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土御門ラヴァーズ  作者: 猫又
第一章
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賢ちゃんと和泉と生首6

「おかえりなさい、賢さん、ご苦労様」

 と朝子が優しい声で言った。

 何をしてそんなに疲れてるのよ。たいした仕事もしてないのに、とは思ったが、問題を抱えてる和泉としてはそんな事は言わない。

 賢はケーキの箱をのぞき込んで、チョコレートケーキを手づかみで取りだし、むしゃむしゃと食べ始めた。陸のような美少年ならそれも絵になるが、賢ではただの行儀の悪い男だ。

 沢がカップにコーヒーを注いで、ミルクと砂糖をたっぷりと入れた。賢はそれもごくごくと喉の渇きを潤すように飲んだ。熱くないのかしら。

「何の用だ、デブネズミ」

 一息ついてから、賢は和泉をじろっと睨んでそう言った。

「え、だから、島田先輩の話を聞いてもらおうと……思って」

「断る」

「だって……どうしていいのか分からないんだもの」

 口を尖らせて可愛く言ってみても、この男には通用しない。

「しばらく休めば」

「え、そんな」

 賢はせかせかとした動作でソファから立ち上がり、

「すぐに出かけるから」

 と言った。

「あら、あら」

 と言って朝子も立ち上がった。

「沢さん、賢さんの着替えを」

「かしこまりました」

 賢と朝子と沢が忙しげにリビングから出て行くと、

「お兄ちゃん、大変そー、俺、マジで三男でよかったぁ」

 と陸が言った。

「賢ちゃん、大変なの?」

「まあね、本業の方がね、最近こんでてさ」

 と言ったのだ。

「へえ、お祓いの?」

「そう。先祖代々ずっとやってる生業だね。まー兄は特別力に恵まれている。かの安倍晴明の生まれ変わりと言われてるんだぞ」

「へえ、すごいね」 

 和泉の知っている限り仁はお洒落な店舗を構えた美容師だし、陸はモデルのバイトをやっている大学生だ。そして賢はぐうたらサラリーマン。だけど、それは仮の姿で、実際は先祖代々からの有名な陰陽師が本業であるという。

 陰陽師とは、と言われても和泉はよく分かっていない。

 ルーツは中国で陰陽説と五行説が融合した何かである。平安の時代には陰陽師が天皇家の吉凶を卜い政治にまで影響を及ぼしていた。そしてそれは明治になって陰陽寮が廃止されるまで続いていた。その後は民間陰陽師となり、陰陽道という言葉自体が消滅し、土御門神道に名を変えて現在まで続いている、と親に聞いたくらいの知識しかない。

 もちろん土御門家が由緒ある名家であるのは知っているし、その昔は有名な陰陽師を排出した家柄だというのも聞いている。三兄弟に霊能力が備わっているのも知っているし、実際に今日、島田先輩を見たように和泉も土御門の血が流れている。そして確かに霊魂は存在し、人の目に映り、脅かしたり泣き言を訴えたりもするのだ。

 でも実際には悪霊と戦う陰陽師なんて古い時代か映画や漫画の世界にしかないと思っていた。和泉にとって土御門家は伝説の旧家である、というぐらいの認識しかない。やたらに古くて格式張っている、肩の凝る旧家、盆や正月には黒塗りの車がわんさか来て物々しいお屋敷。うちの両親はよく手伝いに来てて、和泉はその間、三兄弟と迷子になりそうな広い庭で遊んでいた。

「土御門本家においてはそれが最優先。本家に霊能力が全くない子供が生まれる時もある。その時には分家という分家の子供を調べて霊能力の高い子を本家に引き取るというのも普通の事さ。本家に生まれたといっても分家の子に取って変わられる時もあるんだよ」

「そうなの?」

「そう、俺達は運良く三人ともに能力を授かった。上から順番に平等にね。だから妙な諍いも起こらずにすみそうさ、俺達の代では」

「聞いた事はあるけど……兄弟の中でも一番能力の高い子が跡取りになるんでしょ?」

「そうさ、長男なのに、才能のある末弟にとって変わられ、そしてお互いを憎んで殺しあうなんて過去もあったと聞いてる」 

 何畳あるのか分からない広いしたリビングはひんやりとして、和泉は両腕で自分の肩をつかんだ。

「それで賢ちゃんはその仕事が忙しいわけなんだ」

「そうさ、盆も近いしね。地獄の亡者がわらわらとわいて出てくる時期なのさ。仁兄も僕もそのうちにかり出されるよ。この暑いのに。でもまー兄が一番悪いとこに行かなきゃならないからきついと思うよ」

