◇第三ヤンデレ タイプ(スポーツ少女。)
遅れましたが、ついに更新!なお、今回の語りは特にありません。
ある日、尾山田高校二年の木戸 良一は、同じクラスのムードメーカーでもある。女子空手部の一人、三咲 信を放課後、学校の中庭に来るように呼び出した。
「やあやあ、木戸君っ。いきなりあたしを呼び出す何て、あたしに何か用かな?」
彼女、三咲 信はいつものように元気いっぱいに良一に話しかけた。一方、話しかけられた良一は正反対に真剣な表情で、静かに語り出す。
「あっ、あの、あのな、お、俺、好きな人が出来たんだ……。」
その言葉を聞いた瞬間、とたんに信の顔は、良いオモチャを見つけた子供のような、ニヤニヤした顔つきになる。
「え~?ねぇねぇ、誰?誰?あたしに教えてよ~。じょ~ずに、くっつけるようにサポートしてあげるからさぁ。」
ニヤニヤしながら良一の答えを待つ信に、良一は顔を赤らめながら、勇気を振り絞るかのように、静かに口を開いた。
「……君…なんだ…。」
「えっ?」
「い、今、な、なんて言ったの?」
急に信は呆けた表情になり、その表情のまま良一に聞き返す。
「だ…だからっ!俺が好きなのは信!君なんだ!」
良一は一気に言い切ると恥ずかしそうに俯く。一方、告白された信は、大いに動揺していた。
「えっ?へっ?あああああああたしっ!?え?へ?えっ?へへへへ……。」
一通り混乱してから、信は妙な笑いを始めた、何故かその目からは涙が流れだしている。
「えっ、ちょっ、どうしたの!?俺なんか嫌な事言った?」
信の涙に仰天して、慌てて良一が言う。信は、そんな良一を安心させるために、軽く涙を拭い、良一に笑顔で答える。
「ううん。木戸君は何も悪い事してないよ。ただ、すごく、すごーく嬉しくて泣いちゃっただけだよ。」
信はそう言って、優しく良一に微笑みかけながら、続ける。
「あたしね、昔から友達や知り合いの恋愛をサポートしてばかりでね。男の子もかなり、あたしに相談しに来てくれたんだ。」
静かに語られる、信の話を黙って聞く良一。ふと、そこで、信は少し無理をしたような笑顔を浮かべる。
「なんとか、付き合えた二人を見て、あたしは二人を祝福しながら、心のなかでは、いつも寂しかったんだ。『ああ、もしかしたらあたしは、こんな風に人の恋路のサポートしか出来ずに、年をとって死んじゃうのかな…』なーんて、考えちゃってね。…だ、だから…。」
信は、そこで話を止め、真っ直ぐに良一を見つめる。その目からは再び涙が流れだしていた。
「本当に嬉しいよ木戸君。…あたし、普通の女の子より筋肉あって柔らかくないかも知れないし、あんまりおしとやかじゃないし、普通の男の子だったらパンチ一発でノックアウトさせちゃうような力を持った女だけど……私で良かったら、よろしね!木戸君!」
そう言って信は良一に抱き付く、確かに、少女にしては、かなり強い力で、強く、優しい力が良一にかけられる。そして、その体には女性独特の柔らかさがしっかりと存在していた。良一はその心地よさを味わいながらも、信の気持ちに答えるために、良一もまた、信を抱きしめる。抱きしめると、ショートカットの信の髪から、いい香りのシャンプーの匂いが良一の鼻をくすぐる。
「俺も、文化部だし、運動苦手で、君より軟弱だけど、よろしくな!」
そうして、夕日が沈むなか、二人はいつまでも抱き合っていた。
――2ヶ月後――
「おっはようさーーん!良一♪信だよーぅ!」
学校へ通学中の良一に、早朝にも関わらず、異常とも思えるハイテンションの信が、嬉しそうに楽しそうに信が駆け寄る。良一も慣れているのか特に気にした様子も無く、笑顔で返事を信に返す。
「うん、おはよう信、今日も元気そうだね。」
「あったりまえだよ!ま、それより…良一…。」
その言葉と共に突然、信の目がキラーンと輝く。
「あたし達の恒例の朝の行事いっちゃう?」
「えっちょっ待てよ!皆が見てるし、せめてどっかの物陰とかで!」
信のしようとする事を一瞬で悟った良一は、慌てて信を止めようとする。しかし、信は目を輝かせながら、ゆっくりと力を溜め込むように、姿勢を低くする。
「ちょ、マジでやんの!?こ、心の準備!せめて心の準備だけはさせてくれ!」
「問答無用!今のあたしは神様でも止められないのだぁ!!いざ!そりゃああああああ!!」
そう言って信は、軽くジャンプして、勢いよく良一に抱きついた。
「いたたたたたっ!ちょっ!信!力入れすぎ!」
よろけて倒れそうになるのをギリギリでこらえながら、良一は信に軽く抗議する。しかし信は全く気にせず抱きついたまま、ち、ち、ち、と、指を振って言う。
「良一も分かってないなぁ、思わず全力で抱きしめたくなるくらいにあたしの愛情が強いって事だよ?」
それに、と、信は表情を少しだけ意地悪な笑顔にして続ける。
「良一、本当の所、毎朝あたしに抱きつかれるのが好きになっているでしょう?」
「ギクッ!そ、そ、そんな、そんな事、そんなこと、そんな…こと…。」
良一は、分かりやすい動揺と共に顔を真っ赤にした。
目まぐしく変わる良一の顔を見て、信はますますニヤーッと笑う。
「だって、あたし良一の彼女だも~ん。抱きついた感触とかで、そのくらい分かるよ?」
信はそう得意気に言い放ち、図星をつかれ恥ずかしそうな良一を満足げにニヤニヤ顔で鑑賞してから、再びしっかりと両腕で良一を抱きしめて言う。
「そんなに、あたしに抱きつかれるのが好きなら、今日は特別にいつもより長く抱いてやろ~う♪」
