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或る話し  作者: 癒杏
3/8

始まりのない恋心


とても、愛らしい少女だった。


同年代の子に比べ、髪も染めておらず制服も着崩すことなく、きちんと着ている彼女は校則違反などとは無縁だった。

けれど、唯一 彼女は制服の下にネックレスをしていた。そのことに気付いたのは、本当に偶然だった。

校則違反だったが、理由が理由だったので、私は彼女を見逃した。彼女自身も校則違反だと分かっていて、それでも外したくないと、泣きそうになりながら訴えていた、というのもある。


それから、人目を忍んでは彼女とよく放課後にお茶をしながら話をするようになった。

それは、たわいも無い話だったり、将来の話だったり、本の話だったりと、色々な話をした。

私と彼女は10歳違いだったが、彼女が大人びているのか、私が子供っぽいのか、妙に話が弾み彼女が卒業した後も、度々お茶をしていた。もう、先生と生徒ではなく、友人みたいなものだったのではないかと思う。


そして、ある日、彼女が私に言ったのだ。


「先生、私ね、歳上の婚約者がいるの。」


冗談だと思った。

この時代に婚約者?ナンセンスにも程がある。

そう思ったけれど、彼女は頬を染めて、嬉しそうに幸せそうに言うから、その婚約者のことが好きなんだろうと納得すれば、ナンセンス、とは言いきれないな、と思った。

それからは、その“歳上の婚約者”の話が少しずつ出てくるようになり、彼女が大人びているのは“彼”がいるからだと考えるまでもなく思い至った。


彼女が話す“彼”は私にとっては歳下だけれど、それでも素敵な人だと思った。


想い想われ、彼女は更に美しくなり、周りからも祝福され、幸せになるんだろう。


そう思っていたし、それは揺るぎない事実であり続けるのだろう、疑うことすらしなかった。


なのに、久しぶりに会った彼女は痩せ細り、今にも倒れてしまいそうな状態だった。

ポツリポツリと落ちてくる言葉を拾い集めれば、“彼”が亡くなったのだ、と。一度も“彼”に想いを伝えなかったのだ、と。 私も共に逝きたかったのだ、と。

彼女の目から落ちてくる涙を見ていると、なぜか私も泣きたくなった。


直接は知らない“彼”。

彼女の話でしか知らない“彼”。


あぁ、私はきっと彼女の話す、彼女が好きな“彼”に恋をしていた。


話を聞くくらいしか出来なかった。

只管に泣く彼女を慰めることも出来ず、私はただ自分の中にある恋心をどうしたらいいのか悩んでいた。


認めていいものなのか。

一度も会ったことなどない人に恋をしたなんて。

一度も話したことすらない人に恋をしたなんて。

認めたとして、もう一生 会うことなど出来ないのに。

もし、“彼”が生きていたとして、会うことになったとしても、絶対に報われることなどないのに。


この時の自分はかなり最低なヤツだった。

それでも、この時はいっぱいいっぱいだった。

なんて、今更の言い訳だけれど。


そして、それから数日後、彼女の訃報が届いた。


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