 と陸が笑いながらそう言った。

「へえ、大変ねえ。でもそんなに忙しいんだったら、会社員を辞めればいいのに。賢ちゃん、サラリーマンには向いてないみたいよ」

 仁と陸の目があって、少しの沈黙があった。

「和泉ちゃん、マジな話、まー兄の嫁さんになってくれない?」

 と陸が言った。

「え~、どうしてそういう話になるの? 賢ちゃん、意地悪だからやだ」

「そうかなぁ」

「だって、あたしの事、会社でデブネズミって呼ぶのよ? ひどくない? 昔からよくいじめられたけど、この年になってまでまだ意地悪なんだから」

「好きな子ほどいじめたくなる男の心理じゃん」

 和泉は首をひねった。まるで賢が私を好きなみたいに聞こえるけど。あのでっかいふてぶてしい態度からはそういう心理を垣間見る事もできないんだけど、と思う。

「和泉ちゃんも鬼を見る事が出来る、見鬼だったよね」

 と仁が話を変えた。

「ええ、見たくもないけどね。でも追い払うなんてとても出来ない。見えるだけ……やっかいよね。心臓が飛び出すくらい驚かされるだけよ。あー、そうだ島田先輩の事を相談しようと思ってたのにぃ!」

 和泉は島田先輩の事を思い出した。

「島田先輩?」

「そう」 

 断られないうちに、前置きもなく、和泉は島田先輩との事を一気に話した。

「へえ、たぶん、和泉ちゃんが見えるから寄ってくるんだろうけど、嫌なら徹底的に無視するか、強く「無理だ」と念じていればいいよ。その男の事を恨んでいるなら、思いを遂げれば消える。霊にしても、人間を恨むというのはかなりのエネルギーを消耗するからね。悪意が他の悪意を呼んで、拡大する場合もあるけど、それまでに男が死んだら終わりさ」

 と仁がさわやかな笑顔で酷い事を言った。

「え……って事は井上君が死ぬって事? で、それを見過ごすの?」

 仁と陸は顔を見合わせた。

「助けてあげたいの?」

 そう言われて和泉は考えた。

「いや……助けてあげるとかそこまで考えてないけど……島田先輩にしても……誰かを呪い殺すなんて恐ろしい事……そのままでいいのかなって……」

「要するにそのイケメン君を助けてあげたいんじゃん」

「は? イケメン君って……私そんな事言った?」

 何故だか陸は不機嫌そうな口調で、

「和泉ちゃんがその先輩の霊が見えるのは波長があうからだろ。つまりそのイケメンに惚れてるっていう波長がさぁ」

 と言った。

「え……」

「そんな死んでまで恨んでる霊がつくような男よくないじゃん。放っておけばいいよ。死んだって自業自得じゃん。それにそれをまー兄に相談するの、ちょっとひどくない? 大体さ、本業が忙しい身なのに、どうしてまー兄がサラリーマンまでやってると思ってるの? ほんっと和泉ちゃんて全然分かってない!」

 と陸が言った。和泉は陸の言葉の意味がよく分からなかった。

「別にあたしは井上君にそんな感情は持ってないけど……」

「そう?」

「そうよ。……それに賢ちゃん、今日のお昼に島田先輩をはじき飛ばしたから」

「そりゃあ、まー兄にしたら蚊を潰すより簡単さあ。でもどうしてもって言うなら、有料で相談にのるけど? こっちも商売だからね! でも、高いよ。うちは本家だから!」

 陸はそう言い捨ててぷりぷりと怒りながら、部屋を出て行った。陸の勢いにジャッキーが叱られたと感じたのかキューンと鳴いて、後に続いた。

「どうして怒ってるのかしら? 私、何か悪い事言った?」

 仁の方を振り返ると、

「陸は賢兄が好きだからね。でも賢兄は口べただからなぁ」

 と言って笑った。


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