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この作品には 〔残酷描写〕が含まれています。
苦手な方はご注意ください。

神殺しの黒騎士

作者: F

 店は賑やかな喧騒に包まれていた。空も気持ちのいい夕焼けに染まっている。

 大衆食堂、というヤツなのだろう。店内には6人掛けのテーブルと椅子がセットで広く置かれていて、どこもかしこも埋まっている。

 空いているのはカウンター席だけだ。

 店に来た男はやはりというべきか、空きのあるカウンター席に着いた。


「いらっしゃいませ!ご注文は何になさいますか?」


 席に着くなり給仕の娘が注文を取りに来る。

 小柄な身体から精一杯の明るさを引き出し中々に可愛らしい。この店の看板娘と言ったところか。


「そうさな…実はここらに来たばかりでね。オススメはあるかい?」


「そうなんですか?それじゃあ、『店主の気まぐれ定食完全版』がオススメですよ!」


「随分インパクトのあるメニューだなぁ…。じゃあ、それで」


「ありがとうございます。おやじさーん!気まぐれひとつ!」


「あいよ!」


「久しぶりの気まぐれだから気合い入れてね!!」


「任しとけい!いつかとは違うってことを見せてやらあ!!」


 不穏なのか微笑ましいのか判断に困るやり取りに男は苦笑を浮かべた。

 食べられるものが出てくることに期待し、男がおとなしく待っていると看板娘が料理を男のところへと運んできた。


「はい、気まぐれ定食お待ちどーさま……そういえばお客さん、“来たばかり”って言ってましたけど、何しにこの町にいらっしゃったんですか?」


「あぁ、仕事でこっちにね」


「仕事?もしかして軍隊の方ですか?」


「軍隊?」


「あれ?違うんですか?この町に余所の人がくることってあんまりないからてっきり…」


「ニナちゃーん!こっち注文お願ーい!」


「あ、はーい!今いきます!それじゃあ、ごゆっくり」


「あぁ、はい。いただきます」


 ニナと呼ばれた娘はそのままパタパタと走り去っていく。

 男はその姿を見送った後、静かに食事に取りかかった。




 ******




「はーい。ご注文はなんですか?」


「勿論、いつもので。四人分」


「はいはい。いつもの特盛りセットですね~」


 ニナは慣れた手付きで注文を取っていく。ニナの目の前に座る男達は常連なのだろう。

 店主のおやじに注文を伝えると、先ほどの男が目に入る。

 気まぐれ定食を目の前にちょっと困った表情をしながら食事に取り掛かっていた。

 男の容姿は凡庸だ。平均より上と言っていいのか悩む程度である。歳も30前後だろう。

 しかし、その顔に人の好さそうな笑顔を浮かべている様はまるで少年のようでもあり、余生を楽しむ老人のようでもあった。


「ほう。ニナはあぁいうのがタイプなのか」


 男を見ていたニナの背後から唐突に声がかけられる。

 振り向けばニヤニヤとした笑いを顔に張り付けた店主がいた。


「タイプって…も~そんなんじゃないですよ!」


「なにぃ?うちの看板娘にもやっと春が来るかと思ったんだがな」


「もう!私だってまだまだ引く手あまたなんですからね!それに私がいなくなったらこのお店だって困るでしょ?」


「それもそうか!」


 がはは、と豪快に店主は笑い飛ばし、鍋へと向き直る。

 その様子にふんっ、と鼻を鳴らしニナは目線を戻す。

 そこには未だ気まぐれ定食に悪戦苦闘している男の姿がある。

 容姿は目立たない。むしろ影が薄いとさえいえる。

 だというのに年齢不詳の男が纏う独特の空気が男の存在を際立たせている。

 ニナはその不思議な雰囲気の男から何故か目が離せなかった……。




 ******




「ふぅ…ごちそうさまでした」


「あ、お粗末様でした」


 男が食べ終わったのを見計らってか娘…ニナが男の元へやってくる。空の食器を下げるためであろう。

 こちらのことをジッと見ていたし、周りを見回しても常連しかいないように見える。

 余所者のことが気になるのだろうと男は判断する。


「余所者って珍しいのか?」


