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土御門ラヴァーズ  作者: 猫又
第一章
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賢ちゃんと和泉と過去との決別

 なごやかとは言い難い雰囲気で和泉達四人はそのレストランで解散した。美香子はもう用はないとばかりにさっさと帰って行った。若尾刑事はひたすら和泉を送りますと言ったが、実は賢ともっと話をしたかったからだろうと思う。メールアドレスと携帯の番号を聞いて、賢に断られて肩を落として帰って行った。

「お前、あの刑事とつきあってんのか?」

 と帰り道の電車の中で賢が言った。

「え? ううん」

「むこうは和泉と結婚するつもりなのか?」

「まさか。あの刑事さんは土御門と知り合いになりたいだけでしょ。土御門の姓に憧れてるみたいだけど、そういう理由で結婚はありえないでしょ」

「そうか」

 と賢が言った。

「ねえ、島田先輩の事、聞いてくれない?」

「島田さん?」

「うん」

 和泉は島田先輩に聞いた事の顛末を賢に語った。

「へえ、小池さんらしいな。罪悪感なしか。罪悪感なしであの性格なら霊障も感じないはずだな」

「そうみたい。島田先輩もちょっと……あれだけどね。やっぱり悪いのは井上君だよね」

「そんな男に騙されるのが馬鹿なんだろ。そんな詐欺みたいな男にどんだけ夢見てんだよ。金取られて遊ばれたら、普通、気がつくぞ。あんな姿になってまでまとわりついて。まだ、小池さんが正直でましだな。まあ、井上もそろそろ駄目だろうけど」

「何が駄目なの?」

「あいつはただ、小池さんに憑いてる地縛霊。けど街にはそんな奴らを喰う悪霊がたくさん徘徊しているからな。井上みたいな無害な霊はすぐに吸収されるだろう」

「そうなんだ……じゃあ、本当はきちんと祓ってあげた方がいいって事?」

「本来はそうした方がいいんだろうけどな」

「そう」

 それからしばらく黙っていたが、ふと思い出して、和泉は賢に聞いた。

「あ、そうだ、ねえ。昔の事だけど、賢ちゃんがあたしのせいで怪我をしたのって覚えてる?」

「……思い出したのか?」

「ううん、覚えてないけど、賢ちゃんは覚えてるの?」

「どうして急に?」

「どういう事だったのか聞きたいなと思って。あたし、そんな事があった事すら覚えてないの。この間、静香伯母様に、賢ちゃんに怪我をさせたんだから本来は屋敷にも来るべきじゃない、みたいに言われたんだけど。そんなに酷い怪我だったのかな?」

「さあな、俺も覚えてねえな」

「そう」

 それから何となく沈黙になり、しばらくは揺れる電車の中で並んで立っていた。電車の窓から西日が差し込んで何もかもがオレンジ色に染まった時、

「お前……」

 と賢が何か言いかけたのだが、すぐにはっとしたように振り返った。和泉もつられて後ろを見たが、電車の中は混んでいて他人の背中しか見えなかった。だが、長身の賢はずっと向こうの方を見ていた。

「どうしたの?」

「来た」

「何が?」

 賢はそれには答えなかった。急に和泉の手を握ると、

「次、降りる駅だな。和泉、はぐれずについてこいよ」

 と賢が言った。

「う、うん」

 賢にぎゅっと左手を握られて、何だか恥ずかしい思いがする。恥ずかしいというのは、みっともないと言う意味じゃなく、照れくさいという意味だ。だけど賢が真剣な顔をしているから、離してとも言えない。

 電車がホームに入ると、人の波がさあっと動いた。電車から出る人、それに乗ろうとする人、次のホームへ走る人。

 賢は和泉の手を握ったまま、無言で階段を駆け上って行く。

 駅の改札を出た所で賢は足を止め、携帯電話を取りだした。

「仁か? 今どこに? それなら、和泉を迎えに来てくれ。駅にいる。そうだ。やつが来た。分かってる、今度こそ、決着をつけてやるさ」

 賢は電話を切ってポケットに入れた。落ち着いているのか慌てているのか分からない。

「一体、どういう事?」

「さっき言ったろ。霊は霊を呼んで悪霊になる。井上が喰われた。井上ごときでも喰らいたい霊はいくらでもいる。もしかしたらとは思ってた。井上を連れている小池さんがお前の側にいるから、和泉に気がつくかもしれないと思ってたんだ」

「え?」 

 賢はまた和泉の手を握って歩き出した。家の方へ向かう道を歩きながら、時折立ち止まっては周囲を見渡す。

「ねえ、賢ちゃん、どういう……あ!」

 行く手に井上が立っていた。頭から血を流して裸足で立っているのはいつも通りだ。

 電柱の影に立ってこちらを見ている。だが、いつものぼんやりとした井上ではなかった。目が違う。悪意を込めてこちらを見ているのだ。少し笑っているようにも見える。

 賢は和泉を庇うように前へ出た。

「賢ちゃん……」

「あれはもう井上じゃない。すでに他の霊に乗っ取られている。悪霊の集合体だ」

「賢ちゃん、あの霊を知って……」

「和泉、話は後だ」

 賢の緊張感が高まるのを感じた。

 井上が前に出た。顔はにやりという風に笑っている。確かに井上の顔だが、どこか違う。凶悪そうな顔でこちらをじっと見ている。

「和泉、念珠は身につけてるな?」

「うん」

 和泉は左手にした念珠を両手でぎゅっと握った。

『ひさしぶりだな』

 という声がした。低い声や高い声が重なったような音だった。

『大きくなったな、子供達よ』

 井上の体がぼやっと黒く薄くなった、霧がかかったように見通しが悪くなる。次第に黒く大きくなるその体のあちこちから顔が現れた。男の顔だったり、泣き叫ぶ女の顔だったり老人の顔だったり、子供の顔だったり、それらは皆が苦しい、恨めしいといった憎悪を表現していた。そしてそれぞれがあーうーとうなり声を発していた。

 冷気が漂い、辺りの温度が一気に下がったような気がした。


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