初夜明けての朝ご飯です
初夜の翌朝。嬉し恥ずかしの新婚第一日目。朝餉は、起き上がれないだろう新妻のために部屋まで運ばれるのが通例らしいが、初夜にあったのは修羅場だけだ。よく寝て爽やかに起床した俺は、環境に慣れるためにもと食事室に向かう。
王太子? そんなの知らん。午後から王と王妃に二人揃って挨拶に行くはずだから、その前に従者が案内に来るだろう。来なければそれは全て王太子の責任だ。そこまで馬鹿だとは思いたくないが……。
が………。馬鹿かもしれん。
「ご機嫌うるわしゅう」とお辞儀をすれば、ミーシャからもあわてて「ご機嫌うるわしゅう」ときた。
王太子からの挨拶は無い。それはいい。そうじゃなくて、なぜ、ミーシャがここに居るかだ。ここは後宮ではない。王宮の一角だ。王太子とその正妃の食事室。せいぜい親族を招くぐらいのプライベート空間だ。正妃の立場を、その位を重んじるというならば、これはナイぞ、王太子。第一、朝餉ごときで妾妃が後宮からひょいひょい出て来ていいわけない。妾妃は通常は自室で食べるし、まだ見てないが、後宮にもティーサロンや食事室はあるはずだ。ここで食べるぐらいなら二人揃って後宮へ行け。今なら二人っきりだ。とは思うが口には出さず。だって公務以外喋らないって言われてるし?
テーブル上の皿とお茶の様子をみれば、二人とも随分前に食事は終えていることがわかる。
俺を待ってたんだろうな。昨日の詫びは絶対に無いから、更なる嫌がらせか。
非常にめんどくさい。俺はおまえらには係わらないって態度に出してるだろう。それほどドロドロしたいか。おまえはそれでいいだろうが、俺は困るんだよ。この時期に、正妃と愛妾とのドロドロが噂になるのは避けたい。愛憎劇などこれっぽっちもない清廉な後宮ですよーにしないと俺の計画がダメになる。
さあ、どうする俺。
目の端に映る王太子は、俺を見ていない。じっとミーシャを見ている。わざとらしいほどに、っつうかわざとだ。ミーシャも王太子に不安そうにしなだれかかっている。不安そう、これが重要なんだな。俺に引き裂かれまいと愛し合う二人はますます燃え上がる、と。
俺は燃料か。
じゃあいい。少しでも長く、後三年はくっついていてくれたまえ。ついでに子供でもこさえてくれたらなお嬉しい。妾腹だと継承権が無いのは俺の国でも同じだが、この国のそれは、王の死後に隠し子の名乗りを防ぐためだと聞いている。その気になれば、妾腹出でもやりようはいくらでもあるだろう。正妃交替でもOKだ。それまでに俺は俺の道を切り開いておく。さしあたって、この二人は放っておいて、計画を早めようそうしよう。早速、午後の謁見で王陛下におねだりしてみよう。王は俺に負い目があるだろうし、王太子も同席することだし丁度いい。
二人の世界に入っている輩は無視して、俺はテーブルに着いた。
「ナタラ、私、サラダより先に果物が欲しいわ。お願いしてもらえないかしら? 食後はカフェで」
女の子っぽくちょっとした我侭を取り入れてみた。少し間違えるとおネエっぽくなるので気をつけたい。
午後、王太子から案内の従者はやっぱり来なかった。が、俺の方が王陛下に用事があったので、一人でもサクサクやってきたら、王太子はすでに来ていた。俺が居ないことをどうやって言い訳したのか知らんが、興味もないので特に発言することもない。黙って王太子の横へ低頭しつつ並べば、こいつはぶすっとした声音で、時候の挨拶だけを両陛下にした。
そう、ご機嫌伺いの時候の挨拶のみ。
この日この時刻に、両陛下へ新婚の王太子夫妻が面会するのは、婚儀のお礼とオブラートに包んだ初夜は滞りなく終えました報告をするためだ。俺たちには初夜もへったくれもなかったので報告すべきことは無く、俺との婚儀も王太子にはありがたいことでは無いので礼もしない、ということだろう。一貫していていっそ清々しいぞ。
んじゃ、俺の番だな。俺も初夜には触れず、しかし婚儀の礼は言った。王陛下の微妙なねぎらいを受けてから、早速とばかりに俺の本来の目的を切り出せば、王の目が極限まで見開かれた。
「すまぬ、王太子妃よ、もう一度言うてはくれぬかの? 昨日はそなたに助けられたからのう、できれば願いをきいてやりたいとは思うが…」
こんな表情を見たのは、婚姻の儀で王太子のバカな宣誓を聞いた時以来だ。あ、昨日か。
「はい。後宮に、身分の差なく、何事かに秀でた魅力的な女性を集めたいと申し上げました」
もう一度、言ってみるが、理由はまだ言ってないから王の目もまだ開かれたままだ。
「父上、私は脇目を振るつもりはありません」
バカが口を挟んだ。黙れよ。貴様の為に集めるとは言ってないだろ。そしてあくまでも俺と口をきく気はないらしい。それなら俺もそうするまでだ。
「陛下。なればこそです。どのような女性が来ようとも王太子殿下のお手つきにはならないと保証されるが故の提案にございます」
「…それ、は…」
王太子は、口を開いては閉じを繰り返し、とうとう諦めた模様。
よし、黙ったな。昨日の宣誓だってな、俺の宣誓がおまえの後だったから助かったんだぞ。バカ(王太子)も国民もみな等しく愛しいから、リグレットノアは、王太子個人にではなく国に嫁いだのです、全部ひっくるめて愛しますとな。言い訳がましかったが、俺の愛は大きいと主張したんだ。それはこの姿も手伝ってか(うるうるおめめで頑張った)、かなりの感動を招待客に与えたらしく、割れんばかりの拍手を貰った。その後、儀式も続行し、めでたく婚姻できたんだ。あれ? 俺は生まれ変わってもこのタイプの男の尻拭いをしているような……。いかん、今はそんなことどうでもいい。王にプレゼンしなくては!
