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◇第五ヤンデレ タイプ(素直クール)

 遅れましてついに更新!



 今回はやや、後半がグダグダ気味。そしてグロが殆どありません。それでもよければどうぞ。



 たぶん、この反動で次の話はグロが多めになります。




「そういえば最近、研究は上手く言ってるのか?」



「ああ問題ないよきよし、順調に進んでいる」



 僕の問いに、そう彼女は嬉しそうに微笑みながら俺の質問に答えた。


 そういえば、彼女と付き合い始めて何年が過ぎたのだろう。

 日曜日の午後、ふとそんな事が頭の中に浮かび、俺こと草部くさかべ 澄は俺の隣を歩く少女、いわゆる俺の彼女の樋村ひむら 志那野しなの、に尋ねてみた。



「なぁ志那野、ちょっと話を変えるけど……俺達って付き合い初めてどれくらいが過ぎたのか分かるか?」



「…ん、そうだな……」



 俺の問いかけに志那野は、軽く微笑んで答えた。


「残念だが君と過ごす時間が素晴らし過ぎて良く分からないな。

 ……と、言いたい所だが、無闇に澄に嘘を付く事は私は避けたい……。」



「ああ解るとも、澄1850日、今日で丁度、五年と25日だ」



「そっか、五年か……もうそんなに時間が過ぎたんだな。」



 俺は目を薄く閉じて、昔の事を思い出しながら呟いた。


「澄は五年を長く感じたか?」


 志那野が、そっと俺に腕組みしながら聞いた。


「いや、俺は短く感じたね。その……志那野が言いかけたみたいに楽しくて……。」


 不味い、つい口が滑って恥ずかしい事を口走ってしまった。こういう事を俺が言えば、

「ふふふ……また、澄は実に嬉しい事を私に言ってくれるな。ならば話は早い、早速、私の家に向かいお互いの愛を確かめ合おうではないか。あぁ、今日は私の両親は帰って来ないから、たとえ愛情の確認が長引いても大丈夫だ。安心したまえ。」


 志那野は何一つ恥じらいを感じてない様子で俺に告げる。だが、俺はそうはいかない、室内ならば、まだギリギリ耐えられたが、ここは屋外だ。羞恥心はもちろん、さっきから通行人の視線が非常に痛い。


「どうした澄、何を恥ずかしがっている。」

 そう若干、不思議そうな顔をして、俺に話す志那野。

 そう、志那野は昔からこうなのだ。俺への愛情をまるで隠そうとせずに、いつでも、いかなる状況でも、俺に向かって直進、ストレートな愛をぶつけてくるのだ。しかも、それを平常時の表情のままで、するから余計にたまらない。


「い、いや、何でもない。何でもないよ志那野。た、ただ……。」

「ほおぅ……『ただ』何だ?」



 俺は言葉をはぐらかそうとするが、志那野には全く効果が無く、むしろ強い興味を持った感じの表情で、俺の話に食らい付いてきた。


「た、ただな……あ、あんまり人の多い場所で堂々と俺への愛を呟くのは、控えてくれたら嬉しいな~って。」

 俺が言ったその答えに志那野は一瞬だけ考え込むような表情をしたが、一瞬で、いつも俺に向けてくる、軽い微笑に変えた。


「なんだ、そんなことか、それならば逆に考えるんだよ澄。私が人前で澄に愛を囁く事を恥ずかしいと澄が考えているから、恥ずかしいと感じてしまうんだ。だから、澄が恥ずかしいと絶対に考えないようにして私との愛を育めば、その内に恥ずかしいなんて感情は消えてしまうさ。」