その言葉が終わらないうちに信は良一を抱きしめたまま、ほんの少し持ち上げて、ダンスを踊るかの様にゆっくりとその場を回り出した。ちなみに通学路を歩く他の生徒は二人を全力で何も見ていないかの様にスルーするか、妬みの視線(主に彼女のいない男子生徒)をぶつけるかの、二つに絞られていた。
「おいおい、朝から熱すぎるぜお前ら。」
「本当だね~でも、私達も負けてられないね!お兄ちゃん!」
「頼むから止めてくれ牡丹、俺は毎日、野郎共からの妬みの視線に耐えきれる自信が無い。」
と、そこで二人のイチャつきっぷりに、それほど動じて無い様子の互いに腕を組んだ男女二人が、過ぎ去っていく生徒達の間を潜り抜け、信と良一に声をかける。男の方は、良一と同じ制服を着た、くせっ毛の多い少年で、反対に少女は信とは違い、良一達の高校の近くにある中学校のセーラー服を着ていた。ちなみに少女は小柄で幼い顔付きなので、中学校の制服を来ていなかったら小学生と間違えそうだった。(まぁ胸は信よりも大きいので、無駄な心配かもしれないが)
「おお、おはようさん。太郎君、牡丹ちゃん。」
二人に気が付いた信は、若干、名残惜しそうにしながらも、そっと、良一を自身の腕から解放して、二人に挨拶を返す。と、その信の挨拶を聞いた瞬間、くせっ毛の少年、田上太郎は若干、不機嫌そうに言う。
「名前で呼ぶな、名字の田上で呼べよ、三咲。」
「本当の名前だから、いいじゃない太郎くん。」
「俺も別にそれくらい、いいと思うけどな。」
「全くだ、それくらい気にしちゃ駄目だぞ太郎。」
「そうそう、あんたは無駄に変な所にこだわるのよ。」
「うおっ!!渡に、志波!いつの間に!」
いつの間にか、会話に混じっていた、西部劇の保安官のような鋭い目付きの少年、石井 渡と、彼女自身の気の強さを強さを証明するかのように、つり上がった、眉と目尻を持つ少女、志波 三奈子に驚愕して、田上はバランスを崩して倒れそうになる。(無論、倒れる前にしっかりと牡丹が田上を支えた)
ちなみに、二人の着用している制服は、良一や信の着ている制服と全く同じで、同じ学校の同じ学年と言う事が見て取れた。
「むうぅ…、わ、私は嫌です。ちゃんとお兄ちゃんの事は、名字で読んであげて下さい。」
ふと、皆の意見が『別に名前で呼んでも良いじゃん?』的に解決しそうになった時、牡丹が軽く、頬を膨らませながら、言った。
「えっ、なんで?」
「どういう事なの牡丹ちゃん?」
良一と信が牡丹の発言に疑問を感じ、牡丹に答えを間う。すると牡丹は、目を閉じて、顔を赤くし、恥ずかしそうに答える。
「だって…お兄ちゃん、私がたまーに、『太郎お兄ちゃん♪』って言うと、すっごく恥ずかしがって可愛いんです。もし、お兄ちゃんが普段から名前で呼ばれる事に慣れて、恥ずかしがらなくなったら寂しくて嫌なんです。」
「あー、そりゃ、仕方ないね。」
「そうね、それなら仕方ないわ。」
牡丹の話に妙に納得する信と志波。
一方、良一、渡、田上の三人は固まってボソボソと話を始めていた。
「男が可愛いって呼ばれるのは…。」
「正直、どうかと思うぞ田上。」
「言うな、一番凹んだのは俺だ。くそぅ、道理でスキを付いた名前付きで呼ぶ訳だ、牡丹ェ…。」
男と女、それぞれの話題で盛り上がり始めた時
「ところでお前ら。」 ふと、自身の腕時計を見た渡が淡々と、しかし何時もよりは大きな声で全員に告げる。
「どうした、渡。」
良一が渡に尋ねた。それに、渡は静かに答える。
「まぁ、牡丹ちゃんの中学は10分ほど遅いからセーフだが…。」
「もう、朝のSH開始3分前だぞ?」
「「「「ぬぁなぁにゃいいいいいいいいいいいいっっっ!!!???」」」」
良一、信、田上、志波の声が重なる。
「ち、ち、ち、遅刻だぁー!!」
「ちょっと!渡!もっと早く言いなさいよ!」
「やべぇ、やべぇよ、俺、今月、これ以上遅刻したらやばいんだよ~。」
「あ、あたしも~。」
「お、お兄ちゃん、頑張ってね。私、応援してるよ!じゃあ、私も急がなくちゃ行けないし…。」
「うん…じゃあな牡丹…クソッ俺も中学生なら良かった…。」
「走るぞ、三奈子。」
ゴタゴタ騒ぐ一同を半ば無視して渡は、志波の手をしっかりと握って学校に向かって勢いよく走り出す。
「えっちょっ渡?って早!怖っ!」
「あっ置いてくなよ渡ぅ~!」
「くっそー今から走って間に合うかな?ってか渡、志波を引っ張ってるのに足早っ!」
「本当だーあたしでも追い付けそうにないやぁ。」
「信!そんな呑気な!」
「うおおおおおおっ!渡に負けるか!全!力!全!開!」
こうして六人それぞれの近所迷惑な雄叫びが朝の通学路に響き渡った(後に学校に苦情が来た。)
そして、彼等や彼女達の奮闘の結果、やはりと言うか何と言うか、滑り込みセーフで間に合ったのは、渡、志波(無理に走った、ためヘロヘロ)のコンビのみで、残りの三人は生徒指導部で罰を受ける事になった。
――昼休み・昼食――
「おお、いい天気だな。」
「ああ、いい天気だよな、ただ…な。」
「け、ケツ痛ってぇ~。まだヒリヒリするぜ。」
「ちょっと信大丈夫?さっきから、ふらついてるわよ。」
「う~ん、良一ぃ、オデコがジンジン痛いよ~額ナデナでして~。」
弁当を食べに、良一達が何時ものように学校の中庭に来ていた、が、渡と志波以外の三人は朝に受けた生徒指導部顧問の川元教諭(38才独身、年齢=彼女居ない歴)からの愛の(自称)お仕置き(男子は尻蹴り、女子はデコピン)によるダメージが今だに残っており、それぞれが苦い表情で尻や額をさすっていた。
「ってか、川元の野郎何なんだ?あきらかにいつもの数倍はキックに力が入ってたぞ。」
良一が自身の尻をそっとさする。
「あ~それなら、その理由みたいな事だったらあたし知ってるよ~」