「ん~。そうですね、ここは国境も近いですし。前はそう珍しくもなかったんですけど…最近は隣のフィリアと仲悪いですから」


「あぁ、だからさっき軍隊とか……」


 男はニナの話に納得した。

 今いるこの国は隣のフィリアという国と国境を接している。

 フィリアの国は最近トップが変わって国の方針が変わり、あちこちに小競り合いを吹っ掛けている。

 おかげで周辺諸国との仲が最悪だ。

 そんな国との国境近くになど誰も来たがらないだろう。

 来るとしたら国境沿いを警備する軍人だけだ。


「はい!この町にも軍隊が駐留してるんですよ。いつ戦争が起こるかわかりませんから」


「いつ戦争が起こるかわからない、か……嫌な時代になったもんだ」


 男は食後のお茶を味わいつつ、蛍光灯に照らされた頭上を見上げ呟いた。

 その目はこの店の天井を貫き、もっと遠い場所へ思いを馳せる様な不思議な雰囲気を帯びていた。

 ただ、男は一度目を瞑ると先ほどの雰囲気が嘘の様にまた人の好い笑みを浮かべ周りを見渡す。


「しっかし……ここの人達はそんな物騒なのに町から離れる気にはなれないのかね?」


「そりゃそうですよ!だって自分の生まれ育った町ですから。まぁ…もう町を出て行った人もいますけど」


「看板娘さんは離れる気はないのかい?」


「勿論ですよ!私だってこの町の一員ですから!大好きな場所を離れたくはないですよ!」


「ははは、それもそうだな」


 ニナの言葉に男はとても楽しそうに笑った。

 そして、ひとしきり笑うと顔を緩めたままお茶に口をつける。

 ますます笑みを深めた男にニナはふと浮かんだ疑問を聞いた。


「軍隊の人じゃないって言いますけど……お客さんって結局どこから来たんですか?」


「あ、オレ?オレは……」


 男がニナの説明に答えようとしたその時だった。

 店の外、正確に言えば町の外周から耳をつんざくような爆音が響く。

 騒然としていた店内は一時静まり返り、先ほどとは違ったざわめきが起こり始める。

 そして、店内に居た客の一人が店の外にでると次々と人が様子を見に外へ出て行く。

 店外に出ると町の端から黒い煙が昇っている。

 さらに、煙の昇る方角からは断続的な銃声が響き、人が逃げるようにしてこちらへくるのも見える。

 ここまでくればこの場の誰にでも状況が分かった。

 ――この町は襲撃を受けている。

 もはや、覆しようのない事実だった。


「あっちはウチの方角じゃないか!?」


「バカ、よせ!あぶないから!!」


「ぐ、軍は何やってるんだ!」


 事実を理解した周囲の人間は混乱の只中にあった。

 このような事態に常に遭遇することはないのだから仕方ないのかもしれない。

 ただ、この場合のそれは間違いだった。

 鳴り響いていた銃声が止み、煙の向こう側から一糸乱れぬ隊列を組んだ集団が姿を現した。

 集団は迷彩色の戦闘服に身を包み銃を町の人々へと向けて構えている。

 その黒光りする銃身は、町の人々をすくませるのに十分な迫力を持っていた。

 ――持っていたのだが


「……この町に駐留した部隊は制圧した。残りは一般人だけだ」


 それ(・・)は黒光りする銃などとは比べ物にならないほどの威圧感を町の住人へ与えた。

 2メートルを超える程の鋼鉄の巨躯。

 外装の隙間から覗く機械的な部品。

 動くたびに軋む人工筋肉。

 何より、その身に着けた幾つもの重火器は容易く人の命を奪うであろうことは一目でわかる。


「パ…“パワードスーツ”……」


 “パワードスーツ”

 人間が用いる技術の粋を集めて作り出された、機械仕掛けの鎧。

 身に纏うだけで常人など遥かに超えた力を装着者に与える、まごうことなき戦略兵器。


「もはや貴様らに抵抗する手段などない。おとなしく我々に投降しろ」


 おそらく部隊を率いる隊長なのだろう。

 “パワードスーツ”の装着者が声を発する。

 個人レベルにおいて最強を誇るそれ(・・)を目の前に町の住人達の心は絶望へと染まっていった……。




 ******




 ニナは目の前の光景に声を失っていた。

 煙をあげる建物。

 横転した車。

 破壊の痕の残る街路地。

 明るさと賑やかさを失った町。

 ただそれだけで、ニナにはまるで別の風景に見えた。

 

