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土御門ラヴァーズ  作者: 猫又
第一章
3/107

賢ちゃんと和泉と生首3

 自分の机の上には広げたままの弁当箱とすっかり中身の冷めたマグカップがあった。休憩に出てた人達がぞろぞろと部屋に戻ってきていたので、和泉は慌ててご飯と卵焼きの大きいのを口に放り込んで、お茶で流し込んだ。なるべく見ない方にしていた井上の椅子に座っている島田先輩の後ろ姿が見える。ちらっと視線をやっただけなのに、島田先輩はその瞬間に首だけぐりんと振り返って、にやりと笑った。いつも髪の毛を一つに束ねて、きちっと整髪していた島田先輩からは想像もつかない。ばらばらとなった髪の毛で顔の半分は隠れてしまっている。死んでいるのだから当たり前かもしれないが、顔色も悪い。色を失った唇がもごもごと絶え間なく動いていて、「しゃきしゃき」と聞こえる。

 ああ、これ以上島田先輩の解説は無理だ。

 なるべく見たくないし、また襲ってこられたらかなわない。

 和泉は弁当箱を片付けて午後の仕事に向けてパソコンを起動した。そして、

「ぎ!」

 と大声で言ってしまった。

 だけど叫んだり、立ち上がったりしないだけえらい! と和泉は自分で自分を褒めた。

 昼休み前までは猫の壁紙だったパソコンの画面が島田先輩のアップに変わってしまっていたのだ。先輩は「しゃき、しゃき」と言いながら嬉しそうに笑っていた。

「ね え 見えてる」

 という言葉が画面に表れた。

「見えない、見えない、見えないです」

 和泉は小さい声で念仏のようにつぶやいた。

「見えてろ」

 大きな島田先輩のアップがばらばらに分解され、今度は小さい島田先輩の顔が何十も表れ、画面一杯に動き出す。

「み、見えないですって……」

 今度は、「しゃきしゃきしゃきしゃきしゃきしゃきしゃき」という文字が画面に現れ、そしてもの凄い勢いで横にスクロールされた。

「お、怒ってるんですか……もしかして」

 また島田先輩のアップに変わって、先輩はにやりと笑った。

「どうして……私のとこに……」

 和泉はパソコンから目を離して、井上の席を見た。昼休みから戻ってきている井上は隣の席の同僚と話をしていた。和泉の目には井上の体は島田先輩の体と重なって見えた。

 井上は自分の席に座っている島田先輩に気がついていないようだ。

 島田先輩の顔は和泉のパソコンの中にある。井上の席に座っている先輩の体は首から上がなかった。目を凝らしてよく見れば細く細く長く伸びた首が体とパソコンをつないでいる。

「先輩、何か言いたい事があるですか?」

 和泉はワードソフトを開いて、画面に打ち込んでみた。

「いずみ やぱ 見えてるな」

 と次の行に答えが打ち込まれ、その画面一杯に嬉しそうな笑顔の先輩のアップがいきなり出た。

 霊になると言葉を出したりするのが不自由になるのだろうか、先輩の言葉は聞き取りづらかったし、文章になっても所々がおかしかった。

「見えてますよ。だから急に出て来て脅かさないでくださいね」

「わかた」

 和泉は周囲を見渡した。今日はそれほど急ぐ仕事もないし、隣の席の同僚は風邪で休みだ。仕事をしてるふりをして、先輩との会話を続けるのも難しくなさそうだ。和泉は仕事用の画面も画面に呼び出しておいた。


「先輩、何か言いのこした事でもあるんですか?」

「ある ゆるさね あいつ」

「許さないって、誰ですか? その人が原因で自殺したんですか?」

「じさつ ちが わ し ころされ た」

 和泉はキーを打つ手を止めて、大きく息をした。自制しなければあやうく叫びだすところだった。落ち着け、落ち着け。

 先輩は和泉の反応を待っているようだった。

 恐ろしい思いをした時、信じられない裏切りを受けた時、勇気を出して告白したのにあっさり振られた時、今まで様々な感情で体が震えたが、今回の先輩の告白が一番体が震えた。 キーを打とうとしても指先が震えた。

 体が冷たくなり、思うように考えがまとまらないのだ。

「誰にですか?」

 という言葉がどうしても打ち込めず、指先がどのキーを押せばいいのか分からない状態なのだ。そして、先輩が井上の椅子に座っているのは何故? という質問も答えを聞くのが恐ろしかった。

 固まってしまった和泉に先輩は「またな」と書き残して、パソコンの中から消えた。細く長く伸びていた首が縮まり、先輩の顔が体の上に戻った。そしてぐりんとこちらの方へ振り返って、にたりと笑って見せた。

 井上がカバンを持って外出の準備をしているのが見える。営業先へ回るのだろう。そして、島田先輩も井上とともにいなくなった。

 ああ、先輩は会社に憑いてるんじゃなく、井上君に憑いてるんだ、と和泉は思った。


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