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土御門ラヴァーズ  作者: 猫又
第二章
42/107

番組(和泉と美登里と本家)の途中ですが、外伝「賢と和泉、八歳」をお送りします。

「和泉、いいもの見せてやる」

「何? 賢ちゃん」

「ほら、この間死んだ犬のマロンの魂。お前、死ぬ前に会えなかっただろ?」

 と賢が差し出したのは、薄くぼんやり光る丸い塊だった。

「え?」

「マロンもお前に会えなくて心残りだろうから…」

「いやーーーーーーーーーーーーー」

 和泉は賢の身体を突き飛ばして泣きながら逃げて行った。

「何だよ、せっかくお別れを言わせてやろうと思ったのに、なあ、マロン」 

 賢の手の中のマロンの魂は「きゅうん」と小さく鳴いてから、消えた。

 土御門賢、八歳。土御門家の跡取り息子で、土御門神道の次代当主と決まっている。  抜群の霊能力を保持し、土御門一族の中でも近年にこれほどの能力者は出ていない。

 手の甲に五つの黒子があり、それをたどると五芒星になる事から、土御門家のご先祖、天才陰陽師、安倍晴明の生まれ変わりとされている。


 しくしくと泣きながら土御門家の庭園を歩くのは土御門和泉、八歳。

「和泉ちゃん、どうしたの?」

「仁君、賢ちゃんが…」

「またなんか霊でもつかまえて見せたの?」

「うん、マロンの魂だって」

「え~」

 土御門仁、六歳。土御門家の次男、長兄の賢ほどではないが、そこそこの霊能力を保持している。太く、大きな身体の賢とは違い、スリムで華奢である。

「まー兄……」

「和泉、賢ちゃんの事嫌い。いっつも意地悪するから」

「意地悪のつもりじゃないんだよ、その…」

「ううん、意地悪だもん。もう帰る! 賢ちゃんとはもう遊ばない!」

 と言い捨てて和泉は庭から出て行ってしまった。



「まー兄、和泉ちゃん、泣かしたろ。まー兄とはもう遊ばないって泣きながら帰ったよ」

「え!」

「まーた泣かしたの」

 と言ったのは三男、土御門陸、四歳。

 賢にしてはそんなつもりはないのだが、結局、これはいつもの風景だった。

「この間も浮遊霊捕まえて、和泉ちゃんのリカちゃん人形に封じ込めて、和泉ちゃん、ままごとの途中でリカちゃん人形がしゃべり出したのにびっくりして大泣きして、ひきつけみたいになってたじゃん」

