第十一ヤンデレ タイプ(双子)
何とか更新しました……来年も更新をがんばりたいです
「はぁ……まだ着かないのか?」
身体中から流れる汗を拭い、息を切らせながら既に今日だけで同じ事を何回言ったか、数えきれないと考えながらも、俺、牧野隆平は再び口にした
事の発端は一ヶ月前、赤点ギリギリで自信なんてあるはずも無い勉強に追われながら折角取った免許を試そうと、下手に夢を見て放課後のバイトでちまちまと貯めた金で新車のバイクを購入し、さぁ早速、試運転だと意気揚々と近くの川原で走り出したした所で早速転んで事故。
と、言う冗談であってほしいような事をやらかした俺は、幸いにも場所が川原だった事もあって怪我人は俺一人で済み、河原に転げおちながも何とか生還した俺のバイクも何も壊す事は無かったのだが、転げおちたバイクの修理にはバイク購入で大出費をした俺には泣きたくなるような数の金額が必要になり、それで高額のバイトを探そうと気ばかりがやたらと焦って
『夏休みには緑溢れるコテージに泊まり込みで楽しくアルバイト! お給料もはずんじゃうかも……!?』
と、今になって考えればそんな、どこか胡散臭さが滲む求人募集の広告に釣られて応募して電話面接で見事に採用された訳だが、現在、俺は応募したことを盛大に後悔していた
「『緑溢れるコテージ』って、湖畔付近かと思ってたら、山のど真ん中かよ……しかもバスも無いし……」
そう、俺は今、汗を流しながら申し訳程度、人が歩ける程度には整備された山道を汗を流しながら、もう小一時間近く歩いていたのだ。冷静に考えれば求人表に書かれてた仕事場の所在地を録に見ず『楽しいアルバイト』と『お給料がはずむ』という不確かな情報にホイホイと釣られた俺が2対8くらいで割合で悪いのだが、それでもなお車が通れないような細く所々に段差のある道を、泊まる用のクソ重い荷物を背負って歩く俺の口からは文句が出ずにはいられなかった
「少し……少しは休みたいな……」
歩き続けでいい加減に体の疲労も限界が近くになってきた。腕時計に表示される時間を見る限り、余裕を持って家を出たのに、馬鹿らしい事にこのまま真面目に歩いていても奇跡でも起こらない限りは指定された時間までにはコテージに到着しそうには無い。
それを察した俺は早々と指定された時間通りに到着するのを諦め、道の途中で何処か休憩出来そうな場所は無いか視線を注意して動かしながら歩くスピードを弱めて歩き出した
「おっ……?」
そうして歩くと幸いな事に休憩出来そうな場所は直ぐに見つかった。
俺が歩く道から少しだけ離れた草や俺の膝ほどの背丈の小さな木々が並ぶ緑色の塊の中、分かりにくいが、よくよく見てみればその塊の一角、ざっと畳三帖程の空間が綺麗に切り開かれ、その下にはビニール性のカラフルなシートが敷き詰めてあった。更に丁度良い具合に、その開いた空間の真上からは枝の繁った木の枝が伸びて自然の傘のようになって直射日光を防いでいた
「おお、こりゃあいいな……」
既に体の疲れが限界近くまで達してした俺は、そこが明らかに誰か人の手に作られた場所だと言うのも考えるのも忘れて都合よく現れた休憩場所に食い付き、服が傷付かないよう注意しながら小さな木々を抜けると『少しだけ』と、自分を言い聞かせると背負っていた荷物を置き、俺はビニールシートの上に寝転がった
「ふぅ、よ……っと」
身軽になった体でふと真上を眺めて見れば、朝に少しだけ空を覆っていた雲は一つも無くなり綺麗な青空だけが広がっており、耳をすませば山鳥や虫の声が澄んで聞こえ、深呼吸をすれば新緑の良い香りが鼻孔に入り込んできた
「ふわぁ……」
そんな自然の奏でる雄大かつ音を聞いていた俺は、体の疲労もあったせいで導かれるままに眠りの中へと落ちて行くのであった
◇
「……がお~! こら、おきろ~! もし、おきないと……た~べ~ちゃ~うぞ~!!」
深い眠りの底にいた俺は、何やら妙なイントーネーションの小さな女の子の声と、先端を丸めた指ほどの太さの棒が脇腹のあちこちをつつく感触で意識を呼び覚ました
「ふふ、目をさましたな。ふふ、私はこの山の神だ……」
俺が目を開いて見ると、何故か雨も降ってないのに着なれた様子の鮮やかな緑色の雨ガッパに耳を包み、顔には紙製の手作り感が溢れ、例え赤ん坊が見ても泣かないと思えるほどにファンシーにデフォルメされた鬼の面。そして右手には武器のつもりなのか木製のけん玉を持ち、玉は糸を絡めて自身の手首で止めており。けん玉の剣先を僕に向けていた
