賢ちゃんと和泉と生首5
「いらっしゃい、和泉ちゃん、久しぶりだね」
「こんにちは」
玄関で出迎えてくれたのは、賢の弟の土御門仁だった。
いつもながら仁の笑顔はさわやかだ。
賢にはあまり似ておらず、体つきも細身で髪は茶色、趣味はサーフィンという何ともお洒落な若者だ。しかも賢の弟なのにイケメンだし。
「賢ちゃん、帰ってる?」
土産のケーキを仁に渡して、リビングに入っていくと、母親と下の弟の陸がソファに座っていた。
「こんにちは。おばさま、陸君もご無沙汰してます」
「あらぁ、和泉ちゃん、久しぶりじゃないの」
賢の母親の朝子は奇麗な人だ。いつまでもお嬢様な人で、いつ見ても奇麗に化粧をして、奇麗な洋服を着ている。土御門本家にもなるとお手伝いさんも秘書も助手もたくさんいて、奥様は何もする事がないのかもしれない。いつも買い物かテニスか何か習い事をしているのしか和泉は知らない。
陸はまだ大学生で、これまたジャニーズ系の美少年だ。仁も陸も細身イケメンなのに、どうして賢だけがあんなに太っているのだろう。
昔はそれで仁と賢が兄弟喧嘩をしていたのを覚えてる。
土御門三兄弟はそれぞれに土御門に相応しい霊能力を備えて生まれてきたのだが、中でも群を抜いて長兄の賢の能力は凄かった。島田先輩のようなこの世に恨み、または未練などを残した霊はあちこちで見かけるが、そういう小さな霊は賢の前でははじき飛ばされるのだ。近寄って何かを伝えるなど、とんでもない。賢がその気になれば一瞬で消滅させることも出来ると聞いた事がある。
土御門家において、霊能力の高さが跡取りの基準になると聞いている。そして能力の高い子供は一族に歓迎される。だから普段は仲良しに見える兄弟でも、心の奥底では抑えている物がある。
仁は賢と競って適わないと、すぐに、賢の容姿をからかって、「賢兄は貰い子だ。土御門の誰にも似てない! 貰い子! 拾い子! でぶ!」と言い放ったものだった。
親戚の中の口さがない大人がそう言ったのを真似しただけだ。しかし賢はそんな事で弱ったりしなかった。悔し泣きしている仁を捕まえて、馬乗りになり謝るまで殴りつづけたのだ。子供の頃から背が高く、体も腕も太かった賢が細身の弟をやっつけるのは簡単だった。悪いのは仁だが言い訳もせずにふてぶてしい顔でいる賢の方がいつだって悪者だった。
「まー兄に何の用?」
陸がケーキの箱を覗きこみながら言った。
「沢さーん、ケーキ皿とコーヒーとか紅茶とかジュースとか」
と仁が大きな声で台所の方へ言いつけた。土御門家のリビングはもの凄く広いので、隣の台所へも何十歩も歩かなければ到達しない。
沢は六十過ぎたお手伝いさんなのだが、朝子よりも土御門家の事を把握している。白髪頭を奇麗になでつけ、すっと背筋を伸ばした姿は教師のような印象を与える。
「かしこまりました」
少しだけ顔をだして沢はそう言ってまた台所へ消えた。
「賢ちゃんに相談があって」
と和泉が言うと、
「彼氏の事?」
と朝子が身を乗り出して聞いてきた。
「恋愛問題をまー兄に相談するわけねえじゃん。まだジャッキーに話した方が親身になって聞いてくれる」
自分の名前を聞きつけたのか、ワホワホ吠えながらジャッキーが陸の膝に飛び乗った。ジャッキーは土御門家に飼われているレトリバーだ。短毛で真っ黒でやたらにでかいのだが、陽気な性質らしく人なつこい。大型犬を何匹も余裕で室内で飼える土御門家は広大だ。子供の頃には土御門本家には何度も遊びに来たけれど、和泉は全ての部屋を見た事がない。このご時世に平屋の日本家屋で、どれだけ部屋数があるか分からないのだ。へたに迷い込めば出口すら分からなくなる。
「ジャッキーに話したってしょうがないでしょう」
と朝子が真面目に答えた。
「和泉ちゃんからの告白ならまー兄も喜ぶかもね」
と陸が言ったちょうどその時に沢がワゴンに湯気のたつコーヒーサーバーやら、ケーキ皿やらを乗せて運んで来た。
差し出されたカップに紅茶を注いでもらってから、
「残念ながら恋愛問題じゃないです」
と言うと、
「和泉ちゃん、彼氏いないなら賢さんのとこにお嫁にこない?」
と朝子が言った。
「え」
「あの人にもそろそろ結婚を考えてもらわなくちゃ」
「はあ」
何やら話の雲行きがおかしくなってきた。仁も陸も、
「それ、いいね。和泉ちゃんなら、気心も知れてるし」
とか言ってるし。
「え、賢ちゃんのお嫁さんて、本家に近い土御門の娘さんから選ぶんじゃないですか? そういの聞いた事がある」
「今時、そういうの古いよ」
と陸が言った。
「でも、実際そうなんでしょう?」
「そうね、昔はそういうのもあったけれどねえ、賢さんがそれでもいいならいいけど。もし好きな娘さんがいるなら、その人と一緒になって欲しいわ」
と朝子が言った。
「そうなんですか」
「だから、和泉ちゃん、お嫁にこない? 私は嫁いびりしないわよ」
「母さんは自分が苦労したもんな」
きょろきょろおおげさに辺りを見渡しながら、仁が笑った。
「仁さん、滅多な事を言わないで……お義母様は耳がいいんだから!」
朝子がそう言って、皆が一斉に笑った。
いやいや、冗談じゃないわ、と和泉は思った。
自慢じゃないが賢に恨みを抱いたことはあっても恋心は全くありませんから!
昔から賢は意地悪で何度泣かされたことか。私にだって好みってもんがあります。
顔をひきつらせながら紅茶を飲んでいると、
「冗談はたいがいにしろよ、ばばあ」
と声がして賢の巨体がリビングへ入ってきた。ネクタイをゆるめ、髪をぼさぼさと掻きながら疲れた様子でソファにどさっと座った。