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第六ヤンデレ タイプ(素直ヒート)

 久々過ぎる更新で本気で申し訳ございません!!  そして出来た作品が最長ストーリーと……なってしまって……長くてうっとおしいかもしれませんが、どうか付き合ってやってください……

 始まりは、そう、かなり特別だったが、まだ何とか対応する事が出来た。


 ある日、兄貴と俺が母さんに頼まれ二人で買い物へと出掛けていた時に偶然、図書館へと向かっていた志那野さんと出合い当然何時ものように兄貴と志那野さんの軽く発禁レベルのイチャつきが始まり俺がため息を付きながら前を見た時だった



「姉貴~、偶然出合った恋人とベッタリしたいのは分かるけど早く、図書館で私に課題を教えてくれないと………っ!?」



 片手に通学用バックを持ち、迷惑そうに志那野さんの服を引っ張る赤毛のポニーテールの少女、樋村ひむら 柚木ゆうき)に俺は初遭遇したのだった。



「あ、あう、あああ……お、おおお、おな、……」



「おな?」



 急にガクガク震えだしズタボロの言葉で何かを伝えようとしている柚木に、そん時の俺は余りにも馬鹿な事に怪訝に思って柚木に顔と耳を近づけてしまう。柚木は自分の両頬を叩き、勢いよく息を吸った。



 そして次の瞬間、俺はたった今、自分がした行動を死ぬほど後悔する事になった。なぜなら


「お名前は何ですかああああああああああああぁぁぁぁっっ!!??」



「わらばぁっ!?」



 周囲の空気が震え、電線に止まっていた鳥たちが一斉に逃げ出し、さらに近くを自転車で走っていたオッサンが、ひっくり返る(比喩では無い)柚木の大声に、俺は某世紀末の雑魚のような悲鳴を上げて地面に尻餅をついた。


 ちなみに隣で志那野さんとイチャイチャしていた兄貴も、柚木の大声で転びそうになったのだが、志那野さんの優雅な補助のアプローチで難を逃れた。志那野さんは兄貴を守った後、軽く柚木を睨み付け



「こら柚木、あまり大声を出すなと言っただろ。澄が転んでしまう所だったじゃないか」



 いや志那野さん、俺の事は無視っすかっ!?

 そう、俺は志那野さんに心の中でツッコミを決める。一方の柚木は先程の元気はどこへやら、シュンと縮こまってしまった。



「す、すまない姉貴……」



 先程よりは大分控え目の声で志那野さんに謝罪する柚木。その姿はまるで、飼い主に叱れた仔犬を思い出させ、俺は思わずときめいてしまった。



「……で、何だっけ。名前?俺の?」



 少し同情に似た感じで、シュンとしている柚木に俺は話かける。



「そ、そうだ!!私は君の名前が知りたいんだ!!」



 その瞬間、うつむいてた柚木は復活し、クワッっという感じに顔を上げる。それと同時に柚木の赤毛のポニーテールも勢い良く上下した。



「お、俺は、日吉ひよし草部くさかべ日吉」



「日吉かっ!私は樋村柚木っ!!柚木だっ!!」



 つい、勢いで自分のフルネームを口走る俺に、この時初めて自己紹介をした。そして忘れもしないあの宣言が始まる。



「突然だが日吉っ!君に惚れたっ!!一目惚れだっ!!私と付き合ってくれぇええええええええええええぇぇっっ!!!!」



「はいっ?」



 突然の自体に間抜けの声を出してしまう俺。


 そして、この時から俺と柚木の妙な関係が始まってしまうのである。








―そしてそれから数ヶ月後―



「ひよしいいぃぃっっ!!おっはっよおおおぉぉぉっ!!」



「うわっ馬鹿っ!柚木、止まれ!止まれよ!止まれってば!!止まってくだ…ぎゃんっ!」



 俺の必死の説得も虚しく、朝っぱらから柚木の強力な脚力を利用したタックル(柚木本人は抱きついてるだけだと言っているが殺傷力がある抱きつきは存在しないので間違い無くタックル)が俺に直撃し、俺は背中から地面に倒れた。背骨を襲った激痛に俺は思わず犬のような悲鳴を上げてしまう。



「全く、柚木は仕方ないな……澄もそう思うだろう?」



「うっ!し、志那野……そう言いながら俺の胸を揉むのは止めっ……ぐうっ……」



 そんな俺と柚木を横目で見ながら志那野さんと兄貴は相変わらずイチャついている。くそ、助けてくれてもいいのに。



「ひよしいいぃぃっ!!ひよしいいいぃぃぃ!!」



「こ、こら!嗅ぐなっ!!臭いを嗅ぐなぁあっ!!」



 柚木は興奮した様子で、俺の学生服に顔を埋めると、鼻で盛大に俺の臭いを嗅ぎ始めた。鼻息が胸に当たってくすぐったい。それに、只でさえ登校中の生徒がごった返している学校の校門前でこんな事をされるのは恥ずかしくてしょうが無い。


 っていうか、現に何人かの女子生徒に指を刺されて笑われているし、野郎共からは殺意の混じった視線を送られている。



「もう良いだろ!!離れろよっ!!」



 視線に耐えきれず、俺は無理矢理、柚木を引き剥がそうとした。しかし柚木は、両腕でガッチリと俺の体を抱き抱えてホールドしており金具で固定した如くまるで外れず、しつこく俺の匂いを吸い込んでいる。犬かこいつは!?


「まだだぁっ!!まだクンカクンカは止めんっ!!せめて後、三分!五分!十分んんっっ!!」



「なんで段々、時間が伸びていってるんだよっ!?」



 柚木に拘束された右手でビシッと小さくツッコミを入れる俺。一方の柚木は俺のツッコミを華麗にスルーし、今度は俺に激しく頬擦りをし始めた。



「ほれぇ!どうだぁ!!気持ち良いだろうっ!?」



 柚木のもっちりとした柔らかい頬が俺の顔を柔らかく包み込み、それが上下左右と俺の顔中を動き回る。すると、柚木の髪や肌から女の子特有の甘ーい香りが漂い、まとわりつくように俺の鼻腔の全てを支配した。


「や、止めろって!!恥ずかしいだろっ!!」



 何故か、そんな状況で俺は男としての本能の影響か軽く興奮して僅かに息子を目覚めさせてしまった。俺はそれを柚木に気付かれないよう、さらに腕に力を込めて柚木の体を掴んだ。が、柚木も負けずに細い腕で、さらに力強く俺を抱きしめて来た。どうやったらこの腕から、こんな力が出るんだよ?



「ふふふっ、誤魔化すなよ日吉ぃ!!お前は、私に頬擦りされて興奮しているだろう!分かっているぞ!!」



「っ……!?、そんなわけ……」



 柚木に考えを的中され、俺は顔を真っ赤にしながら反論しようとする。が、




 キーンコーンカーンコーン




「「あっ」」



 狙ったようなタイミングで学校のチャイムが鳴り出し、思わず俺は抵抗するのを止め、柚木も俺の拘束を緩めた。とりあえず、助かったけど問題はそこでは無い。今のチャイム、アレは間違い無く朝の予鈴を告げるチャイムなのだろう。と、いうことは……。



「マジかよ……校門前で遅刻かよ……そりゃ無いぜ……」



 急激に無惨な現実を目の前に叩きつけられ、俺は思わず自由になった右手で顔を覆う。なぜだか目からは軽く涙が流れていた。



 ひどいっ……!ひどすぎるっ……!十分前には校門に着いていたのにコイツ(柚木)のせいで二人揃って遅刻っ……!



「……あ~、す、すまん、日吉……」



 悲壮感に満ちた俺の顔を見て、珍しく空気を読んだ柚木が俺の拘束を完全に解除し、申し訳なさそうな表情で俺を見る。が、そんな事じゃあ俺の怒りは収まらない。



「ゆ~う~き~ぃ!このぉっ!!」



「うひゃいっ!?」



 俺は、逃げようとしていた柚木を捕まえ、両手でガッチリと柚木の頭を固定すると、両の手を拳に変えて両側から拳を柚木の頭に押し込み始めた。



「うきゃああああっ!!ひ、日吉っ!!痛い!痛い!グリグリだけは止めてくれぇっ!!」



「うるせえ!!お前のせいでまた遅刻したじゃねえか!今月だけで三回目だぞっ!!」



 体をくねらせて俺のグリグリから逃げ出そうとする柚木を俺は更に強く拘束し、柚木の頭に拳を押し込んだ。



「あたたたたたっ!?……っ、そ、それは確かに私が悪いが……あたっ!……私の告白に答えてくれない日吉も悪いぞっ!!」



「うっ、そ……それは……」



 ズバリ痛い所を言われ、俺は思わず手の力を緩めてしまう。その隙に柚木は俺の手から逃れ、ぶはっ!と、息を吐き出した。



「それは……だな……俺は柚木は嫌いじゃあ無いんだが……」



「嫌いじゃあ無いんだったら何なんだっ!?答えてくれ!さぁ早くっ!」



 そう言ってキラキラと輝く瞳で俺を見つめる柚木。その真剣な態度に俺は思わずひるみ、


「も、もう少しだけ考えさせてくれ……」


 柄になく弱気な事を言ってしまった。すると柚木は、ぷぅ、と頬を膨らませると



「むぅ、相変わらず日吉は臆病だな~。まぁ、そこも、また良いんだが!」



「直せるよう努力するさ……」



 俺は、軽くそう言って軽くため息をつき、柚木も仕方ないな、と肩をすくめる。




「お前たち、のろけ話は済んだか?」



「「あっ」」




 その瞬間、再び俺と柚木の声が重なる。



「「………………………」」



 俺と柚木が無言で、恐る恐る顔を上げて見ると、やはりそこにはジャージ姿に竹刀を構え、明らかに堪忍袋の尾が切れた様子の生徒指導部の顧問、川元がいた。



「「あ、あははは……」」



 川元の殺気から果てしない死亡フラグを感じ取り、俺と柚木は空笑いをする。そんな俺達を見て川元はニヤリと笑顔を返し、竹刀を振り上げた。



「さぁて、草部に樋村。覚悟は出来たか?」



「「ひいいいいいいぃぃぃっ!!」」



 悪意しか感じない川元の殺気に、俺と柚木の声が周囲に響く。




 そこには、まさに地獄があった。




「痛いっ!!痛いです!竹刀は止めてっ!穴がっ!尻穴があぁっ!!」



 俺は川元の渾身の竹刀を五発も尻に受けて軽く痔になりかけ



「ふおおぉっ!?先生っ!か、角は反そっ……きゃいんっ!!」



 柚木は川元が懐から取り出した出席簿の角での殴打を三発、額にくらい一瞬、気絶しかかった。



「まったく、お前らはぁっ!!学校の校門で!しかも朝っぱらから!不純異性交友をして遅刻しやがって!!見せつけてんのか!昨日も合コンも大失敗した俺への見せつけか!?」



「いや、それは全く持って関係ないですよっ!!」



「そうだぞ先生!それは八つ当たりだぁっ!!」



 かなり無茶な川元の理論に口々に反論する俺と柚木。



「黙れ!黙れ!黙れっ!!反論は許可しないっ!黙って俺にしばかれろおおぉぉっ!!」



「「んな無茶なぁーっ!?」」



 結果、俺達はその後も川元に懲罰という名の八つ当たりをくらい続け、ボロボロになった俺と柚木がお互いに支えあいながら教室にたどり着いた時には既に一時間目がスタートしてて、二人して更に怒られるはめになった。



……ああ……朝から最悪だ……柚木のせいで……










「ふぁあぁぁ~っ、……う~寝た、寝た」



 その後、俺はいつものようにサッパリ分からない授業を殆ど居眠りでやり過ごし、気づけば時は早送りされたかのように過ぎており、教室の時計を見るともう既に昼休みになっていた。



「んっ!……やべえっ!!」



 その事に気付いた俺は、慌てて寝ぼけた頭を両頬を叩く事で復活させると同時に、机に突っ伏していた状態から跳ねあがり、素早く身構えた。



「ひよしいいぃぃぃっ!!起きたなぁっ!!弁当だああああぁぁぁっ!!」



 直後、俺が起きた事に気付いた柚木が、片手に弁当が入った包みを持ち、教室の奥の席から俺の席へと全力で走って来る。



(よし、今は朝と違って準備は万端だ。避けるなり受け止めるなり、バッチリ対処してやる!!)