「なんか…大分、暴論に近く無いか…?」


 嬉々とした様子で志那野の口から発せられる言葉に冷や汗を流しつつ、何とか俺は意見を返してみた。



「ふふっ……そうか?澄が慣れれば……。」


 志那野が怪しく笑った。嫌な予感がした俺は軽く逃走を試みる。

 あ、無理だ。腕組まれていたんだった。



 俺がそれに気付いた瞬間、志那野の指が俺の背中から這うように動き出し、俺の尻へと降りて来て、そのまま尻を優しく撫でた。



「あううぅっ!?」



 突然の不意打ちに俺はなす統べなく、声を上げさせられる。



「こんなふうに無理矢理、私に恥ずかしい声を出させて、遊ばれる事も無くなる…かも、しれないぞ?」



 志那野は、そう言いながらも指を今度は尻の割れ目を、ゆっくりとなぞる。妙な感覚と共に、僅かな快感が俺を包んだ。


 しかも今、気付いたのだが志那野は腕を絡ませつつ自身の胸を俺の腕に押し付けている。柔らかい感触が腕を覆い、さらに俺を妙な気分にさせた。


「ん、どうだ澄?私にこんな事をされても平気になるために、恥ずかしさを感じにくくする必要があるとは思わないか?」



 その言葉が言い終わらない内に志那野が、ぐっ、と顔を近づける。魅力的な形の唇が俺に迫ってきて。


「…んっ…………。」


「んぁっ……し、志那野ぉっ……!」


 志那野は深く、優しく俺にキスをし、さらに空いた手で、俺の胸ぐらをまさぐる。


「あああぁっ……あぁっ……。」


「んっ、ふっふっふっふっ……。」

 志那野のテクニックに脳がとろけ、まるで抵抗が出来ずに、なすがままになる俺。志那野は、そんな俺を見て唇を離さないまま、満足そうに笑った。


 そのまま、たっぷり二十秒程、志那野は俺にキスを続け、


「んっ………ぷはぁ…どうだ澄。」


「はぁ…はぁ…はぁ…はぁ…」


 志那野が唇を離したその瞬間、俺は身体中の力が抜けて俺は崩れ落ちた。



「おっと、危ない。ふふふ……。」


 それを志那野が、しっかりと両腕で受け止め、すっかり俺の力が抜けきっている事を確認すると



「おやおや、『澄が急に倒れてしまった。』これは大変だ、『澄の体が心配だから私の家で介抱してあげよう。』」



 怪しい笑みを浮かべると俺の体を軽く抱き抱え、そのまま歩き出した。


「ま、まつぇ、しなにょおぉ……。」



 俺は何とかして志那野を説得しようとするが、さっきのキスの影響か舌がもつれて上手く話す事が出来ず、足腰もフラフラで抵抗も出来ない。


「なぁに澄、心配する必要は無い。全て、私に任せてくれればいいんだ。」


 結局俺は、俺を抱えたまま今にもスキップしそうな志那野に抱えらたたま志那野の家へとつれて行かれ、朝帰りになった。


 ……言っておくが、合体はしていない。顔中キスマークだらけにされたけど。







「じつに清々しくて、いい朝だな。なぁ澄。」


「あぁ………。」


 高校の制服に身を包んだ志那野が、さわやかに言う。一方の俺はどんよりとした暗い声で志那野に返事を返した。



「どうした澄、元気が無いぞ。いつもの君らしくも無い、体調でも悪いのか?」



 その変化を敏感に感じ取った志那野が俺の顔を覗き込み、軽く小首を傾げた。俺は重い口を静かに開く。



「俺さぁ。」


「うん。」


「結局、朝帰りする事になっただろ。でもお前とは一線は越えなかっただろ。」



「あぁ、私はもっと激しく、なおかつ情熱的に君の全てを隅々まで愛でたかったんだがな。」


 相変わらず全く羞恥せずに言いのける志那野を軽く受け流し、俺は話を続けた。


「今日、制服取りに、家に帰ったら家族全員に完全に一線越えてると誤解されていてな。」


「おぉ、さすがは君の家族。実に喜ばしい勘違いをしてくれるな。まぁ、私も昨日で澄が許可してくれたならば本気で一線を超えるつもりだったんだがな。」



 志那野がまた何か言ってるが、再び受け流す。


「何か気付いたら、親父とお袋が、あっという間に俺と志那野の結婚式の日時を決められいたよ。」


「おおっ!おお!す、素晴らしい!さすがは澄のおじさ…いや、私達の御父様と御母様だ。」



 うっとりした様子で呟く志那野。よし、そろそろ反論開始。


「あのなぁ志那野。」


 しかし、その反論は


「……澄は私と結婚する気は無いのか?」



 潤んだ瞳と上目遣いで俺を見つめる志那野の一言で吹き飛んだ。


「い、いや、違っ、そのな、俺が言いたいのはだな…。」


 俺は、しどろもどろになりながらも何とか返事を返す。



「その、そういう事じゃなくて、志那野と結婚する気が無いって事は無いってゆうか、逆にウェディングドレス姿の志那野も見てみたいとか思ってるし……。」



 俺が、そう言った瞬間だった。


「フフフ……。」


 シュンとした感じでうつむいていたはずの志那野が顔を上げる。その目からは一筋の涙も流れてはいなかった。


「済まないね。言質を取らせてもらったよ。」



 そう、怪しい笑みを浮かべながら志那野は自身の胸ポケットから、ボイスレコーダーを取り出す。志那野はそのまま俺の目の前でボイスレコーダーの再生ボタンを押した。

『……志那野と結婚する気は無い事は無いっていうか、逆にウェディングドレス姿の志那野も見てみたいと思ってるし……。』

 ボイスレコーダーから少しくぐもった俺の声が流れ終わる。その瞬間俺は冷や汗を流し、志那野は意地悪そうに笑った。



「ん?これは澄が私との結婚を認めたという決定的な証拠だな。」


「あの~志那野さん?良かったらそのボ「駄目だ、いくら君の頼みでもそれは了承出来ない。」



「うっ………。」


 俺は何とか志那野にボイスレコーダーに録音した俺の声を消去してもらうおうと交渉をしようとしたが、予測していた志那野に言い終わらない内に切り捨てられた。


 次なる作戦を考える俺を見て再び志那野が怪しい笑みを浮かべた。


「仕方ないな、なら澄にチャンスをあげよう。ほら、ここにボイスレコーダーを入れるから欲しかったら取りに来るんだ。」



 そう言いながら志那野は制服の中、それも恐らくは、志那野の胸と下着の間にボイスレコーダーを突っ込んだ。





「はいいいいいいぃっっ!?」



 突然の志那野の行動に俺は腰を抜かした。うわ、五年付き合って志那野の事は殆ど分かったつもりだったけど間違いだったみたいだな。俺の予想を軽く超える程に志那野は、色んな意味で積極的過ぎる。



「ふふふ…ほら、どうした取りにこないのか?」



 志那野は胸をアピールしつつ俺に近づいて来る。マズイ、本当にどうしよう。このままでは志那野に押しきられて路上で×××しかねない。


 俺がそう悩み始めた時だった。










「兄貴ィいいいいいいいいいいぃっ!!た~す~け~て~え~っっ!!」



 そんな馬鹿デカイ大声が背後から聞こえて来たので振り返って見ると、息を荒げながら全力疾走で俺の弟の日吉ひよしが走って来た。


「ハァッ、ハァッ…あ、兄貴ィ…聞いてくれ…。」


「分かった、分かった予想は出来てるが、ちゃんと聞いてやる。だら、まず、呼吸を落ち着かせてから話せ。」


 まだ朝なのにも関わらず、すでに肩で息をする日吉を落ち着かせる。すると、いつの間にか俺の横に移動していた志那野が口を開いた。



「…日吉君。もしかしてまた、柚木ゆうきのせいかい?」



 志那野がそう、尋ねると瞬間、さっきまで俯いてゼイゼイ言っているだけだった日吉がガバッと顔を上げる。


「は、はい!そうですよ!そうなんですよ!また柚木の奴が通学路にいて俺にタックルしようとしてきたんで、全力で逃げて来たんです!」



 全く予想通りの日吉の答えに俺と志那野は互いに顔を見合わせて苦笑した。

 樋村 柚木。志那野の血の繋がった妹で日吉と同じ年、つまりは俺の一個下。顔付きは志那野と似ているが違いは、まず黒髪ロングの志那野に対して赤髪のポニーテール。そして志那野は文武両道のオールラウンダー。一方、柚木は体力面では志那野より優れているが勉強がてんでダメ。


 そして二人が同じ所は










「ひよしいいいいいいいいいいぃぃっっ!!ハグさせろおおおぉおおおおおぉぉっっっ!!!」



「げげっ!柚木ッ!?もう嗅ぎ付けて来たのか!?」


 自分が来た道を自慢の体力をいかし、凄まじい速度で迫る柚木を見て日吉がビクッと背を退けぞらせる。

 そして、俺と志那野をチラリと見て



「あ、兄貴ッ!志那野さんっ!た、助けて!」



 と、助けを訴えた。

 しかし、そんな日吉に俺と志那野は



「無理無理、あきらめろ。」



「残念だが…あの状態の柚木を止めるには私もそれなりに体力を消費する事になるからな。すまない…諦めてくれ。」



「どぼじでぞんなこというのおおおおっ!?」



 余りにも無慈悲な言葉に半泣きになる日吉。しかし、そんな隙もあらばこそ。




 ガッシ! ドカッ!


