助けたいんだよ
ちょこっと間が空きました。
啓太視点はやや難しいです。
優里の事が頭から離れない。
いつも難無くこなしてる仕事にも、身が入らない。あと数分であがれる。そしたら急いで家に帰ろう。
「お先します!!」
バイト先を飛び出し、駆け足で家に向かう。何故かわからないけど、嫌な気がしてならない。信号すら無視したいほどだし、でもそんなこと出来ないからなるべくできる限り早く動く。何に手遅れになるのかも、本当に何かが起きるのかも不確かなままだ。
歩くどころか駆け足だ。汗だくで家にたどり着いて鍵をあわてて差し込み中に入る。恐ろしいほど、家は静寂に包まれていた。いや、一人暮らしだからそれはいつものことなんだけど、それでも外の雑音一つしない此処はまるで……。
「まるで異世界だな。ずいぶん早かったじゃないか」
「な……何であんたが家にいるんだ?」
いるはずのない化学教師が、キッチンの流し台に寄りかかって立っていた。どうやって入ったんだとか、何しに来たんだとかそんな疑問が思い浮かんだ。だがそれよりも、気になっているのはしまったふすまの向こうにいる優里の事だけだった。駆け足のせいで出た汗のほかに、嫌な汗が噴き出してくる。
俺は皐月のことなど気にせず、その部屋に入った。ベッドに相変わらず寝たままの優里の姿を見てほっとした。
「安心するのは早い……というより、安心できる状況か?」
「は?」
「ただ寝てるだけ……本当にそれだけ……か?」
「何を言って……優里?おい、優里?」
寝ている優里の傍らにひざをつき、そっと肩をゆする。だが目が覚めない。今度はさっきよりも力を込めてゆする。だがそれでも何の反応も示さない。それどころか動く気配がない。微弱になった呼吸と鼓動。やや冷たい体温。
「どういう……事だよ……。なんなんだよ……おいっ、優里!!優里!!」
「本当に、何も教えてはいなかったようだな」
誰が?優里が?
優里が俺に、何かを教えていなかった?だから今、こんなことになっている?
俺がなにも知らないから?だから優里を苦しめている?
そして、皐月はそれをすべて知って此処にいる。何故?
布団の中から、力の抜けきった優里の手を探り出し、両手で包みこんだ。真っ白くてきれいで小さい手。女子のそれとなんら遜色もないようなその手は、まるで人形の手のようだ。それを俺はしっかりと握りしめ、額に当てる。歯がゆさと、悔しさと己の未熟さがたまらない。かみしめた唇から血が滲みでた。そして俺は、部屋の入り口で悠々と立っている男のほうを見た。
「お、なかなかいい目をするな。この状況で、その目ができるとは……さすがユーリ様が選んだだけはある」
「……どうすればいい」
「?」
「どうすれば、優里を助けられる」
「助ける?何が原因かもわからないのに?助かると思っているのか?」
「……助からないのなら、お前がここにいる理由が思いつかない。お前が言った狩るものと狩られるもの……。あのときはよくわからなかったけど、今はなんとなくわかる。お前、肉食獣と同じ瞳をしてる。身にまとってる雰囲気も、なんか危なっかしい……。お前の狙いは……優里だろ?ならその優里が助からないのに、此処にいる意味がわからない。狩るものは自分で狩ることに意義がある……じゃないのか?」
「勤勉だ。こっちの世界のことなんか、これっぽっちも知らないくせに。俺がここにいる意味がない?っふははははは……あるさ。意味なんか山ほどな。だが、一番の意味は……」
その時、俺は全身に鳥肌が立った。寒気が全身を駆け抜け、金縛りにでもあったかのように、身動きができなくなる。蛇ににらまれた蛙とでもいうんだろうか……。純粋に怖いと思った。優里がいなければ、逃げ出してたんじゃないかと思える。
「邪魔なお前を消そうかと思ってな」
気付いた時には、俺の眼前に鋭くとがった長い爪が迫っていた。反射的に閉じた瞳だが、それはすぐに開かれる。相変わらずそのままの状態の爪が再び視界に入った。
「!?」
「なるほど……魔力の大半を此処に使っていたわけか」
俺の目の前には、淡く黄金に輝く透明な壁が出現していた。なぜかそれはとても暖かかった。