 


 そう考えた俺は、その場を動かず、迫ってくる柚木を見ながら身構えて



「待たせたな日吉っっ!!」



「しまっ……!ぐはぁっ!?」



 完全にタイミングを外して、柚木をまともに腹に浴びて椅子ごと後ろにひっくり返った。もちろん俺にしがみついていた柚木も一緒だ。



「くそぉ……また柚木に何も抵抗出来なかった……」



 背中と頭にジンジン響く痛みをこらえつつ、俺は悔しまぎれに呟く。



「わーっはははははははははっっ!!甘い!甘すぎるぞ日吉っ!!私の愛の前にとっては日吉の抵抗など紙屑同然っ!!受け入れるしか無いのだああぁぁっ!!」



 柚木は、と言うと俺の腹に馬乗りの状態で後ろ手を組み、無駄に得意げな言葉と表情で胸を張っていた。全く、その自信はどこから来るんだよ?



「おっと心配するなよ日吉いぃっ!!」



 そんな風に少し呆れて俺が柚木を見ていると柚木は何を勘違いしたのかキリッとした表情で俺に馬乗りしたまま、片手を突き出した。って言うか、いい加減に降りろよ!腹が圧迫されて苦しいし、クラス全員の注目が集まって恥ずかし過ぎる!



「弁当なら、あらかじめ私がしっかりガードしている!!片寄っている心配など皆無だああぁぁっ!!」



 当然、そんな俺の気が分かるはずも無く、柚木は相変わらず鼓膜に響く大声でそう言うと、ムフー、と言った感じに小ぶりな胸を張っていた。



「あぁ、分かった、分かった、分かったから離れろ」



「分かった!ついでに起こしてやろうっ!!」



 少し投げやり気味に言った俺の言葉を聞いた柚木は俺の腹の上から降りると、持っていた弁当を机に起き、両手で椅子ごと俺の体を起き上がらせた。


 そして、近くの席から空いてる椅子を素早く持ってくると、俺の机に座り、自身満々に言い出した。



「さぁ、私からの愛妻弁当だ!さぁ、食うがいいっ!!」



「愛妻もクソも俺達まだ付き合ってすらねーだろうがっ!」



 素早く柚木に突っ込む俺、しかしそれを全く気にせず柚木は再び胸を張り、素早く弁当を包んでいた布を取り、弁当箱の蓋を開けると『さぁ、食え』と言わんばかりに、箸と共に弁当箱を俺の前に突き出す。

 


「はぁ……………」



 仕方なく俺は柚木が渡した箸を手に取り、柚木が作ったと言う弁当に視線を移す。





 その瞬間、俺は硬直し思考が完全にフリーズした。




「ど、どうしたんだぁ日吉いぃっ!?」



 俺が硬直したのを見た柚木が、少し不安げに俺に尋ねる。



「…………柚木、この弁当は何だ」



 そんな中、俺は静かに柚木が渡した弁当箱を指差して柚木に問いかける。



「何、って………」



 問われた柚木は不思議そうな顔をして小首を傾げる。中々可愛いが今、気にすべき事はそこじゃあ無い。

 そう、今、気にすべき事は。







「私が作ったカレー弁当だがそれがどうかしたか!?」



「アホかお前は!そしてお前はアホか!!常識的に考えて弁当ににカレーを持ってくるんじゃねえええぇぇぇっ!!」



 今、俺の席の上で香ばしいスパイスの香りを放っている、弁当箱に入ったカレーだ。



「うううううぅ!やたらにアホアホ言うなあぁ!!酷いぞっ!自信作なんだぞっ!!」



 俺の発言に柚木が頬を膨らませながら詰め寄る。ここで引いてはさらに柚木を付け上がらせる。なので、俺も柚木に対抗して机に身を乗り出す。



「ああ、自信作ってのは分かったよ!!でっ、自信作を俺の為に作って来てくれたのは嬉しいよ!!でもなぁ!カレーはねぇよ!カレーはっ!!弁当に全然向いてないし臭うだろうがっ!!」



「む、むぐぅ~っ!」



 俺の言葉に柚木は少し仰け反り、不満そうにハムスターの如く頬を膨らませ、体を震わせた。


 そして、次の瞬間。



「ひよしいいぃぃいいぃぃ!!いくら私でも堪忍袋の尾が切れたぞおおおぉぉぉっ!!覚悟しろっ!!」



 教室の床を蹴り飛ばし、頭から俺に体当たりを仕掛けて来た。



「うわっ!?あ、あぶねっ!!」



 俺は、それを咄嗟に両手で柚木の顔を押さえる事で何とか阻止して事なきを得た。



「ぐぬぬぬぬぬぬ…………塞がれたか……。だが!まだ、終わってはいなぁああいっ!!」



 が、柚木は諦めずに両足でしっかり教室の床で踏ん張ると、俺に顔を押さえられているのにも関わらず、さらに体に力を込めて俺の両手の防御を破ろうとしてきた。



「うおおっ!?や、ヤバいっ!!」



 それに負けじと俺も両手の防御に使う腕力を強め、机を間に挟んで柚木と押し相撲をしているかのような状態になった。



「ふぬぬぬ!気合いっ!ど根性ーっ!!」



「ぐっ……つ、強いっ!」



 自分の有利を確信して、さらに押しを進める柚木。そんな柚木に俺は文字通り完全に押され、徐々に手の拘束が弱まってゆく。



 そして、ついにその時は訪れた。




   つるっ。






 そんな間抜けな音と共に、俺の腕での防御は完全に解除された。



「うわっはっはっはー!私の完全勝利だああぁぁっ!!」



 勝ち誇った表情で一気に詰め寄る柚木。突然の事に俺は硬直してしまい動けなくなってしまう。


 何も行動出来ない自分を呪い、迫り来るであろう痛みに耐えきろうと俺は目を閉じる。が、俺に伝わって来たのは痛みでは無く全く予想外の感覚だった。






   ぷちゅ





「「ーっっっ!!!!????」」





 俺は、驚きの余り声にならない声を上げて、閉じていた目を全開まで開いた。それは言葉通り、俺の目と鼻の先にいる柚木も同じらしく驚愕で見開かれた柚木の大きな目は今にもポロリとこぼれ落ちそうに見えた。



 カンが良い奴なら……いや、普通の奴でも理解出来ると思うが、今の俺と柚木は偶然の仕業だがキスをしていた。それも口と口で。しかも俺にとって紛れもないファーストキスを。



「……ぷはっ、わ、悪い柚木っ!!」



 俺は硬直していた体を何とか動かし、慌てて柚木から体を離してキスを止めた。



「あ……あわわ……してしまっ……た……。」



 しかし、柚木はそんな事には気付いていないようで、真っ赤になった顔でロボットのようなカタコトの言葉を、体を震わせながらブツブツと呟いていた。



「ひ、ひ……日吉と……キス……ファースト……キ……ス。ぷ、ぷしゅ~っ」



 どうやら柚木には、そこが限界だったようで、頭から煙を出し、後ろに倒れた。



「あ、あぶねっ!!」


 その瞬間、俺は走り出し、そのおかげで何とか倒れる柚木を受け止める事が出来た。



「うへへ……日吉……ひよしいぃぃ……」


 俺の腕の中で柚木は気色悪い声を出しながら顔を、言葉にするなら『とろおおぉぉっ!』と、言う感じに完全に緩み切らせ、幸せを全力で表現した状態で気絶していた。



「もぅ……全く……。」



 そして俺はそんな柚木を見て呆れつつもどこか引かれ、柚木を保健室へと運んだ後、教室に戻り、やたらに臭う柚木のカレー弁当を食べたのだった。


 ……しかし柚木よ、出来ればカレー単品じゃなくてご飯やパンも付けてくれると嬉しかったんだがなぁ……。



 俺は小さくため息を付きながらも箸を休めず黙々と柚木の作ったカレーを食べていった。



 その後も、五限目に復活した柚木にしつっこく(強調)付きまとわれながらも俺は今日も何とか柚木をやり過ごし、放課後、柚木が所属している陸上部に向かう故に、俺にさよならハグをしてこようとしてきたのをもギリギリで回避し、身心ともに疲れきった俺はようやく無事に帰宅出来るようになったのだが。

……そう、なったのだが。



「はぁ……全く柚木は……」



 俺は現在、自分の荷物を手に持ち柚木の机の前でため息を付いていた。理由は単純明快、柚木は何と部活に行くのに自分のカバンを忘れて行きおったのだ。ま、まぁスルーしても全然、構わないけど、その場合は翌日柚木から、いじけの無限愚痴攻撃が待っている事だろうから仕方なく、本当に仕方なく柚木に届けてやろう。だから決して喜んではしゃぎ、非常に女の子らしくなる柚木の顔を見たい訳じゃない。決してない、……たぶんない。

 ええい、そんな事を考えてばかりいたら日が沈んでしまう。さっさとカバンを柚木に渡してちゃっちゃっと帰る。ただそれだけだ。


 俺は自分の頬を軽く叩くと、背中に自分の鞄を背負い、右手に柚木のカバンを持つとさっさっと柚木の陸上部が活動しているグラウンドへと向かって歩き出した。





「ふぅ……そういや柚木の奴、ちゃんとキャプテンやってんだろうな?」


 大分日が傾き、濃いオレンジの夕焼けに包まれた校舎を後にしながら俺は、グラウンドを走る豆粒に見える程距離が離れた場所で走る陸上部の生徒達を見つつそう呟く。

 そう、柚木は生まれ持った姉の志那野さんをも超える長所、驚くばかりの運動神経の高さを高く評価され、二年生なのにも関わらず、陸上部の部長の大役を任されているのだ。

 と……自分で言っておいて何だが、本気で心配になってきた。今日の柚木の行動を見て理解して貰った奴は分かるだろうが柚木は馬鹿だ、それも超を付けるべき並の馬鹿だ。いや俺も好き好んで自分に好意を持ってる女の子を愚弄したい性癖も無いし、そもそも俺も常に成績が墜落寸前の低空飛行を続けている俺が強く言えた物では無いのだがそれでも言える、柚木は馬鹿だ。それも勉強が全然出来ない馬鹿である上に判断力が幼稚な馬鹿なのである(その事を柚木に言った時、涙目で俺をぽかぽか叩いて来たのは素直に可愛かった。まぁ、同時にメチャ痛かったが)

 そんな柚木に陸上部の部長を任せたらどうなるか?答えは単純、九割九分無茶苦茶になる。



 そんな事を考えながら歩いていると思わず早足になっていたのか、考えていたより大分早くグラウンドに着いた。グラウンドのトラックでは着替えた部員が汗を流しつつ一生懸命走っており、辺りから真剣な雰囲気が漂っている。が、俺の間近にいる自称『燃える熱血美少女』(笑)の影響でそれを見ても血が騒ぐなんて事は全く無く。むしろ汗で濡れながらも一生懸命に走る女子陸上部員を見て



「(汗でビチョビチョの女の子ってなんかエロいなぁ~)」



 と、声に出したらもれなく女子部員達からリンチにされる事、間違いなしの不純極まりない事を事を考えながら柚木の特徴ある赤毛のポニーテールを探していた。


 が、グラウンド全体に何回も視線を往復させてみるものの柚木の姿は見つからない。う~ん、これは少しばかり妙だ。俺の知る限りでは、俺が陸上部に来たと知ったのなら柚木なら間違いなく走っている勢いのまま俺に全速力でハグと言う名のタックルを俺にぶちかまして辺りの注目を一気に注目と恥を晒す事になったのだろう。


「あれ?もしかして、あなたは日吉先輩ですか?」



 突然、先程トラックの周回を止め、休憩していた短髪で頭に赤い鉢巻きを巻いた陸上部の女子部員が話しかけてきた。俺を先輩と言ったことからおそらくは一年生であろう。


「ああ、そうだけど何か?」

「あ、やっぱり、もし柚木先輩をお探しでしたら陸上部部室にいらっしゃいますよ?ついさっき、着替えてくるとおっしゃってましたから。汗で下着までグッチョリになったらしいです」


「お、おう…………」


 おいおいおいおい、この部員の子は何だ?さっきまで礼儀の良い子だと思っていたのに最後に中々の爆弾を投下しやがったよ。何で下着がグッチョリとか言うんだ、その前の『部室にいる』だけで充分だろ。あれか、柚木のせいか柚木の馬鹿が部に蔓延してこの子にも伝染してるのか。


「な、何か失礼な事を思われてる気がします……」


 ジト目で軽く睨まれた。何故だ?