そんな主旨が掴めない珍妙な姿をした、身長からして小学校中学年程の少女が得意気な様子で聞いてもないのに自己紹介をしながら俺に話しかけてきた
「おまえは私のナワバリに入ってしまった……。が、まだチャンスをやる。命がおしいのならば、すぐにここからでていけ!」
少女の姿に呆気にとられている俺にかまわず、語調を強めてそう次々と口にしていく。と、そこで珍妙な姿の少女は再びけん玉を構え、その先を俺の無防備な脇腹に向けた
「もし、言うことを聞かなかったら……た~べ~ちゃ~うぞ~!!」
そう言うと、懸命に低い背を伸ばして俺に身を寄せながら、寝起き直前に聞いた妙なイントーネーションの声でけん玉の剣先で俺の脇腹をつついてきた
行動や発言から考えてどうやら俺を脅しているつもりのようだが、何とも言えない独特のイントーネーションや妙な服装に、小柄な体。そして武器がけん玉と言う大胆過ぎるチョイスの少女は、いくら贔屓目に見ても怖がる奴は皆無だろうと思った
「み、美亜ちゃん……やっぱりこの作戦はムリだよっ!」
と、俺が珍妙な姿の少女の対応に悩まされてた時、今まで隠れていたのか、その少女の背後の背の高い草むらを音を立ててかき分け、俺の目の前の珍妙な姿の少女と良く似た背丈で、地味目のミニスカートと肩より少し伸ばした銀髪、そして幼いながらも少し儚げな顔付きが特徴的な少女が姿を見せると、珍妙な姿の少女を心配するような口調でそう叫ぶ
「い、今、出てきちゃ駄目だよ美雲! せっかく上手く行きそうなのに!」
と、先程まで俺と話していた時のような妙な発音の口調が抜けて素に戻る程に慌てた様子で、美亜と呼ばれた珍妙な姿の少女が草むらをかき分けて現れた少女、美雲に呼び掛ける
「でも美亜ちゃん……その人、全然美亜ちゃんを怖がって無いよ?」
それに対し、美雲は俺と美亜の顔を交互に見比べると、落ち着いた口調でそう美亜に告げた
「ええぇっ!? そ、そんなことないよっ!!」
その一言に美亜は盛大に慌て、分かりやす過ぎる程に動揺すると、慌てて起き上がりかけた俺の方に再び向き直った
「がおーっ!! どうだぁ! 怖いぞーっ!!」
そのまま目の前で美亜は、体を大きくしようと見せているのか屈伸しながらそう大声で叫ぶ。が、当然の事ながら俺より小柄で高く可愛らしい声で、しかも武器らしい武器は木製のけん玉の美亜はどう間違っても怖いなどとは思う訳も無く、俺は呆然としながら体を動かしたりけん玉を特撮ヒーローのように構えて何とか怖がらせようとする美亜を眺めていた
「うー……少しは、こわがれよぉ!」
暫く、そうしていると遂に癪に触ったのか、美亜は鬼のお面を脱ぎ捨て、涙目でそう俺に怒鳴り散らした。
その下から出てきた素顔を見て、俺は思わず『あっ』と声をあげた
なんと美亜の顔はまるで鏡で写したかのように、それでこそ美雲との数少ない違いの、肩より少しだけ短い髪と、明らかに美雲より元気の良さそうな顔立ち(今は、目尻に涙を浮かべているが)に気が付かなければ、どっちがどっちであるのか解らなくなってしまう程に二人は似ていた
「お兄さん、ごめんなさい……美亜ちゃん、作ったその服で『追い払えるかどうか試したい』って言って……」
そんな風に俺が美亜の姿に驚いていると、美雲が歩いて俺と美亜の間に割り込むように立つと、そう言って深々と頭を下げた
「……何だよぅ……美雲だって妹ならお姉ちゃんを手伝ってくれても良いじゃないかぁ……」
そんな美雲を見て美亜は涙を必死で拭き取りながら拗ねたような口調でそうぼやき、二人の会話で俺は美亜と美雲が双子の姉妹。それも一卵性双生児の双子だと言う事に気が付いた
「……ってゆうかね! そもそも私と美雲の『ひみつきち』に勝手にはいっておひるねしていたお兄さんが悪いんだよ!」
と、俺が美亜と美雲の漫才のようなやり取りを見ていると、まだ目は赤いものの一応は泣き止んだ美亜がキッと俺を睨み付けてそう言う
「秘密基地……? あぁ、そういう事か……」