「わらばっ!?」



「ひよしいいいいいいいいっ!!逃げるなんてひどいぞおおおおおおおっ!!私はただ愛しいお前を抱き締めたいだけなのにぃいいいいいいいっ!」



 ゴリゴリゴリゴリゴリゴリゴリッ…!



「ガハッ…わ、分かった…分かったから……抱きしめる力を……弱く……グフッ…。」



 弾丸のように飛び込んで来た力強く(強調)抱きしめられ、日吉は軽く、口から泡を噴いていた。




 そう、既にお気づきかもしれないが、志那野と柚木この姉妹の共通点は素直かつストレートな愛情表現である(意味が重複している気もするが、おそらく気のせいだ。)

 まぁ、色んな意味で温度は全然違うんだけどな。




「どうだ日吉!私の愛情駄々漏れ新鮮朝のハグは!?気持ちいいだろうっ!?」



「…ゲホゲホッ!…あぁ……軽く三途の川が見える程にな……。」


 その頃、何とか柚木の腕から解放された日吉は止まりかけた呼吸を絶え絶えながらも何とか、整えていた。

 ちなみに当の柚木は微塵も動揺した様子も見せずニコニコしながら日吉を見ていたが、俺と志那野に気がつくとシュッ、人差し指と中指を立てて挨拶をしてきた。



「お早う我が姉っ!そして未来の兄ッ!」



 その言葉に俺はガクッとうなだれる。やっぱりか…予想通り、コイツも勘違いしていたか…。

 まぁいい、丁度、日吉もこの場にいるんだ。直接言って俺の潔白を証明してやるか。



「あのなぁ、お前ら俺と志那野は……。」



 そう口を開いた時だった。一瞬、志那野の左手が俺の肩に置かれたと思った瞬間



「ふぅうう~~。」



「ひ、ひぃ、ひゃあっ!」



 志那野の吐息が俺の耳穴に侵入し、俺は思わず数cm跳ね上がってしまった。


「おやおや、どうしたんだ澄?そんなに気持ち良かったか?」



 地面に着地した瞬間、ニヤニヤ笑いながら俺を見つめて言う志那野。



「ち、違うッ…!別に気持ちよくはっ……。」



「ほう……?それは、それは……ふぅ~~っ。」



「なっ、ひょえぇっ!?」



 何とか反論しようとする俺の耳穴に、再び志那野が息を吹きかけ俺は再び妙な声を出してしまう。



「うおおおっ!!さすがは姉貴と兄貴ッ!朝から熱いっ!よぉ~し私達もラブラブで行くぞぉ日吉いぃっ!」



「うわっ馬鹿ッ柚木!そもそも俺とお前は付き合っ……。」



「だけど、そんなの関係なああああぁあぁあいっっ!!!」


 俺と志那野の絡みを見て興奮したのか柚木が再び力の限り日吉に抱きつき、日吉は悲鳴を上げる。何か骨の鳴る音が聞こえるが大丈夫だろうか?



「ぎゃああああっ!?なっ、何してくれてんだよぉ兄貴達ぃ~っ!

 そりゃあ共に一夜過ごした関係なら、朝からイチャつきたくなるのも普通だとは思うけど……痛ててッ!…せめてコイツの、柚木の居ない時にしてくれよ。頼むから!」



「ひよしいいいいっ!!好きだっ!好きだぞっ!大好きだぁあああッ!」



「だ、だから、その事については、もう少し考えさせて……あたたっ!?わ、分かった!早めに結論を出すからとりあえず今は抱きつくのを止めろッ!」



 柚木に抱き付かれたまま何やら大変な事になっている日吉。まぁ、それは良いとして問題なのは一つ、コイツは予想通り盛大に誤解している事だ。仕方ないので再び口を開き、


「だからなぁ……や、やっぱり何でも無い。」



 自分の左肩を見た瞬間、俺の耳穴に息を吹き込む準備がバッチリ出来ている志那野を見て、すかさず言葉を誤魔化す。



「ふむ、嬉しいが若干残念な気もするな。」


 志那野は、そう言いながら軽く薄笑いをした。



 お前は耳フェチか。



 そう心に思った事を、直球で志那野は軽く首を横に降ると人差し指を突き出して、ち、ち、ち、と、俺の目の前で指を降って見せると、自信たっぷりに



「それはyesでありnoだな澄。何故なら私は澄フェチだからだ。私は澄の体だったら、手足でも、唇でも、髪でも、おへそでも、果てには爪にでも興奮するぞ?」



「……お前はあれか、町に潜伏してる爆弾魔の殺人鬼か?」



 そんな他愛も無い会話をしながら、俺と志那野は立ち止まるのを止めて再び歩き出した。


 そう、








「まっ、待ってえぇ兄貴ぃッ!置いてかないでええっ!!せめて、せめて柚木を俺から引き離してくれよおぉぉッ……て、いでぇっ!あ~もうっ!だから柚木!いい加減離れろって言ってるだろッ!遅刻するだろ!」



「まだだぁ!後、五分ッうぅぅっ!!君がっ!デレるまでっ!抱きつくのを止めないっ!!」


 柚木に抱きつかれたまま助けを求める日吉を見捨てて、である。

 スマン日吉、学校で飲み物を奢ってやるから勘弁な。


 俺は心の中で日吉に謝罪して、志那野と共に学校までの道を進んだ。



「ひょえっ!?し、志那野っ……!?」



「ふふふ…澄。…隙あり…だ。」



 まぁ、学校にたどり着くまでに志那野のからの逆セクハラがかなりあったのだが。










「……ッ!…し、志那野ぉ、止めてくれないかな…朝から俺の股間を触るのは…。」



「おやおや、これは申し訳無い。だったら……。」



「ちょっ!?く、首筋を舐めるのはもっと駄目えええぇぇぇぇっ!!」


 俺達が校舎に入ってからも志那野のセクハラは止まらず、寧ろ激しさを増していた。俺の心の中の男が歓喜で暴れまくって、そろそろ我慢の限界です。



「志那野ッ……俺、俺っ、そろそろ我慢が限界だぞ……。」



 思わず口に出して志那野に訴える。



 その時だった。





「いいんだ、それで。」





 志那野の目が深く、しかし霞程も淀みの無い、そんな色に変わった。



「し……な、の…?」


「澄、君は私の思うがままになっていればいいんだ。だから何も心配する必要なんて何も無いんだぞ?」



 志那野は俺の質問には答えず、そっと俺の肩を掴むと、淀みの無い目で静かに俺を見つめる。


 それだけ、ただそれだけで俺は指一本動かす事が出来なくなった。



「そうだ澄、我慢なんてするな。全てを私にぶつければいい。子供のようにな?」



 志那野の怪しい視線で次第に俺の頭は真っ白になっていく。俺は、そのまま欲望を志那野にっ…………










「お~い、草部に樋村。何やってんだ?」



 そう横から声を掛けられた瞬間、俺は正気に戻る。


 慌てて正気に戻るため、自分の両頬を叩いて声のした方向を見ると、小柄な女子生徒を背負い、やたらにくせっ毛の多い男子生徒がこちらを見ていた。

 ちなみに背負われている女子生徒はどうやら体調が悪いと言った訳では無いようで、背負われながらも血色の良い顔で先程から「むふふ~お兄ちゃ~ん。むふふ~。」と、軽く鳥肌が立つくらい気味悪く笑いながらブツブツと呟き続けている。