「……思いっきり顔に出ていましたよ」


「え、本当に?」


 こりゃ不味い。ひょっとすると案外俺も、柚木の事を馬鹿に出来ない程にアホなのかも知れないな。……いや、それは無いか。たぶん


「あはっ……本当に柚木先輩の言っていた通りの人何ですね。日吉先輩は」


 俺が頭を手にあて、そんな事を考えていると、その表情が余程変だったのか赤い鉢巻きの女子部員はコロコロと笑いながらそんな事を言ってきた。


「いつも柚木先輩、言ってますよ?男気あって魅力的、なおかつ優しく、動揺しやすい、ムッツリ、あとツンデレだって」


「誰がツンデレだ、こら」


 最後に聞こえた意味不明な言葉に思わず、ツッコミを入れる。全く……俺のどこがツンデレなんだ。もし、柚木のアプローチを正面から受けてみろ、間違い無く骨が数本は折れる。絶対に折れる。


「本当に先輩って面白いですね~もし、柚木先輩が狙ってなければ私が……な~んて」


 赤いハチマキの女子部員が冗談っぽくそう呟いた時だった。



「おお、日吉。来てくれたのか。嬉しいぞ」


 突然、本当に突然、柚木が赤いハチマキの女子部員の背後から現れ、そう笑顔で俺に言った。



 ただし、その声は



 底冷えするように低く冷たく乾ききったものだった。


「ひっ………ゆ、柚木先輩……」


 その声を聞いた瞬間赤いハチマキの女子部員は、凶暴な狼に睨まれた小鹿のようにびくん、と跳ねあがると、小刻みに震える体を無理矢理と言った感じで動かし半ば壊れたような作り笑いを浮かべた。


「おっ?私の鞄を届けに来てくれたのか。ありがとう日吉!!」


「お、おう……」


 柚木の言葉に震える体を無理に俺はかすれた震え声で何とか返事をした。今の柚木が俺に向ける表情はいつもと変わらないように感じる。だが、ついさっき柚木が部活の後輩である、あの赤いハチマキの女子部員に向けた表情は何だ!?まるで……そう、例えるなら汚らわしいモノを見るかのような目だった……


「せっかく来たくれたけど……スマン日吉っっ!!ちょっと……コイツと話す事があってな。十分程、待っててくれないかっ!?」


 柚木はそう、いつもと全く変わらないような顔と声で俺に言いながら、親しい中のように女子部員と肩をくみ、その肩を軽く叩いた。


「ひっ……は、はい……私、柚木先輩とお話があります……」


 そんな些細な行動でさえ、今の女子部員には恐怖の対象となるらしく、女子部員は顔を真っ青にし、音が出そうな程に震えると、操りの人形のようにがくがくと首を縦に降った。


「じゃ……日吉、ほんの十分だから……待っててくれよ?」



 柚木はそう言うと、何かに怯えきった赤いハチマキの女子部員を引っ張り、まるで連行しているよに遠くに見える灰色のコンクリで出来た陸上部の部室へと連れていった。


「ハッ……ハァ……ハァ……な、何なんだよ……何がどうなってんだよ……」


 俺は、そう言いながら一気に息を吐き出す。どうやら、恐怖のあまり本能的かどうかは分からないが、呼吸を止めてしまったようだ。

「わけわかんねぇ……あの殺気は何だっ!?ま、まるで動けないなんて……絶対に普通じゃない!」



 俺は、ふるふると俺の意識を無視して震える体をどうにか動かし、視線をさっき柚木が赤いハチマキの女子部員を連行するかのように連れていったコンクリート制の陸上部部室へと向ける。

 と、その時気付いた、ついさっきあんな出来事おきたのにもかかわらず、陸上部の生徒いや、そればかりか顧問らしき先生までもが何事も無かったかのように練習を続けている。それが、気のせいか今の俺には全員が何かを恐れているように感じた。

 陸上部の行動に俺はますます不安と恐怖を感じて再び軽く身震いし、ふと柚木に怯えきり半ば強制的に連行された赤いハチマキの女子部員が何をされているかが不安になってきていた。


「柚木は待ってろって言ったけど……あの子は、まだちょっと話しただけだけど悪い子じゃあなさそうだし……何もしてやらない訳にはいかないよな……!」



 そう口にはっきり出して言うことで、ほんの慰め程度だが恐怖を払いのけられた気がし、俺はまるで、うわごとのように「俺が何とかしなくちゃ」とブツブツ呟きながら好き勝手に震える足を気合いをいれて動かし、一歩。また一歩と部室へと歩いて行く。


 気のせいか部室に近付く度に、ぷつぷつと背中が軽く泡立つような寒気が静かに襲いかかり思わず足がすくむ。本能が危険を感じ取ってか耳元で「逃げろ、逃げろ」と囁く。


 ………えぇい、何を馬鹿な事を。常識的に考えるんだ、俺はただ『柚木から殺気のような、者を感じ取り半ば連行するように、俺に親切に接した陸上部の後輩を柚木が連れていくのを見て不安なような、気がしたから一応行ってみる』と、言う小学校低学年が書いた作文のごとくやたらに『ように、ような』が繰り返されてる事をしているに過ぎないんだ。大丈夫ひとまず落ち着つけ。大丈夫だ……きっと俺の考えすぎ……じゃなきゃ気のせいだ。……きっと、これさえ終えればいつも通りの日時が待っているだけだ……。大丈夫……一瞬、一瞬だけ勇気を出してドアを開けば済む話。時間にすりゃあ一秒以下、スキージャンプよりよっぽど短いぜ。



 そう、俺が決意して陸上部の引き戸の持ち手を掴んだ。




 まさにその時だった。



 ガタッドシャッ!!グシャッ



 今、まさに俺が開こうとしたドアに激突する『何か』と



「ひっぐ……うぇ……うわぁぁ……」



 妙にくぐもった声で嗚咽を漏らす、女子部員の声だった。



 見てはいけない




 そう頭の中で考えるが、体は震えながらもそれとは正反対に動いてドアをほんの僅か、気づかれない程度に開き顔をゆっくりと近づけ、視線を開いた隙間の間に注いだ。



「なぁ……少し猶予を……そうだ30秒待っててやるからもう一回自分が何をしたのか考えてみろよ……」



 そこには、

 絶え間なく涙を流しながら背中を丸めて地面に這いつくばり、恐怖にふるふると震える赤いハチマキの女子部員。

 そして、そんな赤いハチマキの女子部員を虫けらでも見るかのように冷たく立って見下ろす柚木の姿があった。

 柚木の目には生気が無く、まるで柚木に激しい怨念を持った死霊が憑依して体を動かしているようにも見える。



「す、すいません……柚木先輩……私……」


 と、先程から地面で泣きながら嗚咽を漏らしていた赤いハチマキの女子部員がびくびくした震え声で口を開き、柚木に謝罪する。が、柚木はその言葉にぴくりと反応すると


「誰が謝れと言ったぁぁぁっっ!!」



 その瞬間、柚木は殺気を込め凄まじい怒声を赤いハチマキの女子部員に放つ。俺に向けるような溢れでるように元気たっぷりかつ本人曰く愛を込めた声とは違う。隙あらば殺してやる、と言わんばかりに怒りと殺気、悪意に満ちた声だ。


「ひ、ひいぃっ……!!」



 そんな声をまともに受けた赤いハチマキの女子部員は飛び上がり、派手に尻餅をつく。その顔は蒼白で目かは涙で滲み、カタカタと恐怖で歯を鳴らしていた。



「お前は私を舐めてるのかっっ!?私はさっき『自分が何をしたのか考えてみろ』と言ったんだっっ!!お前なんかの謝罪など全く求めてはいないしお前ごときに謝罪されても耳障りで不快でしかないっっ!!………どうやら罰を与えて欲しいようだなっ! 」



 そう一気に言うと、つかつかと尻餅をついたままの赤いハチマキの女子部員へと歩いてゆく。



「いっ……いやあぁぁああっっ!!柚木先輩止めてください!!お願いします!!お願いします!!」



 それを見て赤いハチマキの女子部員は、額が割れんばかりの勢いで柚木に土下座を始め、必死に柚木に許しを求めていた。

 俺は、鳥肌が未だに止まらず、背中に氷柱を貼り付けられたかのような寒気を味わいながらもその光景から、目を離す事が全く出来ず、食い入るようにドアの隙間に全神経を集中し、目の前で起きている惨劇にまるで何かに取りつかれたかのごとく視線を向けていた。もちろん、そうしている間にも柚木は全く動きを止めずに歩き、赤いハチマキの女子部員の足元に来た所でピタリと歩みを止めた。赤いハチマキの女子部員は恐怖のあまり声すらでないらしく、真っ青な顔で目に大量の涙を浮かべて歯をカチカチと鳴らし、絶望しきった表情で震えながら柚木を見ていた。

 が、そこで柚木は若干、形相を緩ませ



「……が、お前も故意にやった事では無い事は認める。今日はこれだけで、勘弁してやろう」



 そう言いながら、ピッと右手の人差し指一本を赤い後輩に見せつける。



「あ、ありがとうございます……」



 それを見て、赤いハチマキの女子部員は体は未だに恐怖で震えるものの、その顔に若干の余裕が現れていた。


「よし、それじゃあ覚悟しろよ……」



 その言葉と共に姿勢を整え、静かに構えをとる柚木。それを見た瞬間、すぐさま赤いハチマキの女子部員は迫り来るであろう衝撃に備えてか、グッと目をつむる。と、同時に柚木が動き






 両手で赤いハチマキの女子部員の口をこじ開けた。




「ひっ、ひはっ!?」


 予想外の事態に赤いハチマキの女子部員は閉じてた目を全開に見開き、目の前で自分の口をこじ開けている柚木を見る。



「ふふふ……さぁ、約束通り、これだけで済ませてやるっ!!」



 そう言いながら、赤いハチマキの女子部員の口を押さえつけている右手の人差し指を、見せつけて立てる柚木の表情は悪意に染まり、せせら笑いしているかのような歪んだ笑顔だった。


「……!!………!!」


 一方、赤いハチマキの女子部員は、これから自分が何をされるか察してしまったらしく、必死にもがいて抵抗し柚木の腕から脱出しようとする。が



「うるさいっ黙れ!!」


「ん……ぎゃっ!」



 暴れる赤いハチマキの女子部員の鳩尾に、柚木の膝蹴りが炸裂し赤いハチマキの女子部員は目をカッと開いて悶絶すると抵抗を止めてしまった。


「ふん……カスが……」


 柚木は完全に見下した様子でそう言うと、拘束していた右腕で赤いハチマキの女子部員の前歯を掴むと。




 べきり



 一切躊躇無く、まるで小枝を折るように赤いハチマキの女性部員の歯を折り、歯茎から引きちぎると、ぽい、とゴミのように歯を投げ捨てた。


「あ"あ"あ"あ"あ"あ"っ゛!?」


 歯を取られた赤いハチマキは口から血を流し声にならない、しかし地の底に響くような悲鳴を上げる。



「あはっ!はははははははははははははははっ!!ざまぁ見ろ!!私を!!私と日吉を邪魔するからこうなるんだ!!あはっはははははっ!!安心しろ!!約束どおり前歯を『一本』残らず折ったら許してやろうっ!!」