「繰り返す。もはや貴様らに抵抗する手段などない。おとなしく我々に投降しろ」


 町を襲った部隊の先頭に立つ機械の鎧が声をあげる。

 住人達にはもとより抵抗の意思など感じられず、粛々と従う気配が見られる。

 ……だがその中にひとり、住人達の先頭に進み出た者がいた。

 それはニナが良く見慣れた“店主”の姿だった。


「おいおい軍人さんよ?いきなり襲ってきていきなり投降しろ、だなんてちょっと調子が良すぎるんじゃねぇか?大体、投降したところで身の安全を保証してくれるのかよ?」


 店主はそのゴツい身体を更に怒らせて前にでる。

 対して機械の鎧からは何の返答もない。


「おい、無視か?ヘッ、どうせ最初から俺らの安全を保証する気なんかないんだろ?そんな奴らにはい、そうですかと従うわけねぇだろ!」


「つまり、投降はしないと」


「ハッ!得体の知れない連中にほいほい付いていく程頭弱くね…」


「そうか」


 機械の鎧が無造作に腕を店主に向けると、パンッという軽い音が鳴る。

 同時に店主が肩を押さえ、その場に膝をついた。


「む?急所を外したか。面倒くさがらずに補正を掛ければよかったな…。では、次は外さん」


「アグッ……てめ…」


 店主は目の前につき出された銃口を睨み付けた。

 よく見れば、機械の腕からは煙をあげる銃が握られてていた。

 ゆっくりとその角度を調整しながらピタリと店主の額にその銃口を向ける。

 その光景を目の前にしたとき、ニナは店主の元へと駆け寄っていた。


「おやじさん!!」


「グッ…ニナ!?バカヤロウ!こっちくんな!」


 ニナは店主の言葉なぞ意に介さずとばかりに店主と銃の間に身体を割り込んでいた。


「ど、どうしてこんなことするんですか!?」


「決まっている。見せしめ、だ」


「そんな……」


 ニナは容赦を感じないその言葉に絶句した。

 “パワードスーツ”を纏った人間の顔は見えない。

 そのことが、何か得たいの知れないことのようにニナには思えた。


「そこを退け。さもなくば撃つ」


「……イヤよ」


「おいニナ、よせ!」


「おやじさんは黙ってて!!!」


 ニナの気迫に店主は閉口する。

 そのままニナは機械の鎧を、こちらを見つめる“パワードスーツ”のバイザーを真っ向から睨み付けた。


「おやじさんが殺されそうってときに……おとなしくなんて出来ない」


「……残念だ」


 銃口がニナに向けられる。

 引き金に掛けられた金属の指が徐々に軋みをあげていく。

 ニナは思わず目を閉じていた。




「あ~軍人さん。そこまでにしてやってくれないかな?」


 ニナはその声に目を見開いた。




 ******




 “パワードスーツ”を纏った隊長は辺りに響いた能天気な声に顔を上げた。

 声の出どころは探すまでもなく分かる。

 何故なら本人が周囲の人の合間をぬって出てきたからだ。


「ちょっと失礼……っと。あ、軍人さんその銃おろしてもらえない?」


「次から次へと…ここの住人は余程命知らずのお人好しが多いようだ」


「あ、それにはオレも同意。人のために自分の命を投げ出すなんてお人好しが過ぎるよね?」


「……お客さん?なんで…」


「やっ、看板娘さん。ちょっと下がっててね」


「え?あの、えっと…?」


 前に出てきた男は店主とニナを引っ張って後ろに下がらせた。

 そして近くの人間に預け、店主の応急処置を頼む。


「ん、じゃその人頼んだ。弾は貫通してるみたいだからそう酷くないと思うけど一応」


「あ、あぁ…わかった」


「看板娘さんもその人の側に居てね?」


「え?…お客さんは?」


「オレは仕事さ」


 そう言うと男は隊長と向き合う。


「やぁ、ゴメンゴメン。待たせた」


「何者だ…貴様」


「何者って…旅行者?ビジター?」


「ふざけるなよ貴様!」


「いや~ちょっと説明しづらくってさ。それはそうと、軍人さん。ここは退いてくれないかな?」


「…それで退くと思うか?」


「やっぱ、ダメだよなぁ。出来れば退いて欲しかったんだけど」


「話にならんな」


 隊長は目の前の男に興味を失っていた。

