プロローグ1
ここは、エドワール森林。
大国と呼ばれるような国すらも超えるであろう緑の大地。
そして魔物や亜人が跋扈とする緑の楽園。
そんな場所に一人の亜人が降り立った。
歳は二十代半ば辺りだろうか。
性別は女性で大変美しい姿をしている。
しかし、人に極めて近しい容姿をしながらも、彼女は明らかに人とは違った。
背に美しい翅を持ち、頭には触角が二本、生えているのだ。
それは【甲殻虫人】と呼ばれる亜人の特徴によく似てはいたが、やはりそれとも少し違う。
【甲殻虫人】はもう少し虫に近い容姿をしているはずなのだ。
では、【甲殻虫人】の上位種、【甲殻蟲人】なのであろうか。
確かに【甲殻蟲人】は普段、人とはあまり変わらない容姿をしていて、戦闘時の際のみ、《外骨格》と呼ばれる蟲型の鎧を纏う。
それなら、一部のみしか虫の特徴を持たない彼女の姿も説明がつく。
なら、この美しき女性は【甲殻蟲人】なのだろうか?
実はそれも誤りである。
彼女は【甲殻蟲人】よりも更に上位の種族である【魔殻蟲人】であった。
その中でも更に凶悪な《混沌を喰らう魔蟲の女王》という、何とも長い名前の亜人であり、魔物である。
もともと、亜人と魔物の区別は曖昧だ。人型であれば一応、亜人という括りに入るのだが、同時に人に仇なす魔物であることも多い。
《小鬼》や、《蜥蜴人》が良い例だろう。
「この辺りがいいかしら」
彼女が降り立ったのは人里からひ少し遠く、かと言ってエドワール森林の中央からも遠い場所だった。
人里から離れたのは人と接触するのを避ける為。
エドワール森林の中央から遠いのは、中央にいる竜を始めとする古代の魔物との闘いを避ける為。
彼女自身も古代の魔物なのだが、彼女自身の戦闘能力はそこまで高くはないのだ。
「この木がいいわね」
彼女が見つけたのは巨大な大木。
エドワール森林の中央部にはこれより更に巨大な木々が連なっているが、この木も、この辺りでは群を抜いて巨大だった。
【オベロンの神木】という大木である。
その大きさは高層ビル並みであり、凄まじいまでの精気を発していた。
そう遠くない場所に湖もあり、木々の生い茂るこの場所は彼女にとって実に居心地が良かった。
「ここが気に入ったわ」
そう言って、彼女は手をおもむろに前に出す。
「私の可愛い子供達」
彼女の前に突如現れた三つの丸い塊。
「まだ、私の力ではこれが限界みたいね」
声に多少の疲労の色が混ざる。
彼女が使ったのは【権能:虫人の女王】。効果は彼女の能力に見合った虫族を生み出すこと。
しかし、彼女のレベルでは強力な虫族の制御はできず、そもそもで生み出すこともできない。
よって、今、生み出したのは《幼生虫人》と呼ばれる最低種の虫族の亜人の卵。
しかしそれすら、まだ完全に掌握できていない有り様である。
卵はあと数時間もしたら孵るであろう。
彼女の、虫達の繁栄はここから始まるのだ。