和泉と美登里と本家3
「そうだ!」
と賢が言った。
「何?」
賢は和泉を睨みつけて、
「てめー、縁談って何だ」
と言った。
「え」
「くだらねえ神報の記事にぶち切れて姿くらましやがったくせに、自分はちゃっかり見合いしてんのか!」
「ち、違うわ。あれは…おじさんの田舎の方じゃ女の子が少ないからって、そんな話があったんだけど、見合いするつもりなんてないって断ってたの。でも、その土地の権力者?みたいな家の長男がしつこくてしつこくて…」
「……」
「家まで乗り込んで来て、嫁に来いって暴れるのよ。酷いでしょう? 何かね、すごいお金持ちで、すごい古い家柄なんだって。その地方じゃ誰も逆らえなくて、みんなが頭を下げるような家だって。断っても断っても、とにかくしつこいの、そこの長男が」
「……も、もういい。何気に自分にダメージが……」
賢は机に手をついて胸を押さえた。
「しかも五十の人よ? いくら何でもと思うでしょう?」
「五十才?」
「そう、あっちじゃ、四十、五十で独身なんていっぱいいるんだって、本当に女の子が少ないらしいわ」
「田舎はそんなもんかもな。だから外国から嫁さんもらうとかするし」
「そんなもんなの? だからもう、あっちにはいられなくて」
「そうか」
「うん、一度なんか婚姻届け持ってバイト先に来たのよ。恐ろしかったなんてもんじゃなかった。大声で暴れて。でもね、凄いのが誰も止めないの。あの人は大地主さんだからってさ。おまけにあの人と結婚したら一生安楽だって言うのよ。冗談じゃないわ。すぐに家に来て、家事して、農作業して、介護しろなんて、いくら金持ちでも絶対無理でしょ。婚姻届けにサインさせられそうになったから逃げた」
「まじでそんな男いるのか」
「うん」
「あ…でも、俺も婚姻届けを偽造したことがあるけどな」
と言って賢が笑った。
「ええ? 何それ、犯罪じゃん」
「えー、お前、覚えてねえの?」
「あたし?」
「そう、ガキの頃」
と言って賢は大きな机の一番したの引き出しを開けた。
「捨ててないと思うんだけど…どこに入れたっけな、あ、あった」
賢は引き出しから大きなノートを取り出して開いた。
ページの間から一枚の紙を取り出す。紙は半分に折ってあった。
「これ」
和泉はそれを受け取って開いた。
「どうして婚姻届けが家にあったのかは忘れたんだけどな、俺、自分の名前を書いて、和泉に渡したんだ。八歳くらいだったな」
確かに、土御門賢と定規でひいたような漢字で名前を書いてある。その横には和泉の名前も書いてある。
「賢ちゃん、土御門賢なんて漢字、八歳で書けたんだ、凄い! 頭よかったもんね」
「注目するのはそこかよ」
「あたしの名前も賢ちゃんが書いたの?」
「和泉に名前書けよって言ったら、書けないから賢ちゃん書いてって言った」
「へえ、全然、覚えてない」
「な、なんなら新しい用紙をもらってきてちゃんと名前を書くっていうのは……」
「……でも……賢ちゃん……これ……」
「無視ですか、そうですか……」
「これ……離婚届けだけど」
「え?!!!!」
和泉の持っている用紙をのぞき込むと、確かに「離婚届け」になっている。
「……どうりで…うまくいかないと……」
「賢ちゃん、婚姻届けってずっと思ってたの?」
「……何の疑いもなく」
「思い込みって怖いわね。二十年後に真実が発覚するなんて」
賢は和泉の手から離婚届けを取り上げて、びりびりっと破いた。
それからくしゃくしゃにして丸めてゴミ箱へ捨てた。
「ケケケケケ」
と白露が笑った。