「や"め"て゛え゛え゛え゛え゛え゛え゛え゛っっ!!」



 目からは滝のような涙を、口からは血を吐き、必死に柚木に謝罪する赤いハチマキの女子部員。柚木はそれを狂ったように大笑いしながら実に楽しそうに見ながら一本、また一本と赤いハチマキの女子部員の歯を折り、引きちぎってゆく。

 それは、まさしくその光景は今まで俺が生きていた『日常』から大きく外れてしまっていた。

 俺は目の前の血と悲鳴と狂気がうずまく非日常をそれ以上直視する事が出来ず、思わず体の底から沸き上がる本能に従い、勢い良く除いていたドアの隙間から顔を放した。が、その時に恐怖のあまり必要以上に体に力を入れたのかもしれない、俺は無様に尻餅をつき、派手な音を立てた。



「……っ!?誰だっ!!」



 その瞬間、部室の中から柚木の怒声が響きわたる。



「うっ……わぁああぁああぁぁあっ!!」



 その声を聞いた瞬間、俺の体は火がついたように跳ねあがり、俺と柚木の荷物も、靴の片方も投げ捨て全力でその場から逃げ出した。




「これは……それにさっきの声は、日吉……日吉なのかっ!?」


 背後から不安気な柚木の声が響く、その声には悲しみが混じっているような気がしたが、俺は全く足を止めずに力の限り走り続けた。







「はぁ……はぁ……」

 俺は全力疾走のまま自宅へ帰宅し、ドアを閉めた直後に直ぐ様鍵をかけると、崩れるように玄関の冷たいタイルに座り込んだ。今だに心臓は痛いくらいにドクドク鳴り響き、ゼエゼエと喘ぐようにしか呼吸が出来ない。

 

「(一体さっきの柚木の『あれ』は何なんだ!?)」


 酸素がうまく脳に廻って行かない状態のまま、俺は考える。

 つい先程、俺が見た柚木は狂気に飲まれ、一切の躊躇無く自らの後輩に一方的な暴力を振るっていて、それはどう贔屓目に見ても明らかに行動が常軌を逸していた。柚木の行動のあまりの残酷さに思い出すと体に震えが走り全身に細かく鳥肌が立つくらいだ。


 と、その時、俺はポケットの中で何かが振動するのを感じた。そういえば思い出した、逃げるときに荷物の何もかも、靴の片方でさえ投げ捨てて逃げたと思っていたが、ただ一つ、ポケットに入れていた携帯電話だけは残っていたのだ。今、まさにその携帯電話は誰かのメールを受け取り、バイブレーション機能で俺のポケットを振動していた。


 何やら嫌な予感がしながらも携帯をポケット取り出し、ゆっくりと開いてみた。


「ゆ、柚木からか……」


 震える声で冷や汗をかきながらも、心中で予想していた通りやはりそれは柚木からのメールであった。が、そうして髪の毛一本程の油断をした瞬間、再び俺の心臓は恐怖で跳ね上がった。



『Eメール受信 57件』



「んなっ……!?」


 画面に表示された明らかに異常な数値に気付いた時には声が漏れていた。おいおいおい、何の冗談だよこれは!?携帯に表示されている時間から曖昧に計算しても、まだ俺が走って柚木から逃げ出してから10分位しか立っていないはずだ、その10分間に57件ものメールを柚木一人が俺に送ったのだとするのならば、論理的にも物理的にも明らかにおかしい。本当に今、一体全体柚木に何がおこっているんだ!?


 その疑問の手がかりを探すべく俺は、再び恐怖に襲われる事を覚悟の上で柚木から受信されたEメールを一番始めに届いた物から順に開き始めた。



『件名:会イたい おたがいに誤解があるみたいだ、すぐに返信してくレ』



『件名:会いたい メールの返信まだなのか!?早くしてくれ』



『件名:あいたい どうして連絡してくれないんだ!?何でだ!?早く返信してくれ!!』



『件名:メールの返信 メールを返信しろ返信しろ返信しろ返信しろ返信しろ返信しろ返信しろ返信しろ返信しろ返信しろ返信しろ返信しろ返信しろ返信しろ返信しろ返信しろ返信しろ返信しろ返信しろ返信しろ返信しろ返信しろ返信しろ返信しろ返信しろ』




「うっ………」



 メールに書かれた狂気の文面に俺は思わず目をそむけ、顔をしかめる。画用紙にパステルの黒の絵の具を直に塗りたくったかのようにどす黒くねっとりとした感情が込められた文章に俺は軽い吐き気さえも感じて俺は気付いた時には軽く口に手を当てていた。

 脳が再び、防衛本能で携帯電話の画面を見ないようにしている。しかし、頭に逆らって指は勝手に動いて携帯のボタンを押し、視線は画面の文字をしっかりと読み続けていた。

 と、その時、手にした携帯が再び振動し、柚木からの新着メールが届いた事を告げた。必然的に、あるいは何者かに脅迫されているかのように俺の指は自然と携帯を操作し、柚木のから届いた新着メールを開く。




『件名:もうまてない いまから家にいく』



 その文字を見た瞬間サッと俺は血が引くのを感じ、それと同時に自由を取り戻した手が携帯を素早く閉じた。身体中にじっとりとした悪寒が走り、額から流れた汗が顔を伝わり、顎から静かに流れ落ちた。



 来る、柚木が家に来る。



 どうしようも無いそんな事実を叩きつけられ軽く目眩がした。が、ここでただ何もしないまま柚木を家に入れてしまったら間違い無く終わり、九割九分俺は無事では済まないだろう。そう言い切れると確信じみていた。

 俺は震える手で両頬をひっぱたたいて気合を入れ、その勢いのまま立ち上がると対策に向けて動き出した、まず一階の窓という窓を締めてカーテンを引いて鍵をかけ、外から入りやすそうな窓には、家具で申し訳程度のバリケードを組み立てた。タイミングが悪いことに今日は両親が仕事で帰って来ない、兄貴も志那野さんの家に泊まりに行き、先程電話をかけたが兄貴は電話に出なかった。残念ながら助けには期待出来そうにない。

 ……いや、待て待て警察を呼んで守って貰う一番基本の手が……そう思って俺が携帯を取り出そうとした時だった。





「日吉っっ!!いるんだろっ日吉!!」





 玄関のドアが乱暴に叩かれ、切羽詰まった様子の柚木の声が響き渡る。その声に自然と俺の体はびくりと跳ねあがり、手から携帯が滑り落ちる。



「しまっ……!?」



 しまった、と言う頃にはもう遅い、携帯は派手に床に叩きつけられ衝撃で内部からバッテリーが勢い良く飛び出し、床を数回跳ねながら転がっていく。俺は慌ててバッテリーを追いかけて拾う、が、どうにも打ち所が悪かったらしくバッテリーには痛ましい亀裂が入り、その亀裂からは内容液がジワジワと溢れでている。これではとても使えそうにない。



「なあ日吉っ!!いるんだろうぅっ!?開けてくれっ!!頼む!開けてくれえぇっ!!」



 ドア越しに聞こえる柚木の声は一段と大きくなり、激しいノックがドアをぎしぎしと軋ませる。俺はより一層、焦りを感じ周囲を見渡す。と、廊下にある家の固定電話が目に入る。あれを使えば……そう思って、動き出した時だった



「ううう……日吉……ぐすっ……頼む……開けてくれよぉ……」



「ゆ、柚木……?」



 突如ドアの外から聞こえる柚木の声が、まるで狂気を感じないごく普通の少女が泣き崩れる声へと変化し、俺は思わず返事をしてしまう。



「良かったぁ……やっと日吉が返事をしてくれたぁ……」



 俺が返事を返した事に若干、安心したのか柚木の声が今度は泣き笑いのような声へと変わり、軽く鼻をすする音が聞こえた。



「もう、ドアを開けてくれなくてもいい……だから話を聞いてくれ日吉……」


「……………」



 あまりにも急な柚木の態度の変化に同情が沸いたのか俺は、沈黙で柚木の問いに肯定した。柚木も、それを察したのかやがてポツポツと語り出した。



「私は……私はな日吉、ずっとずっと君が心から欲しかったんだ……でも、日吉は中々私の気持ちに答えてくれないじゃないか……日吉には見せて無いけど、日吉と過ごす時間は大好きだし……きょ、今日はキスもしちゃって最高だったんだけど……それでも……それでも、いつも怖かったんだ……君が私を忘れて誰かの所に行ってしまわないか……だから、つい……日吉を誰にも渡したくは無いと思ってした事があれなんだ……」



 そこまで言うと、再び柚木は声を上げて泣き出した。柚木はぐずりながらも続ける



「日吉……頼む……こんな……こんな私を許してくれぇ……」



 そんな柚木の言葉を聞いて俺は



「……けるな……ふざけるなっ!!そんな身勝手な理由で人を傷付けて『許してくれ』だとっ!?」



「ひっ、日吉っ……?」


 俺の怒鳴り声に柚木を小さく悲鳴をあげながら、恐る恐る俺に言う。が、俺は止まらない、火が付いたかのように暴言が次々と出ててきて止まらない。いや、もしかするとそもそも柚木に対する怒りで無意識に自分で止めようとしていないのかもしれない。



「……最低だよお前は……!!本当に最低だ……見損なったぜ。もう二度と俺に関わるなっ!!」



「ひ…………よし……?」



 数々の暴言を口にしつつ最後にそう俺が言うと柚木は震えるような声で呟き、ドアの外は静まりかえった。が、次の瞬間



「うっ………あ、あ゛あ゛ぁぁああああ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛ああああああああああああぁぁあ゛あ゛あ゛あ゛ぁぁああああ゛あ゛ああ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛ぁあ゛あ゛あ゛あ゛ぁぁぁああ゛あ゛あ゛あ゛ぁぁぁあ゛あ゛ぁぁあ゛あ゛あ゛ぁぁぁあああ゛あ゛あ゛ああああ゛あ゛あ゛あ゛ぁぁぁあ゛あ゛あ゛ぁぁぁあ゛あ゛ああ゛あ゛ぁぁぁあ゛あ゛あぁ゛あぁ゛あ゛あ゛あぁぁあ゛あ゛あぁぁあぁぁあぁあ゛あ゛あ゛ぁぁぁああ゛あ゛ぁあ゛ああぁぁぁ゛あ゛あ゛あ゛あぁぁぁァ゛あ゛あ゛あアぁぁぁ゛あ゛あ゛あ゛ぁぁぁああ゛あ゛あアア゛ぁあ゛あ゛あ゛ぁぁぁぁあ゛あ゛あ゛あぁああああ゛あ゛ぁあ゛あぁぁ゛あ゛あぁぁぁ゛あ゛あぁ゛あ゛ァあああ゛あ゛あ゛ァァあ゛ぁぁあ゛あ゛ぁぁあ゛あ゛あ゛あ゛ぁぁぁっ!!!!!!」

 壊れたかのように柚木は叫び出した。そして



 ガンガンガンガンガンガンガンガンガンガンガンガンガンガンッッ!!



 先程とは、まるで比べ物にならない程の勢いでドアを叩き始める。もはや叩くなんて表現は生易しいくらいだ。柚木は明らかにドアを壊そうとしている。その、あまりの力にドアはぎしぎしと悲鳴を上げ信じがたい事だが今にも壊れそうだ。俺は慌ててせめてもの抵抗として、ドアに背中を張り付けてドアが吹き飛ばないように力の限りドアを押し込む。




 ガンガンガンガンガンガンガンガンガンガン!!バキッバキッバキッバキッ!!