信のその一言に全員の注目が集まる。
「先輩に聞いたんだけど、この前ね?先生達で合コンした時にねぇ、川元だけ何か、他の先生がいい雰囲気の中、全然場に馴染めなくて、完全空気?になってたらしいよ。もしかして、それでイライラしてたんじゃないかなぁ?」
「もしかしなくても、完全にそれだよ…信。川元…身内事の不満を学校に持ってくるなよ。」
「本当だぜ、生徒に八つ当たりするなんて最低だぜ!」
「まぁ、朝からイチャついてて、遅刻したお前らが、火に油だった事も十分に考えられるな。」
「そうね…本当、私は間に合って良かったわ…。」
ブツブツと不満を言う。良一と田上、冷静に自分の意見を告げる渡、渡の合いの手を入れる志波。そんな中、信はニコニコ笑顔で良一に近づいて言う。
「ねぇねぇ、良一。あたしにご褒美ちょうだいよ、ご・ほ・う・び♪」
「ご、ご褒美っ!?」
「そ、ご褒美。あたし良一が知りたがってた事をすぐに教えてあげたでしょ?だから、ご褒美♪」
信の言葉に良一は、一瞬悩み、
「こ、これでいいか?」
尻を擦ってた方とは反対の手で、そっと信の頭を撫でた。
「にゃ、にゃ~ん。ん、もう…良一ったら…積極…あん…的。」
「た、他人が聞いたら誤解するような事、言うの禁止!」
顔を本日最大の赤さにする良一を楽しげに見ながら、信はケタケタ笑った。
因みにこの絡みは数回続き、空いてたベンチ3台を確保した、渡達が呼びかけるまで、信は良一をからかい続けた。
「はい、良一、あーん。」
昼食中に信が、良一と食べている自身の手作弁当のご飯を箸でつまみ、笑顔で恋人たちの定番、あーん、を良一に求める。しかし、肝心の良一はいつもの様に照れて頬を染めずに、唖然としていた。
何故ならば
「あの、信?箸でつまんでいるご飯の量がどう考えても一口で食べられるサイズじゃ無いんですけど?」
そう、信の箸に捕まれたご飯は言うならば、まさに山だった。
それも、そのはず信の弁当自体が良一と信の二人分と考えても異常に大きく(高校男子が使っている弁当の二、三倍くらい)当然のごとく、弁当箱に入っているご飯やオカズの量もメガトン級であり、当然のように箸でつまめば大量のご飯やオカズが取れる。つまり信の箸につかまれた山ご飯は言わば必然、当前の事であった。しかし、しつこく言うが、その量がメガトンすぎて良一は完全に引いていた。
ちなみに田上と渡は、そんな良一を全く助けようとせずに半笑いで、互いに自分の恋人が作った弁当を食べながら見物していた。ちなみに志波にいたっては、本人はチラチラ見ているつもりなのだろうが、自分手作りの弁当を食べる渡を、うっとりした表情で凝視しており良一の事は目に止めていなかった。
「大丈夫だよ~、このくらいだったら簡単に食べられるって。」
そう言って良一にさらにご飯を近づける信。どうやら信には良一にあ~んをしてもらう以外の選択肢は無いようだった。「いや大丈夫じゃないよ!ご飯の量がデカイお握りの倍くらいは 「えい♪」 むぐっ!?」
信は抗議の声をあげるため、大きく開いた良一の口に、躊躇せず箸に捕まれた大量のご飯を突っ込んだ。
「むが!?むごー!むががががっ!むごー!(ちょっ、ちょっ!信!ご飯が多すぎて呼吸が出来ないよ!?窒息、窒息死する!!)」
信が口の中に突っ込んだご飯で呼吸困難になり、苦し気な良一、そしてそれを見た信は何故か顔を赤くしながら良一に言う。
「も、もぅ~仕方ないなぁ。そ、そんなに苦しいならあたしが口移しで「…ッはぁ!、いっ!、いいよ!ほ、ほら!飲み込めたし!」 信のやらんとせん事をコンマ一秒で理解した良一はマッハの勢いで口に入ったご飯を飲み下した。
「そう?だったら…。」
信は少し残念そうな顔をして、
「今度は、卵焼きをたべてね♪自信作だよ♪」
「えっ…ちょまっ…むがげっ!?」
良一の口に卵焼き(切ってない)を突っ込んだ。
幸せそうな顔で、再び頬を染めながら良一の唇を奪おうとする信、窒息寸前になりながらも、恥ずかしそうに抵抗する良一。それは、ある意味とても平和な光景とも言えた。
「…あぐっ…いつにまして幸せそうだな…むぐっ、うん、この煮物は上手いぞ美奈子……三咲と木戸は。」
「志場にあーんされた状態で喋るなよ。まぁ確かに三咲はそうだろうが、木戸は毎日これだと、いつか強引にファーストキスされるか、窒息死するかのどちらかだろうな…と、また牡丹からメールか。」
その様子を、渡は、志場に、あーんをされながら(信に影響されたらしく、志場から始めた。志場曰く『わ、渡がやってほしそうな目で見てたから、あーんしてあげるんだからね!私がやりたい訳じゃないんだから!』らしいが)田上は弁当にパクつきつつ、ひっきりなしに来る牡丹からのメールを返し(この昼休みだけですでに、70通目)じっと、良一と信のやり取りを見ているだけで良一を助けようとはしなかったし、助けようとも思わなかった。
そんな感じで、ゆっくりと昼休みは過ぎていった。
―放課後―
「じゃ、あたし部活に行ってくるね~。」
放課後、信は良一や田上達としばらく話をした後、別れ際に良一とイチャつき(影響されて渡と志場までもがイチャつき始めて、田上一人が白い目で四人を見ていた。)満足した信はゆっくり教室から出ていく、が、すぐに立ち止まり良一に向かって
「今日は6時くらいには終わるらしいから、いっぱいラブラブしながら帰ろうね~。」
と、最後に投げキッスまでしながら信は立ち去って言った。
ちなみに当の良一はと言うと、
「し、信、不意打ちでそれは…かなり…も、萌える…。」
予想外のアクションに堪えきれずに両方の穴から鼻血を流していた。
