賢ちゃんと和泉と過去との決別4
「賢様がお戻りになりました」
と沢の声がして、賢と仁が入って来た。二人ともに少しばかり疲れた顔をしているが、服装に乱れもなく、怪我もしていない様子に和泉はほっとした。
「賢さん、また和泉がご迷惑をかけてしまって」
と父親が言った。母親も頭を下げた。父親の声が涙声だったので、それが悲しくて和泉も鼻の奥がつんとなった。
賢はその場にいる者をじろっと見渡してから、
「別に和泉のせいじゃない。俺が勝手にやったことだ」
と言った。
「だが、この娘は悪霊を呼ぶ。そんな娘を本家の側に置いてはおけないね」
と加寿子が言った。賢は加寿子を見てから、和泉を見た。和泉は賢から目を反らした。 うつむいて、もういいや、と思った。早く帰りたい。
「側に置いておけないなら、どうするつもりです」
と賢が言った。
「遠くへやる。本家から遠く離れた場所で暮らせばいい」
賢は雄一の方を見て、
「お父さんの意見も一緒ですか」
と聞いた。
雄一はやれやれという顔で首を振った。加寿子が振り返り息子を睨んだので、慌てて目を反らした。
「俺は反対します。和泉が悪霊を呼ぶなら、祓ってやればいいだけの事だ」
と賢が言った。
「何だって? お前は私の決定に逆らうのかえ。和泉は土御門にとって鬼門もいいとこだ。現にお前は子供の頃に死ぬほどの怪我をしたじゃないか。この娘の為に次期当主のお前を死なせるわけにはいかないんだよ」
加寿子の声は容赦がなかった。
加寿子の言葉の一つ一つが厳しく、とても反論なんか出来ない。
だが、
「俺は悪霊ひとつに怯えて、一族の者を切り捨てるような当主にはなるつもりはない」
と賢が言った。
「何だって?」
「あなたのする事は弱い者を切り捨てて、自分に都合のいい者だけを側に置いておきたいだけだ。俺はそんな当主にはなりたくない。守れる力があるなら使えばいいんじゃないですか。俺はその為に子供の頃からつらい修行に耐えてきたんだ。守れる者と守れない者を分けるつもりはない。それに和泉の事を土御門の枝だ、下っ端だと言うけど、和泉の見鬼の才はかなり優秀だ。俺や仁や陸のような能力者がいて、和泉のような見鬼がいてこその土御門だと思いますけどね」
加寿子の顔色は真っ青だった。思わぬ賢の反撃だったのだろう。
「お前は……この私に、口答えをするのか!」
「あなたの気に沿わない意見は全て口答えですか。現当主のお父さんの言葉も、次期当主だ、頭領だと育てられてきた俺の言葉もあなたの前で無意味なら、あなたがずっと当主であればいいんですよ。あなたは死後も墓の中から土御門を支配すればいい。そうすれば土御門に生まれただけで、自分の生きる道も選べない子供がいなくなる」
賢の言葉は冷たく、加寿子だけではなく、ここにいる全てを打ちのめした。和泉はパニックになってしまい、涙も乾いて口の中もカラカラだった。賢のセリフの後は誰も何も言えず、ただ加寿子だけが賢を睨んでいた。
「賢、それくらいにしなさい」
と穏やかな口調で言ったのは、雄一だった。
「お母さんも興奮すると体によくない」
「誰が興奮させてるのか! こんな風に孫に口汚く罵られて、私はもう生きている甲斐がない……お前がきちんとしつけないから、上の者に向かってあんな風に逆らうような人間に育ってしまったんだ!」
「……そろそろお休みしましょう」
雄一は加寿子の車椅子を押して、リビングを出て行った。少しだけほっとした空気が流れた。
「お兄ちゃん、格好いい~ ある意味どんな悪霊よりも手強いおばあさん相手に」
とほっとした空気の中で陸が言った。
「本当だ。俺、びびって金縛り状態だった」
と仁が笑いながら言った。
「間違った事は言ってねえ」
賢はふうと息をついてネクタイをゆるめた。
「和泉ちゃん、喜美ちゃん、本来ならお義母様のおっしゃる事には従わなくちゃならないけど、賢さんの言う事はもっともだわ。昔の事は気にしなくてもいいし、賢さんが和泉ちゃんを守ると言うなら、それでいいと私は思うの」
朝子がそう言ってから中身の冷めた紅茶のカップを取り上げた。
「誰かを守って行く為に土御門は存在するのよ。その為に授かった霊能力だもの。使わずに大事に飾っておくのは意味がないわ」
母親は頭を下げて、
「ありがとうございます。そう言っていただけると……」
と言った。
「私達もこれで失礼します……賢さん、和泉を助けていただいて本当にありがとうございました」
と父親が頭を下げた。
和泉はそんな父親を見て、帰ったらすぐに荷造りだな、と思った。賢の言葉はありがたかったが、父も母もこれ以上は土御門の本家の側で暮らせないだろう。
そして賢ともう会えなくなるんだと思うと胸がちょっと痛くなった。
賢を見ると和泉の方を見ていたが、和泉はすぐに視線を外した。賢は十分な事をしてくれたので、これ以上は迷惑をかけるわけにはいかない。
和泉は心の中で「賢ちゃん、さよなら」とつぶやいた。




