縮
・風魔術Lv4
+風の精霊の補助、風マナ吸収
・風の神の加護
・音楽の神の加護
・ハーピィ王族の血
―――
直感で、俺は彼女が使えることを見抜いた。
それは彼女が持ち備えている素質が抜群に高いこともそうだ。
だが、王族の血を引いているということ自体が、十分に外交的な意味を持っていると俺は考えた。
「なるほど、エルフの子も悪くないが……次を頼む」
「はい、では次の獣人の子の説明に移りましょう」
商人は、また流れるような口調で、獣人の子の説明を始めていた。
俺は、また聞き流しながら、この先を考えた。
ハーピィの集落は、魔物の森にあるという。
この姫を返しに行くかどうか、それはかなり迷いどころだ。
魔物の森は、迷宮とはまた違う仕組みの魔物の巣窟だ。
迷宮は定期的に変化進化するが、魔物の森は時間を掛けて徐々に地上を侵食する。
魔物の森の中心は世界樹だと言われている。
世界樹は、世界樹の種を生み落としており、この世界樹の種が植わった所を中心に緑が広がる。この緑は、通称魔物の森と言われており、この森は魔物に潤沢なマナと恵みを提供するのだ。
魔物もまた、世界樹と共生する道を選んだ。
魔物は、世界樹の種を遠くへ、より遠くへと運ぶ、運び手として働くようになったのだ。
それは人間にとっては純粋に脅威である。というのも、魔物が住みやすい環境が徐々に広がっているというのは、魔物の拠点が広がっていることに他ならないのだから。
よって、現在地上では、魔物の森の魔王『世界樹の担い手』と、人間とが、戦争をしている状況である。
「いかがでしょう」
「ふむ、まあエルフの子と迷いどころだな。……最後に、このハーピィの子の説明を頼む」
「はい、この子ですな」
説明をよそに、俺は心の中でこのハーピィの姫をいかに飼いならすかの算段をつけていた。
俺が借りている宿は、実は正確には宿ではない。
もともと、農業を営む老夫婦が、倉庫を一つ余らせていたので、俺が借りているだけである。
よって、会話が外に洩れる可能性は非常に少なくなる。
宿ならば隣の部屋に音が洩れたりするかもしれないが、ここならば隣の部屋がそもそもない。
それに、宿ならば人ごみにまぎれながら俺の跡をつけるのは容易かもしれないが、老夫婦の家へとなると人通りが少なくなるため、自然と俺の跡をつけるというのは難しくなるはずだ。
どうしても尾行が目立つ。
そういう意味では、この倉庫を拠点に行動するのは情報機密の観点では悪くない話である。
「さて、ネイティ、という名前でよかったかな?」
「……」
もちろん、情報漏洩に気をつけている理由は簡単で、俺の保有するアドバンテージを秘密にするためである。
例えば、このハーピィの能力を見抜く鑑識眼と、このハーピィの怪我を治すアイテム『世界樹の雫』、などだ。
「目を閉じてもらおう」
「……」
黙ったまま目を閉じるネイティ。
その顔に、俺は世界樹の雫を少し垂らす。
一瞬顔を強張らせるネイティだったが、そのままされるがままになっている。
ちょっとだけ可愛い。
そのまま、俺は両手で顔に雫を塗りこんだ。
途端、傷口から泡が出てきて、彼女の顔を包みこんだ。
ネイティはかなり動揺しているようだったが、俺は構わずネイティの顔を撫でた。
やがて泡がおさまると、そこには傷一つない乙女の顔があった。
「騒がないで」
そのまま、今度は左足に世界樹の雫を垂らした。
一瞬痛そうに「ひっ」と声を上げるネイティだったが、構うことなしに、欠損した左足に雫を塗りこむ。
同じように泡立った雫は、欠損部分を徐々に癒していく。
次々と雫を垂らしては塗りこむ。少しずつだが、彼女の足が生えていく。
「っ! ーッ!」
「痛いけど我慢して」
塗りこむこと数十回。
ようやく、彼女の左足は元通りに戻った。
「ぁ……」
「大丈夫か」
ネイティは、自分の左足が元に戻ったことに呆然としているようだった。
きっと彼女は酷く混乱していることだろう。
失った足が元に戻るはずがない。普通は。
「あ、あの、……その、ありがとうございます」
「構わないさ」
ネイティは物怖じしながらも、俺にお礼を返した。
だが、構わない、と俺は思う。
何せ、こんな経費、これからを思うと安いものだから。
「改めまして、ネイティ。俺は君の新しい主人の、ジョルジュだ」
契約発動。
奴隷の契約は、ネイティがすんなりと受け入れることで、成立した。