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不死の王 禁呪の娘  作者: 緋ノ原
第1話 召喚
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2. カイニスの朝

 ──なんて、甘い。

 とろりと甘く、よい匂いがする。

 欲しい。もっと欲しい。



『気がついたか。気分はどうだ?』

 いい声。低くて深みのある、男らしい、声。

「……眠い」

 ああ、声が掠れている。厭な夢を見たからか。酷く寝覚めが悪い。

 誰かに殺される夢。頭を殴られ、心臓を貫かれ、手足を野犬に喰われ、挙げ句の果てにくびを斬り落とされた。取り囲む人々はみんなわたしを憎んでいた。憎まれ、蔑まれ、存在のすべてを否定され、意識のあるまま、業火に灼かれた。

 わたしは、人に忌み嫌われる不死の怪物──ヴァンパイアだった。

『泣くな』

 ざらりとしたものが、目元を舐める。まるで、犬に舐められているような、っ……?

「なっ、なに? わたし、犬なんて飼ってない」

 え? いまの、わたしの声?

『……ああ、俺は犬じゃない。狼だ』

 よく響く男の声が笑った。

「うそっ! なんで、わたしの部屋に男がいるの?」


 ──目が覚めた。はっきり覚めた。

 だって昨夜、カレシにふられたばかりだ。昨日の今日で、ほかの男が隣で寝ているなんて、ありえない。なんたる失態。自分で自分が信じられない。

 だけど。

 目のまえにあったのは、真っ黒でふさふさな顔だった。

 な、なに? この、もふもふ?

 長い顔。金色の鋭い眼。真っ黒で毛足の長い獣がうずくまって、わたしの顔をのぞいている。

「なにコレ、ものすごく大きい……犬?」

 自分の声がやけに低く響いた。

『だから犬じゃない、狼だ』

 コレ、さっきの美声?

「なんで、犬……じゃなくて、狼がしゃべってるの? いやいやいや、それよりよく考えろ、わたし。狼って肉食じゃなかった? この体勢ってまさか食べられるまであと数秒?」

 あわてて跳ね起きてみたものの、なんだか身体がうまく動かせない。奇妙な、バランス。

『安心しろ、おまえは食べない』

 男の声が頭の中にじかに響いた。

「あ、ありがとう、それを聞いて安心したわ」

 そう彼に答えてから、はたと我に返った。

 ……彼?

 おかしい。なんだか凄くおかしい。

 狼にむかってぺらぺらしゃべっている状況がおかしい。

 狼の声が耳じゃなく頭に直接響くのもおかしい。

 そもそも狼がしゃべっているのがおかしい。

 しゃべっている自分の声もおかしい。

 というより。ぐるりと視線だけ動かして辺りを見回す。

 視界に入るなにもかもが、すべておかしい。

 目のまえで言葉を話す狼の存在も、見覚えのない場所も、なにより《わたし》が──間違っている。

「どうしよう……」

 思わずうつむいてから、あわてて顔をあげた。

「こんなの、ありえない」

 金色の眼をうっすらと細めて、狼が鼻で笑った、ような気がする。

『事情はギルヴェルクからおおよそ聞いている。あちらの人間を召喚して偽魂にする、と』

 言ってから、さも愉しげにくくっと喉を鳴らす。

「ぎるべる? しょうかんしてぎこん? 意味がよく分からないんだけど……えっと、偽装、結、婚とか?」

 わたしの言葉に、黒い狼は鼻に皺を寄せてから、片方の牙を剥き、なにやら意味ありげにこちらを見た。なんなの、その獲物を見るような表情。ついさっき、食べないって言ったばかりじゃない。

 だけど、この獣は、こともあろうに。

 わたしの下半身を、ぺろりと舐めたのだ。

「うっ……どなめっ?」

 思わずケダモノを蹴り飛ばした。

「ややややや、やだやだやだっ、なんでそんなとこ舐めてんの! なにコレ、うそだっ、信じらんない!」

 ざらりとした感触。ありえない。こんな感触、ありえない。だって、触れるはずがないじゃない。あるはずのないモノに、触れるはずがないじゃない。女のわたしにこんなモノはついていない。なのに、ないはずのモノが、なぜに存在を主張する。

 これは、夢だ。悪夢のつづきだ。

『現実逃避したい気持ちは解らないでもないが。まあ、慣れることだな』

 思いのほか優しげなケダモノの声に、わたしはふるふると首を振った。泣きたい。いっそ、気を失いたい。

 うつむき加減になると、さらりと銀色に輝く髪が肩先から滑り落ち、自分の身体が目に入る。一糸まとわぬその身体は、やっぱり、まぎれもない男性のものだ。きれいに筋肉のついた平らな胸板、引き締まっているけれど割れるほどではない腹筋、しなやかで力強い、もてあますほど長い腕と脚。肌は白く滑らかで、体毛も銀色のせいか目立たない。自分のものでさえなかったら、好みのタイプなのに。呆然とヘソの下にある男性特有のモノを見つめてしまい、思わず叫び出しそうになった。

『とりあえずは、ギルヴェルクらしくしろ。そのなりで、くねくねされると気持ちが悪い』

 男の声が頭に響き、目のまえの金の眼に射すくめられそうになる。

 そこで、ちりり、となにかが脳裏に閃いた──魔眼に警戒しろ、眼に力を込めて跳ね返せ。

 知らず、金の眼を睨み返した。狼の眼が驚いたように丸くなる。

『その調子だ、ギルヴェルク』

 低くて深みのある男の声が満足げに響いた。

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