5話 雨の日
今朝は平穏だった。新しく孵った《働き蟻人》や《幼生虫人》なんかはいたが、新しい種族が生まれたわけでもない。
昨日、《幼生虫人》達が《働き蟻人》達を介抱したのが良かったのか、二種族のわだかまりも無くなったみたいで仲良く話し合っている姿も見受けられた。
その代わり、俺達はひどく孤立してしまったが。
どうやら昨日の一件で怖がられてしまったようだ。
まぁ、そんなことは特に気にしてはいないけど。
アグルもフィンも気にしていないようだし問題ない。
それにしても、今日はジメジメするなぁ。
一雨来そうだ。
野生動物は雨が降ることが感覚で分かるらしい。
転生して俺にも野生の勘が備わったのか、本能的に今日は雨が降ると確信していた。
「今日は雨が降るから、その備えをしましょう」
いつものように仲間を集めたロメルダが今日の狩りは中止だという。
確かに雨が降ったら巣が水没してしまう可能性があるので、その補強は必要だろう。特に女王ロメルダの部屋は地下にある訳だし。
「ロメルダ、食糧は大丈夫なのか?」
ロメルダの周りに虫がいなくなったのを見計らってロメルダに話しかける。昨日のように無駄に敵対されるのは嫌だから。
さて、肝心の食糧問題だが、今日生まれた虫人達を含めたら俺達は八十人近くになる。
狩りをしないとなれば食糧は増えないわけなのだから最悪、俺達は今日、飯を食えない。
他の奴らはそんなこと考えていないようだが、俺はその辺が気になってしまい、聞かないと安心できない。
「大丈夫、昨日の食糧をみんなで分け合えばね」
「そうか、てっきり全てロメルダが食べてしまったのかと思っていたよ」
昨日だって、あれだけあった食糧を全て食べてしまったわけだし。
「まったく、失礼しちゃうわ」
俺は笑った。ロメルダの綺麗な顔で頬を朱くして拗ねられたから。
笑ってないとロメルダの精神攻撃に負けそうだったから。
可愛いは正義とは真理だと思う。
そういえば、前々から気になっていたことではあったが、何故、ロメルダは俺にこんなに甘いのだろう。
俺が王様だったら俺みたいな生意気な奴は即、叩き潰すけれど。
だって、でないと配下に示しがつかない。
「私が望もうが、望まないが、みんな私の言うことは聞いてくれるもの。確かに、それは楽なんだけど、それだけだと、つまらないじゃない?
フルートみたいなハチャメチャな子が一人くらい、いた方が私としても退屈しないの。だから、フルートの態度も見逃しているわけよ。
虫が女王に反抗するなんて、前代未聞じゃない」
ふむふむ。そもそもで虫さん達は女王様、つまりロメルダに絶対服従らしい。文句どころか、女王の言葉に疑問を持つこともない。
そんな中で自分と会話しようとする存在は希少だ。だから、俺は特別扱いなのだそうな。
「俺が反逆するとは思わないのか?」
青天の霹靂、ロメルダの顔が語っていた。まさか、考えたこともないのか?
いや、ありえるな。
言うなれば俺達虫人というのはロメルダの身体みたいなものだ。まさか身体に反逆されるとは思ってもいないはず。
俺だって、ある日いきなり俺の右手が俺のことを殴るなんて馬鹿げた心配はしないもんな。
ふむ。例えが悪いか?
まぁ、その辺はフィーリングでカバーして欲しい。
「反逆するの?」
ロメルダの無垢な視線が俺に突き刺さる。
別に俺だって裏切るつもりは全くない。
これが、俺自身の考えなのか、それとも虫人としての性なのかは知らない。それに、それが重要だとも思わない。
ロメルダは俺の仲間で、俺はロメルダの仲間、それでいいじゃないか。
「俺はロメルダの仲間だよ」
「あら、嬉しい」
俺の言葉に年上の女性が年下の男性をからかうような口調でロメルダが返した。
やめろよ、惚れちまうだろ。
冗談は兎も角として、そろそろ俺も巣の改築のお手伝いをしないと。
昨日、助けた《働き蟻人》がまだベッドで眠っているのを確認してから改築のお手伝いに向かう。
と言っても、その道のプロではない俺達《幼生虫人》は《働き蟻人》に比べてできることが少ない。
《働き蟻人》達は今も頑張って口から何らかの分泌液を出して土から水が染み出さない加工をしている。俺達は《働き蟻人》の指示で俺達にもできる力仕事を担当する。
昨日のことがあって、《働き蟻人》達は《幼生虫人》達に恩を感じているようで、高圧的態度は目に見えて減っていた。
しかし逆に‥‥
「俺達は何をしたら?」
「ひぃ!!」
俺達三人は酷く怖がられていた。
俺達に何の指示も出さずに逃げていく《働き蟻人》。
視線がアグルに向いていたところを見ると昨日、アグルがボコした奴みたいだ。
とりあえず、怪我は治って良かったね。
心の怪我は知らないけどさ。
怖がられているのは分かっていたけれど、ここまでとは。
俺達がここにいると、周りの志気にも関わる。大人しく、昨日の《働き蟻人》の看病でもしていよう。
うむ。いつまでも『昨日の《働き蟻人》』と呼ぶのも面倒だな。何か適当に名前でも付けておくか。
本人が気に入らなければ後で変えればいいし。
◇ ◆ ◇ ◆
ただ、寝ているリン――俺が適当に付けた名前――を見ているだけ、というのも無駄なので、俺は【薬剤師】を使って薬作り&【薬剤師】のレベルアップに精を出す。
アグルは棍棒で素振り。俺としてはアグルには大剣なんかを装備させたいのだが、無い物は仕方ない。いずれ、どこかから調達はしたいが。
フィンは《角兎》の角を振り回している。アグルが前衛を完璧にこなしてしまうものだから、フィンは最近、出番がない。弓矢なんかを作って後衛にした方がフィンの為になるかもしれないな。
弓矢か。大剣と違ってこれなら作れないことも無いか?