 そんな大きな特徴がある奴は俺の知る限り一人しかいない。



「………田上………。」



「ああ、そうだよ草部。で、お前志那野と廊下で何やってたんだ?俺にはお前らが朝っぱらから18禁モードに突入しようとしている風にしか見えなかった訳だが。」


「そ、それは、え~と……。」



 俺は田上からの質問の返答に困り言葉を濁らせてしまった。まずい全く次の言葉が出てこない。この場を誤魔化す事が出来るナイスな言い訳などもってのほかだ。そんな俺を見かねたのか志那野がスッと、俺の前に出た。


(おお、さすがは志那野!この場は任せたぞっ!)



 俺は心の中で志那野に感謝しつつ、志那野の次の言葉を待った。

 そして田上に向かって志那野は口を開き



「まさにその通りだよ田上太郎。私と澄は互いに愛を交わし合い、今、まさに愛の園へとたどり着く所だったのだよ。」



 清々しい程、爽やかな表情でそう言ってのけた。



「おいいいいいいいいっっ!?ちょっ、おまっ!志那野っ!?」



 志那野の言葉に盛大に突っ込む俺。さらにもう一言、ツッコミたかったのだが、そこで志那野は俺の首を抱き、俺の顔に自分の胸を押し付けた。



「むがっ!?むががむが~!」



 顔に男の夢の双球が押し付けられ、恥ずかしさと息苦しさで言葉にならない声を出す俺。志那野はそんな俺の頭をそっと撫でた。


「……はぁ……まぁ、お前らが朝っぱらからイチャつくのも勝手だがよ、そういうのは人目につかない所でやれよな。経験上から言っておくと先生に見つかると面倒臭い事になるぜ?」



「分かった、君の忠告に感謝するよ。」



 呆れるような田上の声に志那野が答える。


「ぷっ、ぷはぁっ!」


 そこで、ようやく俺は志那野の胸から解放される。その瞬間で俺は全力で肺呼吸をした。



「おいおい、草部を強く抱きしめすぎじゃあないか?窒息するぞ。」



 必死で呼吸する俺を見て、苦笑いしながら田上が言う。しかし志那野は『お前は何を言ってるんだ。』と、言わんばかりの表情を田上に向け、



「恋人には全力で愛情をぶつけるのが当然だろ?それに澄もそれほど嫌がっていないしな。」


 と、言ってのけた。志那野の答えに田上は再び苦笑し


「……そう言うだろうと思ってたぜ。」



 諦めているかのように田上は言うと、俺と志那野の横を通り過ぎ、静かにその場を通り過ぎた。そして、一言


「最後に一つ、フルネームで呼ぶな。名字の田上で呼べ、樋村。」


 田上は、そう言うと再び歩き出し



「か~ぷっ?」



「うゎうぃっ!?」



 直後、背負っていた少女に耳たぶを甘噛みされた。


「お、おいっ!牡丹っ!何で人がかっこよく決めてる時に…あぅっ!?」



「あはっ、やっぱりお兄ちゃんは、カッコイイのも良いけど、可愛いのも最高~。」



 田上の背中に背負われた少女、牡丹はそう笑いながら再び、田上の耳たぶを甘噛みした。その瞬間、再び田上の背中が跳ね上がる。


 幾度と無く、二人はそんな事を繰り返し騒がしくも俺や志那野のクラスの隣の教室へと入っていった。



「…ふむ……さすがは我が尾山田高校のNo.1ベストカップルだ。もはや夫婦だと錯覚する程だな。」



 二人が立ち去ったのを見て志那野が呟く。俺にはその顔は若干、悔しげに見えた。

 そう、田上太郎と沙原牡丹。この二人は昨年、尾山田高校文化祭名物の全生徒&全教師アンケートのベストカップル部分で、友人の石井渡、志波三奈子と共に1位の座に輝いたのである。ちなみに俺と志那野は僅か一票差で四人には及ばず、ベストカップル部分二位に留まっていた。脳内で整理して考えて見ればもしかしなくても今、現在の志那野の不機嫌の原因はこれだろう。


 う~ん、先が見えているからか正直、実行したくは無いのだが、仕方が無い、志那野を励ましてやるか。彼氏だし。



 そう決めた、俺は志那野の肩に手をかけ



「気にするなよ志那野。向こうが夫婦ならば、俺と志那野は熟年夫婦で行こうぜ。何せ俺達は五年以上、付き合って来たんだからな。」



「…澄………ありがとう……。」



 俺の言葉に、志那野は綺麗な笑顔を見せた。その何気ない仕草に俺の胸は高鳴ってしまう。そして珍しく志那野がポツリ、ポツリと口を開く。



「澄……キス……してくれないか?」



 志那野は、そう言うと上目遣いで、穴が空きそうな程に俺を見つめ、やがて静かに目を閉じた。それは、まさに映画のワンシーンのように美しく、絵になっていた。



 俺は、そんな志那野の芸術品のような美しさに見とれ、言われるがまま、志那野にキスをした。


 そっと触れるようなキスをほんの僅かにすると俺は、すぐに唇を離した。



「ふふふ……久しぶりだとは思わないか?澄が私にキスをしてくれるのは。」



「いつもは、お前が一方的に迫って俺にキスをしようとしてくるもんな。」



「ふふ……私のテクニックに翻弄されて、メロメロになって反撃しない澄が悪いからだぞ?」



 俺と志那野は、いつものようにそんな他愛ない会話をしながら自分達の教室へと入って行く。



「いよ、お二人さん相変わらず熱いね~。」



 教室に入ると、やけにニヤついた表情で髪を二つ結びにした一人の女子生徒が俺と志那野に話しかけて来た。



「そうだろう。私と澄はいつだって極限まで熱いんだ。」



「…志那野、程度って言葉を知っているか?毎日、極限まで熱くなっていたら俺達は溶けて無くなってしまうぞ。」



 満足げに呟く志那野に、ツッコミを入れる俺。しかし志那野は全く怯まずに言う。



「うむ、確かに澄の言う事が正しいのかもしれないな。だが、すでに手遅れだ、私はいつも澄の顔を見るたびに骨まで蕩けてしまうからな。」



「はは…本当に志那野ちゃんは、澄にべったりだね……。」



 志那野の率直すぎる言葉に若干、引き気味の二つ結びの少女。名前を「      」と言って、彼女と俺はいわゆる幼なじみとかいう関係を十年近く続けている。







…………………あれ?