 交渉する気がないとばかりに目線を反らしたその直後。


「やっぱ、全員倒すしかないか」


 男の発した言葉に耳を疑った。




 ******





「リヴィエラ。アーマーフォーム。ノーマルで展開」


『了解。アーマーフォーム、ノーマルモードで展開します。Lv.20で解放』


 男の発した言葉に返答したのは機械的な女性の声。

 まるで意味不明なやり取りに周囲は呆気にとられる。

 だが、最も近くにいた隊長だけが身も潰れるようなプレッシャーを味わっていた。


「何……何なんだ貴様……」


 男の周囲に風が吹き荒れ、まるで陽炎のように景色が歪んでいく。

 次の瞬間、男の身体が黒紫の光に飲み込まれた。



 鋭利に尖った全身のシルエット。


 真横に広がる形状のまるで翼のような印象を与えるフルフェイスメット。


 上半身を包み込むプレート。


 腕を包み肘の先を超えて伸びるそれ自体が武器のようなガントレット。


 スリムな印象を与えながらも力強さを失わないグリーヴ。


 右腰部に付いた四角く厚みのある金属質な鞘に収まったロングソード。


 両肩から背中にかけてたなびくヴァイオレットのマント。


 飲み込まれたのはでない。それは男の全身を包む甲冑・・だった。

 黒紫色の装甲に光を反射させ、T字型のバイザーを煌かせたそれは正しく


『展開完了。制御神鎧“Rebellightリベレイト”正常に起動しました』


 ―――騎士の姿だった。


「さて……この鎧を着るのもいつ振りかな」


『6年5ヶ月14日になります』


「もう6年たったのか。時間が流れるのって早いな」


『ちなみにこのやり取りは97回目になります』


「お!目指せ100回ってことだな!?」


『いい加減ワンパターンなので飽きてきました』


「………お前でも飽きんの?」


『気にするところはそこではないと思います』


 騎士と女性の声が、抜けたやり取りを続けている間、周囲の人間は一歩も動けなかった。

 驚いていたから、だけではない。

 騎士が現れた瞬間の濃密な空気に飲み込まれたのだ。

 誰かがゴクリ、と唾を飲み込む。

 それを合図とした訳ではないだろうが、騎士と女性の声が喋るのをやめた。

 騎士はフルフェイスメットに刻まれたT字のバイザーを隊長へと向ける。

 その直後、隊長は騎士の正体に気づいた。


そうか(・・・)……そうか(・・・)分かったぞ(・・・・・)!!」


 隊長が半ば叫びながら騎士に向かい、言い放った。


「貴様、“選定者(・・・)”か!!」


 隊長の言葉に騎士はバイザーの下の口を歪めた。


「当たり」




 ******




 ほんの30年前のことだ。


 世界は現在より機械と科学に溢れていた。

 様々な国で技術が発展し人間の文明が最も栄えた時代と言えた。

 だが、同時に人間は自らに有益な技術にのみ目を向け大地を壊し、海を濁らせ、空気を汚していった。

 人が立つ世界は人の手によって最早ままならない程疲弊していた。


 世界が崩れようとしていたその時。

 世界のありとあらゆる場所に『神』が降臨した。

『神』は人の世界に降り立つと同時に世界を疲弊させる人間達に対して攻撃を開始することを全世界に宣言した。


 そして、『神』は世界を救う(・・・・・)素質のある人間に力を与え、自らの眷属とした。

『神』は力を与えた人間のことを“選定者(・・・)”と呼んだ。

 “選定者”はその身体に『神』の力の結晶である鎧を各々身に纏い、『神』と共に人類の粛清を始めた。

 科学の力で生きてきた人間達は彼らの超常の力の前において無力であった。


 だが、人類は劣勢においてもしぶとく抵抗し続けた。

 “選定者”の中に、人類に味方する者達がいたのだ。

 彼らは『神』の鎧を解析し、機械技術によって鎧を制御することに成功した。

 そして、解析された鎧を元に人類が純粋科学によって“パワードスーツ”を開発してからは状況が一変する。

 流石に科学技術で“本来の鎧”の超常の力を再現することは出来なかったものの、“パワードスーツ”は人間達に『神』の軍勢と互角に戦う術をもたらした。

 人間達は超常の力へ科学で対抗したのである。