美亜の言葉を聞き、俺はそう納得したように呟く。一休みする前は気が付かなかったが、良く見ればビニールシートの端あたりには、ままごとに使うような道具や色とりどりのおもちゃが入った一つのクリアボックスが重しの代わりのようにそこに置いてあった。しかも、ご丁寧にクリアボックスにはマジックペンで『みあ』、『みうん』と二人の名前まで書いてある
「あー……美亜に美雲? 悪いなぁ、つい疲れてて……このとおり」
とりあえず状況から判断して明らかに二人の秘密基地に勝手に入って、これまた勝手に昼寝していた俺が悪いので俺は素直に自分の非を認めて、よろよろと起き上がると二人に向かって頭を下げた
「ふん……今日だけはゆるしてあげるけど、次はないからね……!」
「わざわざ、ごめんなさい……お兄さん」
俺の謝罪に美亜は何処か納得していないように頬を膨らませながらもそれを受け入れ、美雲はそう言って丁寧に俺にお辞儀を返した
「……ところでさ、何で……えっと、その、おにーさんは……」
と、そこで美亜が何か気付いたように話そうとし、突如どこか言いにくそうに口を詰まらせる
「……あぁ、俺は隆平。本名は牧野隆平だ」
そんな美亜の様子を一瞬は疑問に感じたが、ふとまだこの姉妹に対して名乗っていない事を思いだし、俺は腰を少し落として二人に視線を合わせるとそう自己紹介してみせた
「これは、丁寧な自己紹介をありがとうございます、隆平お兄さん。私は美雲、美亜ちゃんの双子の妹、山室美雲です」
「私は、美亜! 美雲のお姉ちゃんなんだよ!」
俺の自己紹介を受けると美雲は丁寧にお辞儀をすると、子供特有のあどけないながら落ち着いた笑みを浮かべて名乗り、美亜はそれと正しく正反対と言った感じに元気一杯かつ良く言えばかなりスッキリとした自己紹介をした
「それで隆平お兄さん。さっき美亜ちゃんが聞こうとしていたんですが……何故、お兄さんはたくさんの荷物をしょって私達のひみつきちで、お昼寝してしまう程に疲れていたのですか? よければ美亜ちゃんだけじゃなく私にも教えてください」
と、お互いに自己紹介を終えると美雲が先程、美亜が言わんとしていた言葉を代弁するような形で俺に質問してきた
「えっとだな……俺はこの上にあるコテージに働きに来たんだけど……」
そんな美亜、美雲の恐らくは全くの悪意が無い純粋な問いかけに俺はこっ恥ずかしさに悩みながら、しかし二人より少なくとも5才以上は年上の俺が二人の秘密基地に勝手に上がり込んだ上に昼寝していたと言う事実がある以上、二人に対して軽々しく嘘を語るのも人道的に考えても行う事が出来ず、結果ありのままの事実を二人にも分かりやすいように一部を噛み砕いて説明した
「……って、事はウチに夏休みのあいだ働きに来る。って、お父さんが言ってたのは……隆平にーちゃん?」
俺の話を何回か聞き返しながら考えていた美亜は、そう確信していない様子で聞き返した
「お父さん……!? って、事は君達は……」
「ええ、隆平お兄さんの考えてる通り私達は、隆平お兄さんが目指しているコテージ『マウンテンアイランド』のオーナーの山室映治の娘です」
そう美亜の言葉に思わず呟いた言葉を、美雲が軽く微笑みながら肯定した
「ところで隆平お兄さん……私からもいっこだけ聞いてもいいですか?」
と、そこで美雲は少し迷い、躊躇うように口を開いて俺に尋ねる
「あぁ……いいけど……」
そんな美雲の行動を少し妙には感じていたが、特に俺は深くは考えず、軽く頷いて美雲に質問の続きを促した
「隆平お兄さん、お父さんのコテージに行くためにこの道をずっと歩いてきた……って言いましたけど……」
俺に促されると美雲は慎重に、一言ずつ言葉を選んでいるようにゆっくりと話を続け
「隆平お兄さんは何で、この山のロープウェイを使ってコテージまで行こうとしなかったんですか?」
「えっ……?」
美雲の衝撃的な、そして九割八分で今朝からの俺の汗水を垂れ流した努力を水泡たするような言葉に俺は思わず顔を青ざめて、そんな間抜けな声を上げた
「えっと……ここからは見えませんが、丁度、反対側にそんなに大きくは無いけどロープウェイがあるんです。そのロープウェイを使えばコテージまで歩いて五分で行けるん……ですが……」
と、そこまで行った所で美雲は非常に申し訳無さそうな視線を俺に向ける。あぁ、良いんだ美雲。君は全く悪くない、全ての責任は道も録に確認しなかった俺のせいであり、誰かを責める資格なんてない。そう分かってはいるんだけど、気付いた瞬間には俺の体はビニールシートの上で四つん這いになり、分かりやすい程に落ち込んだポーズを取っていた