 何が起こったのか分からなかった。



 唐突に、全く唐突に俺が少女の名前を思い浮かべた瞬間、脳内がホワイトアウトしたかのように真っ白になり、何も浮かんでこなくなった。



「どうした澄、顔色が悪いぞ?」



 俺の異常を察したのか、志那野が俺の肩を抱いて心配そうに話しかけて来た。



「澄、大丈夫なの?」


 二つ結びの少女も不安げに、俺に言う。



……駄目だ、やはり、この少女の名前が出てこない……。何故だ?何故、浮かんでこない?相手は幼なじみで、しかも何回も同じクラスになった事があるのに、何故、何故急に思い出せ無くなってしまったんだ?



 頭がますます混乱して、強い頭痛と吐き気がした。



「…すまない……澄の体調が心配だから、保健室に連れて行く。後は任せたぞ。」



 志那野は二つ結びの少女に、そう言うと、有無を言わせない雰囲気で肩を貸して軽々と俺を背負った。



「う、うん、こっちは任しといて。」



 二つ結びの少女は、何とか頷き、教室から出ていく俺と志那野を見送った。駄目だ…やはり名前が出てこない。俺は、次第にぼやける意識でそう考えると、静かに意識を闇の中へと飛ばしていった。









「ん、んんん……。」


 あれからどのくらい時間が過ぎたのだろう。俺は、体の節々の痛みを堪え、何とか自分の意識を呼び覚ました。そこは、やはり保健室のベッドの上で、カーテンでベッドの周囲が囲まれていて、俺の上衣はハンガーに掛けた状態で、カーテンに引っかけるように吊ってある。そして、俺の寝ていたベッドの枕元近くでは、志那野が丸椅子に腰掛け、眼鏡をした状態で静かに読書をしていた。



「おお澄、やっと起きてくれたか。心配したんだぞ。」



 俺の意識が戻ったのに気が付いたのか、志那野は読書をしていた状態から顔を上げ、朗らかな顔で俺を見つめた。



「志那野、俺は一体……。」



 そう言って、俺がゆっくりと起き上がろうとすると、志那野が慌てて、読んでいた本を体温計が乗った机の上に置き、俺の体を支えた。



「澄、無理をしては駄目だ。あんなに顔色が悪くて、しかも気絶したんだぞ。」



 心底、心配そうに俺に訪ねる志那野。その瞬間、俺の記憶が蘇る。






 突如、思い出せなくなった幼なじみの少女の名前。






 激しい頭痛と吐き気







 薄れる意識






 そうだった、俺はあの時、急に体調が悪くなって気絶して……それで志那野に保健室に運ばれて来たのか。

 今、現在、俺の体調は寝ていた影響か体調は、すっかり元に戻っていた。


 その事を志那野に伝えるため、俺は何とか笑顔で返す。



「大丈夫だ志那野。今、は平気。何ともないさ。」



「本当か?頭痛と吐き気は、もう収まっているのか?」



 軽く身を乗りだし、なおも心配そうに聞く志那野。俺は、そんな志那野の手を優しく握る。



「あ……澄……。」



 手を握られた志那野は少し驚いたような声を出し、動きを止めた。



「心配してくれるのは嬉しいけど、本当に大丈夫だって。頭も体もスッキリしているさ。」



「し、しかし、澄。私は………。」



 なおも食い下がる志那野。その様子が余りにも必死に見えたので、俺は少しふざけて



「なんだよ、そんなに俺の事が信用出来ないのか?」






 その瞬間、






「そんな事は決してないっ!!」



 志那野が普段では考えられ無い程の声で、こいつは、こんなにも大きな声を出せるのか。と、感じる程の大声で叫ぶように言うと、ぐっ、と俺に顔を近づけてくる。志那野の顔は鬼気迫っていた。



「私が澄を信用していない?無い、そんな事は絶対に無い。澄は私の全てだ。太陽だ。心臓だ。私は澄の為になら、どんな事だって実行してみせる。私は絶対に澄を裏切らない。

 それなのに、どうして澄は私が君を信じていないと考えるんだ?どうして私に、そんな事を言うんだ?」



 たたみ掛けるように一気に言葉を発していく志那野。俺は、志那野の迫力に押され僅かに後退する。するとその瞬間、志那野はハッとした顔をし、同時に表情がいつもの物に戻った。俺は、それを見て僅かに安堵する。しかし、その直後。



「す、すまない澄っ!!」


 志那野は素早くベッドから床に降りて、俺に土下座をした。唐突過ぎるその行動に俺の思考は停止してしまい、俺は硬直したまま、必死で俺に土下座をする志那野を見ていた。

 志那野は土下座したままなおも言葉を続ける。



「本当にすまないっ!!澄に何て言えば良いのかも分からない!!ただ私は、私はッ……澄が本気で言ったのでは無いと言うのは分かっているのだが……。つい、私が澄を信じていないと思われていると考えてしまって……不安で仕方が無くなってしまったんだ……。」