 劣勢だった人類は人間側の“選定者”と共に勢いを盛り返していった。


『神』との戦いは数年続き、人間側の“選定者”達が『神』を全て滅ぼすことで人類の勝利という形で決着がついた。

 しかし、この戦争において人類の文明は20世紀後半ほどまで後退した。

 人類は、未だ戦争の傷痕から回復しては居なかった……。




 ******




「……“選定者”の神鎧と言えど所詮“旧式ロートル”だ!怯むな!最新型の前では無力だということを教えてやれ!!」


 隊長が声を張り上げると同時に兵士達が銃を構える。

 瞬間、騎士の身体が飛び上がった。


「“旧式ロートル”だってさ」


『甚だ心外です』


 騎士は兵士の集団の真っ只中に降り立つと最も近くにいた兵士の頭を鷲掴む。


「〈hellfire(ヘルファイア)〉」


 騎士が呟くと兵士を掴んでいた腕が黒い炎に包まれる。

 同時に掴まれた兵士の身体にも黒い炎が拡がっていき皮膚が爛れ、肉が焼け、黒ずんだ骨が露出し、瞬時に灰となる。


「ヒッ…!?」


 その光景を間近で見た兵士が悲鳴を上げ、腰を抜かした。


「生身で“選定者”とやり合おうとすんのが間違いなんだよな」


『その意見には同意します』


 騎士は足下の灰を踏みつけ、一歩を踏み出す。

 そして、黒い炎に包まれた腕を横に振るった。


「〈hellfire(ヘルファイア) drops(ドロップス)〉」


 振るわれた腕から黒い炎が散っていく。

 騎士の正面に居た5人の兵士は、先程の兵士と同様、苦痛を感じる暇もなく灰になる。


「…!?歩兵は退け!“パワードスーツ”装着者は前に出ろ!!こいつは我々で相手をする!!」


 半ば恐慌状態に陥っていた歩兵を下がらせ、隊長以下“パワードスーツ”を着ていた者のみが前に出る。


「やっとマトモな相手が出てきたな」


『敵“パワードスーツ”その数4。戦力比およそ1.5倍です』


「4機とか国相手にでもすんのかよ」


『敵兵装は全て未登録。戦力比およそ1.8倍まで上昇』


「……え?マジで?」


『マジです』


「撤退は…」


『任務の遂行目標に撤退は含まれていません』


「ですよねー。知ってました」


『そもそも撤退する気はあるのですか?』


「いや、ないと思うけど?」


『聞かないで下さい』


 気の抜けるやり取りをしている騎士の眼前には四体の“パワードスーツ”。規格が同じなのか全て同じ姿をしている。


「相手が“選定者”ならば好都合。“パワードスーツ”があるのはそのためだ!全機攻撃開始!!」


 隊長の掛け声と共に“パワードスーツ”が各々動き出す。

 騎士の目の前に歩兵を庇うように立つ一機はその手から閃光手榴弾を投げつけ騎士の目を潰す。同時に両脇の二機は騎士へ向かって両腕の機銃を乱射しその動きを止めさせた後、背後に回った隊長機が肩部についた大型のキャノン砲を騎士へと撃ち込んだ。

 辺りには硝煙が立ち込め、騎士の姿は見えなくなる。

 この場にいる誰もが騎士は無事ではないと思っていた。


『Lv.30、解放します』


 ――――思っていたのだが


『〈sword of(魔剣) rebel〉の封印を限定解除。システム、コンバットモードに移行します』


 煙が揺らめき、まるで怯えるように晴れていく。


「な…に…!?」


『――敵の殲滅を開始してください』


 その声を合図に揺らめく煙の中から全身に黒い炎を纏った騎士が一機の“パワードスーツ”の前にとび出す。

 そして、右手に握った機械的な鞘のついた(・・・・・)長剣(・・)を大上段に降り下ろした。

 さながら鈍器のような鞘付きの長剣を降り下ろされた“パワードスーツ”はその両腕を目の前に交差させ防御の姿勢をとる。

 真っ向から攻めぎ会う両者。


「流石に対神通防御くらいしてるか」


 だが、その均衡は長くは続かなかった。


「……こりゃ、手を抜いてちゃ勝てないな」


『〈phantom bl(魔力刃)ade〉構築します』


 騎士の手に収まる鞘付きの長剣が光を放つ。

 次の瞬間、堅牢な装甲に包まれていた“パワードスーツ”が腕ごと断ち(・・)切られる(・・・・)

