序
はじまりの記憶は──凶暴で理不尽な痛みだった。
左胸を貫く痛みが。
頭蓋をハンマーで間断なく打たれるような痛みが。
脈打つ血の音楽に乗って総身を駆けめぐる。
痛い。痛い。痛い。
まとわりつく、とろりと甘い血の匂い。耐えがたいほど熱いのに、凍えそうに寒い。体が小刻みに揺れるたび、不快な金属音が脳髄にがんがんと鳴り響く。虚空へ伸ばそうとした腕はすでに無く、掠れ声さえ出せない。
なにが起こった、わたしに。
なにをした、わたしが。
わたしは──誰だ?
「真祖ギルヴェルクに永遠の安息を」
低い声が頭上に響くと、己の頸に皓く輝く刃がゆっくりと振り下ろされるのが見えた。
立ち籠める霧の向こうに、うっすらと頼りなく細い真昼の月。
血肉と骨を断つ、鈍い音。
遅れて、声なき絶叫が喉から迸る。視界がくるくると回り、膚にぶつかる硬い感触に怒りを覚えた。もはや、痛いのかそうでないのかさえ判らない。
おぼろな視野に、頭部と四肢を失った男の姿が映る。左の胸から一振りの長剣が生え出ている──地上に縫い留められた哀れな標本──なぜか笑みが零れた。
「これでもまだ、笑うのか……ヴァンパイア」
怯えと侮蔑の滲んだ声とともに、ぬるりとした液体をあびせかけられ、小さな炎が落とされた。
「浄らな火を以て灰となれ、堕ちたる者よ」
轟々と鳴る炎に包まれる。
灼かれているのは、わたしだ。
ほかの誰でもない、わたしだ。
わたしの、はずだ。
神へと捧げる歌が聴こえる。神に背きし不死者の、永遠の安息──死を願う歌だと、頭蓋の奥に眠る記憶が告げた。
だが、聖歌など効かない。銀の弾丸も聖剣も十字架も銀の杭も聖炎も聖水も大蒜も、なにひとつとして効くはずがない。
今の、ギルヴェルクには。