「ち、ちきしょうめぇ……!!」
そんな情けない姿勢の口から溢れるのは、自分の間抜けさへの失望、そしてどうしようも無い現実への不満が込められたため息のような声。俺は、それを深呼吸でもするかのように一気に吐き出す
「ん……よく分からないけど、がんばって隆平にーちゃん!」
そんな俺を見かねてか、今まで美雲と俺との話にいまいちついて行けなかった美亜が一歩前に出ると、そう言って四つん這いのままの俺の頭を慰めるようゆ撫でてきた
「私はまだ小さいから分からないけど……人生は苦しい事の連続と聞きます。がんばってください、隆平お兄さん」
美亜に続いて美雲もまた、慰めるようにそう言うと美亜と全く同じタイミングで俺の頭を撫で始めた
「うん、ありがとう……二人とも」
こんな小さな女の子二人でも心から慰めて貰えば案外、力になる。美亜と美雲、それぞれの優しさを受けた俺は、そう心の中で思わずにはいられなかった
◇
あれから道に詳しい美亜と美雲の案内を受けてどうにか、目的の場所『マウンテンアイランド』にたどり着いた。オーナーの映治さんは俺が初日から遅刻したのに白髪混じりの髪から汗が少し溢れる程に大分憤慨していたが、俺が素直に『ロープウェイを知らなかった』と事情を説明するのと、またもや美亜と美雲が俺の助けに入って俺を『急がしそうだったのに、自分達が遊びに誘った』と庇ってくれたお陰で俺はどうにか映治さんは機嫌を取り戻し、俺はある『一つの事』を条件に予定通り夏休みの間、マウンテンアイランドでコテージ清掃を主とした形で働かせて貰う事になった
そしてその『条件』と言うのが……
「ふぅ~終わったか……」
日が傾き始めた3時過ぎ、色々ありながらも何とか無事に初日の仕事を終えた俺は三つあるコテージのすぐ横に作られた井戸から組み上げた井戸水、それで濡らしたタオルで汗を拭き取りつつ、コテージ全体を管理している管理棟であり、美亜と美雲の自宅でもあり、……そして、夏休みの間、俺が宿泊する場所でもある場所、そこ近くの自動販売機で買ったスポーツドリンクを飲み干すと、そう言って延びをする。と、その時
「ねぇねぇ、隆平にーちゃん、仕事終わった? なら遊ぼう!」
「隆平お兄さんお疲れ様です、お仕事は終わりましたか?」
そのタイミングを見計らっていたように美亜と美雲が俺の前に姿を表し、それぞれ個性たっぷりも順番にそう尋ねてきた
「あぁ、とりあえず『コテージでの』仕事は今日は終わりだ……って、映治さんに言われたな~」
それに俺は汗を拭き終えたタオルを頭にバンダナこように巻きつけながら答えた。
そう、俺が初日遅刻を見逃す代償として約束されたのがコテージオーナー故に一日中と言って良いほど忙しい映治さんに変わって俺が美亜と美雲の面倒を見ることだ。……正直に言えば、子供の世話なんて中学校時代の職場体験で訳がさっぱり分からないままに終了した幼稚園以来で不安は大きい。だけど
「なら、隆平にーちゃんソリで遊ぼ! それかチャンバラ! 美雲ちゃんは何がいい?」
「う~ん……私は今日はお絵かきか、それか的当てがいいかな……隆平お兄さん、決めてくれませんか?」
そう二人で楽しそうに相談しながら話しかけてくる美亜と美雲。その表情からは俺が日常的に生活する中で自然と失っていた純粋で全く汚れの無い美しい感情で溢れており、それは映治さんとの約束を前提にしなくも二人に出来る限り優しくしてみようと俺に思わせるには十二分であった。
「どーしたの隆平にーちゃん?」
「今日がはじめての仕事で、つかれてるのですか?」
と、二人を見ながらそんな事を思って黙っていた俺を心配したのか美亜と美雲は小さな体で精一杯背伸びをしながら俺の顔を覗きこんで来た
「ははっ……なぁに全然大丈夫さ、なぜなら俺は現役の高校生! 力なんてあり余ってるぜ! なんだったら日が暮れるまで二人のやりたい遊びに付き合ってもいいんだぞ?」
そんな可愛らしくも愛しさすら感じる行動で俺を気づかってくれる二人を心配させまいと、俺は地面を軽く蹴ってジャンプをしながらそう言い、終いにはその場の勢いでTVの特撮ヒーローのような決めポーズまでしてしまった