 。

 見れば、長剣を包んだままの鞘を取り巻く、薄く光る刀身・・が出現していた。

 そして騎士は、返す刀で真下からさながら大剣のようなそれを振り上げた。


「バカな…最新鋭の“パワードスーツ”だぞ……。それが、こうも簡単に…」


 左右に別れた自分の部下を見つめ、隊長は呻いた。

 大剣を構え直した騎士は黒い炎を不気味に揺らめかせていた……。




 ******




『〈phantom bl(魔力刃)ade〉の有効性を確認。畳み掛けてください』


「言われなくても!」


 騎士が魔力の大剣を構えたまま走り出す。

 その先には一体の“パワードスーツ”。

 “パワードスーツ”は騎士の振る大剣を回避する挙動を見せるが、その動きはあまりにも遅い。

 中途半端に回避した姿勢のまま、2機目の“パワードスーツ”は斬撃をまともに喰らう。

 だが……


「や、やった!シールドなら防げます!!」


「へぇ……」


 “パワードスーツ”の手には鋼鉄の盾が握られていた。

 その表面には、中心から放射状に赤色の光のラインが流れている。

 騎士の持つ大剣は、“パワードスーツ”の持つ盾に完全に受け止められていた。


「各機、対神通防御をシールドに集中させろ!絶対にシールド以外で受け止めるな!」


 隊長の指示に即応し、盾を構える“パワードスーツ”。

 盾の陰に隠れたまま、騎士への包囲網をジリジリと狭めていく。


『〈phantom bl(魔力刃)ade〉封殺されました。同様の神通攻撃も無効と予測されます』


「あらら、流石に新型か…この先不安だなぁ」


 騎士はやれやれとばかりに肩を竦め、構えをとく。

 その姿に隊長は一瞬訝しく思ったものの、騎士が動きを止めた今こそチャンスだと思い直す。


「ふん…諦めたか?全機再度攻撃!!」


 隊長の号令に全ての“パワードスーツ”が次々と重火器を騎士へと叩き込む。

 どれもこれも対神用の重火器だ。

 今度ばかりは隊長も勝利を確信した。


「少し……本気でいくか」


『Lv.50、解放します』


 騎士の姿を包む黒い炎が唐突に膨れ上がる。

 そして、“パワードスーツ”の撃ち込んだ銃弾が全て黒い炎に“トプン”と呑み込まれた。


「な、に……何なんだ……何なんだお前は!?」


 隊長の叫びに呼応するかのように、黒い炎の中でキラリと何かが煌いた。

 同時に黒い炎が吹き散らされるように消え、騎士の姿がハッキリと視認できるようになる。

 騎士は胸の前まで長剣を掲げ……そして一気に鞘から引き抜く。


 それはどこまでも静かだった。


 剣に複雑な意匠が施されている訳でもなく。


 目を引くほどの大仰な仕草な訳でもない。


 ただ、ただ、長剣を鞘から引き抜くという、それだけの動作。


 だというのに誰もが鞘から抜け出した厳かな銀光に目を奪われた。


『〈sword of(魔剣) rebel〉の封印を完全開放。限界時間まで残り287秒』


「十分だ」


 騎士の姿が消える。

 いや、ただ駆けているだけだ。

 ここにいる全ての人間が、静から動への切り替えに追いつくことが出来なかったのだ。

 気付いた時には、一機の“パワードスーツ”が崩れ落ちていた。

 すでに騎士は別の“パワードスーツ”の元へ走っている。


「ヒッ!?」


「シールドを構えろ!」


 我に帰った隊長の叫びに“パワードスーツ”を装着する隊員は半ば自動的にシールドを構える。

 騎士は愚直なまでに真っ直ぐ長剣を振り下ろし、シールドが長剣をまともに受け止める。

 キィン、という細く甲高い独特の金属が断ち(・・・・・)斬れる(・・・)音が響いた。


『敵機沈黙。残りは指揮官機のみです』


 騎士の足元にはシールドごと袈裟斬りにされ、骸と化した“パワードスーツ”が横たわっていた。




 ******




「すごい……」


 瞬く間に3体の“パワードスーツ”を切り捨てた騎士の姿にニナはポツリと呟いた。


「あのアンちゃん……“黒騎士”だったのか……」


 ニナの呟きに重なるように彼女の背後からも声がする。

 振り向けば肩を押さえた店主がそこに立っていた。


「おやじさんっ!もう大丈夫なの!?」


「へっ……あんなん掠り傷よ」


 ニナの心配に店主は不敵な笑みを返す。

 まだ幾分青い顔ではあるが、いつもの調子を取り戻している。


「あのおやじさん、“黒騎士”って……?」


 その様子にひとまず安心したニナは先程の店主の言葉の意味を問う。

 店主はニナから視線を外し、残る隊長の“パワードスーツ”と激戦を繰り広げる騎士へと目を向ける。


「……30年前の大戦の時に人類側には8人の“選定者”が付いた」


 店主の言葉は、戦闘の轟音の中でも良く響いた。


「今でこそ“選定者”が『神』を滅ぼしたと言われてる。確かにそれは間違いじゃない。でもな、強大な力を持つ“選定者”だろうが弱点はある……『神』を殺せなかったんだ」


「え……?」


「考えてみれば当然だよな。『神』が自分で創った物に殺される訳がない。『神』もそれが分かってたから“選定者”が裏切ろうがなんの手も打たなかった」


「でも、“選定者”が『神』を倒したってみんな……」


「居たのさ。“選定者”の中に一人だけ。黒紫の鎧を身に纏い、鎧とは真逆な白銀の長剣を振るう奴がな」


「そ、それってまさか……」


 店主はコクリと頷き


「奴はこう呼ばれていた。『神殺し』の力を持つ最強の“選定者”――“黒騎士”」


 店主の言葉を聞いたニナは今度こそ驚愕をもって、今だ戦闘が続くその場所へと視線を向けた。

 あの奇妙な面差しをした男の顔を、鎧の下に見透かしながら……。




 ******




『限界まで残り110秒。急いで下さい』


「くっそ!しぶといな!!」


 騎士の振るう長剣を“パワードスーツ”に包まれた隊長がシールドで受け流す(・・・・)

