2話 狩りをしよう
アグルとフィンを連れて行かなくて正解だった。
アグルとフィンを連れて行ったら、あの猪に気付かれていたかもしれない。
俺だって《隠密》+【隠密者】があったから見つからなかったものの、どちらかだけだったら見つかっていた可能性が高い。
それにしても、あの猪は何という魔物なのだろうか?
角兎といい、今回の猪といい、《竜騎士物語Ⅰ》には出て来ていない魔物ばかりに遭遇している。
もしかしたら、この世界は《竜騎士物語》の世界とは別物なのかもしれないな。
とりあえず、アグルとフィンとに合流し、獲物が倒せそうに無いということを話す。
素直に頷く二人。理解しているかどうかは怪しいが、まぁいい。
《索敵》で再び近くの敵を探す。
《索敵》を使うと、頭に俺の半径約10メートル程の地形がマップとなって俺の頭に浮かぶ。
そこに、複数の赤い点と幾つかの青い点が表示された。
赤いのが敵で青いのが味方。という訳で、一番近い赤い点のある場所に向かうことにする。
青い点は恐らく、俺達のお仲間だろう。
獲物の取り合いは嫌なので、なるべく被らないようにして移動することにした。
ジャングルの中を進むのは大変だ。
まず、道は無いし、舗装なんかされていないから歩き辛い。
化け物になったからか、体力はあるようで、疲れはまだ感じないが、それでも大変なものは大変だ。
そんな愚痴を零しそうになりながらも、ようやく目的地にまで辿り着いた。
敵はまたしても角兎。
レベルも大したことないし、俺一人でも楽勝であろう。
なので、今回は俺は手を出さずにアグルとフィンに殺らせることにした。
俺抜きでどこまで戦えるのか知っておきたい。
武器は、アグルには途中で拾った大きな木の枝でフィンは前に角兎から取った角をそれぞれ渡す。
「行ってこい」
致命傷以外なら【薬剤師】で作る薬で治してやれる。
幸い、材料の薬草は途中で拾えたので問題ない。
もし、これで死んでしまったら、そん時はそん時だ。
さすがに、二対一で角兎にすら負けるようなら俺も必要ないからな。
とか何とか言っていたら、あっという間に決着が付いた。
結果はこちらの圧勝。アグルがリーチの大きい木の枝で角兎の頭を殴打。それで怯んだ瞬間を狙ってフィンが角兎の後頭部を角でクザリ。これでおしまい。
意外にこの二人は頭が良いのではないだろうか?
それとも、今日一日で成長したのか?
どちらにしろ、俺には都合がいい。部下が優秀なことに越したことはない。
で、夕暮れまで狩りをして、帰る頃には角兎を10匹も倒していた。
そのうち、半分は既に俺達の腹の中だ。
うん。兎肉はサッパリしていて美味かった。
途中、角兎以外の魔物にも出会ったが、どれも強そうだったので戦闘は断念した。
《豚人》くらいなら、勝てそうな感じだったので、明日か明後日には闘ってもどうにかなるだろう。
《豚人》は《竜騎士物語Ⅰ》にも出てくるので、動き方は熟知している。
この世界はゲームでは無いので、どこまで俺の常識が通用するか分からないが、負けることは無いと思う。
《分析》が使えたので、そこまでの力の差は無いはずだし。
敵との遭遇を避け、一際大きい巨木を目指す。
目的地があれだけ大きいと、帰る時に迷わなくてすむから助かる。
「よう、ロメルダ。生きて帰ってきたぞ」
巨木の根にある家、(いやこの場合は"巣"と言った方がいいのか?)に帰るとロメルダが出迎えてくれた。
巣は、大きく分けて四つの場所に別れている。
一つはロメルダの部屋、というかロメルダ専用のベッド。
二つ目は俺達のような《幼生虫人》が寝る為のベッド。これはかなりの面積を占めていて、百人くらいなら、一度に眠れると思われる。
三つ目は卵が安置されている場所。今も、二十くらいの卵が並んでいる。
四つ目は食糧を置いておく場所。これは、ベッドや卵からは少し離れた場所に位置している。おそらく、腐ったりしたら不潔だからだろうと思われる。
五つ目は中央の広場。ここは今日の朝もお仲間達が集まっていた場所で、主に集合場所のような役割を持つのだと思う。
俺達の中では一番体格がよく、力も強いアグルが三匹、俺とフィンがそれぞれ一匹ずつ持った角兎の死体を食糧置き場に置く。
既に何匹かの角兎が置いてあることから、俺達の他にも、しっかりと角兎を狩れた奴らがいたらしい。
良かった良かった。あんだけ馬鹿だと、俺達以外は獲物を捕れないかと思っていたからさ。
どうやら、それも杞憂だったようだ。
「凄いわね。三人とはいえ角兎を五匹だなんて。
他の子達は二人で一匹狩れるかどうかってところなのに」
前言撤回。やっぱり杞憂でも無かったみたい。
二人で一匹って。しかも、それは今日一日でってことだろう。
‥‥弱過ぎじゃね?
