4話 仲間割れ
巣が凄いことになっていた。
「凄い凄い」
「凄いです」
アグルとフィンも驚きを隠せないらしい。勿論、俺もだけれど。
助けた《働き蟻人》はまだ意識が戻らずアグルに背負われている。今日はもう起きないかもしれないので、さっさと巣で寝かせてしまった方がいいだろう。
で、その肝心の巣だが、まず、気の回りに二メートル程の高さの柵ができかけている。
巣の入り口を大まかに囲うだけの柵だが、それでも十分に凄い。何もかも規格外なこの【オベロンの神木】に作られた俺達の巣は入り口を囲むだけでも大変な範囲となるのだから。
柵の入り口に立つ見張り役らしい《働き蟻人》の横を通り抜ける。その際、アグルが背負っている《働き蟻人》について聞かれたが、途中で助けたとだけ伝えて巣の中に向かった。
何故か睨まれたが、そこは体格の大きいアグルが睨み返したら、ビビったのか目線を逸らしてくれた。
余談だが、アグルはレベルアップの影響か、単純に成長期なのか、身長が伸びている。今朝、出発した時には一メートルと五十センチくらいだったのに、今は一メートルと八十センチはある。俺とフィンはまだ一メートルと少ししかないので、アグルは俺達の中では、ずば抜けて大きい。それに伴い、迫力も腕力も上昇している。できれば、知力も上がって欲しかったが、そこは相変わらず残念なままだ。変わりにフィンの知能はかなり成長していて、複雑な会話もできるようになってきている。
二人とも成長してくれているようで、俺は嬉しい限りである。
さて、巣に帰ってきた俺達だが、巣の中は更に驚くべきことになっていた。
「地下ある」
「凄いです」
そう、地下に続く階段があったのだ。
元々、蟻っぽい《働き蟻人》だから、納得はできる。しかし、一日でここまでやるとは、さすがとしか言いようがない。
「ふふふ、凄いでしょ?」
呆然としている俺達にロメルダが近付いてきた。
その顔は悪戯に成功した子供みたいで、そんな顔を美人なロメルダがするものだから、とても魅惑的な表情となっている。
「ああ。驚いた」
肝心の《働き蟻人》達は今は《幼生虫人》達と何か言い争いをしている。
‥‥何してんだ?
「ところで、あの騒ぎは何だよ?」
一触即発、という言葉がよく似合う雰囲気だぞ。
少なくとも平和的では全くない。
「あれは、どちらの種族が地下に行くかで争っているらしいわ」
俺の質問を聞いた途端、魅惑的な表情はなりを潜め、変わりに困ったように表情を曇らせた。
詳しく話を聞いてみるとこういうことらしい。
まず、女王であるロメルダの部屋が地下に移された。地下の方がより安全だろうから、その判断は間違ってはいないだろう。
でもって、俺達のベッドは上の階――つまり、地面と同じ高さの場所、紛らわしいので次からは一階と言うことにする――と、地下に用意されたそうだ。
ここで、どちらの種族が女王であるロメルダの近くの地下で眠るかが問題となった。
《働き蟻人》達は、自分達は《幼生虫人》よりも優れた種族なのだから地下に行くのは俺達だと言い張り、《幼生虫人》達は、俺達の方が先輩なのだから地下に行くのは当然、俺達だと言い張った。
それで、今みたいな睨み合いに発展したらしい。
因みに、ロメルダ曰わく戦闘力的には《働き蟻人》の方が《幼生虫人》よりも高いそうな。
数も《幼生虫人》の方が少ないし、闘ったら確実に《幼生虫人》が負けるだろう。
「あなたが《幼生虫人》側に付くなら話は変わるかもしれないけどね」
確かに。レベルを上げて大幅に強くなった俺達が《幼生虫人》に加勢すれば、一気に《幼生虫人》が優位に立つ。
「でも、残念。俺にはそういう気は無いから。正直、ここで寝ても全く構わないし」
寝る場所にそこまでこだわる方が馬鹿らしい。
同じ虫人なんだから仲良くやれやと俺は思う。
知能が上がると、面倒なことに自己顕示欲やら、プライドやらも高くなってしまうようだ。
「みんな、フルートみたいに素直だと良いのだけれど」
とかなんとか、ロメルダと話していると《働き蟻人》と《幼生虫人》の両方が睨んできた。
視線に物理的な攻撃力があれば俺は死んでるなと思える程、恨みやら妬みが籠もっている。
「あら、ごめんなさい。標的があなたになってしまったみたいね」
ごめんなさい、じゃねぇ!!
確かに、女王ロメルダの近くにいたい、とか言う理由で争っている横で肝心のロメルダと談笑してたら怒るわな。
「《幼生虫人》のブンザイで女王様とクチをキクナ」
多少、聞き取り難い言葉で《働き蟻人》のリーダー格らしき奴が怒鳴ってきた。
「ロメルダ、この《働き蟻人》、預かっといてくんない?」
「良いわよ」
アグルの背負っていた《働き蟻人》をロメルダに渡す。見た目よりも力があるようで、簡単に受け取ってくれた。
「女王様のナマエをオマヘごときがヨブナ」
《働き蟻人》達が臨戦態勢に入る。
《幼生虫人》達の方は様子見に徹するらしい。
《働き蟻人》の数はざっと数えて三十と少し。朝よりも増えているのは、きっと朝から今までの間に卵から孵った個体がいるからだろう。
「フルート、殺しちゃ駄目よ」
ロメルダが俺に釘を刺す。
この状況で、俺が殺されるとは思わないのだろうか?
