陰謀
ここから第三章になります。
さてさて、皆様、恐縮ですが皆様の時計を拝借しまして、ほんの少し時を戻していただきたいと思います。いえいえ、ほんの少しの時間でございます。
半日、半日だけ時間を戻して土御門本家へ行ってみましょう。
和泉がジャージ姿でしょんぼりと帰って行ってから、美登里は大急ぎで本家へ戻った。
和泉は怒っているというよりも、とても脱力している様子だった。
その原因は加奈子であると推測はできる。
美登里は加奈子の事を和泉よりもよく知っていたからだ。
加奈子が賢の花嫁候補だと聞いたのはつい先ほどだ。
美登里が辞退するならば、加奈子が有力候補だと誰かが言っていたが、大伯母の加寿子が年始の席で和泉と賢の婚姻が決まったと発表したはずだ。
どこで食い違ったのか、真実は何なのか、分からないまま美登里の心の中に不安のような物が広がる。
「何か嫌な感じがする」という奴だ。
急いで本家へ戻り、広間での宴会の様子を見る。
ほぼ全員が席につき、食べたり飲んだりの最中だったが、賢の姿はないままだ。
ただ加寿子の姿もない。美登里は加寿子の部屋の方へ行ってみた。
途中の居間で話し声がするので、美登里は息をひそめてドアの陰から様子を伺った。
「使えない子だね」
と加寿子の声がした。
「ごめんなさい、大伯母様」
うなだれているのは加奈子だった。
「賢に取り入るのに失敗して、で? 和泉の方は?」
「それは……分からないわ。あたしと賢兄さん、昔つきあってたのよって言ったら、ちょっとショックをうけてるみたいな感じだったけど」
「和泉が自分から賢を遠ざけるよう仕向けないと駄目じゃないか!」
「ごめんなさい」
「ああ、もういいよ。だが、賢と和泉は結婚はさせない。お前が賢の嫁だ、いいね、でないと、お前への援助はなしだ。家屋敷を売って路頭に迷いたくなかったら、どんな手を使っても賢の気を引くんだ。いいね」
「はい」
美登里はそっとその場を離れた。
ふすまががらっと開いて、加寿子と加奈子が入ってきた。
加奈子は顔色が悪く、疲れたような顔をしていたが加寿子に何か言われて先ほどまで和泉が座っていた場所に座った。
その隣の賢が座っていた席も空いている。
加奈子の反対隣には仁が座っていたが、
「そこ、和泉ちゃんが座っていたんだけど」
と言った。
加奈子は顔をあげて仁を見たが、
「和泉ちゃんなら帰ったわよ」と言った。
「本当? でも、加奈ちゃん、おじさんの方に席あるだろ?」
「いいじゃん。どこでも」
加奈子はうるさそうにそう言ってから、またうつむいた。
仁は加奈子の父親の方を見た。
顔が真っ赤になっているのはかなり酒を飲んでいるようだ。加奈子の母親は来ていない。
実の母親ではないとは聞いているが、新年はおろか、普段でも本家に挨拶に来た事もなく、仁も顔を覚えていない。よからぬ噂もあるようで、加寿子には嫌われているようだ。
だが、加寿子は加奈子を賢の嫁にしようと画策している様子がある。
特に加奈子を気に入っている、という風でもないようなのにだ。
そんな事を考えていると、そのまた隣の陸が仁をつついた。
「仁兄、なんか変だ」
「何?」
「さっき、トイレ行った時さ、純ちゃんちのおじさんと廊下で会ったんだけど、おめでとうって言われた。賢兄が身を固めたら本家は安泰だなって言うんだ」
「おばあさんが挨拶で賢兄が結婚するって言ったからだろ?」
「俺もそう思ったんだけど、おじさん、加奈ちゃんの名前を言ったんだ」
「え?」
仁は振り返ってそっと加奈子の様子を見た。
加奈子はうつむいて、黙って座っている。
仁が話しかけようとした時、少し離れた席から、
「いやあ、めでたいですな」
と声がした。酔っぱらったような声だった。
「賢さんがご結婚とは!」
それに続いて周囲からも手をたたいたり、冷やかしたり、との声が上がる。
「で、花嫁さんは?」
「あそこに座っている娘ですよ」
「ああ、正三郎さんのとこの加奈子ちゃんか。ああ、いい年頃だ」
と話声が聞こえてきたので仁が、
「加奈ちゃん、そこに座ってると賢兄の婚約者と間違われるよ。そこは和泉ちゃんの席だ」
と大きな声で言った。
「そこは加奈子の席だ。婚約者として紹介したのだから」
と言ったのは加寿子だった。
「はあ?」
「賢さんは隣に座ってる娘と結婚するんですと紹介したはず」
「和泉ちゃんが座っていたでしょう?」
「さあ、そうかね。年寄りは目が悪くてね、てっきり加奈子と思っていたよ」
加寿子はそう言って、ぷいっと横を向いた。
「お母さん、賢は和泉ちゃんがいいと……本人がそう言っているのだから」
と言ったのは当主の雄一だった。母親にはほとんど逆らわず、そうそう発言はしないが見かねて口を挟んだ。
「駄目だ。和泉だけは駄目だ」
と加寿子は頑なにそう言った。
「何故です?」
加寿子の隣には靜香が座っていて、その横には美登里の両親がいる。
美登里はふすまのこちらから話を聞いていたが、そこで慌てて自分の席についた。
美登里にしてももっとも興味深い事柄だったからだ。
「どうしてもさ。和泉と結婚させるなら、私が死んだ後にしておくれ」
と加寿子が言い切ったので、それを聞いていた者は皆が黙ってしまった。
ただ靜香だけがふうと息をついたのを美登里は気がついた。
「お母さん、理由も言わず反対されても賢が承知するわけがないじゃありませんか」
「気分がすぐれない。これで失礼する」
と加寿子が言った。
「雄一」
「はい」
雄一はため息をつきつつ、加寿子の身体を車椅子に乗せた。
加寿子は誰の言葉も耳に入れたくない様子で、さっさとその場を立ち去った。
すぐに靜香が「姉さん」と言って後を追いかけて行った。
「どうしたんだろうね? おばあさん」
と陸が言った。
「なんであんなに反対するんだろう?」
「さあな」
と言って仁は加奈子を見た。加奈子はやはりうつむいている。
「加奈ちゃんはどうなの? 別に賢兄がどうとか思ってもないのに、おばあさんに言われて結婚なんてありえないだろ?」
と仁が言うと、
「あたしは賢兄さんならいいわ」
と顔を上げて言った。
「賢兄は和泉ちゃんが好きなんだよ? お互いに気持ちがないのに、結婚なんて」
「そう? でも賢兄さんにはあたしの方がふさわしいでしょ? 本来なら当主の花嫁は一番近い直系の娘から決めるはずじゃない? 美登里さんが辞退するからあたしに回ってきたんでしょ? 和泉ちゃんなんてすごく遠い土御門じゃない。あそこのご両親、いつも本家でお手伝いさんみたいに働いてたじゃない? そういうとこの娘ってなんか釣り合わなくない?」
「喜美ちゃんは善意で手伝ってくれていたのよ。お手伝いさんなんて思った事はないわ。私は和泉ちゃんがお嫁さんなら楽しくやっていけそうだけど、あなたとは無理だと思うわ」
と朝子が言い、加奈子がむっとしたような顔をしたが、
「でも、加寿子大伯母様にはあたしが賢兄さんの花嫁だって認めてもらってますから」
と口返事をした。