「それは、大丈夫なのか?」
「仕方ないわ。実際、あなた達、《幼生虫人》は弱い種族ですもの」
この結果が仕方無いと思われる程弱いのか、《幼生虫人》。下手したら《小鬼》よりも弱いのでは?
俺達が帰ってから、さほど時間も置かずにお仲間達がゾロゾロと帰ってきた。
戻ってきたお仲間の数は朝の三十の半分くらいの十五。
その十五のお仲間達も無事という訳ではなく、大小様々な傷を負っている。
群れの心配はそこそこにして、今は自分達のことを考えなければ。
まずは、情報収集と称してロメルダとお喋りに興じる。
やはり、美人と話すのは楽しい。
周りの仲間達が妬ましそうに眺めてくるが、全て無視。
アグルとフィンは疲れたのか、共用ベッドで眠ってしまっているので今は近くにはいない。
思った以上に有意義だったお喋りを終え、俺もベッドに行く。
いきなりだが、ここで、残念なお知らせだ。
なんと俺、大切な生殖器を無くしてしまったらしい。
俺達はみな、ロメルダの《権能》とか言う、《竜騎士物語》には存在しないこの世界特有の力で産み出されたらしいのだが、それで生み出された俺達は生殖能力と生殖器を無くしてしまうらしいのだ。
最初からおかしいとは思っていた。なんせ、股間に男のシンボルが無いんだから。
《竜騎士物語》に出てきた小鬼達も股間部には何も無かった。当たり前だ。全年齢対象のゲームで、もしそれが描かれていたら明らかにアウトだろう。
だから、この世界もそういう物なのか、と半ば諦めていたのだが、先ほど言った通り、それは俺達だけの仕様だったようだ。
因みに、この世界の小鬼にはしっかりシンボルがあるらしい。
俺は男として大切なものを無くしたままで良いのだろうか?
いや、良いはずがない。
そこで、宝物を取り戻す方法が一つだけある。
それは《進化》だ。
《進化》とは、レベルが100に達した魔物が稀に起こす現象で、存在が上位のものへと入れ代わる。
その時に、宝物を取り戻せる可能性があるらしい。
俺はもう、これに賭けるしかない。
明日からは多少、無茶をしてでも魔物を倒し、レベル上げていかなければ。
もし、《進化》できなかったらって?
そん時は他の道を探すまでよ。
アグルとフィンがいる場所まで行き、明日の為の用意を始める。
目的ができたからにはそれに向かって全力で突っ走るしかない。
【薬剤師】を使ってポーションを作ることに。
今日、拾った薬草を材料に選択し、ポーションを作る。
本当は【薬剤師セット】という道具があれば、もっと質の高いポーションもできるのだが、無いものは仕方ない。
幸い、【薬剤師】は《簡易生成》という方法で、行程を無視して材料からポーションを作ることができるので、今回はそれを利用することにした。
「あれ?ガラス管までつくの?」
薬草が一瞬にしてガラス管に入ったポーションに変化した。
このガラス管はどこからやってきたのだろうか?
やっぱり、この世界、というより俺は少し歪な存在のようだ。
ゲームと現実が混じっている。
「それなら」
――アイテムボックス
「やはりか」
先ほどまであったポーションが消えていた。
どうやら、俺はアイテムボックスを使用できるようだ。
いや、アイテムボックスを使用できるという言い方は少し分かり難いだろうか。
ゲームでは、ドロップアイテムや報酬、お金などはアイテムボックスという場所に収納されるシステムになっていた。
そして俺はどうやらそのシステムを利用できるらしい。
何でか?なんて事はこの際気にしない。
これで荷物の心配をしないで済むということが今は重要なのだ。
荷物の有無はかなり大きいので、アイテムボックスの存在は正直、助かる。
アイテムボックスから、アイテムを取り出すこともできることを確認する。
うん。問題ない。
俺はそれから、持っている薬草全てと、角兎の角、二つほどをポーションに変えてから今日の成果を見てみることにした。
名前:フルート
種族:《幼生虫人》
レベル:18
職業:【隠密者Lv9】【薬剤師Lv3】
スキル:《毒》《索敵》《隠密》《分析》
自身のレベルも、職業レベルも順調に上がっているようだ。
自身のレベルと職業レベルに差が出ているのは、おそらく、レベルアップに必要な経験値の差からきているのだろう。
どうやら、自身のレベルよりも職業レベルの方が上がりにくいようだ。
【薬剤師】のレベルは、俺の予想通り、薬草からポーションを作ったら上がった。また、角兎の角から漢方薬を作った時の方が経験値は高いらしい。
会得経験値量は俺の感覚でしかないから、正確さに欠けるが、大きく間違ってはいないだろう。
俺の宝物を取り戻すまでに必要なレベルは残り82。
何としても上げなければ。
決意を新たに、俺はアグルとフィンの近くで眠りについた。