 そこまで言って、志那野は土下座をしたまま僅かに顔を上げ、上目遣いで俺を見つめる。その目からは涙が滲んでいた。



「……すまない……言い訳がましい事を言ってしまったな。本当に私は最低だ……。」



 志那野は、そうポツリポツリと語ると再び顔を沈め、肩を震わせて静かに泣き始める。

 その姿は余りにも儚く、弱々しくて、気付いた時には俺の体は動き出し、ベッドから床に降りて泣きながら土下座を続ける志那野の肩をそっと抱き締めた。



「志那野、顔を上げてくれ。」



「き……よ……し……。」



 俺の言葉に志那野は再び顔を上げる。その目からは溜まった涙がこぼれ落ち、筋道を作っていた。俺は涙を流し続けている志那野を両手で起き上がらせ、耳元で囁く。



「安心しろよ志那野、逆に俺はお前が心配してくれた事が嬉しい。」



「えっ………澄?」



 俺の言葉が余程、意外だったのか志那野が一瞬、涙を流すのを止めて呆然とした様子で俺を見た。



「なに、それだけ志那野が俺の事を思ってくれたんだ。そりゃあ大好きな人に思われていれば嬉しくもなるさ。」



「あ、ああ……き、澄…やっぱり君は……。」



 俺がそう言うと、志那野は涙を拭い、プルプルと体を震わせる。

 そして、そのまま震える腕を俺に向けると



「澄っ!!」



 素早く、肉食動物が獲物を捕まえるように俺に抱きついて来た。勢い余ったのか、志那野は俺の背中に爪を突き立てて若干痛い。が、ここは我慢。そっと、優しく志那野を抱き返した。当然のように志那野はそれに答えて、さらに強く俺を抱き締める。幸いな事に爪を立てるのは止めてくれた。



「澄、顔を私のほうへ向けてくれないか?」



 落ち着きを取り戻したのか志那野が、そっと耳元で俺に囁いた。

 俺はその指示に従い顔を志那野に向ける。



「んっ…………!。」



 そのとたん、志那野の唇が俺に迫り、俺は強制的に唇を奪われ、次の瞬間には志那野の舌が口内に侵入してきた。恐らく平常状態の俺ならば、ここで羞恥の余り、軽く志那野を拒絶していただろう。が、俺は、この場の雰囲気に呑まれていたのか志那野を拒絶せず、むしろ自分から志那野を求めた。



「ん、あっ……あっ……。」



「ぐっ……あぁぁ……。」



 熱が上がってきた俺達はキスをしたまま立ち上がり、キスを続ける。


 やがて志那野が静かに、さっきまで俺が寝ていたベッドに俺を押し倒した。


「はぁ……はぁ……ふふふ……。」



 志那野は、そこで一旦俺から唇を離して、掛けていた眼鏡を本の上に置き、俺の腹にまたがるとペロリと舌を出して自分の唇を舐める。

 その姿は実に扇情的で、一枚の絵画のように美しかった。



「おやおや、これは困ったなぁ。いつもより澄が積極的だから、ついつい興奮してしまったじゃあないか。」



 俺の上にまたがったまま、さも困っているような言葉を言う。だが、その表情のせいで子供にでも本心からの言葉では無いという事が丸わかりだった。



「これは静かに素早く……今の内にしずめなくちゃあなぁ?」


 そう言うと、志那野は俺に向かって体を倒して来る。

 


「……………………。」



 それに対して行動するための気力が俺にはもはや欠片も残っておらず、俺はただ、無言で仰向けのまま志那野を受け入る事にした。

(声、出来るだけ出さないようにしなくちゃな……。)



 そう俺が考えた瞬間に再び志那野が俺に唇を重ねて来て、それを合図に二回戦が始まりを告げた。










「ふぅ………実に満足だ。実に満たされた。」



「……それって女の子が言うセリフか?」



 あの後、保健室の先生が戻って来るまで俺達事を続け、志那野は右手で口元などに大量に付着した唾液等を右手のハンカチで拭き取りつつ、左手で伸びをし、楽しそうに言う。

 そんな志那野に俺は持っていたティッシュで濡れた顔を拭きつつ、冷静にツッコミを入れた。

 ちなみに今現在、俺の制服の上半身は志那野の愛撫により激しく乱れ、裸同然の状態である。


 ……うん、こんな状態を先生に見られたら大ピンチだ。本当に下手に声を出さなくて助かった(まぁ、それを面白がられて志那野にさらに遊ばれる事になったんだけど)



「なぁに、小さな事を気にするな澄。真に深い愛であれば、男らしいか女らしいか何て些細な問題に過ぎないさ。」



 志那野は、そう言い終わるのと全く同時に顔を拭き終えると、俺の気持ちを察したのか、俺の乱れた制服を丁寧に直し始めた。


「それは、そうなのかもしれないけどさ……。」



 俺は、志那野が制服を直し易いようにベッドの上で起き上がりながら言う。


「そうなのかもしれないんじゃない、そうなんだよ。まず間違い無くね。…と、出来たぞ澄。」


 言葉が終わると同時に志那野は俺の制服の最後のボタンを閉じ、ポン、と肩を叩く。



「さて、澄の体調も戻ったならば、そろそろ二人で授業に戻るか。山岡先生も心配していたぞ?」










 志那野が何気無い感じで言ったその言葉に、再び違和感を感じた。


 ヤマオカ先生とは誰だ?



 そのヤマオカ先生と言う名は、間違い無く俺の身の回りで耳にした名だ。だが奇妙な事に今の俺はヤマオカ先生と言う名に、はっきりと聞き覚えがあるものの、何故かヤマオカ先生の顔や姿、さらには性別までもが全く思い出す事が出来なかった。



 そう考えていると何故か頭に鋭い痛みを感じ、俺は思わず、頭を抱えこんだ。



「どうした澄?また、体調が悪くなったのか!?」



 俺の様子が変わったのを見て、心配そうに志那野が言う。



「……い、いや、大丈夫だ……それより志那野……ヤマオカ先生って……誰なんだ……?」



 着々と激しくなる頭痛を堪え、掠れるような声で、俺は志那野に聞く。と、それと同時に今度は激しい目眩が俺を襲ってきた。



「何を言っているんだ澄っ!?山岡先生は今年から私と澄のクラス担当になった、若い女の先生だぞ!!まさか忘れてしまったのかっ!?」



 必死な感じで、意識が朦朧とする俺に呼びかける志那野。



「……分からない……何も分からないんだよ…志那野……。」



 俺は掠れるような声で何とか語ると、頭痛と目眩から逃れるべく、頭を抱えてベッドの上で項垂れた。



「………澄………。」



 悲しげに呟く志那野の声が聞こえる。俺は何もかもが不安だった、今の俺は理由は分からないが明らかにおかしい。

 担任の先生の名前や、数十年来の付き合いになる幼なじみの、名前や顔を突如として忘れてしまうのは、どう考えても普通では無い。


(一体俺は、どうなってしまってるんだ!?訳がわからないっ!!これじゃあ、まるで、まるでっ………!)