‥‥素人には無理か。
俺達、虫族には装備が決定的に足りない。俺はまだ《毒》があるから幾分とマシだけど、他の奴らには厳しいだろう。
アグルなんかは肉体自体が筋肉の鎧で武器なんだけれど、みんながみんな、あんな体格に恵まれている訳では無いしな。
「‥‥ン、ココは、どこだ?」
お、どうやらリンが目覚めたらしい。
蟻さんの口から言葉が紡がれるのは今更ながらに不思議だ。舌もないだろうに、どうやって発音しているのだろうか?
と、どうでもいい思考よりも、リンの体調の方が重要だな。
「具合はどうだ?」
「‥‥あの時、タスけにキテくれたのかモノ達か」
俺達の顔を見て、昨日のことを思い出したようだ。
「カラダが元にモドッテいる」
「俺が治したからな」
俺のポーション、マジ万能。少し自画自賛。
「アリガトウ」
俺の手を握って感謝するリン。
他の《働き蟻人》達もそうだが、彼等は義理堅い種族のようだ。
「礼なら、お前を巣まで背負って運んでくれたアグルに言え」
アグルの方を指差して言う。
あいつが運んでくれなかったら、割と大変だったのは事実だし。
「アリガトウ」
「俺、何かしたか?」
「とりあえず、感謝の気持ちだけ貰っておけ」
「‥‥分かった」
アグルやフィンと話していると分かるが、この二人の言語能力は極めて高い。というのも、俺が毎回、変な発音は注意して、矯正していたからなのだけれど。
まぁ、この発音というのも、俺基準の話しなので確実とは言えない。もしかしたら、他の奴らの発音の方が合っているのかも。
‥‥いや、女王の話し方に俺が疑問を感じないところを考慮にいれると、俺の言語の常識=女王の言語の常識=虫人全体の常識、となる訳だから、やはり大丈夫なのか。
しかし、最近は二人ともメキメキと脳細胞が発達しているのか、会話の内容も多彩になってきた。
これは、最初に俺が知能は残念と思ったことは誤りだったと認めざる得ないな。
いや、アグルは相変わらず能天気だけどさ。
リンには俺達が"リン"と名付けたことを教えた。本人も喜んでくれたので、これで正式にリンはリンになった。
言っている意味が若干、おかしいな。
それから、リンは俺達のグループに入り、これからも行動してもらうことになった。
それには幾つかの理由がある。
まず、リン本人がそう望んだからだ。助けてもらった恩を返したいらしい。
次に、リンが既に周りから"俺達の仲間"として認識されている為だ。俺達と同じく避けられる可能性が高い。俺達のような弱者がこの世界で生きるには群れるしかない訳で、孤立してしまったら即、死んでしまう。せっかく助けたのにそれはあんまりだろう。
そんな理由から、リンが仲間になった。
リンはアグルと同じく前衛派らしい。
う~ん。ますますフィンの立場が‥‥。
これは近いうちにどうにかせねばなるまい。
リンが目覚めた時には既に巣の改築は終わっていたので、俺達がそれに携わることは結局無かった。少し残念だ。
で、何故か俺はロメルダに呼ばれたので今はそこに向かっている。
「何の用だ?」
「昨日の《小鬼》について、ちょっとね」
そこから、ロメルダとの話しが続いた。
それによると、昨日は俺の意味不明さに驚いて忘れていたが、《小鬼》が現れたのは極めてマズいことらしい。
俺達のように数が多い上に個体の強さでは《小鬼》の方が上。早めに潰しておかないと、こちらが潰されてしまう。
因みに強さ的には《小鬼》≧《働き蟻人》>《幼生虫人》という感じらしい。
「あなたは異常よ」
んなもん、分かってるわい。こちとら、転生者だからね。
てな訳で、今すぐにというわけではないが、近いうちに《小鬼》狩りはしないといけないから、俺に《小鬼》共の居場所をできれば突き止めて欲しいとのこと。
‥‥色々と面倒になってきたな。