「ぐっ……ってぇ………」



 背中のドアから容赦の無い強烈な振動のラッシュが俺に襲いかかって背骨を痺れさせて痛みを与える。いくら柚木がスポーツ万能だと言っても、ドアを打ち付けるこの力は不自然過ぎるくらいに強い。確実に鉄製のドアを歪ませ変形させて行くこの力はどう考えても女の子が、いや人間が出せる力を越えているように感じる。そんな力を額に脂汗を滲ませ顔を真っ赤にしながら無理矢理押さえ付けていたがゆっくりとに、しかし着実に俺のスタミナを削り取り体力を浪費していく。

 このままではまずい……

 俺がそう考え始めた時だった



「(………………ん?)」


 突如、ドアへの殴打が止まり同じくしてドアの前から柚木の気配が消えると、玄関は奇妙な静けさを取り戻した。


「(一体何が起きたんだ……?)」


 俺は、背中でドアを押し込む力を緩めないようにしながら静かに左耳をドアに付けて外の様子を探り始めた、まさにその瞬間。



 派手な音と共に部屋の窓ガラスが砕かれ、何かが部屋に入り込む音が聞こえた。



「……!?、ま、まずいっ!」



 突然の事に一瞬呆けていた俺だが、窓ガラスが割れた場所、そこが玄関からすぐ近くのリビングだと分かると慌ててドアから離れ、リビングへと走り出そうとした。さっきまで全力でドアを押さえ込んでいたのでよろけて床に顔から転びそうになり、全身から流れる汗がうっとおしくて仕方ないが今はそんな事に構ってはいられない。もつれる足を件名に動かし俺はとりあえず玄関に置いてあった竹箒を武器がわりにして、勢いよくリビングに通じるドアを開きながら素早く竹箒を構えた。



「………!?」



 が、開かれたドアの先、リビングには柚木の姿は全く見当たらない。場所を間違えたか?いや、部屋を見てみると丁度ドアから直角の位置にあるリビングの窓ガラスが大きく割られている。

 先程の音はこの窓ガラスが割れた音に間違い無い。

 と、そこで割れた窓ガラスの直ぐ下、その床に視線が止まった。

 割れて粉々になり床に散らばったガラス辺、その上には柚木が使っている通学用バッグ、そしてガラスを割ったと思われる鉄製のバトンが若干、原型からねじ曲がった姿で転がっていた。その瞬間、俺は気付く



『(やべぇ!!柚木に騙された!!)』



 間違い無く柚木の目的は、俺を玄関から遠ざけてリビングに誘導する事。と、すると次は――


「つかまえた♪」


 そんな心から楽しそうな声と共に俺の背中に何かが高速で激突し、その勢いのまま俺を床に叩きつける。



「がっ……!?」



 突然の事に、俺は何も出来ずにうつ伏せに倒れて強烈に胸を床に打ち付け、吐き出すような悲鳴をあげた。そうして倒れた俺を襲撃者はひっくり返して仰向けにすると、かぶりつくように唇を奪ってくる。



「む、むぅぅっ!?」


 直ぐ様、俺の口内に相手の舌が侵入すると舌を乱暴に絡みつけ、口の中を無茶苦茶にかき回す。俺は何とか抵抗しようとするのだが俺の両腕は相手の両手で、両足は相手の足でいつの間にか押さえ付けられており、動かす事は殆ど出来ない。結果的に俺は何一つ出来ずただされるがままだった。



「……ぷはぁっ……♪」



 そのまま数分が過ぎ、ようやく満足した相手は名残惜しげに俺から唇を放した。



「ゆ…………柚木」



 震える声で、マウントを取る形で俺に覆い被さっていた相手に柚木に話しかける。



「えっへへへ……ずずっ……もう逃げられないぞ日吉ぃい~♪」



 俺と柚木の舌で繋がった唾液の糸を音を立ててすすりつつ、柚木は俺を見下ろしながらにたりと笑った。が、柚木の目には不気味な事に全くの光が灯っておらず、その笑顔もどこか乾いてるように感じた。そして柚木は笑顔のまま、そっと両手を俺の首にかけ


「うっ……あ゛があ゛ぁっ……!」



 強烈な力で俺の首を絞めつけてきた。



「日吉が悪いんだぞ?私の言うことをちゃんと聞いてくれないから。私を傷つけるから。私に酷いことを言うから。話を先伸ばしにするから。だから日吉」


 頬にびりびりとした痛みが走り、全く呼吸が出来ない。自然に目が裏返り白目になっていく。何としても呼吸をするため滅茶苦茶に暴れ、柚木の体を手加減無しで殴りつけるが柚木の首を絞める力は緩まず、そのうち意識が薄れ始めた。



「だから今は―――苦しめ」



 いつもと全く違う、冷えきった柚木の声が頭に頭の中に響き渡るのを感じながら俺の意識は酸欠で徐々に失っていった。







「お、意識を取り戻したか?日吉」



 背中に伝わる冷たいコンクリートの感触と柚木の声で、俺は再び意識を覚醒させた。どうやら偶然か必然か柚木は俺をあのまま絞殺する事は無かったらしい。どうやら俺は長い時間、同じ体制で寝ていたらしく背中と尻が軽く痛む。そう思って体を起こして目を開こうとした瞬間

 

 俺の腕に激痛が走った。



「うぐっ……!?」


 不意討ちに近い形で襲いかかる痛みに悲鳴をあげ目が強制的に開かされる。ぼやける視界で腕を見てみると、両腕には太いボルトが貫通しており俺の体は床に固定されていた。


「なっ…………!?」


 想定外の出来事に額から冷や汗が流れ、今になってようやく腕を貫通している金属ボルトの冷たい感触がじんわりと体に伝わってきた。



「ふふっ……驚いたか日吉!?」



 ごちゃごちゃした金属製の器具や土臭いスパイクに囲まれ、俺を立ったまま見下ろしながら柚木が笑う。柚木からは俺が気絶する前に見た狂気は消え、いつもの柚木と変わらない様子に、余計に鳥肌が立つ。



「日吉は放っておいたら私から逃げちゃうからな!!少し痛いが我慢してくれ」



 柚木はそう、何てことは無い事のように笑顔で言い捨てた。



 自分の中で自己完結してしまっている。



 柚木の狂気は俺が気絶している間に、さらにエスカレートしもはや止めようが無い所にまで来ていた。


 激しい動揺と恐怖に包まれ俺にはどうすれば柚木が元に戻ってくれるのかうまく考える事が出来ない。ただ震え、無様に歯をガチガチと鳴らすだけだ。



「だ、誰か助けてくれぇぇっ!!」



 耐えきれない恐怖に負けて、思わず悲鳴のように大声を上げて助けを呼ぶ。しかし柚木は、まるで動じずニヤニヤ笑ったまま俺を見ている。



「はははっ無駄だっ!無駄ぞ日吉!!ここは陸上部専用の物置!!私が陸上部を支配している以上、部員だろうが先生だろうが誰も日吉を助けてくれはしない!!」


 自信たっぷりにそう語る柚木。


「あ……う、うわぁぁ……」



 最悪だ、俺は思わず自らの運命を呪う。運命の神とやらがいるのなら、そいつはそんなにも俺を殺してやりたいとでも思っているのか?状況はまさに袋小路、両腕には太いボルト。どう考えても、いわゆる『詰み』って奴だ。



「ふふふ………日吉、逃げたいだろう?自由になりたいだろう?」


 突如、柚木は、そっと身を屈めて俺に近より耳元でささやく。それは、絶対に耳をかしてはいけない悪魔の言葉。頭の中ではしっかりとそれが理解できているのにも関わらず柚木の言葉は、じんわりと静かに俺の心の中に響きわたり、毒のように身体中に伝わってゆく。

 気付いた時には、俺は無意識に首を壊れたように降っていた。

 「そうか、なら日吉!!私の物になれ!!私を心から愛せ!!そうしたなら私はお前を解放してやろう!!」


 柚木は、そういつものような大声で俺に言う。が、目には全く光が灯ってない。ただ真っ暗な闇が怪しくギラギラと黒光りしているだけだ。


「あっ、ちなみにだがな?この話を断ったりしたら…………」


 その瞬間、柚木の姿が目の前から消えた。そして、


「こんな風に………………………」


 瞬きするほど短い間に柚木は俺の首に両手をかけ、抵抗する暇すら俺に与えず渾身の力で俺の首を締め上げてきた。気道が締め付けられしだいに呼吸が出来ず、再び顔にぴりぴりした痛みが走り視界が歪む。


「うっ!げぇぇ…………………がっ!……………おっ……………えぇ……………や、やめ……………」


 その苦しみから解放されたくて、思わずそう口に出して言う。


「な、嫌だろ?だから大人しく私の話を聞いとくんだぞ!?」


 俺が言ったとたんに柚木はパッと手を首から放し俺に、にこやかな笑顔を向けると俺の耳に軽くキスをする。

 先ほどの首締めには冗談でも例えでも無く本気で柚木からの殺意を感じた。

 ここで柚木に逆らったならば、間違いなく死が待っている。


「あ、あぁ、分かった……………俺は柚木に逆らわないよ…………」


 俺の、その答えに満足したのか柚木は、その後は大人しくなり手作りと思われる弁当を俺に口移しで食べさせると『いかに自分が俺を愛しているか』という話を朝になるまで延々と繰り返し、いざ朝になると俺に朝食を当然のように口移しで食べさせ、『学校が終わったら、すぐに来るから』と言って、声を出させないようにするためか俺に革製の口輪を付けて出ていった。革製の口輪の効果は確かなようで、俺は柚木が出ていったのを確認してから即座に近くを人が通りかがる気配がするたび、できうる限りの大声で助けを呼んだんだのだが声が考えていた半分も出ず外の音にかき消されてしまった。その上、肝心の言葉も全く日本語に聞こえず、我ながらまるで自分の声がウシガエルかなにかの声のように聞こえて情けなく、思わず歯をくいしばったまま涙を流した。

 そういった感じで無駄な事をしている間に、無情にもあっという間に日が暮れ、帰ってきた柚木が『愛している』と抱き付きながら壊れたレコーダーのようにしつこく同じことばかりを繰り返し続ける。ようやく柚木が話飽きたかと思えば時刻は既に夜。柚木は俺に与える食事もそこそこに、本能のまま俺をなぶり尽くした。当然、両手が拘束されてては抵抗が出来るはずも無く、柚木が飽きるまで一方的にされるがまま……………心と頭がおかしくなりそうだ。


 そんな状況から何とか逃れようと思って必死に悪い頭を使い、非常に微々たる物であるが両手のボルトをどうにかするべく行動を始めた。

 が、頭をいくら捻っても良い考えなぞは全く浮かんでくれず無駄な時間だけが過ぎ、ボルトはあまりにも強固でまるで歯が立たずこちらも完全な徒労に終わり。3日が過ぎた時点で万策尽き、俺の心には緩やかな絶望が広がっていった。


「ん~?日吉も髭が伸びてきたなぁ………やっぱり男の子だからか?」


 膝枕をしながら、俺の顔を除きこみつつ顎や鼻の下を撫で回し柚木が呟く。


「……………………………」


 俺は、それに対し何も言わない、いや精神と肉体が共に限界まで疲れきり、ただぼんやりと柚木を見つめてるだけだ。


「うーん、ワイルドな日吉も捨てがたいけど…………明日、安全カミソリでも持ってくるかなぁ?」


 柚木は、俺のあごひげに子猫のごとく顔を擦り付けながら言う。柚木の髪は何かしらの手入れをしているらしく枝毛一つ無く。揺れるたびに嫌でもやたらに甘ったるい臭い、いわゆる女の子の臭いを吸い込む事になっていた。


「うん、そうだ髭剃りのついでに、シャワーにも入れてやろう!!私が洗ってやるからな!!楽しみにしておけよ~♪」 


 どうやら、俺が何も言わなくとも柚木は話が決まったらしく満足そうに若干口元から唾液を垂れ流しながらそう言った。



 完全に無力だ


 柚木に監禁されてから三日が過ぎた現在、全ての策が尽きてしまっている俺は柚木の愛玩人形にされているも同然。もはや奇跡か何かが起こらない限り俺が柚木の元から解放される事は無いだろう。しかし、まずそんなマンガのように都合よくホイホイ待ってましたとばかりに奇跡がやって来る訳が無い。俺に今出来ることと言ったら必至で気合いを込めて精神を強く持ち、心まで柚木の手の中に落ちるまでの時間を延長させる事くらいか。