「あははー! 隆平にーちゃんの言ってることは、あまんまり分かんないけど、隆平にーちゃん太っ腹ー!!」
「隆平お兄さんありがとうございます、それでは今日は思っきり、甘えさせてもらいますね……!」
そんな俺の態度に釣られたのか、美亜はそう言うと楽しそうに笑いながら迷いなく勢いのまま俺の腹に抱き付き、その後に続いてそっと美亜とは反対側の腰に抱きついてきた美雲も口調からは喜びを隠せていなかった
「よぉし、二人とも……そうと決まれば早速行くとしよう!」
「「はーい!」」
颯爽と走り出そうと身構えながら言う俺の声に合わさり、美亜と美雲は合わせでもしているかのように、全く同じタイミングでその言葉を発すると、同時に俺の腰から降り
「よーし、私が、いっちばんだぁー!」
「あっ……待って! 美亜ちゃん!?」
「ぷっ、ははは……」
その瞬間、スタートダッシュを決めるように美亜が先陣を切って走り出し、その後に続いて慌てて美雲が三拍子程離れて続く。漫画のようにコミカルなその光景に笑いを隠せないながらも最後尾に立ち二人を見失いように俺もまた走り出す。
今朝までは、このバイトに応募した事を心底後悔していた俺ではあったが、美亜と美雲この小さな双子の姉妹のおかけで早くもその想いは良い方向へと塗り替えられ『悪くない』と、今では想ってすらいた
まぁ、我ながら俺って単純すぎるとは思うが……
◇
「痛ってぇ……無理し過ぎたか……?」
そして翌日の朝、美亜と美雲のお願いを宣言した通りに昨日、スポンジ刀で美亜とチャンバラをし、美亜の手によって何とも言えない特異なデコレーションがされたソリに三人で乗り込み高原を滑り降り、ダーツでパーフェクトを連発する美雲に完敗して、俺は色鉛筆、美亜と美雲はクレヨンを担当して三人で一枚の絵を描いたり……と言った感じに二人のお願い全部を聞いて尚且つ、俺も童心に帰って二人と遊んだ結果、俺は筋肉痛を起こしその痛みで自然と目を覚ましてしまった
「あまり変わらないとは思うけどもう少し寝ているか……」
筋肉痛でシクシクと痛む右腕で目覚まし時計に使っていた携帯電話を見てみれば30分程の余裕がある。俺はその残された僅かな時間を少しでも筋肉痛の痛みを取る事に使うことに決め、アラームをセットしたまま再び布団をかぶり、静かに眠りの中に意識を落として行く
「……いい? せーのっ、で同時に行くよーっ……!」
「うん……私が左、美亜ちゃんが右からだね……」
そうして俺が暖かい日差しの中で十分程浅い眠りについていた時だっただろうか? 床の僅かにきしむ音と共に小さく打合せをするような二つの声が何処からか聞こえてきた
「(ん……なんだ……?)」
その小さな音で浅い眠りから覚めた俺は、仕方なく目を開いて音の正体を確かめようとした瞬間
「わんわんわんっ!!」
「う~がるる~♪」
突然、布団の中に二つの何かが勢い良く突入し、同時に吠えかかりながら、そのまま布団の中の俺に噛みついてきた
「うわああぁっっ!?」
俺は思わず先程まであった筈の眠気も瞬時に忘れて、布団を捲り上げながらそのままの勢いで枕から飛び上がらん程に仰天して悲鳴を上げた
「やったー! 今度は隆平にーちゃん驚いたー!!」
「朝から美亜ちゃん共々すいません……でも……ふふっ、ごめんなさい。隆平お兄さんの驚く顔、とても面白かったですよ」
そんな風に驚愕する俺を見て楽しそうに笑うのは、やはりと言うか美亜と美雲の二人だった。が、何やら二人の服装が贔屓目に見ても、私服では無いと断言出来るくらいに妙だ
「おい……二人ともその格好は……?」
それを放置していたら、今日は一日中仕事に集中出来なくなりそうなので俺はおそるおそる正直に二人にそう聞いてみた
「このお洋服は、ワンちゃん! 犬だよー! もっちろん私の手作り!」
「それも犬は犬でも狛犬なのですよ、わんっ! ……えへへ」
そう得意気に言う美亜と、妙に大人びた笑顔で楽しそうに言う美雲。そんな二人は共に白いワンピースを着て首もとには同じく白色の毛皮風ファー、そして二人は頭には犬の耳のカチューシャ、ワンピースには掃除用のモップを改造して作り上げたらしい犬の尻尾までもがガムテープで張り付ける形で装着されていた
「……言いたい事は色々とあるけど……とりあえず、なんで狛犬の姿をしてるんだ?」