まぁ、死なないけどさ。
「殴る?」
アグルが棍棒を片手に笑顔で聞いてくる。
いや、アグル、怖いよ。
「殺さない程度に」
「分かった」
「分かりました」
という訳で突然、同族と争う羽目になってしまった。
戦力差は歴然としている。こちらは三人で向こうは十倍の三十人。
普通なら勝てる筈もないのだが。
「ソンなバカな」
簡単に勝ってしまいましたとさ。
大体、俺が半分と少し。アグルが十人くらい。フィンが五人くらい。
《働き蟻人》の中で戦闘経験がある個体が十人前後しかいないのが幸いし、比較的倒すのは簡単だった。
俺に関しては適当に麻痺毒注入していれば良かったし。
攻撃もお粗末なもので、当たれという方が難しい。
アグルは何故か、攻撃は避けずに全てその肉体で受け止めていたが。
それでもほぼ無傷というのだから恐ろしい。
「内戦は構わないが、俺達を巻き込むな」
《働き蟻人》のリーダー格にそう言い聞かせる。
「分かったか?」
「‥‥分かっタ」
悔しそうな顔をしているが、武力でどうにかできる相手ではないと理解はしたようなのでそれで構わない。
「おまえ等もやるか?」
様子見に徹していた《幼生虫人》達に尋ねる。
全力で首を振られた。
こちらは種族も同じだからか、侮蔑というよりは尊敬の色が濃い眼差しでこちらを見ていた。
俺に構わないなら恐怖でも尊敬でもどちらでもいいけどさ。
「もう終わり?」
ションボリと言うアグル。
だから怖いって。
これで騒動は治まったらしく、倒れている《働き蟻人》達を《幼生虫人》がベッド――ちゃっかり一階の――に運び込み、介抱をし始めた。どうやら、同じ群れの仲間という意識はあるらしい。
俺が麻痺らせた奴らや、フィンが器用に気絶させた奴らはともかく、アグルが力ずくで無理やり黙らせた奴らは治療しないとマズいかもしれない。
というか放っておいたら確実に死ぬ。
仕方がないので重傷の奴にはポーションをふりかけてやる。
とりあえず外傷は癒えたので大丈夫だろう。
ロメルダから《働き蟻人》を返してもらい、これを寝かせる為に地下に向かう。別に一階のベッドでも良かったのだが、それは既にうまっているので地下に行くしかなかった。
ロメルダも何故かついて来る中、《働き蟻人》をベッドに寝かせる。
「ねぇ、今日は何も狩れなかったの?」
まさか違うわよね、とでも言いたげな感じで言うロメルダ。
どうやら、それが気になって俺達に付いて来たらしい。
「まさか、大量さ」
アグルとフィンには今日は休めと伝えて、俺は食糧部屋に向かう。
食糧部屋はロメルダの部屋のすぐ近くにあり、そこには既に多くの魔物の死体が山積みにされていた。
そうそう、誰かが食糧を誤魔化さないのか、という疑問だが、ロメルダが言うには女王が全ての虫社会において、食糧を女王に献上するのは当然のことらしい。
考えても見れば確かに当たり前の話である。
ただ、俺はそこまで忠誠心があるわけではないので献上する義務はない。
だが、俺達の狩った獲物を俺達だけで食うのは不可能で、余らせても無駄だからロメルダに渡すだけだ。
勿論、もしもの為の蓄えはアイテムボックスに保存するが。
「ほいほい、ほれ」
アイテムボックスから、《巨鼠》を二匹、《角兎》を五匹、《小鬼》を十匹を取り出す。
《巨鼠》三匹はもしもの時用にアイテムボックスに残しておく。幸い、アイテムボックス内では腐ることは無いので保存用としては都合がいい。
「これはまた、いろいろと規格外ね」
俺達三人だけで、その他四十人近くが集めた獲物と同じ量を集めたのだから、規格外と言われても仕方ないか。
それにアイテムボックスとかいう意味不明なシステムも利用しているし。
「それは、どこから出したのかしら?
私には何もないところから、いきなり現れたように見えたのだけれど」
「うーん、これについては秘密かな」
俺にも全く原理は分からないからさ、聞かれても困るわけよ。
「そう。なら仕方ないわね」
ロメルダはそれ以上、追求はせず、自分の部屋へ戻っていった。
俺も今日は疲れたので、減った分のポーションを調合してからベッドに向かう。
寝る前に今日の成果を確認する。
名前:フルート
種族:《幼生虫人》
レベル:42
職業:【隠密者Lv18】【薬剤師Lv10】
スキル:《毒》《索敵》《隠密》《分析》
今日は昨日に比べて倒した魔物の質も高かったし、数も多かった。そのおかげか、かなりレベルが上がっている。
目標の100レベルまでは残り58。
この調子でいけば、目標達成まで、そう時間はかからないだろう。