和泉と美登里と本家4
美登里は厳かな顔で賢から念珠の箱を受け取った。
その様子を見ていた靜香は思わず笑みがこぼれる。
「賢様、無理なお願いをして申し訳ありませんでした」
と美登里が深々と頭を下げた。
「ああ」
と賢が短く返事をした。見るからに機嫌は最悪の様子だ。
和泉も元の場所に戻って座っている。
美登里は靜香の方へ向き直って、
「おばあさま、これは私が賢様にお願いをして、作っていただいたお念珠ですわ。おばあさまの為に作っていただきましたの」
「それはありがたいね」
と靜香は、内心でばんざいをしているのだが、すまし顔である。
「これをお渡しする前にお願いがございますの」
「何だい」
「私を賢様に嫁がせるのはあきらめてください。そして、私が土御門でこれから能力者として働く事をお許しください」
「な」
と靜香は言った。
それ以外の者は皆、平静を装っていた。
美登里の根回し済みである。
両親も両手をあげて賛成というわけではないが、美登里の熱意に渋々ながらもうなずいた。土御門への絶対的な信頼と尊敬が、美登里の命の危機感を軽減している。
賢の霊能力の強さはとその技はすでに現当主を超えているのは確かだ。
一族の者は本気で賢が伝説の陰陽師の生まれ変わりだと信じている。
その賢の眷属であれば、そうそう危険はないのではないか、という思いがある。
「許しません!」
とだけ、靜香は言った。
「何故ですの」
「何故? こちらが聞きたい、何故そんな危険な事を」
「危険? おばあさまは偉大なる土御門のお務めを危険な事とお思いでいらしたの? それこそ土御門の一員にあるまじきお言葉ですわ。そのお務めによって土御門は千年も栄えてきたのではありませんの」
「能力者として働くにはそれ相応の能力が必要なんです!」
「私には能力がありますわ。御当主の雄一様も次代様も認めてくださいました」
美登里の言葉に靜香はすまして座っている雄一と賢を見た。
「雄一さん、本気ですか、美登里は女なんですよ」
「女性の陰陽師もおりますよ。靜香おばさま」
雄一が柔らかく答えた。
「それにしたって、何も美登里が! 美登里は小さい頃から賢さんの嫁として教育してきました。能力者として働くなんて、許しません!」
「賢様には決まった方がいらっしゃいますの。私が能力者として働く云々、以前に結婚のお話はありませんわ」
靜香はじろっと隅の方で固まっている和泉を見た。
「あの娘かえ。あんな下っ端の土御門を嫁に迎えるなんて…本家もどういうつもりなんですか!」
「和泉さんは下っ端ではありませんわ。ご存じないんですか? 和泉さんはさ……」
と美登里が何か言いかけた時に、
「美登里!」
と賢が厳しい声で止めた。
「余計な事は言うな」
「申し訳ございません、賢様」
と美登里が頭を下げた。
第三関門、ラスボス登場
「騒がしいね」
ふすまが開いてラスボス…いや、加寿子が顔を出した。
「姉さん!」
援軍来たり、と靜香が立ち上がって加寿子の側に行った。
加寿子はその場で皆をじろっと見下ろした。
「美登里が能力者として働くと言うんですよ。そんな事させられませんよ! 何とか言ってください! 雄一さんも賢さんも賛成だと言うんですよ」
「本気かえ? 美登里さん」
「はい、加寿子伯母様、美登里はこれから賢様の配下として働きますわ。私にも授かった能力があります。土御門の為にそれを有効に使いたいと思います」
美登里は加寿子相手にでも一歩も引かなかった。
長い間、祖母いいなりだった美登里に取っては革命であり、それを見てきた者達にとっても大きな変化だった。
「賢さんとの結婚もやめて?」
「賢様が結婚したい方と結婚すればいいと思います。望まぬ婚姻は不幸の始まりですわ」
「望まぬ婚姻ねえ…」
加寿子がふいと室内を見渡して、和泉を見た。
「例えば、賢さんが和泉と結婚したいと思っているとかかえ? 遠くへやったと思えば、うまく本家へ入り込むのが上手な娘だ」
和室内はぽかぽかと暖かかったが、和泉は背筋が寒くなった。
冷水を浴びせられたような気がした。
「大伯母様、賢様がこの先も土御門のご使命を全うされる為にも賢様の望むようにしてさしあげるのが…」
と、言いかけた美登里の言葉を加寿子は遮った。
「そうさね、そんなに和泉と結婚したいのならすればいいさ。どうせ、和泉は断れないんだからねぇ」
と加寿子が言った。
一瞬、誰もが言葉を失ったが、加寿子は続けて、
「そうだろう? 賢さんは和泉の命の恩人だ。その恩人の求婚を断るなんて選択はないだろう? 仮にも土御門を名乗るならね。和泉には何も言う資格はない。例え賢さんの事を、好ましく思ってなくても和泉には受けるしかないんだ。雄一、朝子、結婚させるならさっさと準備にかかりなさい。和泉はもう三十路手前じゃないか。みっともない。だが、よく考えた方がいいよ、和泉。望まぬ婚姻は不幸の始まりだそうだからね」
と言い放った。
「靜香、美登里にも好きにさせればいいさ。最近の若い者は年寄りの言う事など馬鹿にして、聞く気持ちもないようだしね。どうせ私達は先が短い。墓の中から土御門の行く末を見てればいいのさ」
「姉さん……」
言いたいことを言い放って、加寿子は去って行った。
誰も言葉を発せなかった。
加寿子は呪いの言葉を残して行ったのだ。
それはじわじわと心の中に巣くっていった。
賢の心の中に敗北感を植え付けた。
和泉も固まったままうつむいていた。
「皆様がお揃いになりました」
と沢が告げに来たが、誰も動き出せなかった。