  そうして緩やかに、しかし静かに迫り来る蠍の毒のような絶望の波の中に俺の心は飲まれて行くのだった。

  








「ふふっ………今日のシャワーは楽しかったなぁ日吉………」


 その日の夕方、太いドライバーを片手に持った柚木に『勝手に動いたら突き刺しちゃうぞ?』と、目が笑ってない笑顔で脅されつつ倉庫の隅から取り出したレンチで「あくまで一時的にだけど、そこから先は日吉しだいだぞ?」と、しっかり言われてからボルトを離されると、傷跡に軽く処置をしてから興奮してやたら鼻息が荒い柚木にたっぷり時間をかけて服を脱がされて一糸まとわぬ姿になり、柚木は全員が帰ったのを確認してから陸上部専用のシャワー室に俺を連れ込むと、直ぐ様自身も服と下着を乱暴に脱ぎ捨てタオル等を一切使わず器用に指や体にたっぷり石鹸の泡を付け、器用かつ淫らな動きで丁寧に俺の体を洗い出した。

 その、あまりにも背徳的な光景と感触に、俺の体は無意識のうちに反応してしまい、俺は柚木に現れつつ強引に体を貪まれる事になったのだった。


「なぁ………日吉、日吉も良かっただろう!?日吉も嬉しかっただろう!?なぁ!?なぁ!?」


 と、俺が無視していると感じたのか柚木はさっきの上機嫌はどこへやら、殺気に満ちた表情で俺を睨み付けつつ片手にドライバーを持ち出して俺に詰め寄る。


「私と日吉は愛し合っているんだ、愛し合ってるなら二人で体験した楽しいことは二人とも楽しくなくちゃ駄目なんだ片方が楽しんでいるのに片方が楽しんでなんて本当の恋人じゃない偽物だ私と日吉は絶対に絶対に絶対に絶対に絶対に絶対に絶対に絶対に本物だ、だから日吉は楽しむべきなんだ楽しまなくちゃいけないんだ楽しむのが当然なんだっ!!」


 その直後、柚木の手にしたドライバーが再び拘束されている俺の足に降り下ろされると、ドライバーの先端が容易く俺の肉を貫き、ドライバーは俺の足裏を貫通した。


「ぎっ………!!がぁあああっっ!!」


 意識が一瞬かき飛び、全身が震え上がる痛みに俺の弱っていた瞬時に心はかき消され、つんざくような悲鳴をあげていた。


「さぁ言ってみろ日吉!!日吉も楽しかったよな!!楽しかっただろ!?楽しかったと言えええぇぇぇぇっっ!!」


 突き刺した足を、握ったままのドライバーでかき回しながら柚木が怒鳴るように俺に言う。


「あっ………がっ!!お、俺もっ…………俺も楽しかった…………!!」


 痛みから逃れようとした防衛本能か口を開いた瞬間、柚木の要求を飲み俺は涙を流しながら叫んでいた。


「そっか………やっぱりそうだよな!!私達は本物のカップルだからな!!」


 その瞬間、柚木はスイッチが切れたかのように大人しくなって俺に笑顔を向けると、そっとドライバーを足から引き抜き、馴れた手つきで俺の足の手当てをし、たっぷりおやすみのキスをすると、満足した表情で倉庫から出て帰宅した。




「く、くそっ………俺の足が………」


 柚木が立ち去ったのを気配と音で確認してから、

俺はぼそりと呟く。柚木の処置で足の痛み事態は幾分かはマシになったのだが、やはり自分の足を5mm程もある金属の棒が貫通して肉をえぐりとるというのは精神的にキツ過ぎる。それもこんな事をされた原因が、ちょっと柚木の質問に答えるのに遅れたせいだと言うのだから全く持っておぞ毛が走って仕方ない。こんな調子が続いて再び柚木を不機嫌にしてしまったら、と考えると風の前の塵のごとくわずかに抵抗していた俺の精神も瞬時に崩れかねない。

 救いが見えないどころがますます俺を絶望の淵に叩き落とそうとする未来に軽く絶望して、俺は目をつむりキリキリ痛む頭で土臭い床に寝転がった。

 と、その時、突如倉庫のドアがガタガタと風もないのに不自然に揺れた。

 どうせまた柚木が忘れ物か、はたまた『寂しい』とか言う理由で来ただけだろう。そう思った俺は嫌々ながら首を上げ。柚木の機嫌を損ねないよう、挨拶をするため視線をドアの方向に向けた。


『…………本当に、確かな話なのかよ?』


『あぁ、おそらく…………いや、9割9分間違いないだろう』


 ……………誰の声だ?男が二人と言うのは分かるが聞き覚えが無い。いや待てよ、この声は………確か一度………


 俺がそう考えていた瞬間、ガチャンと鍵が開く音がして倉庫の扉が開かれた。そして、ゆっくりと扉が音をたてて開き声の主の、頭にやたらくせっ毛が多い男と鋭い目付きで木刀を背負った男の二人が慎重に見渡して幾度も確認しながら倉庫の中に入ってきた。


「おいおいマジかよ!本気で一人監禁されてるぜ?こんな………皆が使うグラウンドのすぐ近くだってのによ………」


「む、やはり情報は正しかったか………ひとまずは早く彼を………草部 日吉を解放してやらねば」


 二人の声、そして顔を見て俺の脳は瞬時に彼等の事を思い出した。そうだ、この二人は俺と柚木だけじゃなく兄貴と志那野さんをも抜かした………


「あ、あなた達は………田上先輩と石井先輩?」


 俺は、先程の悲鳴でかすれきった喉を無理矢理動かして震える声を出し、二人に問いかける。


「あぁ、そうだ。俺達は君がここにいるという情報を手にして助けに来たんだ」


 俺に、木刀を背負い鋭い目付きをした石井先輩が答える。


「うわ…ひでぇ……………こいつ両腕にボルトを付けられてやがる……………大丈夫、取ってやるからな……………なんか道具はねぇかなぁ……………」


 俺の腕を見て頭にくせっ毛が多い田上先輩が顔をしかめ、決意に満ちた目で安心させるように俺に言うと、キョロキョロと倉庫の中を見渡し始めた。


「あ、あの……………確か倉庫の隅の工具箱に……………」


 道具を探している田上先輩を見て俺は何とか口を開き、よろよろと震える声で田上先輩に柚木が使っていたレンチの場所を教える。


「なるほど、あそこの工具箱だな」


 その瞬間、石井先輩が素早く動きあっという間に工具箱から柚木が使っていたレンチを取り出してきて、俺の両腕に取り付けられたボルトを取り外した。


「病院に行くまでしばらくかかる、田上、その間これで両腕の穴を覆ってやるんだ」


 そう言うと、石井先輩は懐から包帯を取り出して田上先輩に渡す。


「はいはい、わかったよ……………じっとしてろよ?」


 包帯を受け取った田上先輩は面倒くさげに返事をするものの妙に慣れた手付きで俺の両手首足首に包帯を巻き付けてゆく。その間、石井先輩は腰から木刀を引き抜き、注意深く首だけを扉から出して周囲の様子を伺っていた。


「よし……………とりあえず近くに潜んではいなさそうだ。行くぞ」


 丁度、田上先輩が包帯を巻き終わった頃、石井先輩が首を僅かに引っ込めて告げる。


「行くって……………お前、こいつは……………」


「任せた、俺は先に少し進んで警戒しながら歩く」


 話を勝手に決められて田上先輩は再び不満そうな顔をしながらも肩に俺に肩を貸して、起こすぞ、立ち上がれるか?と言いながらゆっくりと起き上がった。

 俺の体は体力が落ちてるのと、柚木に足裏を傷つけられたのが効いて殆ど立ち上がる事が出来ず、ほぼ完全に田上先輩に体重を預ける形になった。その姿が男としてなんとも言えない情けなさを感じ、俺は思わず言い訳じみたウジウジした口調で田上先輩に言う


「す、すいません田上先輩……足に力が入らなくて………」


「足を怪我してるんだろ?なら、誰だってそうなるぜ、気にすんな」


 しかし、田上先輩はなんなくそれを受け入れ、軽く言いながら空いた手で俺の肩をそっと叩く。

 そんな田上先輩の態度に若干、安堵した俺は微々たる力ながらも大人しく田上先輩と共に歩き出した。




 外は既に半分の月が夜空の頂点にまで登っており、空気は不気味なくらいに澄みきり生暖かい風が肌に吹き付けてる。そんな中、月明かりを頼りに俺達は慎重に歩きとりあえずの目的地である田上先輩への家へと向かう。渡先輩は木刀を左手で構え、右手をポケットに突っ込みながら一言も語らず注意深く周囲を観察しながら先頭を進み、田上先輩は吹き出る汗をぬぐいつつ時々、俺の体の調子を聞きつつ一歩一歩ゆっくりと歩き続けていた。


「うっ……………」


 と、弱った足で俺がもう一歩を踏み出した瞬間、久しぶりにまともな形で歩いたせいか鋭い痛みと共に柚木に開けられた両足の傷口が開き、包帯から血が滲み出してきた。


「ちっ…………それじゃあ歩けそうにないな、よし、俺におぶさるんだ」


 言うや否や、田上先輩は身を屈めて俺を背負う。足の痛みが酷くなってきた俺は言われるがまま田上先輩の背中に体重を預け、ほうっと体の力を一瞬抜く。



 その瞬間、何かが鋭く空気を引き裂く音と 


「田上っ!腹だ!!」


 石井先輩の怒鳴るような声が聞こえた瞬間、


 ぐちゃり

 

 と、そんな音がすぐ近くで聞こえた


「…………………っぐがぁっ!?」


 俺を背負っていた田上先輩が苦痛の声をあげ、俺の足に温かく錆び臭い液体が降り注ぐ。


「たっ………田上先輩!?」


「だ、大丈夫っ………腹には刺さって……うっ……ない………」


 俺を安心させるためか、わざと平気そうに言おうとする田上先輩。

 しかし俺には見えていた、狙われていた自身の腹そして俺を庇うために犠牲にした血みどろの田上先輩の右足が、そして太股に突き刺さる太いドライバーが


「くそっ……足に力が………すまんっ!」


 ドライバーが足に突き刺さりながらも暫く田上先輩は堪えていたが限界が来てしまったらしく、そう言うと俺を庇いつつ何とか左腕と左足で受け身を取りながら地面に倒れる。

 その決定的な隙に、再び空気を切り裂く音が響き倒れた田上先輩の頭、そして首に向かって大量の鋭く尖った工具や小石が雨霰のごとく降り注ぐ。


「くっ……!……全部は……防げそうにないかもな……だが!」


 そんな田上先輩を庇い、木刀を構えながら石井先輩は半ば特攻でもするかのように迫り来る工具と小石の雨の前に立ちふさがると覚悟を決めたように木刀を振り、雨に向かって木刀を怒濤の勢いで切りつけ始めた。


「………うおおおおおぉぉぉっっ!!」


 覚悟を決めた石井先輩の斬撃はドライバーや小石を次々と見事に打ち落ちつけ、地面に叩き落とした。その華麗な動きに一瞬、俺は『このまま、石井先輩が全部叩き落としてくれるんじゃあないか?』と考え気を緩ませた。が、


「…うっ………ぐっ………うおおっ!!」


 投げつけられたドライバーや小石は理不尽な程にあまりにも多くそして異様に鋭く石井先輩へと飛んでゆき、まるで狙ったかのように石井先輩のほんの僅かな隙やミスの間に木刀の斬撃をすり抜け、石井先輩の腕や顔、腹に命中して肉をえぐり鮮血が飛び散る。