その後鼻血も止まった良一は田上達と別れて、暇つぶしのため学校の図書館に向かった。すると、運のよい事に、かなり面白いミステリー物の小説を見つけ、良一が一心不乱にその本を読んでいると、読了し終わる頃にはすでに5時半を過ぎていた。
「あ、まずい、そろそろ信の部活が終わる時間だ。」
良一は自分の荷物を手に取り、まっすぐに信の待つ女子空手部の部室に向かう、が、ふと思いつき足を止める。
「そーだ。せっかくだから信の奴喉渇いてるだろうし、自販機でジュースでも買っといてあげよ。」
良一が、自分の財布の中身を確かめると、数千円程の現金があった。ジュースの一、二本程度を購入するならば十分な金額だ。
「まぁ、俺ってやっぱり信が大、大、大好きなんだしな~。」
校舎内の自販機が設置されてあるスペースまでを、ゆっくりと歩きながら良一は呟く。
「まぁ、今日は体力も十分に残ってるし、帰りは俺から積極的に信にイチャついてみるか。」
まぁ、信が感動して数倍返し、ってオチになりそうだな。良一が一人で歯を見せて笑いながら歩いてると、やがて自販機にたどり着いた。良一は自販機に小銭を入れ、自販機に並べられていた飲み物、以前に信が大好物だと言っていたジュースのボタンに手を伸ばす。
その時だった
突如、良一の右後ろから伸びてきた筋肉質の太い手が自販機に取り付けてある返却レバーを引いた。その結果、当然のように良一の入れた小銭は自販機から出てきてしまった。
はっとして良一が振り返ると、良一の背後にはいつの間にか、ニヤニヤ笑う、やたらにボロボロの制服を着て髪の毛を派手な金色に染めた上級生らしき男が立っていた。さらによく見てみると、その男の背後にも取り巻きらしき、どう見ても校則違反な髪型をしていたり、金髪の男と同じくボロボロの制服を着た連中が五人程いて、良一が逃げられないように周りを囲んでいた。
「よおっ、可愛い後輩君!」
金髪の男が反吐の出るような醜い笑みを浮かべながら良一に話しかける。
「俺たちってさぁ、最近、マジ金欠で困ってんの。だからさぁ、優しいそぉ~な後輩君。君、気前よくカワイソーな先輩に有り金全部恵んでくんぬぇ?」
ニヤニヤ笑いながら、一応と言った感じで良一の返事を待つ金髪の男。
(ああ、昔の俺だったらここで財布渡していただろうな。)
良一は考える、何故、今の自分は彼らに財布を渡す気など微塵も無いのか、と。答えは分かっている信だ。
(俺は、信を…信を守ってやれるくらいに強くなりたいんだ!)
だから良一はキッパリと言う。
「嫌です、お金は渡しません。」
良一には分かっていた。
自分が勝てる確率などは殆ど存在しない事も
自分の小さな意地っ張りに過ぎない事も
それでも曲げる気は無かった。
「ふ~ん、それじゃあそれなりに痛い目見る覚悟出来てるワケ?」
金髪男が、ニヤニヤ笑いながら指を鳴らす。取り巻きの連中もニヤニヤ笑いながら首を鳴らしたり、わざとらしくのびをする。
良一は緊張で唾をゴクリと飲む。
こうして、良一の名誉の戦いが始まる
―30分後―体育館裏にて―
「く、くそ、いてて…いてっ…。」
体育館裏の暗闇の中で良一が苦しげに呻く。その姿は、制服は辺りの土が付いて泥まみれで、あちこち破けて穴が開き。良一の体も登場無事ではなく、身体中に傷が付き血まみれで、顔までが痣だらけと言う実に痛ましい姿だった。しかし、良一は連中が立ち去った事を確認してニヤリと笑う。握り拳にしていた右手を自身の目の前に動かす。
「な、何とか…これだけは守れたか…。」
良一が拳を広げると手の平には一枚の硬貨、500円玉が存在していた。勿論これは良一本人の物である。
「ど、どうにか…連中に…いてて…ばれずに済んだか…。」
実は良一は、金髪の不良に喧嘩を挑んだ時、保険のため気付かれないように自分の財布から500円玉を取り出し、今、この瞬間までずっと右手に握りしめていたのだ。そう、信のために。自身の作戦が成功した事を知って良一は、再び笑う。
「まぁ、財布に入ってたお金は取られちゃったけどこれだけあれば十分さ。」
そう言いながら良一はフラフラと立ち上がり、今にも倒れそうな歩みで再び自販機へと向かう。その間も全身の傷が痛み、何回も倒れ、そのたびに起き上がる。そのため、飲み物を買った良一が信の待つ空手部の部室が見えてくる頃には良一の体のケガは先程より明らかに増えていた。
良一が死力を振り絞りさらに歩みを続けると、空手部の部室入り口から信が飛び出して来た。
「えっ、ちょっ、ど、どうしたの良一!?傷だらけじゃない!」
信は、いまにも床に崩れ落ちそうな良一を優しく両手で支える。そして良一が落ち着いた所でそっと両腕で良一の体を抱き抱え、静かに良一の体を持ち上げた。つまり、
「え…ちょ…信。」
良一をお姫様だっこしていた。良一は恥ずかしさで頬を染める。
「保健室に行くよ!良一!」
信はというと、全くそんな事は気にせず。ついでに良一の体重も全く気にしてないかのように、風のごとく走って良一を保健室に運んだ。
「あの!大変なんです!良一が!……良一が大怪我を!」
片足で保健室のドアを開いた信は、開口一番にそう叫ぶ。保健室の中は担当の教師は不在で、代わりに保健委員らしき女子生徒が、切羽詰まった信の声を聞き、読んでいた本から目を離し、立ち上がってこちらを向いた。
「ええっ!大怪我!?……って、木戸君!?」
女子生徒は良一の姿を見て驚愕する。と、その言葉に聞き覚えのあった良一は、痣だらけの顔を女子生徒に向ける。
「風鳴さん?…。」
そう、良一は女子生徒、風鳴 真有とは中学の頃からの知り合いで今も会えば、それなりに話をしていた。しかし、風鳴が保険委員だったのは初耳で、良一は信の腕の中で少し驚いていた。