 俺の中で強くなりつつある不安が俺を圧迫し、もう少しで堪えきれなくなった時だった。




  ぎゅっ






「!?、し、志那野っ……!?」



「頼む、頼むよ……頼むから澄、そんな悲しい表情をしないでくれ……。

……出ないと、私もやりきれない………。」



 志那野が優しく、決して何も壊さないような力で俺を抱き締めた。


「し、志那野っ……!」



 志那野が悲しげに、儚く呟くその言葉に俺は我慢出来ず、気付いた時には涙を流して志那野に抱きついていた。



「大丈夫だ澄、大丈夫、何があっても私だけはお前の側にいよう。そうすれば、きっと澄は、私の事を忘れないさ。」



 俺には志那野のその一言が、まるで慈愛に溢れた女神の言葉のように感じた。


 だから俺は心から安堵した状態で志那野に優しく頭を撫でなれ、静かに眠りについて行くのであった。










「ふぅ………………。」



 安楽椅子に腰掛けて、コーヒーを飲みながら俺は一息をつく。


 あれから、俺の記憶の一部が、勝手に消えていくようになってから果たしてどのくらいの時間が過ぎたのだろうか。


 今、現在も記憶が失われて行くのは進行しているようで、記憶が消え始めた以前の事は、あらかた覚えているのだが先の記憶がかなり曖昧になり始めており、ふと気が付くと日付が二、三日が過ぎて行くのはざらで、酷い時には一ヶ月以上が過ぎている事もある。その影響か最近、どうも時間の感覚がおかしくなり今が何月何日なのかも思い出せない事が多々ある。



 つまり今の俺には、今が何年の何月何日か分からないのだ。


 今、何とか分かるのは窓から見えるイチョウや紅葉の木の葉が色づいている事から今の季節は秋だと言うことと、高校を卒業した記憶が残っているので少なくとも今の俺は19才を過ぎていると、いう事だけだ。



「やぁ澄先生、作詩の調子はどうだい?」



 俺がそんな事を考えていると、ノックの音と同時に部屋のドアが開き私服姿の志那野が入って来た。


 そう、これがもう一つの確実に分かる事。

 俺は今、志那野と二人で暮らしている。



 こうなった理由は正確には思い出せないが、確か俺の家と志那野の家族会議で俺と志那野の結婚が正式に決まり、そこで志那野が『いつまでも家族に甘えてはいられない。今までバイトで貯めてきた貯金を全部使うから、出来るだけ力は借りない。自分が生きてる限りは澄の全ての力となっていたい。』と、やや強引に俺と志那野の両親を説得したからだったはずだ。



「ああ、順調に進んでいるよ志那野。今、ちょっと休憩していた所だ。」



 俺は、腰掛けていた安楽椅子を軽く回して視線を部屋に入ってきた志那野に合わせて言う。

 ちなみに今、現在、俺は志那野に進められて作詩家として活動している。どうやら志那野の見る目は確かだったらしく、数ヵ月前に初めて出版した詩集が、この不況の中で30万部以上が売れて、俺はそれなりに有名な人物になっていた。



「そうか、それは良かった。実は、私の方も実に順調でな。また、三人程生徒が増えたよ。」



 俺の答えに満足そうに語る志那野。




 志那野は『愛しい澄だけを働かせる訳にはいかない』と、言って半年程前から自宅の一部を使って、個人経営の学習塾のような事を初めているらしい。志那野のやり方が旨いのか、こちらもまた順調で、志那野は毎月、結構な金額を手にしているようだった。



 今の状況は、一見すれば何もかもが順調。だが、俺には一つの不安が残っていた。



「ところで澄……。今日は、体調良さそうか?」



 先程まで明るい顔をしていた志那野が急に不安毛な表情をして俺に尋ねる。


 そう、俺の唯一の不安はやはり記憶が消えてくいく事だ。俺は覚えていないのだが専門の病院で診察して貰っても、有効な解決策が見つからないらしく、俺の記憶の一部は若干、収まりを見せたものの現在進行形で消えつつある。


 ……正直な話、未だにそれが怖くて仕方ない。



 まず、俺は自分の記憶が無くなった事に気付くと急激に体調が悪くなり、その度に志那野の力を借りる事になっつしまう。しかも、俺の記憶が消えるタイミングは全く不明、そのため志那野は常に俺の体調管理に神経を使っており、疲れが溜まっているようだ。(現に俺は、俺に見えない用にため息をついてる所や、栄養ドリンクを三本一気に飲んでいる姿を多々、目撃した事がある。)このままでは、近いうちに志那野は倒れてしまうだろう。もちろんそれも不安で怖いのだが、それよりも心配な事がある。