 そして間髪入れずに右腕に搭載された機関銃を騎士に向かって連射する。

 騎士は身を低くしその弾幕を潜り、回避する。


「ええい、ちょこまかと!動くな貴様!!」


「無茶言うなよ!?」


 懐に入り込まれた隊長は即座に後退をかけると、騎士から距離を離す。

 それを追うように駆ける騎士。


「ふふ、どうやら噂の『神殺し』にも限界があるらしいな」


「……それが?」


「ふん!伝説とはいえ所詮人の子か。『神』に選ばれた“選定者”が聞いて呆れる」


「宣戦布告も無しに、国境を(・・・)接する(・・・)全ての国(・・・・)に攻めこむ(・・・・・)フィリアよりマシだと思うけどね!」


「……貴様。どこまで知っている」


「秘密に決まってるでしょ?」


「…どうやら本気で貴様を殺さなくてはならないようだ!」


 後退をかけていたところに急ブレーキをかけると隊長は盾を投げ捨てる。

 同時に“パワードスーツ”に搭載されたありとあらゆる火器が展開される。


「いくら火器を展開しようと無駄だよ」


「そうかな?」


 隊長は“パワードスーツ”のマスクに隠された顔を歪める。


「今の貴様は避けるだけだ。黒い炎を纏っていた頃は回避なぞしなかったというのにだ」


「……」


「あの黒い炎は防御の役割もあったのだろう。つまり今の貴様の防御は見る影もないわけだ」


「……だとしてもお前の攻撃は当たらないのが分かってるだろう」


「くくく…勿論避けてもいいぞ。この“パワードスーツ”の重火器が貴様の後ろの奴らに当たってもいいならな?」


 隊長は騎士ではなく、先程からこの戦闘の行く末を見守る町の住人達に照準を合わせる。

 住人達は騎士と直線上にいるため、騎士が少しでも動けば住人が蜂の巣になってしまう。


「チッ。なんつう姑息な手を」


「なんとでも言うがいい。ではさらばだ、“黒騎士”」


 そう言うと展開した銃口が一斉に火を噴いた。

 騎士は黙して動かない。

 吐き出された銃弾が騎士を蜂の巣にする、その直前。


「ああ…ダメだもう。容赦しねぇわ」


『Lv.60、解放。限界まで残り36秒』


 無機質な声と共に片腕を掲げ、五指を開く。


〈inferno(インフェルノ)〉」


 騎士が呟いた瞬間、広げられた五指から黒い炎が沸き上がる。

 それは渦を巻くように騎士の前方を完全に覆い尽くす壁となり、幾多の銃弾は全て黒い炎の壁に沈みこんだ。


「な!?」


「終わりだ」


 渦を巻く黒い炎の中から騎士が飛び出す。

 自らの身体に隠すかのように長剣を背後に構えたまま、弾を吐ききった“パワードスーツ”へと走る。

 長剣が渦を抜ける瞬間、黒い炎が更に激しく渦を巻き長剣に纏わり付いた。

 そして炎に押されるように騎士の身体が加速する。

 最早黒い炎で出来た刀身となった長剣を、目の前まで迫った“パワードスーツ”へと……振るった。


「き、貴様ああぁぁああ!!」


 “パワードスーツ”の分厚い装甲を切り裂き、黒き炎で焼き尽くす。

 対神通防御など関係無いと言わんばかりに、たった剣の一振りで最強の兵器を蹂躙していった。


『封印、限界です。再封印を施します』


 騎士が振り切った長剣をどこからともなく鞘が覆う。

