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赤い雫の誘惑  作者: 朝比奈 黎兎
第Ⅰ章
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できないんだよ


 ぼんやりとする頭、ゆっくりと広がる視野。俺の部屋じゃないことはわかるけど、記憶があやふやで此処がどこなのかわからない。動きたくなくなるほど体がだるく重い。閉じられたカーテンの隙間から、きれいな朝日が差し込んできている。ひんやりとした室内の空気からして、早朝みたいだ。

 頭だけを動かして、室内を見渡していると布団の上に真っ黒な髪の毛が見えた。毎日見ているそれは見間違えることはなく、誰のものかわかる。


「啓……太……」


 まだ体が動かなくて、起き上がることもできない。何とか動かせた左手で、その頭をそっと撫でる。さらりとしたきれいな髪の毛。深い深い漆黒の髪が、朝日に輝いてさらにその深さを増している。

 寝ているのか、ただ呼吸する音しか聞こえない室内。もしかしてずっとそこにいたんだろうか。

 多大なる心配をかけてしまった。あんな風に意識がなくなるなんて……。自分でも気付かないほど、限界が来ていたんだろう。もう、ごまかせない。啓太が起きたら、すべてを話そう。





 啓太が起きたのは、それから数時間後だった。俺はそれまでずっと、変わらない黒い頭部を見つめてた。数時間もそうしていたのに、全く飽きない。それよりも、もっと眺めていたかった。啓太ならどれだけ長い間でも見つめていられるだろう。


「起きて……たのかよ……言えよな」

「ん……ごめん」

「まだ起きれないか?」

「でも、だいぶまし……お腹も……まし……」


 そう、起きて不思議だったのは今まで極限にまで感じていた空腹感がなかった。それどころか半分ほど満たされていた。それの原因を考えてみたものの、思い当たる節はない。


「やっぱあれ飲ませてよかったんだな」

「あれって?」

「これ」


 そういって、啓太が見せてきたのは小さな瓶だった。すでに中身はなく、何も入ってはいない。


「なに、それ」

「皐月が……お前にって」

「メ……皐月が……そっか……。自分が使わなくなった薬か……そういえば、あれって少しは空腹に効くんだよね。自分が使わないからって……馬鹿じゃん」

「……」


 俺の独り言のような言葉に、啓太は黙ったままだった。やっぱり、もう隠せない。ついにこの時が来ちゃった。啓太にすべてを話す時が。


「俺、人間じゃないよ」

「……やっぱそうなのか」

「やっぱって。ちょっとは驚いてよ」

「驚いてる。すっげぇ驚いてて、どうしたらいいかわかんね」

「俺、人間じゃない。この世界で生まれてない。……この世界には、探し物があってきたんだ。ずっとずっと探してた。でも、なかなか見つからなくてさ。諦めてた。もう見つからないんだって……。魔力も底付いたし、おなかはすくし……。そんな時だった……俺の目の前にね、真っ白いものが現れたんだ」

「……真っ白いもの?」

「そ。あれはすごく寒い冬で……正直寒くてお腹すいて……。どこかのシャッターが下りた店の前でうずくまって座ってたんだ……」





「お前どうしたの?具合でも悪いのか?それとも……腹減ってんならこれ一個やるよ」

「ふえ?」




「!?……それって」

「ふふ、思い出した?あのとき、俺はやっと見つけたんだ。今まで探してたどうしても見つけたかったもの。それが……啓太なんだ」

「……知らなかった……。わるい、俺ほんとに……」

「うん。啓太が他人のことあまり覚えないの知ってるから……。転校したのも、啓太のそばに少しでもいたかったから。……一緒にいれるならそれでよかったし……」

「探してたのってさ……なんなんだ?」

「……

「餌?」

「俺、バンパイアなんだ」

「……!?」

「啓太でも少しは知ってるよね。この世界にもバンパイアの物語とかあるし。あながち間違っちゃいないよ。餌っていうのは、まぁ契約者かな。俺と契約して俺は餌を守る。そして餌はその代償に魔力を提供する。俺らは血から魔力を補給する。血が食糧で、餌の血じゃなきゃ空腹感は満たされることがない」

「は!?おい、ちょっと待てよ……じゃあお前は……」

「うん、もう何年もおなかすいたまんま。ごめんね、啓太がくれた肉まんも、お弁当も……僕の栄養にもならないんだ。僕のお腹を満たせるのは……啓太の血だけ……」


 あぁ……そんな顔しないで。そんなつらそうな顔しないで。俺そんな顔してほしかったんじゃないよ。啓太はいつもの顔がいい。笑顔は少ないけど、たまに魅せるはにかんだ顔とか、呆れた顔とか。いつも通りでいてほしいんだ。

 今、啓太は自分を責めてる?でも啓太は悪くないよ。だって俺がなにも言わなかったんだ。だって、啓太と……啓太と契約なんかできるわけないよ。

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