「木戸君、血まみれじゃない!三咲さん!木戸君をベッドに!あと木戸君に何があったか分かる!?」
「分からないよ、良一があたしの所来た時には、もう、こんなにボロボロだったんだ。ねぇ真有、どうすればいい?」
良一をそっと保健室のベッドに寝かし、悲しげに風鳴に尋ねる。
「う、うん、応急処置くらいは出来るけど…やっぱり病院で見てもらったほうが良いよ!」
「じゃあ、あたしが良一を病院に連れていく!良一、あたし荷物持ってくるから、ちょっと待っててね!」
そう言ったとたん信は走って保健室から出ていった。信が去った後、風鳴はそっと起こし、傷の一つ一つを丁寧に消毒液の染み込んだガーゼで拭いていく。
「三咲さんって本当に木戸君の事が大好きなんだね。」
軽く微笑みながら風鳴が呟く。
「う、うん、そうなんだよね……俺も、同じくらい…信の事が好き、だけど…。」
良一は少し恥ずかしげに言う。
「…本当は、私も…木戸君の事が…。」
その時、風鳴の口調が変わる。優しげなそれ、から何かを決心したように。
「えっ?」
そして、その事に良一が気がつき、反応する間もなく
風鳴は良一に近づき
軽く、撫でるように
良一の頬にキスをした。
良一の頬に伝わる生暖かい感触。
「っえええええええええええええええっっ!?か、か、か、かざなさん!?」
激しく動揺する良一。それとは対照的に、風鳴の目にはうっすらと涙が滲んでいた。
「ごめんね、こんな事しちゃって。でも……でも…木戸君には、どうしても、どうしても私の気持ちを伝えて起きたくて……。」
「風鳴さん……。」
風鳴は目からこぼれ落ちる涙をぬぐいながら優しく微笑んだ。
「木戸君、私の事は忘れて三咲さんと幸せになってね。」
良一は何も答える事が出来なかった。
それから、程なくして信が保健室に帰って来て、良一は信に連れられ病院に向かう
の、だが…
「あの~、信?」
午前中にも似たような事を言った様な気がする言葉だな、と、思いながらも良一は信に尋ねる。
「ん~?なぁに良一。」
信は穏やかに、楽しそうに答える。
「なんで俺、まだお姫様だっこされてんの…?」
「ん~良一、足首痛めてるのに病院まで歩かせるのはちょっと可哀想だったからってのもあるけど…。」
信は少し考えてから、良一に笑顔を向けて言う。
「まぁ、大元はあたしがやりたいからかな。」
「そ、そう…。」
自信満々の信に気圧され、良一は何も言えない。と、その時、良一はある事に気が付く。保健室に運ばれる時には気付かなかったのか、信の手の平を良く見てみると、横一直線に並んだ小さな傷が、それぞれ五ヶ所ずつ両方の手に出来ていた。何気なく良一は信に尋ねる。
「なぁ、信。この手の平の傷は何?いつケガしたんだ?」
その途端、びくん、と信の体がはね、気まずそうに信は言う。
「あ、あ~それね、今日の空手の試合でテンション上がっちゃってね…気付いたら出来てたんだ。」
そこで信は言葉を止め、不安そうに良一に聞いた。
「あの…その、良一はイヤだった?あたしの手、傷が付いてて…。」
良一は、そんな信を見て、安心させる様に笑顔で言う。
「そんな事で俺が信を嫌になるわけないよ。今も、ただ信が心配だっただけさ。」
良一の言葉に今度は信の体がプルプルと震えだす。
「りょ、りょういちぃ~~……あたし感動!」
「うわっ!?」
信は良一をお姫様だっこしたままで、その場でジャンプしながらクルクル回りだす。
「わあああっ、信止めて!目が回る!あと、凄い恥ずかしいよ!歩いてる人に見られてるし!」
「関係ない、関係ない~♪よ~し次はダッシュだ~!」
「ちょっと、信~!」
結局そのまま信は病院に着くまでテンションが下がらず、良一にとってはとんだ羞恥プレイとなった。
ちなみに良一のケガは骨などに異常は無く、幸いな事に3日程の自宅安静で済んだ。
そして、そんな良一を気遣い信は当然として、学校帰りに田上達も良一の家に訪れ、良一を励ました。
ちなみに、お見舞いに志場と牡丹の二人は手作りのクッキー(信が八割程食べてしまい、良一が涙目になる)だったのだが何故か、田上と渡の二人は、渡がジョジョの奇妙な冒険全巻(多すぎて良一の部屋の本棚に収納不可能)。田上がゲームキューブとピクミン(近くのゲームショップであり得ない程安売りしていた中古品)を持ってきて、二人揃って良一のスーパーツッコミチョップを食らう羽目になった。
(ちなみに良一と信はこの後、ジョジョとピクミンに夢中になったらしい。)
この時は、
この時だけは良一は自らが休んでいた3日の間に何が起こるのかは、全く知らなかった。
―三日後―
「おっはっよぉー良一!ひさしぶりだね!」
「ひさしぶりって…1日だけ見舞いに来た田上とかならともかく、信は三日間ずっと、部活終わりには家に来てたじゃん。」
「そんな事、カンケー無いよ~だ。」
信は、そう言いながら気持ち良さげに良一に頬擦りをする。それに負けじと牡丹が田上に、博愛固めを決め(田上が説得するが逆効果でかなり長い間、田上は牡丹に抱き付かれていた。
)さらに、志場は渡にツンとデレを交互に出しながらのキスねだり(渡は0、2秒程悩んで、志場の頬にキスし、志場は興奮のため気絶しかけて渡に支えられた。)と、なんともカオスな状態で朝が始まった。
そして昼休み、いつものように彼氏の物と自分の弁当を取りだそうとしている志場と信に田上が言う。
「おぅ三咲に志場、悪ぃが、今日はお前ら抜きで、男三人でメシ食わせてくれないか?」
と、唐突に言った。その言葉に信はキョトンとした、志場は訝しいげ表情をする。
