美登里、再び、はっちゃける
「いい事を思いついたわ」
と美登里が言った。
ここは土御門家…本家ではない、美登里の家である。
本家から車で二十分ほど。
本家ほどではないが、広大な敷地は千坪はあるだろう。
美登里は自室で瞑想をしていたのだが、窓の外を見て雪がちらついているのに気がついた。両親が朝からばたばたと騒がしくしているのは知っていた。
祖母の靜香もいらいらと衣装室にこもっているに気がついていた。
後、二十日もすれば新年である。
その準備に大わらわなのである。
年末年始はあちらこちらの親戚が挨拶に来る。
歳暮の品もすでに順々に到着している。
下っ端の家ほど出費が重なる季節である。少しでも上の位の土御門には礼節が欠かせないからだ。
美登里の祖母、土御門靜香は、姉の加寿子と双子の姉妹に生まれた。
土御門本家を継いだのは姉の加寿子であるが、霊的な能力で言えばそれほど差はなかった。だが、その後、靜香が生んだ息子には霊能力はそれほどなく、圧倒的に加寿子の子供達の方が霊能者としては優秀だった。そして、その孫の世代でも、次代と決定されたのはやはり加寿子の孫の賢であった。靜香の孫は美登里だけで、彼女には秀でた霊能力があったが、靜香の望みはやはり自分の血統で優秀な男子を当主にする、という物になっていた。 美登里を賢に嫁がせてと、もくろんでいるようだが美登里にはその気は全然なかった。
もし、賢と和泉の話を聞かなかったら、祖母の言うように素直に従っていたと思う。
だが幼い頃から優秀で、次代とされていた真面目で堅物だと思っていた賢が、二十年も和泉に片思いだったと聞いたのは衝撃だった。
望みは叶うかもしれないのだ。
自分が声に出しさえすれば、という事を美登里は知ったのである。
賢が工房へこもって、今、靜香用の念珠を製作している。
それは美登里が頼んだ物だ。
賢の霊能力を封じ込めた念珠は素晴らしく効力が強い。悪霊や霊的な物、人間の負の思念でさえいっさい排除する。賢は滅多にそれを作らず(面倒くさいから、ただし、和泉の為なら徹夜で作る)幻の念珠として土御門一族では憧れの的なのである。
美登里はその念珠で取引をするつもりだった。
靜香へ対して、自分も能力者として働きたい、と申し出る。それが適わない場合は念珠は靜香の手には渡さない。
それを申し出るのは、新年の祝賀の会の時と決めている。
元日には上位の土御門家の人々が本家へ新年の挨拶へやってくる。
その場で靜香に自分の将来の希望を話すつもりだった。
現当主の前での話し合いだ、うやむやにはされまい。
そして美登里が思いついたいい事とは、その場に和泉を連れて行く、という事だ。
「きっと賢様もお喜びになりますわ。そうだ、あの着物がいいわ。そして……そう、白露と一狼を。まあ、なんて素敵なんでしょう!」
美登里は椅子から立ち上がって、できるだけ急いで、衣装室へ向かった。
衣装室では祖母の靜香がたくさんの着物を出して、新年の着物をどれにしようか悩んでいる。何百枚もある着物は一度も袖を通していないのが大半だ。それに合わせた帯、草履、バッグ、帯留め等がまた何百も棚に並んでいるのだ。
「美登里、お前も新年用の着物を選んでおきなさい。ああ、こんなことなら新しいのを作っておけば良かった。どれが合うだろうね?」
靜香が悩んでいるのは新年に着る着物の色、柄が、美登里に頼まれて賢が今、自分に作っている念珠に合うかどうか、である。
賢が新しい念珠を進物用に作っている、それは美登里にぜひと頼まれたものだ、という噂が靜香の耳に入っているからだ。
それは自分の物に違いない、と靜香は思い、そしてそれを贈られるのは新年だろう、と予測して衣装を選んでいるのだった。
新年には全国の土御門が来る。賢の念珠はそこで大いに自慢できる一品だ。
こんなチャンスは二度とない。賢に念珠を作ってもらえる人間はそういないからだ。
靜香はわくわくしていた。
「おばあさま、私はこの着物にしますわ」
と美登里が黒っぽい地味な着物を選んだ。
「お正月にそんな色の着物を」
「私は大柄ですから派手な色は似合わないのです」
そう言いながらも美登里は別の着物ケースの中から、大事そうに包みを取り出した。
広げてみると赤地で袂と裾に白い小花が散っているだけの柄であるが、素晴らしく美しい着物だった。
「一度でもそれに袖を通してみればいいのに。きっとよく似合うと……」
と言いかける靜香の言葉を遮って、
「これはお友達に貸してあげますの」
と、美登里が言った。
「な、そんな事は許しませんよ! まだ一度も袖を通していないじゃないか。それを他人に貸すだなんて! 一体いくらしたと思ってるんです! 本加賀友禅ですよ!」
「いいじゃありませんか。着物だってしまいっぱなしよりも似合う方に着ていただいた方が喜びますわ」
いつものように雷を落としてもいいのだが、最近の美登里は何を言ってもあまり応えない。はいはいと聞き流しているようで、小言を言う靜香の方が肩すかしを食わされる思いがするのだった。それに正月には念珠を手に入れて一族の中で自慢をするという野望の前に靜香も少しは考えるのだった。
「一体、誰に貸してあげると言うんです」
「お正月に本家へのお年始に行くのに、貸してあげますの。いい機会ですから」
「ええ? 誰を連れて行くつもりでいるのかい? 本家へのお年始なんですから、他人は連れて行けませんよ」
「あら、他人じゃありませんわ。和泉さんですもの」
「和泉? あの和泉を? 何を馬鹿な事を! あの子は親ともども、遠くへ行ったはずだよ。加寿子姉さんがそう言い渡したそうだからね。それが本家の決定だからね」
「ご両親は存じませんけど、和泉さんは戻ってらしてよ?」
「何だって! そうだとしても、和泉を本家へ連れて行くなんて、とんでもない!」
「そうかしら、皆さん、お喜びになると思いますわ。御当主の雄一おじさまも朝子おばさまも、仁さんや陸君も、みんな心配してましたわ」
「駄目ですからね。和泉を連れて行くなんて!」
「そうですの? では私も遠慮しますわ。おばあさまだけお行きになればよろしいわ。皆様によろしくお伝えくださいな」
と言って美登里は立ち上がった。
「美登里! お前まで行かないなんて、どういうつもりで!」
「和泉さんは土御門の一族ですわ。そうでしょう?」
「それはそうだが、元旦のお年始は位の高い者が集まるんですよ! 土御門とはいえ、和泉は下の枝ではありませんか! それに和泉なんか連れて行ったら、加寿子姉さんに何て言われるか!」
「はいはい、分かりました。和泉さんはお誘いしません。私も行きません。そうだわ、おばあさま、賢様にお会いしたら美登里がお願いした件はもう結構ですとお伝えくださいな」
「な、何を…」
美登里は生まれて初めて祖母に勝ったのである。