 それでも懸命に石井先輩は飛び散る自身の肉や鮮血も気にもせず声を荒げて自らを奮い立たせるかのように雨が止むまで木刀を振るい続けていた。


「がっ………………………」


 そして、雨が止むと同時に今まで堪えていたのか石井先輩は吐血、膝をついて地面に崩れ落ちた。


「わ、渡うぅぅぅぅっっ!!」


 田上先輩が四つん這いの状態から身を起こして石井先輩にほふく前進のような形で駆け寄ろうとしながら悲痛に叫ぶ。その瞬間


「うるさいぞ……っ!」


 突如、先程まで音も気配も全く無いのにも関わらず全くもって突如としか言われない速度で現れた柚木に頭を蹴り飛ばされた。


「がっ、がばぁっ…………!?」


 柚木に吹き飛ばされた田上先輩は奇妙な声を出して地面に叩きつけられ、体を痙攣させる。そんな田上先輩を冷たく見下ろしながら柚木が容赦無く近寄り


「このっ!!この薄汚い臭い泥棒めっ!!私から日吉を奪おうとしやがって!!殺してやる!死ね!死ねっ!死んでしまえっ!!」


 蒸気ハンマーのような猛烈な勢いで田上先輩の体を蹴りつけ始めた。あまりにも勢いに田上先輩の体からは鈍い音と共に、骨が砕ける鈍い音が響わたる。


「がああぁっ!?ぐばっ!!げぼっっ………!!」


 田上先輩は柚木の猛烈な攻撃のラッシュにまともにガードする事も出来ず、悲鳴を上げ柚木に蹴られる度に体を痙攣させ白目を向く。


「ただでは殺さないっ!!苦しめて………苦しめていたぶってから殺してやる!!」


 そう言って柚木が田上先輩に向かって大きく足を振り上げて、田上先輩の頭に強烈な一撃を放とうとする。


「や、止めろ柚木いぃぃぃぃっっ!!」


 あんな一撃を食らっては確実にただでは済まない。そう感じた俺は声を張り上げ必死で柚木を止めようとする。しかし、柚木は俺の言葉にも全く耳を貸さず足を田上先輩の首に向かって全く手加減をしない全力の勢いで足を振りおろそうとする。まさに、その時だった。








「お兄ちゃんに…………何をしてルの?」




 腹の底から冷えきるような、冷たい声が響いた。


「つっ…………!?」


 その凄まじいとしか言えないような殺気に柚木は本能的にか田上先輩への攻撃を止め、勢いのまま殺気のした方向へと振り向く。


「ねぇ………何をしてるの?お兄ちゃんに…………」


 そこにいたのは少女だった、それも柚木よりも小柄で折れてしまいそうなほどに華奢そうな細身の体。ちょこんと小さく髪を束ねたポニーテール、薄いピンク色のいかにも女の子らしい服装で、目は大きく顔には幼さが残る顔は笑みを浮かべている。

 そんな少女は、一目で美少女と見ることが出来た。ただし


「さっきから聞いてるんですよ?答えてくれないかなぁ?樋村 柚木ちゃん」


 その少女が恐ろしい程に殺意が込められた暗い瞳で柚木を睨みながら小刀を構えてなければ、だが。


「………!オマエは誰だ、いつからそこにいたっ!?」


 柚木は一瞬、少女に怯まされたのを誤魔化すように大声をあげ、ポケットから太いドライバーを出して先程までに勝るとも劣らない殺気を出しつつ少女に向けてドライバーを構える。

その瞬間


「あはは………さっきから質問してるのは私だよ?…………仕方ないなぁ、私は、佐原牡丹。そこにいる………柚木ちゃんが………お前が汚い体と足と声で不当に汚しやがった太郎お兄ちゃんの妹で恋人で運命の相手で結婚相手だっ!!」


「…………こいつっ!?」


 突如、笑顔を浮かべていた少女、佐原牡丹からは仮初めの笑顔をも消し飛びおぞましい程の殺意や憎悪、そういった想像しがたい程にドス黒い悪意が込められた表情で柚木を睨み返す。

 そんな迫力に柚木も一瞬冷や汗を書くが佐原牡丹が柚木よりもさらに小柄で非力そうな体をしていたせいか、一対一という状況に安心していたのか、あるいはその両方なのか柚木は直ぐ様体制を立て直す。


「まぁ、牡丹ちゃん………少し待ちなさい…………」


「なっ………!?」


 そんな中、新たにもう一つの声が響く。体制を立て直していた柚木だったが直ぐ様再び不意を付かれて動揺を全く隠す事が出来ず、思わず声を上げた。


「そいつをぶん殴ってやりたいのは、私も同じなのよ…………?」


 そう言いながら声の主、さらさらとした美しい髪を二つに束ねた少女は地面に自らの髪が付くのもまるで気にせず、血を流して倒れている石井先輩を聖母のように優しく胸元へ抱きしめ柚木を見て妖艶に笑う。

 ただし当然のごとく笑っているのは表面のみでその目からは絶対零度。まさにそう表現するにふさわしい冷たく静かに、しかし佐原に負けない程の強い殺意が込められていた。


「ここは仲良く………二人で……ね?」


 そう言うと、少女は何処に隠し持っていたのか懐から鎌を取り出して佐原に微笑みかける。鎌は街灯の光に照らされて鈍く輝き、本人の殺気同様に氷のような寒気を感じる。


「うっ……くそっ………!」


 柚木が田上先輩そして石井先輩を瞬時に撃破して圧倒的有利に立って1分も経過していないのにもかかわらずあっという間に立場は逆転し、柚木は異常な程の殺気を持った二人を相手にするという不利に立たされていた。


「分かりました……三奈子さん二人でいきましょう……」


「分かってくれて嬉しいわ………」


 ようやく思い出した……佐原牡丹と聞いて何か引っ掛かっていたが、この二人はそれぞれ田上先輩と渡先輩と共に学校のベストカップルに選ばれた、佐原牡丹、そして志波三奈子先輩じゃあないか……!

 そうしている間にも佐原と三奈子先輩はお互いに連携をする意志を見せ、それぞれの武器を構えてゆっくりと柚木ににじりよっていく。


「………くっそぉぉぉぉおっっ!!相手が何人でも関係あるかっ!!邪魔なお前らをぶっ倒して日吉を手に入れてやるっっ!!」


 不気味な程に緩やかに詰め寄る動きに柚木は焦り、腰からモンキレンチを抜くと持ち直したかのように獰猛な殺気を放ちながら二人に向かって猛烈な勢いで走り出し飛びかかる。それを見た二人は静かに柚木に向かって武器を構え、迎え撃とうとする。




 そうして、次の瞬間には柚木が二人を相手に、レンチや小刀、鎌がぶつかり、金属音と鮮血が飛び散る熾烈な激闘を繰り広げるのだと思った。






「ガッ…ガハッ………!?」



 が、実際には決着が付いたのは一瞬、まさに瞬きがするほどに短い時間だった。



 一撃、言葉にするならあまりにも単純、柚木のレンチは容易く佐原の小刀にガッチリと止められて停止し、その事実に柚木が信じられないと言うように驚愕で目を見開いてる僅かな隙、息を合わせたかのような抜群のタイミングで三奈子先輩が鎌を逆さに構え柚木の腹に持ち手を力の限り打ち付けた。その一撃が見事に鳩尾に決まった柚木は吐き出すかのような悲鳴をあげながら吹き飛ばされてコンクリートの地面にまっしぐらに激突し、衝撃の勢いで多少地面に引きずられた所で止まりピクリとも動かなくなった。


「ふぅ………終わりましたね三奈子さん……」


「終わったわね………それも思ってたより楽に」


 柚木がしっかりと気を失っているのを確認して、二人は合わせたかのようなタイミングで同時に息を吐く。たった今一人の人間を気絶させたのにもかかわらず二人の表情には全くと言って良いほど動揺は無く、一滴の汗をもその顔からは流してはいなかった。

 なんて冷酷で残忍なんだ


 それが疲労と恐怖で霞む意識の中で俺が二人に抱いた印象であった。


「さて………とりあえずお兄ちゃんと渡さんを天城先生の病院まで運びますか?………あ、そこの人は………」


「まぁ………別に興味は無いけど、何もしないでほっておいたら渡が怒りそうだし………救急車でも読んでおきましょ」


 そんな事を呟きながら、二人とも軽々と田上先輩と石井先輩を背負うと背を向けて立ち去っていった。

 呆然としたまま二人の背中が暗闇の中に消えていくのを見ていると急激に緊張から開放された影響か、急激に意識が弱まり俺はいつの間にか精神を闇の中に落としていった……







 それから後の事を少しだけ話そう

 俺が目を覚ました時、俺は腕に点滴をされ病院のベッドで寝ていた。意識が戻り記憶などに特に異常が無い事を確認したのち医者の話や見舞いに来てくれた両親と兄貴、そして志那野さんから話を聞き、まず初めに俺は三奈子先輩の通報で呼び出された救急車に乗せられてここに搬送された事、そして同時に柚木が自室から決定的な証拠が見つかった事や何より柚木自身が犯行を認めたもあり、俺とは別の病院で治療を終えた後に逮捕される事を知った。

 

 こうして俺がベッドで寝ている間に、真上に向かって投げたボールが落ちるかのごとく余りにも急激な勢いで事件は解決してしまったのであった。

 

……正直な話、事件が解決した今になって考えていると、俺には柚木に対して罪悪感を抱いていた。確かに狂気をむき出しにして襲いくる柚木に対して俺は心底恐怖したし今でも思い出すだけで身の毛がよだつ。が、そうなった原因を作ったのは?柚木をあそこまで狂わせたのは誰だ?柚木をあそこまで飢えさせたのは?それは間違いなく、柚木との関係に結論を出すのを躊躇しダラダラと先伸ばしにしてしまった俺であろう。俺がもっとしっかり彼女を受け止めてあげていれば……もしかしたら柚木は狂わず、ごく普通の女の子、柚木でいられたのかもしれない。が、しかし今更そんな事を考えていたってまるで無駄でしか無い。今の俺に出来るせめてものことは………柚木が殺人を犯しておらず、出来るだけ速く社会に戻れる事を祈るだけだ。

 そうだ、どのくらいの時が流れるかは分からないが柚木が刑期を終えて無事に帰ってきたその時、その時にこそ俺は答えを柚木に告げよう。今度は何があろうが逃げたりはしないそれが俺の柚木に対する精一杯の謝罪なのだ。

 俺は半日近く悩んだ結果、ようやくその結論を見つけ出し眠りについたのであった。








「………っ…………………」

 

 どこかで蚊の鳴くような小さな音が響き、久々に安堵できる深い眠りに落ちていた俺は何故かその声で目を覚ました。


 「一体何だってんだ……?」


 さっきの声が幻聴だったかのように静まりかえり

、小さな風の音しかしない中俺はベッドに寝たまま首を横にし二、三度瞬きしながら就寝時の為に照明が切られた病室で、看護師がうっかりしたのか数センチほど開いてる病室のドアの隙間と、カーテンから僅かに覗く光を頼りに暗闇に目が慣れてない目を頼りに声の主を探す。が、うっすらとしか見えない病室は特段、寝る前と変わったようには見えない。

 

 俺の気のせいか?拘束されていた時の影響か?俺がそう考え再び眠りにつこうとした瞬間、再びはっきりとした風の音が聞こえた。と、その瞬間俺は違和感に気が付き心臓がびくりと跳ねた。待てよ………さっき病室を見渡した時に窓は開いていたか?それにこの風の音は窓からにしちゃあハッキリと聞こえすぎじゃあないか!?