「うん、それはねっ! 昨日、隆平にーちゃんと遊んでて、すっかり忘れてた『夏休みの友』を美雲ちゃんにも手伝って貰って、寝る前に一緒にしていたんだけど……」
寝起きから込み上げてくる頭痛を堪えながら俺がそう問いかけると、美亜は待ってましたとばかりに目を輝かせながら答え始めた。それも、現在の所、話の内容を聞けば良くある失敗談である話を美亜はそれはそれは得意気に語り、美雲はそれを指摘する素振りすらみせずにただ微笑みながら美亜を眺めていた
「そしたらね、夏休みの友に狛犬の話が出てきて……知ってた? 隆平にーちゃん? 神社とかにあるあの狛犬ってーそれぞれ『あ』と『うん』って言うんだよ!」
「あぁ……そりゃ知らなかった……驚いた」
話の途中で一旦区切ってポーズを決めながら、夏休みの友に書かれていた知識そのままのの内容をまるで自分が世紀の大発見でも見つけたかのようにそう俺に言う美亜。正直に言えば狛犬のその話は知っていたが、それを素直に美亜に伝えると何となく話が面倒になりそうな気がしたので、俺は大人しく流されるままにそれを知らないと言う事にして取り合えず頷いておくと、美亜は満足そうに鼻を鳴らした
「ところでさ……この名前、何かに似てると思わなーいっ?」
俺がどうやら望む行動を取った事で美亜は更に調子を付けたらしく、ますます勢い良く実に楽しそうに俺に語り始めた
「うん、分かった。で、それで一体何に似てるんだ……?」
そんな調子の美亜の話の流れが完全に見えてはいたが、とりあえず話の流れをスムーズに進めようと俺は直球でそう尋ねた
「フッフッフッ……実は! なんと狛犬のこの名は、私達姉妹の名前……そう『みあ』と『みうん』にそっくりなんだよーっ!」
俺の質問を聞いた瞬間に美亜は、俺が寝ていた布団の上で一回ジャンプして空中に飛び上がると、着地と同時にここぞとばかりに再びポーズを取る。その顔は、人はどうしたらここまで得意気な表情が出来るのか。と、我ながら検討違いな事をわりと真剣に考えてしまう程に緩んでいた
「昨日、この事が分かってから、狛犬の衣装を作りたくなって、美雲ちゃんと眠いのをガンバって一緒に作ったのー!」
「それで、せっかく作った衣装なんだからおひろめと美亜ちゃんのリベンジ? も、兼ねて隆平お兄さんをおどろかしに行こうって私が美亜ちゃんに言ったんです。……ふふっ」
改めて衣装を見せびらかすようにその場でくるっと回りながら心底楽しそうに語る美亜に続いて、今まで黙って微笑んでいた美雲もそう俺に言い
「……まぁ、本当は私達の名前の『亜』と『雲』と狛犬さんの『阿吽』は違うんだけど」
「えっ!?」
ぼそりと小声で、しかし明らかに偶然を装って美亜に聞かせるようにそう呟き、その瞬間、美亜の動きがテレビのリモコンで一時停止を押されたかのように硬直すると、ポーズや表情こそそのままに顔が真っ赤に変わり、体が小刻みに震え始めた
「な……な、な、なんで、なんで美亜ちゃんそれなら昨日に言ってくれなかったのぉー!?」
数秒のタイムラグを経て美亜は真っ赤な表情のまま美雲にそう詰め寄る。が、当の美雲と言うとそんな美亜を笑いを堪えきれない様子で平然と口を開く
「ふふっ……あら、ごめん美亜ちゃん。私はこの通り……反省してるわよ」
「嘘だーっ! 美雲ちゃんがそんな風に笑いながら言うときはぜんぜん悪いと思ってない時じゃない! もうっ! 私、怒ったからねーっ!」
怒りと恥ずかしさが入り交じった顔で美亜は、そう言いながら腕を回しながら咄嗟に逃げた美雲を追いかけて部屋中を走り回る
「待てーっ! 美雲ちゃん逃がさないよーっ!」
「うふふ……こっちよ美亜ちゃーん」
「お、おい二人とも……ちょっと」
たぶん一切の主観を差し引いて微塵も躊躇なく分類すれば喧嘩に入るのであろう、それほど広くも無いこの部屋で行われてるドタバタ騒ぎをどうやって止めようかと迷いながら布団から立ち上あがった瞬間、俺が急に動いた事で余所見をしていた美雲が衝突してしまった
「きゃっ……! 隆平お兄さん!?」
「えっ、うおおぉっ!? 美雲大丈夫……!」
「わわっ、美雲ちゃんも隆平にーちゃんもちょっと待って! そこどいてぇー!」
激突した事でバランスを崩して頭から後ろに転倒しそうになった美雲を手を伸ばして抱きしめるような形で助けようとした瞬間、走っていた時に付いた勢いを止められなか美亜が必死の形相でさながら自動車の玉突き事故の如く、俺と美雲目掛けて突撃してきた