「あれは…人形が動いたら喜ぶかな、と思って」

「喜ぶって…そこいらに浮遊してる低級な霊を入れたってびっくりするだけだよ」

「するする。おとといもレゴが夜になると布団登ってくるって泣いてた」

 と陸が手をたたいた。

「う、うるさい!」

 賢は陸の頭をたたいてから、どすどすと逃げて行ってしまった。



「和泉、これ、朝子さんにお渡ししてきてちょうだい」

 台所で母親に言われて、和泉は嫌な顔をした。

「嫌、お母さん、行けば」

「忙しいから頼んでるんでしょ」

「あたしだって忙しいもん。もうあの家には行かない!」

「どうして?」

「賢ちゃんが意地悪だから! 浮遊霊とか捕まえて遊んでて、いっつも和泉に見せにくるから嫌なの。和泉、霊とか嫌い! それで遊ぶ賢ちゃんも嫌い!」

「でも、追いかけてくる霊を追い払ってくれるのは賢さんでしょ?」

「それは……そうだけど。嫌なの!」

「和泉、お母さん、手が離せないの。玄関で沢さんにでも渡したらすぐに戻ってくればいいでしょ?」

「うん」

 和泉は渋々母親に渡された紙袋を持って家を出た。

 玄関を出て、となりは駄菓子屋だ。その隣、長い塀をぐるっと歩いて行くと、土御門本家の門がある。門はいつも閉まっているが、その横の通用口から入っていく。

 石畳をずっと歩いて、池の横を通り、駐車場の前を通り、そしてポーチをぐるっと回って玄関にたどり着く。玄関のドアフォンを鳴らすと、応答があり、沢が出てくる。

 いつもならば。

「何だ、和泉」と言いながら玄関に出てきたのは賢だった。

「沢さんは?」

「さあ、知らねえ」

「じゃあ、これ、おばさまに渡して。うちのお母さんから」

「ふーん」

 賢は紙袋を受け取ってから、

「上がってけよ」

 と言った。

「ううん、帰る」

「何で」

「もう、賢ちゃんとは遊ばないもん」

「お前、そんな事言ってもいいのかよ。悪霊出たって助けてやらないからな!」

「……」

 和泉は一瞬だけ泣きそうになったが、ぐっとこらえて賢を睨んで、

「困ってる人を助けるのが仕事じゃなかったの」

 と言った。

「ああ?」

「助けるとか助けないとか区別するんだ。おじさまはみんなを助けるのが使命って言ってたのに。賢ちゃんは次代様なのに、助けないとか言うんだ!」

 この年頃は女の子が圧倒的に口がたつ。

 賢はぐっと痛い所をつかれた様な顔をした。

「何が次代様だよ。好きでやってんじゃねーよ!」

 と言い返した。

「だ、だって賢ちゃんが次代様なんでしょ」

 口が立つが別に賢いわけではないので、言い返されると和泉ももう言葉がない。

「今はそうだけど。別に俺でなけりゃいけないわけじゃない。仁か陸の能力が育って俺を超えたら、そいつがやればいいだけの話だ」

「そうなの? よくわかんない」

「お前、俺にみんなを助けろって言うけど…」

「ん?」

「俺は誰が助けてくれるんだ」

「えー、賢ちゃん、強いのに助けてほしいの?」

「うん」

 賢はそう言ってから玄関の上がり口に座り込んだ。

 和泉もつられてその横に座る。

「賢ちゃん、仁君や陸君よりも強いじゃない」

「そうだけど……そういう問題じゃないんだ」

「えー、どういう問題?」

「いいよな、お前は気楽で」

「気楽じゃないよ。変な霊とか見えるの嫌だもん」

「まあな、自分で祓えないから逃げるしかないもんな」

「うん」

「俺が祓ってやるよ」

「うん、ありがとう」

 さすがに子供なので話が堂々巡りである。

 賢の言葉に気をよくした和泉が、

「じゃあ、賢ちゃんはあたしが助けてあげるよ」

 と言った。

「本当に?」

 と言って賢が嬉しそうに笑った。


 それは賢が生まれてきてから今日までで、一番欲しかった言葉だった。

 いつも誰かを助けてきた。

 それが使命だからだ。

 でも誰も賢を助けてくれなかった。

 悪霊も修行も嫌いだった。つらい事ばかりだった。

 父親も祖母も、賢様、次代様と寄ってくる人々も、誰も賢を助けてくれなかった。

 

 唯一の光は同い年の親戚の女の子だった。

 悪霊に憑かれやすい質で、いたずらな霊に目をつけられては追いかけられて泣いていた。

 祓ってやったら、喜んだ。凄く嬉しそうに「ありがとう、賢ちゃん!」と言った。

 それが賢の光だった。その光の為にがんばれた。つらい修行も、嫌な祈祷場も。


 その光が自分を助けてくれる、と言った。


「うん」

「じゃ、じゃあさ、ちょっと俺の部屋来いよ」

「え? もう帰るんだけど」

「すぐすむから! 助けてくれるつったじゃん」

「うん」

 和泉は靴を脱いできちんと揃えた。それから、

「お邪魔します」と丁寧に言ってから上がり込んだ。



「これ何?」

 和泉は賢の部屋で机の上に広げた紙を見た。

 薄い紙で緑色の枠線が引いてある。←ここ重要。

「ここに名前書くんだ」

「名前書いてどうするの?」

「良子さんがこれに名前を書いたら幸せになれるって言ってたから、きっと結婚する時に使うんだ」

「結婚? 子供なのに結婚なんて出来ないよ」

「今は出来ないけど、大人になったら出来るだろ」

「え~賢ちゃんと結婚?」

「嫌なのかよ」

「結婚てお嫁さんになる事だよ?」

「うん。うちには料理人がいるし、掃除人もいる。庭師もいるし、お手伝いもいっぱいいるから、和泉は何にもしなくていい。毎日、おやつ食べてたらいい」

「そうなの? いいなぁ」

「だろ?」

「土御門って漢字、難しいんだよね。あたし、上手に書けないんだ。賢ちゃん、書いて」

「うん」

 そして賢は二人の名前を鉛筆で書き込んだ。

 

 それは和泉にとっては幼い日のたわいのないお遊びだったかもしれない。

 だが、賢にとっては和泉を運命の相手と決めた日だった。

 



「おかしいわねぇ。この辺りに置いたのに」

 朝子が居間の家具の間をうろうろと困ったようにうろついていた。

「何かお探しですか? 奥様」

 沢が声をかけた。

「この間、敬之助さんの奥さんが来たでしょ?」

「はい。旦那様のお従兄弟様である敬之助様が半年前にご結婚されたお相手の良子様ですね」

「沢さん、誰かに説明してるの?」

「いえ、別に」

「そう。その良子さんが敬之助さんと離婚するって離婚届けをもらって来てたのよ」

「ええ? 離婚されるんですか?」

「良子さんはちょっと思い詰めてるだけよ。ほら、あそこも敬之助さんのお母様が…ね?」

「はい」

 沢はいかにも理解した、という風にうなずいた。

「説得して、きちんと敬之助さんとも話し合って離婚はしないって納得したの。で、その時に離婚届けを取り上げたんだけど、それが見あたらないの。もし見つけたら捨てておいてね。出来ればお義母様にみつからないうちに」

「かしこまりました、奥様」


「朝子! 雄一さんがご祈祷に出かける時間ですよ! 何をぐずぐすしているの。全くあなたは気が利かないんだから。早く支度しなさい!」

 くそばばあが呼んでいる。

「は、はい、お義母様!」

「御当主が出かける時間くらい覚えなさい! 土御門の務めをなんと心得てるの?!」

「すみません、お義母様…」

「男の子を三人生んだくらいで、務めを果たした気でいたら困りますよ!」 

「はい…」

 

 じゅ、十分でしょ。三人も男子を生んだら! くそばばあ。

 見つけたら私が使うかもしれないわ、離婚届け!


 だが、その後、離婚届けはどこからも見つからなかった。 

 二十年間、賢の机の引き出しの中で眠っていたからだ。  了


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