賢ちゃんと和泉と恋の始まり2
またしばらく沈黙が続いた。いや、しばらくではない。
一時間は両方とも黙ったままだった。その間も車はどんどん進む。気がつくと高速道路に乗っていた。
やがて賢がパーキングエリアで車を止めたので、
「ジュース買ってこよっと」
と和泉が車のドアを開けると、
「逃げんなよ」
と賢が言った。
「逃げるわけないじゃん。ていうか、こんなとこで一人になる方が困るし!」
と言うと、賢が笑った。
暖かい缶コーヒーとおやつを買って、ついでにトイレに寄って車に戻ると、賢は電話中だった。和泉を見てから、
「じゃあ、どうも失礼します」
と言って切った。
「?」
また車に乗ってから一時間ほど高速を走った。その間は賢はほとんどしゃべらなかった。
やがて料金所を過ぎて高速を下道に降りて、それから山道に入った。すでにどこの県にいるのかも和泉には分からない。かなり北の方へ来ていると思う。高速を降りた辺りから雪が降り始めていたが、山道はすでに雪が降ってかなり積もっていた。
「すごい雪ねぇ」
ずんずんと車は雪道を上っていく。所々に家が建っているようだが、ほとんど灯りはついていない真っ暗な家ばかりだった。
「賢ちゃん、もう十二時よ。っていうか、もう眠いんだけど」
「もうすぐ着く」
「だから、どこへ?」
賢の返事を待っているうちについうとうとしてしまったのだろう、はっと気がついた時には車は止まっていて、運転席に賢の姿がなかった。
「ちょ、ちょっと、賢ちゃん!」
慌ててドアを開けると、そこは大きな家の前だった。賢は雪が積もった階段を上がった先の玄関のドアを開けようとしていた。
カバンを持って、雪が積もっているんだか、階段なんだか分からない場所をずぽずぽと足を取られながら玄関まで進んだ。ほんの少しの距離なのに、すぐに体中が真白になるほど雪が降り注いでくる。
「寒い~」
と賢に続いて家の中に入ると、ふあっと暖かい空気が体を包んだ。
「あ、ここ知ってる。賢ちゃんちの別荘じゃない。昔、裏山に登ってソリ遊びしたよね」
賢はまた車へ引き返し、大きなボストンバッグを担いできた。
「何、その荷物」
「早く入れ」
せかされて、玄関でブーツを脱いで中に入る。つやつやした廊下を進むとすぐに大広間にでた。暖炉に火が入り、赤々と燃えている。
「わ、暖炉。誰か住んでるの?」
「いや、近くに管理人が住んでるから、連絡しとけば中を整えといてくれる」
「さ、さすが、土御門ね」
暖炉に近づき手をかざすと、しゅわ~と体から湯気が上がった。体に積もった雪が溶けて、髪の毛や服が濡れた。座り込んで、和泉はしばらく火を眺めていた。
「おい、地下に温泉があるの知ってるだろう?」
「ああ、うん」
「入ってこい、風邪ひくぞ」
「え……ああ、いいよ。賢ちゃんこそずぶ濡れじゃない。入ってくれば?」
「後で入る。お前、行ってこい」
「え-、だって着替えも何もないし。何、自分だけそんな大きな荷物持って」
賢は大きなボストンバッグからトレーナーとジャージを引っ張り出すと、和泉に投げてよこした。
「何でもいいだろ、着替えなんて。これ貸してやるから行ってこい」
「分かったわよ」
和泉は賢の投げてよこした服を拾い集めてから立ち上がった。
この辺りは別荘地だった。近くにゲレンデがあるので板を担いで二分でスキーも出来るし、地下に温泉がわいてるという豪華な別荘だった。何度か三兄弟と一緒に連れて来てもらった事がある。三兄弟はスポーツ万能でスキーを教えてもらった記憶があるが、和泉が運動音痴なので結局滑れるようにはならなかった。
温泉で暖まって鼻歌なんか歌っている自分に気がついてちょっと慌てた。
どうしよう。賢ちゃんはどうして私をここに連れて来たんだろう。
「会いたかったから」というさっきのセリフはちょっと嬉しかった。
誰かに会いたかったなんて言われる事はあんまりないし、どうしても会いたい誰かなんて和泉にはいなかった。
考えてものぼせるだけなので、和泉は風呂から出た。借りたぶかぶかのジャージを着てから広間へ戻ると賢ちゃんは暖炉の前でワインを飲んでいた。
「お先ぃ」
と言うと、
「おばはんか」
と賢が笑った。
賢がワインの瓶と新しいワイングラスを渡してくれたので、少しだけ注いで飲んだ。よく冷えていて美味しかったけど、和泉はあまり酒に強くない。このワイングラス一杯も飲めば酔いが回るだろう。
ちびちびと舐めているうちに賢の姿が消えた。
暖炉の上の写真立ての中で小さい三兄弟と和泉が笑ってピースサインをしていた。
「そうだ、家に電話しなくちゃ」
携帯電話を取り出して見ると、もう夜中の二時過ぎだった。
「寝てるかな、明日にしようか。でも、心配してたらあれだしな」
と母親の携帯に電話してみた。長い長い呼び出し音の後、思い切り不機嫌そうな母親の声がした。
「あ……あたし、和泉だけど」
「何? こんな夜中に……賢さんと喧嘩でもしたの? でも迎えになんて行けないわよ」
と母親が言った。
「な、なんで賢ちゃんと一緒って知ってんの?」
「賢さんに電話もらったもの。和泉と一緒だから心配しないようにって」
「あ、そ」
「和泉」
「何?」
「あんた達の事に口出しはしないけど、賢さんは本家の跡取りだって事だけは忘れちゃだめよ。それをふまえた上でちゃんと考えなさいよ。賢さんをいい加減に扱っちゃ駄目だけど、あんたにも幸せになって欲しいのよ」
「そ、そんな事……言われたって、別に賢ちゃんに好きだとかって言われたわけじゃないのよ?」
「じゃあ、今から言うんじゃない? 昔から、賢さんは和泉にだけは優しかったわ。だから、もしかしてと思ってたのよ。がんばんなさい」
そう言ってから電話が切れた。
母親からプレッシャーかけられてどうすんのよ。
和泉は携帯電話をぽいっと放り投げた。
暖炉の前に敷いてある大きなふわふわしたラグに寝転がっていると、眠たくなってきた。
そして夢を見た。