「えっ、なんでまた急に?」
「なんなのよ一体、それなりの理由があるんでしょうね?」
「うむ実は昨日、本屋でこれを見つけてな。」
渡が二人の質問に答え、自分の鞄から一冊の雑誌を取り出した。
その雑誌には良一達のギリギリか、もしくはちょっとアウトな面積の水着を着て、艶かしいポーズの女性アイドルの写真が貼られていた。
「これを、男三人で食事しながらゆっくりと鑑賞しようと思ってな。」
堂々と雑誌を持って言い放つ渡に、一瞬、固まっていた信と志場だったが。
「そっかあ、まぁ男のだしね、しょうがないね!あたしは三奈子と教室で食べてるから気にせず鑑賞してなっ!」
と、信は笑顔で、そして三奈子は
「ま、まぁ、渡がそんなに見たいって言うなら今回は許してあげなくもないわ。と、特別なんだからね!」
と顔を赤くしてプィッと渡から視線を外し(でも、視線だけで渡を二度見している)信を連れて、良一達から離れて行った。
「さて、行くか…。」
「ああ……。」
二人が立ち去ったのを確認した田上と渡は、教室から出ていく。それを見た良一も、慌てて信から貰った弁当を手に持ち二人に付いていく。
二人の背中からなにか緊迫した雰囲気を感じ取って。
屋上に到着するとまず田上が『先に弁当食っとけ、たぶん…食欲無くすから…』と、いつになく神妙な顔付きで告げ、三人共、無言のまま素早く弁当を掻き込む、田上と渡からは、やはりいつもと違った重く張りつめた雰囲気が漂っていた。数分が過ぎて、全員が弁当を食べ終わる時に、田上が重い口を開いた。
「実はな…秘密にしていたんだが、お前が休んで2日目の夜にお前をボロボロにした不良共とその仲間30人程がたった一人に襲撃されて全員、最低でも全治一ヶ月以上の大怪我、即、病院行き…って事が起きたんだ。」
「俺は何となく嫌な予感がしてな、話を連中から聞こうと思って、田上と入院している病院に行ってみたんだか…。」
田上の話に途中から渡が入り込み、冷静に自分の見た真実を良一に伝える。
「酷い状況だった…
昨日今日まで最強を名乗って好き勝手やってた連中が、皆、涙を流して、体の痛みを訴え、同時に何かに恐怖していた。」
「特に、お前を襲った中心角の連中が徹底的にいたぶられたらしくて無惨な状態だった。
ある奴は、指の骨という骨を折られ、ねじ曲げられていた。
ある奴は、コンクリートで顔を、もみじおろしにされたらしくてな、顔中ズタズタで瞼と唇と鼻無くなっていて、舌は半分しか残って無かった。
そして、リーダーらったらしい金髪に染めてた奴に至っては、手足を180℃以上ねじ曲げられ、歯と肋骨の骨を全部折られて、さらには頭蓋骨は砕かれ、おまけに右目が完全に抉り取られていた。
……俺が言うのも何だか、あれじゃあ死んだ方が少しはマシなようにも見えたな。」
渡の口から次々と飛び出す衝撃の言葉に
全く思考が追い付かず
ただ、ただ、良一は呆然としていた。
「俺達が病院に送られた連中から何とか話を聞き出すと、全員が口をそろえて『馬鹿みたいに強い、同じ年くらいの女にやられた』とて言った。」
渡は、そんな状態の良一を気にせず、いや、気にしない様にしてさらに話を続ける。
「それで、だ。少し話は変わるが、俺の知り合いに、この事件の犯人らしき女を見たって言ってる奴がいるんだけどな。」
田上が再び語り始める。良一は相変わらず何も言えず、ただそれを聞く事しか出来なかった。「俺、なんか嫌な予感がしてな、お前には悪いとは思ったんだけど、信の写ってる写真を知り合いに見せて見たんだ…そしたら、あの…えと。」
「『間違いない、現場にいたのはこの子だ。』と、言ったらしい。」
言いづらそうな田上に変わって渡が言う。その言葉を聞いた直後、良一の顔には明らかな動揺があらわれた。
「お、おい、待てよ、そ、それじゃあ、まるで…まるで…。」
「残念ながら、話はそれだけでは無い。つい昨日、急に風鳴が学校を辞める事になった。」
良一の言葉をさえぎり、渡が再び語り出す。そね内容に思わず良一は口を止めてしまった。
「あまりにも急な話で俺も妙に思えてな。田上を連れて風鳴の家を訪ねてみたんだが…。」
そこで渡は語りを止め、顔を横に向ける。その顔には静かな、しかし沸き出すかのような怒りが表れていた。
「……風鳴は、鼻の骨を折られたらしく、鼻があり得ない方向にねじ曲げられたうえに歯を殆ど折られていてな、顔の他の部分も酷い痣で腫れ上がっていたよ……。医者には、元の顔に戻せる確率は、とても低い、って言われたらしい……。それほど酷く殴られたみたいだな。
もちろん風鳴は、心にも深刻なダメージを受けていたよ。」
渡は外していた視線を戻し、しっかりと良一の目を見て、静かに告げる。
「俺は、風鳴に『いったい誰がお前に、そんな事をしたんだ』と、聞いた。当然すぐには答えてくれなかったが、田上と共に風鳴を宥めつつ、三時間粘って、誰にも言わないとの約束で帰って来た答えが。」
「自分を襲ったのは、三咲さんだ、とよ…。」
その瞬間良一の思考は停止し、良一は何も言えなくなった。親友とも言える二人からの話が信じられずに、自分から見て、とても可愛いくて心優しい信がそんな事をするのが信じられなくて。良一は何も言う事が出来なかった。
「木戸、残念だが、これが俺達の知る限りの真実だ。」
渡も太郎も、その言葉を最後に口を閉じ、良一自身の答えを待つかのように、良一を見つめた。良一は静かに思考を巡らせる。
(嘘だろ?…信が…なんで…どうして?…でも…渡が嘘を付くなんてありえない…でも…でも…もし…もしもこの話が本当なら…俺は…俺は…!)