 騎士は長剣を腰へと戻し、隊長の元へと向かう。


『戦闘終了を確認。制御神鎧“Rebellight(リベレイト)”の展開を解除します』


 無機質な声が響くと同時に騎士を黒紫の光が包み、鎧が虚空に溶けるように剥がれていく。

 騎士だった男は隊長の元まで辿り着くとその顔を覗き込んだ。


「よう。負けた調子はどうだ?」


「グ、ガ、ゴボッ…ク、ククク……我々を止めたことは誉めてやろう……だが、これで終わりではない……我らが神がいる限り、貴様らに安息の時などこないのだ…ク、クククククク……いつか来る…絶望に怯え…死ぬがいい………」


 ゴボッと血を吐き出し、隊長の目から光が消える。

 すでに歩兵の部隊は撤退していた。

 男は歩兵部隊が撤退していった方角――フィリアの国へと顔を向ける。


「行くのか、“黒騎士”」


 戦闘が終わったのを見て近寄ってきた店主の言葉に男は頷きを返す。

 しかし、移動を開始しようとした男の背中に声がかけられた。


「ま、待ってお客さん!」


 男が振り向くと、そこには店の看板娘……ニナが駆け寄ってきていた。




 ******




 男がこの場を去ろうとした時、自然と身体が動いていた。


「また、ウチのご飯食べに来てくれますよね!?」


「お、おう」


 ズズイッとにじり寄るニナに男は若干身体を反らせる。


「ホントですか?約束ですからね?破ったらヒドイですからね!」


「あ、ああ、約束するよ…」


 ニナの剣幕に思わず約束する。

 すでに男には“約束をしない”という選択肢なぞ無かった。


「絶対に…戻ってきてくださいね?」


「……ああ」


 戦闘が終わってから険しい表情だった男の顔に、ニナが最初に見たような人の好い笑顔が浮かんだ。


「がはは!伝説の“黒騎士”も女の頼みにゃ弱いか!!」


「うるさいよ、おやじさん。ったく……調子狂うなぁ」


 その様子に店主が笑い、男の笑顔は微妙に複雑そうな笑顔に変わる。

 頭を掻きながら歩き始めた男に、ニナは最後の声を投げ掛けた。


「お客さんは…何をしに行くんですか?」


 男は少しだけ振り向いて、顔の横まで持ってきた手の親指をあげ言った。


「ちょっくら、『神殺し』にね!」




 ******




「おやじさん」


「ん?どうした?」


 男を見送ったニナの胸の中にはひとつの決意が浮かんでいた。

 男はいつか必ず戻ってくるだろう。

 だから……


「私に料理を教えて」


「んん?なんだ色気づいたか?別にいいが……厳しいぞぉ?」


「望むところよ!」


 その時には、今度だってお腹いっぱい食べて貰おう。

 ニナという少女と『神殺し』の男の物語が交わり動き出した瞬間だった。

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― 新着の感想 ―
[良い点] 良い意味で、連載未確定漫画の短編読み切りみたいな作品でした。 続編希望というか連載作品として読んでみたいなと、正直思いました。 [一言] 初めまして、大本営と言います。 「神殺しの黒騎士…
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