「こっ! なっ! くそおおぉぉぉぉっ!!」
このままでは火を見るより確実に美亜と美雲の二人共が怪我をしてしまう。そう思った俺は声と共に気合いを入れると俺自身をクッションにするように二人を守りながら両腕で抱えながら背後へと倒れこみ、次の瞬間、目から火花が出るかと思うほどの衝撃が後頭部に走った
「痛っ………!」
少女とは言え人間二人と自分の体重で激突した衝撃は、布団の上に着地したとは言え半端な物では無く苦悶の声は自然に口から漏れていた
「あっ……あわわっ……!!」
「うーん……いたたーぁ……んん?」
と、痛美のせいか霞む視界で痛みを堪えてると、俺のすぐ近くで美亜と美雲の声が聞こえてきた。幸いな事に二人とも声から判断して無事らしいけど……何故だろう、美雲の声が妙に熱っぽく上ずっているのは。そして俺の右手にある小さいながらも妙に柔らかい感触と、痛みが少し和らいでハッキリと見え始めた視界一面を多い尽くす明るいライトブルーの白の柔らかそうなボーダー布は、もしかしなくても間違いようがなく……
「りゅっ、隆平お兄さん……あんまり息しないでください……っ……!」
「なっ、ど、どこをさわってんのさぁーっ!? 隆平にーちゃん!!」
そう、倒れた時にどんなミラクルが起こったのかは全く分からないが、俺の顔は倒れた美雲のワンピーススカートの中に頭を全力で突っ込むような形になっており、下着はほぼ顔に密着して美雲の女の子特有の甘い香りがたっぷりと鼻孔に入ってくる。それだけでも十分にお釣りが来るくらいアウトな状況だが、それだけでは事は収まってくれず、どうやら俺の右の手のひらにはすっぽりと美亜小さいながらも柔らかな胸が収まっているらしく先程、手を動かした時に美亜がくすぐったそうな声をあげた
「(な、な、なんだ、この状況はああぁぁぁぁっ!?)」
とても偶然とは思えない、いや思いたくも無いような現状に内心で絶叫しつつ、どうにか呼吸をしないように心がけながらどうにか俺の顔に座っている美雲に退いてもらい、社会的に大変危険な美亜の胸元から右手を引き抜こうとした瞬間、あろう事か神は俺に更なる試練を与えた
「おぅい隆平君、そろそろ時間だ……ぞ……」
恐らくは早朝からのこのドタバタは思ったより時間を食っていたのだろう。それで、俺が遅刻しそうになる事を心配して俺が借りさせて貰っている部屋を訪れてくれたのであろう英治さん。その声はドアを開いて俺の現状を見た瞬間、凍結されたように硬直した
それも当然、英治さんから見れば俺は昨日入ったばかりの高校生で、それが朝っぱらから自身の血を分けた幼い双子の娘、その妹が恥ずかしがるのにも関わらずスカートの中に全力で頭を突っ込んでパンツの匂いを嗅ぎ、あまつさえ左手で姉の小さな背中を抱き締めて右手で胸を大胆に揉んでいるロリコン変態野郎にしか見えないのだ
「(やっぱりバイト……応募しなきゃよかったかなぁ……)」
沈黙に支配される部屋の中、美雲が驚愕のあまりに座ったまま動いてくれないので顔面に美雲の小さなお尻を乗せたまま、俺は二日目にして初日に感じたやる気を虚空の彼方に捨て、心底絶望しながらそう後悔していた
◇
「はぁ~……」
嫌になるほどハプニング盛りだくさんの朝の騒動からいくらかの時間が過ぎ、俺は管理棟のフロント、そこの宿泊受付に設置された従業員用の椅子に腰掛けながら顔をしかめて盛大にため息を付いていた。こんな態度は客商売をバイトながらもしている身としては決してやってはならない事だが、それでも俺は宿泊名簿を見て『どうせ今は泊まってるお客さんはいないし、今日の宿泊予約も一件しか無いし』と、自分を誤魔化しながら人目の無い事を良いことに再び盛大な溜め息を吐いた
あの時、娘の危機と判断して鬼神の如く憤怒した英治さんと、それを止めようとした美亜と美雲。そして今まで生きてた中でも上位に入るほど必死に謝る俺とで、またもや一波瀾や二波瀾があったのだが、それはどうにか俺の額が赤くなるまで必死にした誠心誠意を込めた全力の土下座と、美亜と美雲が共に『隆平にーちゃん(お兄さん)は悪くない』と涙ながらに怒る英治さんに言ったおかけで、どうにか英治さんは納得してくれて俺に誤解で怒った事に謝罪までしてくれ、俺は美亜と美雲にも頼まれる形で明日もここで働ける事になったのだが、まるでその変わりのように、新たな問題とも言える仕事を英治さんに頼まれてしまったのだ