「俺は、信にこの話が本当かどうかを聞きにいく。もし、信が本当にお前らの言っているような事をしているみたいだったら、信に罪を償わせる。」
だって俺は、良一は吐き出すかのように言う。
「信が大好きだからっ!」
その言葉に田上と渡は真剣な表情のまま静かに頷く。
「ん、悪くない答えなんだと思う。だが、少し甘いとも思えるな。」
渡はそう言って、学生服の上着のポケットから一本のバタフライナイフを取り出して良一に手渡す。良一は仰天して、思わず渡に突き返そうとするが
「経験から言って、そういう行動をする女は非常に危険だ。三咲の場合はまだ大丈夫だとは思うが…護身のため、あくまで護身のために一応持っておけよ、な?」
渡のごく真剣な表情に押され、逆らえずにそのまま受け取っておいた。
「じゃあ、頑張れよ木戸。」
その言葉と共に、渡を連れ、田上が屋上から出ていく。 と、立ち去ろうとする二人に良一が呼びかける。
「あ、あのな、もし、もしも信がシロだったら、お前らを俺が気絶するまで部を殴るけどいいよな!?」
その言葉に二人は振り返り、苦笑しつつ。
「ああ、なんか自分でもドMみたいな言葉だとは思うが、ぜひ殴ってくれよな木戸。」
「うむ、俺もだ、友をここまで悲しませておいて、気絶するまで殴る程度じゃまだ甘い用に思えるくらいだ。」
そして二人は
俺達が殴られる事を祈ってるぜ。
と、言い残し、屋上から立ち去った。
二人が去った後、良一はすぐさま信にメールを送る。
『今日はたしか部活が休みだよね?放課後、一人で空手部の部室に来てくれない?用件はそこで話す。』
すると数秒程で、信からのメールが返ってきた。
『もちろん良いけど、何の用事か、気になるなぁ~。今、直接、あたしに言えないような事なの?まぁ、期待してるよ♪』
どうやら、さすがに信はまだ気付いていないようだ、良一は安心すると同時に後ろめたい気分になり、携帯から目をそらして空を見上げた。
真上で輝いていた太陽が少し傾き始めていた。
-放課後―
渡から貰ったナイフをしっかりと、制服の右の内ポケットに入れて良一は、静かに信の待つ、空手部、部室のドアを開いた。
「もぅ、良一ぃ自分から言い出したのに、ちょっと遅いぞぉ。」
信は、すでに到着しておりドアを開けた瞬間、からかうようにそう、良一に言いながら信は笑顔で良一に近寄ってきた。どういうわけか上下に体操服に着替えている。
「…信、なんで体操服に着替えてるんだ?」
良一は思わず、目の前の信に尋ねる。すると信は、自身の唇に軽く指をあて、左目でウィンクしつつ、
「う~ん、な・い・しょ・♪」
と、優しく良一の耳元でささやいた。そんな信の何気ない動作に、良一は心が暖まる一方、これから自分が言わんとせん事が、どちらにしても信を気付ける事になると想像し、暗い気分になった。
しかし、良一は勇気を奮って話を始める。「あ、あのさ、信。今日は凄く真面目な話をしたいんだ。聞いてくれる?」
すると信は何かを勘違いしたのか、期待に目を輝かせる。
「う、う、うんっ!い、いいよっ!どんと来いっ!!」
そんな信に再び、いたたまれない気持ちになるもの、良一は、信のため、しいては自分のためだと考え、話を続ける。
「あのさ…。」
「うん!うんっ!」
「信が、俺を襲った不良達に大怪我させたり、風鳴さんの顔を殴ってメチャクチャにしたって本当?」
「えっ……………………?」
「田上と渡から聞いたんだけど、俺、どうしても信の口から本当の事を聞きたくて。」
「…………………………………………っ、くっ。」
「なぁ、信、誰にも言わないから教えてくれないか?……信?」
「っ、くっあ、あっはははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははっははははははははははははははははははははははははははは
はははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははHAっははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははは
はははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははっははははははははははははははははははははは
はははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははh、っははははははははははははっっ!!!!!!」
突然、信が狂ったかのように笑い出した。その瞳の色は暗く、良一にはとても信が正気のようには見えなかった。
「ひっ!し、信!?」
信は楽しげに笑いながら喋る。
「アハッ、そっか、そっかあ、もう、ばれちゃったかぁ!そうだよ良一!大正解だよ!あのカス以下のゴミ屑共と薄汚い雌豚に制裁を与えたのはあたしだよ♪」
良一はそんな信に背筋が凍り付き、一歩、後ろに下がる。信は気にせずさらに続ける。
「当たり前でしょ!?良一の綺麗な体に傷を付けた奴なんて生きてる価値がないんだよっ!?だから、本当はあのゴミ屑共の内蔵を一人一人、取り出して少しづつ踏み潰しながら、数時間かけて生まれた事を後悔させながら殺してやりたかったんだよ♪でも、まぁ、あんなカス共でも、あたしが殺しちゃったら良一が悲しむと思って、あれぐらいで妥協したんだ♪あたしって本当に優しいよねっ♪ぎゃはははっ!