「澄、どうしたんだ?顔色が悪いぞ。やはり体調が悪いのか?」



 じっと考えに浸っていた俺に近より、心配そうに見つめる志那野。

 やはり今でも、いや、昔以上に俺の心と体を支えてくれている志那野は俺にとって、俺の人生で最も愛しい存在だ。



 だからこそ、俺は怖い。


 いつか、いつか、俺の病気が進行して、俺は、志那野と共に過ごした記憶や思い出、志那野に対する気持ち、さらには志那野の顔でさえ忘れてしまうのかもしれない。


 それを考えると堪らなく、耐えきれ無い程に恐怖を感じた。



 そんなどす黒い恐怖心に負けて、挫けそうになった時だった。



「澄……大丈夫だ、大丈夫だよ……。私がいつも君の側にいる。絶対にだ……。」



 気づけば志那野が俺を抱き締めていた。

 暖かい志那野の体温が俺の体に伝わり、非常に安心感が持てた。



「志那野……でも俺は……。」



「君の記憶から私が消えたのなら、すぐに新たしい私を覚えさてあげよう!」



 弱気に呟く俺に力強く志那野が言う。少し顔を引いて、じっと俺を見るその顔も自信に満ちていた。



「大丈夫だ澄、澄が私を、そして私が澄を思っている限りは澄の記憶から私が消えるなんて事は無いさ。

 それにもし消えたとしても、さっき言った通り私はずっと澄の側にいる。側にいて澄を支えながら、私の事を思い出させてあげるよ。」



 志那野は、そう言うと迷いが無い笑顔で俺に微笑みかけた。



「志那野……君はやっぱり……。」



 志那野の暖かい言葉に、俺は気付いた時には涙を流していた。



「さぁさぁ澄。どうやら、今日の君は体調が優れないようだし、精神も落ち着かないようだ。

 集中力を付けて次の作品に取り掛かる為にも少し眠りたまえ。」



 志那野はそう言いながら、お姫さま抱っこをするように俺を抱き抱え、ゆっくりと部屋のベッドに寝かした。



「……お姫さま抱っこは恥ずかしいから止めてほしいんだがな……。」



 ベッドに寝かされ、志那野に頭を撫でられながら俺は小さく呟く。すると、志那野は薄く笑う



「そうか、それは悪かった、次からは善処しよう。」



「お前……善処する……って言うときは……基本的にやる気が無い時だろ……。」



「さぁ?それはどうだったかな?」



 俺の言葉に志那野は心底、可笑しそうに笑うと、また俺の頭を撫でた。



「全く……俺は、時々お前が……真面目なのか……いいかげんなのか……分からなくなるよ……。」



 薄れてく意識で俺は最期に志那野に呟き、意識を落としていった。










 静かに吐息をしながら眠りに落ちた澄の頭をもう一度、撫でる。

 付き合ってもはや七年の時が過ぎようとしているが、相変わらず澄は美しい。

 体も顔も精神も生き方も思考も骨も肉も口も髪も腕も胸も腹も指も足も背中も目も腋も腿も膝も筋肉も内蔵も胃も肝臓も心臓も肺も魂も、その全てが美しい。



 昔は…そう、昔の私はそんな澄を見ているだけで満足が出来た。私はそれで美しい澄を完全に独占している気になれて満足だった。



 しかし、私はある日気付いてしまった。




 私は澄を完全には私の物にしていないと。



 心が美しい優しい澄は私だけでは無く、他の薄汚い雌豚や、屑や塵にも美しさを振り撒いていると。



 私は、あの時感じた腹立たしさと憎しみを思い出し、拳を握りしめた。強く握りしめ過ぎた影響か手の平の皮が裂け、血が流れ出した。



 気付いてから最初の数ヵ月は何とか、澄がいる時は澄の視線が私以外に向かないように工夫したり、澄がいない時はボイスレコーダーで録音した澄の声を聞いている事で落ち着きを保っていたが、やがて堪えきれないようになってしまい、今度は何とか澄が私だけの物になる方法を模索し始めた。



 邪魔物を全員抹殺する事も考えたが、私と澄の将来の事を考えるとリスクが大きすぎる上に、もし発覚した場合、澄と一緒に過ごせなくなると言うのは耐え難い苦痛だ。



 しかし何としても澄を私の物にし、屑共などに目がいかないようにせなければ行けない。


 どうすれば良いかと思い悩んだ私は、気分転換に図書館へと出掛けた時に『あれ』を見つけたのだった。



 そこで私は、いつも内ポケットに入れている一冊の手帳を取り出す。それには私が見つけた『あれ』に書かれていた内容を一字一句漏らさずに書き写してあった。



「……ん、んぅ……し、志那野……志那野ぉ……。」



 澄の声にふと顔を上げて、見てみると寝ていた澄が表情を歪ませ、苦し気に寝言を呟いていた。よく見ると閉じた瞳からは涙が滲んでいた。

 どうやら澄は悪夢を見ているらしい。それも、どうやら私に関する事のようだ。



「……ふっ、泣くなよ澄……。」



 澄のその行動が可笑しいのと同時に愛しく見え、私は内ポケットに再び手帳をしまうと、軽く屈んで寝ている澄を抱き締めた。



「君は絶対に私の事は、私の事だけは忘れない。むしろ私との記憶なら昔の事もより鮮明に思い出せるようになる。それに記憶が消えるのも収まるよ……。

 ……もう少し屑共の記憶を抹消したらね……。」



 私は、そう囁くように澄の耳元で呟くと澄の唇にキスをした。





 あの日、私が図書館で見つけた物、それは、催眠学、そして脳科学の専門書だった。



 私は半信半疑ながらもその内容を暗記しと同時にメモし、手始めに私や澄につまらない嫌がらせをしていた屑の男子生徒を夜の校舎に呼び出し、私が自分の体で騙して(恐ろしい吐き気がしたが我慢した)催眠を掛けた。そう


『私は外で待っている。待ちきれないから早くこっちに来てくれ。』と。









 実験は成功し、虚ろな目で汚ならしく涎を垂らしながら催眠に掛かった男子生徒は、『窓に移った私の姿』に向かって勢いよく突撃し、窓ガラスを破って笑顔のまま窓から落ちていった。そこが校舎の五階なのにも関わらず。







 それを見た私は、素早く証拠を隠滅すると、さっそく次の日から澄の調教を始める事にした。






 私が個人的に興味を持った事の実験をしてみたいので被験者になってもらいたい。と、澄に言うと澄は快く了解してくれたので、私は澄を家に連れ込み、さっそくその日から始めた。







 澄が私だけを見てくれるように、澄の脳内にある雌豚共の記憶を消す作業を。





 実験自体は順調で、澄は順調に雌豚共の事を忘れていったのだが、矛盾を無くす為に辻妻を会わせたり、催眠を掛けた時のフェイクの記憶を入れた副作用の影響か頭痛や嘔吐に苦しんだ。



 それを思い出すたびに私は心苦しくなる。


 何故なら仕方が無い事とは言え無実の澄を私が苦しませてしまったのだ。



 だから私は澄が挫けて立ち上がれなくなるたびに澄を全力で支え、澄が挫けるたびに戒めとして澄には分からないように自分の体を傷つけた。




 そんな事を数年近く続けていたが、もうすぐ終わる。もうすぐ澄は屑共の事を完全に忘れて『私の澄』になるのだ。




 私だけの澄、私だけを愛し、私だけに美しさを見せてくれる澄。そんな事を考えていると、興奮して思わず軽く絶頂してしまった。



「……ん、んんんっ……。」



 澄がどうやら目覚めたらしく軽く体と瞼を動かし始める。それを悟った私は軽く、密着していた体を離す。




 もうすぐ澄は『私の澄』になる。が、それで全てが終わるのでは無い。



 私が始めた塾、そこに通う生徒は全員が少女で昔の私と同じく、愛する思い人を我が物にするべく模索している。私は、そこで生徒達に教えるのだ、




 愛する人を自分の物にする方法を






「志那野………?」



「おはよう、澄。」



 寝ぼけた目でこちらを見詰める澄、私はそんな澄に微笑みかけて挨拶を返す。




(澄、何があろうと、何が邪魔しようと、私と君はずっと、ずっと、ずっと、ずっと、ずっと、ずっと、ずっと、ずっと、ずっと、ずっと、ずっと、ずっと、ずっと、ずっと、ずっと、ずっと、ずっと、ずっと、ずっと、ずっと、ずっと、ずっと、一緒だぞ。死んでも、な……。)



 そう、心の中で誓って。






 次回は志那野の妹、柚木の話。『素直ヒート』です。更新は……頑張ります。

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