 俺がそう考えた瞬間、何物かがベッドの下から勢いよく飛び出すとそのまま俺のベッドの上に飛び付くように乗り俺に馬乗りになった。急な衝撃でたまっていた空気が急激に口から押し出されて咳き込み、悶える俺の目の前に信じられないような顔が現れた。


「柚木っ…………!?」


「ダメだ……もうダメなんだ………私はもう……」

 

 俺の呼び掛けにも全く反応せず柚木はブツブツと何かを呟やき続けていた。よく見てみれば柚木が着ている患者服はあちこち破れ、柚木自身のものなのか返り血なのか分からない血痕が大量にこびりつき、柚木の目は虚ろでありもしない方向を見つめており、その目にはうっすらと涙が滲んでいた。


「ゆ、柚木、聞いてくれ!!」


 その涙を見た瞬間、一瞬感じた恐怖をやせ我慢で無理矢理吹き飛ばし俺は柚木に向かって叫ぶ、が柚木は反応してはくれずボロボロの患者服を弄りだした。


「俺は!俺は……俺は君の事がっ………ゴボボ……」


 その瞬間、何か銀色に光る物が顔面を横切ったかと思うと急に声が出なくなり代わりに空気が漏れるような音が俺の喉から鳴った。不審に思い喉を触ってみると、生暖かくぬめりとした感触が手のひらに伝わり


 手を見ると俺の手の平にはべっとりと赤い血がこびりついていた。


「えっ……………………?」


 その瞬間、思い出したかのように俺の首から間欠泉のごとく大量の血が吹き出し病室を柚木ごと赤く染め上げながら俺の体はベッドに崩れ落ちた。


「そう、私はおしまいだ……でも、でも、でも、でも絶対に何があろうが日吉は諦めない!!絶対に諦めてたまるか!!たとえ日吉を丸ごと持っていく事は不可能だとしてもっっ!!誰に否定されても構わないそれが私の愛だっっ!!」


 薄れる意識の中、俺の血をシャワーのごとく浴びながら小型のノコギリを手に持ち高笑いする柚木を見つつ、俺は必死に柚木に伝えようと声を出そうとする。が、それは空気が喉から漏れる音にしかならない。ならば文字で伝えようとするが遅すぎたらしく手はピクリとも動かない。…?ダメだ柚木……!もう、そんな事をしなくても俺は……れは……お………………



 俺の意識はそのまま静かにどこかへと落ち、消えていった……


 ◆


 私が『日吉』と共に逃げてもう何日が過ぎただろうか?私は『日吉』を胸に抱え、窓の下に寄りかかりながらふと考えてみた。何しろ携帯も時計も無い状態で廃墟同然だった無人の山小屋に逃げ込んでから一度も人里に降りてないので分からない。むむ……今、考えてみると再び『日吉』と共にいれる喜びのあまり初日に『日吉』を半分以上味わってしまったのはバカだったかもしれない。何しろ『日吉』の脳は体が蕩けてしまいそうな程に旨く、一口食べる度に全身で『日吉』を私は感じ、イッていた。その時に、つい興奮しすぎて出した声を出してしまって現場を見られてしまったのかもしれない。

 私はそう考えながら、窓から姿が見えないように注意しながら部屋に置いてあった鏡を使い外の様子を再度見てみた。


「ぇぇと……ちゅうちゅうたこ………ふんっ!またパトカー増えたなっ………!」


 先程より増えたこの山小屋を囲むパトカーと警察官の姿を見て私は大きくため息をついた。そして仲間が増えて強気になったのか先程からしつこく私に完全に包囲されてるから投降するようにメガホンでこちらに呼び掛けて来ている一人の警察官の声が大きくなり、次第に言っている事も少しだけ乱暴になり始めている。

 うるさい、囲まれているのは言われる前から分かっている。もう、この山小屋に何人かが突入しているのも知っている。だが当然、こんなつまらない場所で連中に捕まるわけにはいかない。せっかく無理をしてでも『日吉』と再び、いや前より深く一緒にいれるんだ。何としてでも逃げ切って日吉と共に生き続けてやる!!

 と、そこで私がいる二階の部屋の前に人が集まってきた気配がした。数は……五、六人程か、丁度いいコソコソ隠れて小屋に入ってきた連中から気付かれずに抜け出そうなんて頭が良くない私には無理に近い話だったんだ、こいつらを殺して外の連中が動揺している隙に逃げるとしよう。

 私は、そう決めると共に逃げて以来肌身離さず抱えている『日吉』を左腕でしっかりと胸に抱きしめ、武器として使っているプラスドライバーを腰に挿し携帯ノコギリを右手に構えると、部屋の前にいた連中がドアをほんの僅かに開いた瞬間、扉に向かって全力で走りだし飛び蹴りを放った。

 私が急激に飛び出て来た事を考えてはいなかったのか、ドアの前に立っていた一人が私が蹴り飛ばしたドアに激突し、その勢いのめま吹き飛ばされて壁にぶつかり鈍い音が響く連中から悲鳴があがる。私が着地しながら数えてみると数は……吹き飛ばした一人を含めてジャスト6人。よし、当たってた。

 着地した私にようやく冷静さを取り戻したのか、残った五人の内前に立つ二人が手にした銃を私に向けようとする。

 それを見て、私は姿勢を低くしつつ二人の拳銃が私に狙いを定めるより先に腰に挿したドライバーを二本引き抜き、それぞれの首に狙いをつけて投げつけた。ノコギリを構えて二人の間に向かって走りだし、私のドライバーが拳銃を構えた二人に刺さる音が聞こえたのとと同時に鋸を未だに反応出来ず横一列に並んだままの三人の内の一人の喉にめがけて全力で横に引いた。

 

 「「うっ、うわぁあぁぁぁぁぁっ!!」」


 瞬間、三人の警官が血を拭き出して崩れ落ち、残った二人から驚愕と恐怖の悲鳴があがる。あぁ……うるさい、早く黙らせないと。私は、喉を切り裂いた警官から浴びた血を拭いつつ残りの二人に狙いを定める。


 「くそっ!!よくもぉぉぉっ!!」


 「お、おい!!待てっ!」


 私にとってはどうでもいいが、逆上したのか私が次に狙いを定めたのが分かったのか、仲間の制止を振り切り警棒を抜き、私に向かって降り下ろす。

 丁度いい

 私は、警棒とクロスさせるようにノコギリを突きだして警棒を持った手首をノコギリで深く切り捨てた。


「ぎぃっ………!?」


 手首を切られた警官は警棒を取り落とし、もう片方の手で必死に手首を押さえ、悲鳴をあげようと口を開く、その瞬間、私は警棒を奪い取る力の限り頭を殴り飛ばした。


「……ゃあがっ……!」


 手に伝わる鈍い痛みと振動と共に頭の骨が折れた音が聞こえ、警官は悲鳴をまともにあげずに床に叩きつけられた。


「うっ………うわっ…………」


 残った最後の警官は怯えた目付きで私を見つつ腰の拳銃を手にしたままホルスターから引き抜けずに硬直していた。

 これで終わり、さっさとこいつを殺して脱出するだけの事だ。外に何人いようが関係ない、私と『日吉』なら突破出来るはず………いや出来るに決まっているんだ!!そう、考えながら私が最後の一人を仕留めるべく一歩を踏み出した瞬間、小さな金属音が聞こえ


 次の瞬間、発砲音、そして私の胸から肉が破れる音と陶器が割れるような軽い音が響き渡った


 「えっ……………?」


 思わず攻撃を止めて体を見てみると、服ごしに左胸から真っ赤な血が滲み。


 私が胸に抱えていた『日吉』は欠けていた


 その光景が目に入ってきた瞬間、私は怒りで頭が沸騰しそうになった。よくもよくもよくもよくもよくもよくもよくもよくもよくもよくもっ!!殺してやるっ!!撃った奴を殺してやるっ!!


 目の前にいる警官はまだ、銃を抜いてないまま突然の時代に茫然としている。こいつじゃあ無い、どこだ!どこにいる!?私が『日吉』を砕いた奴を殺すべく振り向くと。そこに奴はいた


 二階のこの部屋へと通じる階段の中程に立ち、煙がくすぶる銃を下げ、ジッと私を見ている非常に背の高い警察官。目の前で血を流して仲間達が倒れているのにも関わらず顔からは動揺は感じられず、ただ冷たい目で私を睨んでいた。


「お前かあぁぁあぁぁぁっ!!お前が『日吉』をっ!!」


 見つけた瞬間、私は床を踏み抜く勢い蹴り飛ばす勢いでそいつに向かって走り出した。脱出の事を頭から消し、その男を殺す事に全神経を集中させる。そのおかげか私の体はいつも以上に動き、あと数歩で奴にたどり着く、そして私がノコギリを構えた瞬間


 奴は表情を変えずに恐ろしい速さで銃を構え、私に向かって引き金を引いた。


 頭に衝撃が走った瞬間、私は勢いのまま床に叩きつけられ私の胸から『日吉』が飛び出して床に転がっていく。意識が途切れる中、私の視界に移ったのは床を転がった『日吉』が私を見つめてくれている姿だった。あぁ………よかった……日吉が私だけを見てくれている………。私は心から安堵しながら力を抜いて静かに意識を落としていった。




 


 柚木が動かなくなったのを確認すると、銃を撃った警官、流 大和は静かにホルスターに銃を戻し、階段を上がると倒れている警官達の安否を見る。


「こいつは複雑骨折して気絶してるが生きている……チッ……他は駄目か………」


 が、柚木に攻撃されて生きていた警官は壁に激突して複雑骨折した警官ただ一人で他の警官は動脈を見事に切られ既に出血多量で息絶えていた。


「あ、あんたは………?」


 ホルスターから銃を抜けずに固まっていた警官、村雨がようやく落ち着きを取り戻して大和に話しかける。


「あぁ、俺は応援に来た流 大和警部だ。今回は君、ひいては私の生命が危機に晒された為やむなく自衛権を実行して樋村を銃殺する形になったが……意見はあるか?」


 大和の言葉に村雨が若干、怯みながらも頷いたのを確認すると今度は自身が、心臓そして頭を撃ち抜いて殺害した柚木の死体、その近くに転がっている綺麗に肉が削がれ真っ白に光る頭蓋骨を村雨に見せる。

 

「うむ、どうやらこれが病室で首無し死体になってて見つかった草部 日吉の頭らしいな………しかも頭蓋骨のこの様子から見ると………食ったな……」


「くっ………!?」


 衝撃的な言葉に思わず村雨は叫ぶ。それに対して大和は対して動じた様子も見せず頭蓋骨を持ってしげしげと眺めて続ける。


「こいつが何故カニバリズムじみた行為をする気になった理由を深くはお前は考えてやるなよ?こいつがマトモじゃない狂気に支配されていたって事は間違いないそれで十分だな。理解できなくていいんだ恋人、病院の看護士、そして俺達の同僚達………指で数えられないくらい人を殺したこいつの事は、マトモなお前ならばな」


「…………………………」


 大和の手に握られた頭蓋骨には大和の銃弾の後とあちこち歯形が残り、柚木の血が飛び散っていた。飛び散った血は頭蓋骨の目元に残り、村雨にはそれが草部 日吉が流した涙のように見えていた。

    









◇事件終了から、数日後あるいは数日前、電話での会話◇


『どうだい?私の与えた情報は役に立っただろう渡?』 


「あぁ、確かにお前の情報は正確だった。だがな、一つだけ聞きたいことがある」


『なんだい、答えれる事なら友のよしみでいくらでも答えてやるが?』


「何故……何故、妹を見捨てた?志那野」


『………私だって本意では無かったのだよ?柚木は私の妹だからね人並みに大切にしてはいたさ、恋愛に関してのアドバイスもしていたし、私としては末永く姉妹仲良く暮らしたかったさ本来ならね?』

 

「……………………」


『だが次第に柚木は私の忠告や指示を無視して勝手に動き出した。当然、私も何回も柚木に警告したさ。だが柚木は知ってのとおり暴走を続けてね、しまいには私と澄の平穏まで乱されそうだったのでね、泣いて馬謖を切るって奴さ』


「……結局は自分の為に動いたって事か?」


『否定はしないよ、私にとっては澄が全てなんだ、澄と過ごせるなら私は何だって切り捨てる………それがたとえ君達でも……ね』


「樋村っ……………!」


『ふふ、冗談だよ。負ける気はしないが牡丹ちゃんや三奈子と戦うのは勘弁したいし、何より私は暴力は嫌いだからね。じゃあ、出来るならまた友達として会話しよう渡』


「それはお前次第だ……樋村」

  

 そして、渡は電話を切った。数少ない自分の友であった樋村 志那野が恐らく今まで出会った少女達の中では最強最悪であると確信して。

 次回こそ早めに完成!……したいなぁ

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