あっ、あの雌豚はもっと最悪だよ!だって、あたしだって良一にキスした事ないのに!それを横からわけのわからない理屈つけて!あたし、悔しくて爪で自分の手の平に傷を付けちゃったんだよ!あ~もうとにかく、死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ねっ!!!
あっ、でもあの顔じゃあ女として死んだも同然かな!?やったよ良一、薄汚い雌豚が死んだよ~。バンザーイ!バンザ―イ!けけけけけけけけっ!!
ねっ、どう良一、ゴミも殺さないあたしって、すっごく優しいでしょ!?褒めてよ、褒めてよぉ~♪ねっ?ねっ?」
信は、そう言いながらゆっくりと良一に近づいてくる。その姿に良一は完全に恐怖し、我を忘れて叫ぶ。
「くっ、来るなっ!来るなよ!信、お前はおかしいぞ!狂ってる!俺に近づくな!」
しかし、信は気にせず、わざとらしく不思議そうに首を傾げる。
「あれー?良一、酷い事言うねぇ、許すけど。じゃあ、そんな悪い良一には、お仕置きだよぅ♪」
信は、その言葉と共に体制を低くし、良一を捕まえるようなポーズを取る。その口からは涎が、溢れ出して地面に垂れていた。
良一は、信の捕食者のような目付きに怯え、恐怖のままに自身に出来る最高のスピードで内ポケットのナイフを「遅いよ、良一♪」
「 !?っ!」
その瞬間、信が軽くジャンプして、良一の左手が内ポケットに入るより先に信が右手で良一の左手首をつかみ、異常な力で握りしめた。
ギシッ!ギシッ!ボキボキボキッ!
その強靭な力に良一の骨が悲鳴をあげる。
「ぐっ!ああっ!ぎゃああああああああああああああああああっ!!し、信!やめろっ!やめてくれえええええええっっ!!!」
涙を流して信に懇願する良一、しかし信は
「ん~♪さすがは良一。すっごくいい声で鳴くねぇ♪やっぱり、あいつらと全然違うよ♪もっと聞きたいなぁ…。」
と、うっとりした表情で良一の悲痛な叫びを聞いており、手の力を緩めない。
良一はもはや半狂乱になりながら、右手で内ポケットに入ってるナイフを取りだそうてしていた。しかし、その気持ちとは裏腹に、全くナイフを取り出す事が出来ない。
「良一ぃ、右手じゃ、右手の内ポケットに入ってる物は取り出せないよぉ?」
信は、ニタリと笑い、容易く良一の右手も空いた左手で、つかみそのまま良一を床に押し倒した。
「た、頼む、頼むから、信、もう止めてくれ、ゆ、許してくれ、許してくれよぉおおっ!」
もはや恥も外観も捨てて、涙を流して、信に訴える良一。そんな良一に信は、自身の舌で良一の涙を舐めとり、母が子をあやすように優しく告げる。
「そんなに怯えなくても大丈夫だよ良一。これから、確かにあたしは良一にお仕置きをするけど、大丈夫!愛情のたっぷりのお仕置きだし、全然痛くないよ♪」
信は、そう言って自分の桃色の唇を舌で舐めて潤し、囁くように良一に言った。
「さぁ、良一、あたしがいなくちゃ生きていけない体にしてあげるよ………。」
「うっ、うわあああああああああああああああっ!!」
そして、部室の壁に映る二人の影はゆっくりと一つに重なっていった。
―終章、夕日の中で―
楽しげに歌う鼻歌と水音が空手部のシャワー室から部室内へと響く。部室内にはすでにオレンジ色の夕日が差し込んできていて、部室を明るく照らしていた。
そんな中、良一は倒れたまま未だに泣いていた。もはや疲労で良一は指一本動かせない良一には泣くことしか出来ないのだ。そして良一は泣きながらも考えていた。少なくとも、初めは、俺と信はごく普通のカップルに過ぎなかったはずだ、自分から見た信は、可愛くて、甘えんぼで、心優しい女の子だったはずだ、それが…どうして…どうして…。そう考えるたびに良一は再び涙を流すのであった。
と、先程から聞こえてきた、水音と鼻歌が止まる。それから数分後、汗などで汚れた体操服から、学生服のセーラー服に着替えた信がシャワー室から出てきた。信は晴れやかな顔で言う。
「あー気持ちよかったぁ。良一ぃ、良一もシャワー浴びた方がいいよ?ほら、汗とかが後々臭くなってきちゃうからね。
それとも、シャワー入る体力も無いんだったら、あたしが一緒に入って手助けしてあげようか?」
信は、そう言いながらゆっくりと良一に向かって歩いてきて、やがて良一の元へとたどり着くと、そっとかがんで。
「んっ………。」
良一の唇にキスをする。すぐさま舌を入れ、十秒たっぷりとしてから唇を離して、優しく良一を抱きすくめた。
「良一、あなたが大好き。世界で一番あなたの事を愛している。だから…。」
信は、そこで優しく良一を見つめる。その瞳は相変わらず真っ暗だ。
「ずっと、ずうっ~と一緒だよ…。ね?」
良一はその優しい言葉に、天使の姿をした悪魔に、涙を流しつつ、服従するかのように、首を縦に降った。
木戸 良一
彼の精神が元に戻る事は二度と無かった。ただひたすらに恋人の信を愛するだけの存在になったのだった。
しかし、そんな彼が狂いながらも非常に幸せそうに見えてしまったと、後に、非常に苦い顔をした田上と渡が語ったという。
次の話が40%程出来ているので出来るだけ早く更新出来ると思うのですが…頑張ります(^-^;)