「後宮は広すぎるのです。たったお一人のために全ての施設を開放するにはあまりに不経済です。そこで、余剰分を人材育成に充てるのに何の不都合がありますか?」
「なんだとっ、ミーシャが無駄遣いをしているとでも抜かすかっ」
だから、バカは黙れっての。無視して進めるから勝手に吠えていればいいけどな。
「この国には才はあっても学ぶ機会の無い女性が数多く居るとお聞きしました。そのような有能な女性を集め、才を伸ばすように教育したいと存じます。妾妃では無いのですから装飾品などで財政を圧迫することもなく、寵も競いませんので、無駄な争いも起きません。身の回りの世話など自らが、または後宮に居る者同士が助け合えば、侍女の増員も必要ありません。陛下には彼女達の必要最低限の生活費の負担と教師の招聘をお願いしたいのですが、これも後に国費の負担とならぬようにするつもりです」
ふむ、と王が頷いて「そして、その後、その者達はどうなるのだ?」
もっともな問いだ。
「しっかりと教育できたならば、どこへ出しても恥ずかしくない娘となりましょう。出仕するもよし、独り立ちするもよし。いえ、本音を申し上げますと、一番の目的は、騎士方の花嫁候補として育てたいのです」
後ろの騎士達がざわついてる。期待させて悪い。嘘じゃないけど詭弁だ。味方は多い方がいいからな。実際、そのコ達がどう転ぶかなんて今の俺にもわからんし。
この国の騎士は平民出が多い。出世していくに従って結婚相手の選定が難しく、また出会いもなくなっていく。下っ端のうちに平民の娘と結婚するか、頂点を極めてから貴族の令嬢を貰うか。どこで自分を見極めるのかが鍵となる博打のような婚活だ。 …俺のこの結婚も博打だけどな、うん。
「なるほどのぅ。ところで、その娘達をどのようにして選び集めるのだ?」
「はい。わたくしに考えがありますのでお任せください。陛下には随時報告をいたします」
にっこり笑えば、王も笑み返してくれた。了承と受け取っていいな。
ふっふっふ。
やったっ、俺はやったぞ。これでオーディションがおおっぴらにできるっ。スカウトもできるっ。
後宮は俺のハーレムだーっ。
「王太子妃よ、嬉しそうじゃな」
「……はい。お国にとって喜ばしいことですので」
浮かれすぎた、反省。だって、国じゃなくて俺にとって喜ばしいだろ。俺は今は女だから、女の子をどうこうするつもりはないが、集めて眺めるだけで幸せになれるからいいんだ。それでちょこっと話したり、ちょこっと触れ合ったりできればいい。風呂とかで『その下着かわいいー』とか言い合ったりできるともっといい。風呂か。思えば、女として生まれてから自分以外の女の裸を見た事は無い。男の裸もないが、そんなもんは見たくない。後宮の風呂は皆と一緒に入れるほど広いといいが、自国と同じだったら期待はできない。ハーレム化が軌道に乗ったら真っ先に風呂の改装をしてみるか。なんにせよ、一度見てからだな。
「王太子妃?」
「は、はいっ。ええと、今後、後宮は大人数を抱えることになると思いますが、浴場の設備はどうなっているんでしょうか?」
「随分と話が飛んで具体的事例になるのだな? その辺りは侍従長にでも相談すると良い」
「申し訳ありません。そういたします。ありがとうございます」
危ない危ない。地が出るところだった。気をつけよう。
「ほんに嬉しそうじゃな。そなたが嬉しいのならば、余も嬉しいぞ。王太子妃」
「身に余るお言葉でございます」
そしてリグレット魅了スマイルで誤摩化す、と。ふぃー。