式神入替・和泉の守護強化
はぁと和泉はため息をついてから、
「それで? これからどうするの? 加奈子さんの借金とか、助けてあげるの?」
と聞いた。
「そんなもん助ける必要はないさ。家屋敷を売ればいいだけの話だからね? 親子三人まっとうに働けば食っていけるじゃないか」
と銀猫。それにうんうんとうなずいたのは和泉の背もたれになっている黄虎だった。
「でも、一族から追放でしょ? 加奈子さん、春に昇進試験を受けるんでしょ?」
「和泉ちゃん、自業自得っていうのはこういう時に使うのさ」
「まあ、それはそうだけど。大伯母様は知ってるのかしらね」
「知ってるからこそ、それをエサに加奈子を送り込んできたんだろ? 加奈子はまだあきらめてないだろうよ。若様と和泉ちゃんの仲を裂こうとする為の一番効果的な方法は、和泉ちゃんに若様を嫌わせるのが一番だ。これからもきっとなんだかんだと吹き込んで来るに違いない。信じちゃ駄目だよ? 和泉ちゃんが信じていいのは若様だけだよ?」
「え、あ、うん」
「ぶはっ」という様な声がしたので和泉が右を見ると、黄虎が大きな前足で顔を洗っていた。大きなベロで前足を舐め、その足で顔をこする。
「顔洗ってる、かわいー」
「明日は雨だな」
と賢が言った。
「え? そうなの?」
「ああ、黄虎が顔を洗うとたいてい大雨だ」
「そうなんだー。君、お正月なのに雨を降らせるの?」
和泉は手を伸ばして、黄虎の頭をなでた。
毛は短いが柔らかく、暖かい。
「一狼」
と賢が呼びかけた。
「ワン」
「お前は美登里の所に戻れ」
「ワン」
「え、イチロー君、戻っちゃうの?」
「美登里には式が一狼しかいないんだ。戻してやらないと、不便だろ」
「そっか、イチロー君、ありがとう。また遊びに来てね」
「ワン」
一狼はすくっと立ち上がり、ゆらっと姿が揺れたと思った瞬間に消えた。
「白露! お前も戻れ」
と賢が言い、それを聞きつけた文鳥サイズの白露がぱたぱたと降りてきて和泉の頭の上に留まった。不思議なもので、不平不満だらけでいつも和泉の事を「馬鹿じゃないの」と鳴いていた白露が賢に抗議をした。
「そうじゃない。お前の力量をどうのこうのと言ってるんじゃない。だが、お前は防御力は高いが、攻撃力が低い」
「クケケケケ!」
「お前は黒凱と二体で最強だ。離れていては意味がない。守って戦うのが出来る奴に任せたい」
「そんなにがっちり守ってもらわなくてもいいんじゃない? 最近はそんなに悪霊も見ないわよ」
「一狼が守ってたからだろ」
「え、そうなの」
「それに……もっと強い敵が来る。和泉を守るのは誰がいいかな」
と賢が言った瞬間に部屋の壁に黒い影がもりもりもりっと出来た。
和泉が部屋を見渡しても、賢、和泉、銀猫、黄虎しかいないのだが、壁にはもっとたくさんの頭と身体が見える。羽根をばさっと広げている者もいる。長い尾のような物をピシリピシリっと打ち付けている姿もある。
「我こそは、と名乗りをあげてるよ。みんな、若様のお役に立ちたくてしょうがないんだ」
と銀猫が言った。
「大きくて枕代わりになって、暖かくてふわふわで、もふもふできる強くて優しいイケメン君がいいな」
と和泉が厚かましい事を言うと、
「何だ、俺の事か? なんなら一生側にいますけど」
と賢が言った。
「賢ちゃんは忙しいから二十四時間は無理じゃない。っていうか、該当条件が大きいしか合ってないじゃん」
「失敬な」
「虎君は? ソファにちょうどいいんですけど」
「黄虎は……」
と賢が言った瞬間に、「ケケケケケケ」と和泉の頭の上の白露が鳴いた。
そして部屋の壁からも「グウウ」とか「ギャッギャッギャ」とか言う鳴き声がした。
和泉の気のせいかもしれないが、嘲笑のような声だった。
「黄虎はまだ子供だからねえ」
と銀猫が言った。
「そうなの? こんなに大きいのに」
「守って戦うという経験がないからね」
黄虎はぺたんと床に伏せて(すみません)という感じで両前足で顔を塞いだ。
「大きくて、もふもふかぁ。茶蜘蛛!」
と賢が言った。
「ぎゃーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー」
和泉の絶叫が上がった。
目の前の真っ白い壁に大きな大きな長い数本の足と丸い身体に茶色い毛がふさふさしている物がいた。さささっと動く。白い壁をさささっと移動している、巨大な茶色い蜘蛛。
「な、何よ、あれ」
和泉はその物体から目が離せない。
身体が後ずさって、黄虎の身体をぎゅっと掴む。
「嫌~~~~」
「大きくてふわふわしてて、もふもふ出来るけど。防御力も攻撃力も高いし。枕代わりにもなるし、優しくてよく見るとイケメンだし」
と賢が言った。
「茶蜘蛛のはる蜘蛛の糸は強力でハンモック代わりになって、昼寝も出来るし、ゴキブリとかネズミとかの害虫も退治してくれるからねえ」
と銀猫も推奨するように言った。
和泉はぶんぶんと首を振った。
「ご、ごめんね。茶蜘蛛君、でも無理」
茶蜘蛛ははっとしたように身体を震わせて、天井の隅の方へさささっと上がってしまった。
「あーあ、いじけた。可哀相に。ああ見えて、ナイーブなんだぜ」
「賢ちゃんがもうちょっと考えてくれたらいいんじゃない! 女の子に巨大蜘蛛なんか無理に決まってるでしょ! 馬鹿! 最低!」
「文句の多いやつだな、じゃあ、赤狼!」
茶蜘蛛が消えて、次に大きな赤い狼が姿を現した。
「でええええええええええ」
一狼よりも黄虎よりも更に大きな真っ赤な毛の狼だった。
「ちょ、いくら何でもでっかすぎるでしょ! あ、ちょっと! 尻尾がベッドの上に! どけてよ! ああもう、前足がキッチンまで! 頭が天井につかえてるじゃん!」
「赤狼は一狼の親神だ」
と賢が、今こんな時にその説明いります? みたいな説明をした。
「親神?」
「十二神は子神を発生させるんだ。それが俺の属子の陰陽師の式神に選ばれる」
「へえ、そうなんだ……でももうちょっと小さくなれないの?」
と和泉が言うと、赤狼はこちらも「ワン」と鳴いてから小さくなった。
黄虎と同じくらいまで縮んだので、和泉は赤狼の毛皮を触ってみた。
「お、柔らかい! それにしても派手ねえ。赤君、ビジュアル系のイケメン君ね」
「ワン」
「赤狼、お前は今後、式神として存在する限り和泉を守り続ける事を命ずる」
と賢が言い、赤狼が「グルグルグル」と唸って賢の前に頭を下げた。
「他の者は散!」
と賢が言い、壁の中の式神の気配がいっせいに消えた。
「和泉、念珠を貸せ」
「ん?」
和泉は左腕にしていた念珠をはずして賢に渡した。
手の平にそれを乗せて、賢がぶつぶつと何かを唱えた。
とたんに白露の姿が元の大きな美しい鳥に戻った。そして念珠につながっていた白露の綺麗な長い尾が外れ、代わりに赤狼のふさふさした尻尾が念珠につながった。
「白露、今までありがとう」
と和泉が言うと、白露は、「ふん!」という感じだったがふわっと和泉の頭上で舞って、和泉の頭をなでるような仕草をしてから黒凱と一緒に消えていった。
「じゃあ、あたしもそろそろおいとまするよ」
と言って銀猫がまた大きくのびをしてから立ち上がった。
慌てて黄虎も起き上がったので、もたれていた和泉は後ろへひっくり返ってしまった。
「ちょ、ちょっと~」
「和泉ちゃん、またねぇ」
「銀猫さん、また遊びに来てね。虎君も」
「あいよ、また寄らせてもらうさ、さ、行くよ。黄虎」
「グル」
「じゃ、若様、失礼しますよ」
「ああ」
銀猫を頭の上に乗せて、黄虎もまたゆらっと姿を消した。