「……一日だけっては言ってたけど、あんな小さくて、しかもそれぞれ個性的に元気いっぱい女の子達の面倒を俺だけで見なくちゃあいけないかもしれないなんてなぁ……」
俺はそう憂鬱な気持ちで、朝の騒動がどうにか丸く綺麗に収まりそうだった時に英治さんに頼まれた無茶な頼みを思い出してそう呟く
安心していた時に再び火種を放り込んだ英治さんに俺が困惑しながら理由を聞いてみれば三日後、丁度今日、宿泊する予定の客が帰る頃に、町内会でどうしても外す事が出来ない用事があるそうで、その用事に参加すれば例え早く終わったとしても一日で帰る事は難しく、更に困った事に親戚にも知り合いにも手が空いてる者がおらず、このままではまだまだ幼い美亜と美雲を二人きりでに置き去りにしてしまう事になってしまう。
そこで白羽の矢が立てられたのが俺だった
英治さんの言葉から俺に対する誤解は本当に綺麗さっぱり無くなっている事は分かったが、その代償とばかりに言わんばかりに英治さんは『おわびと言う訳じゃ無いが君を信じてみたいからこそ頼みたい』と熱く熱弁し、宿泊客が滞在してる三日で改めて俺の様子を見て、無理そうだと思ったら別手段で進めるし、勿論面倒を見てくれたら特別手当を出す。と事前には言ってくれたが、結論として俺は英治さんの勢いに押されてその話を引き受けてしまうのであった
「コテージのバイトが、これじゃあ家政婦さんじゃあないか……と、お客さんか」
自分でも女々しいとは思うのだが、バイトにやってから続くトラブルのラッシュに心労を感じて俺がしつこく溜め息を吐こうとした瞬間、入り口のドアに取り付けられた鈴が鳴り人が入ってきた事を告げた。おそらくは時間からして予約していた客だろう
「いらっしゃい! お待ちしておりました!」
そう判断した俺は軽く頬を叩いて気持ちを整えると、見よう見まねの営業をスマイルを浮かべながら入って客に挨拶をし
「あれ……? お前……もしかして牧野か?」
「えっ………?」
全く予想外だった懐かしい知り合いとの再開に思わず間抜けな声を出してしまった
◇
「そうか……翼は連絡が付かないのか……」
「あぁ、急に連絡が付かなくなってな……両親とは連絡を取ってるらしいが、直接、あいつが暮らしてる部屋まで会いに行っても留守で駄目だった……」
それから数時間が過ぎて、どうにか今日の仕事を終わらせた俺はコテージ前に設置された木の椅子に腰掛け、きれいな漆が塗られたテーブルを挟んで数年ぶりに再開する旧友、田上太郎と対面する形で互い事を話し合っていた。久しぶりに見た田上の顔は昔と比べれるとだいぶん大人びていた、と言うより何があったのか田上は語ってはくれなさったが苦労が顔や口調から滲み出ているように見えた
「まぁ、あいつは何やかんやでやっていける奴だっただろう? それに便りが無いのは元気な証拠って言うじゃあないか」
「だと、良いんだけどな……」
励まそうと思って言った俺の言葉を田上は深く、溜め息を付きながらそう言って答える。何故かは分からないが田上は、二人で話す内に話題になった同じく俺の旧友、翼こと岡崎翼と連絡が付かなくった事を異様に気にしている。いや、そんなレベルを通り越して何かを恐れているようにも感じた
「気にしすぎだって、そう言えばな……」
俺は、そんな田上の様子に気づくと何とかその緊張を解いてやろうと、自分の事故やここでの美亜と美雲との出会いをユーモラスかつ自己流のジョークを交えてギャグたっぷりに話す。の、だが
「あぁ……それは、凄いな……」
そんな曖昧な返事を返す田上はやっぱりどこか上の空で俺の話をまともに聞いている感じがしない。さて、どうしたものかと俺が頭を抱え始めた瞬間
「ねぇねぇ、ちょっと隆平にーちゃん! あと、えっと……たろーさん! ちょっと大変なんだよ!」
突如、向こうで遊んでいたはずの美亜が俺と田上が対面しているテーブルへと駆け付け、そのままテーブルの上に寝っ転がってしまいそうな勢いで、身を乗り出しながら慌てた様子でそう俺達に言ってきた
「名前でよ……あー……名前で呼ばれるのは好きじゃあないんだ。名字で呼んでくれるかい?」
と、その瞬間、上の空だった田上がふっと正気に戻ったかのように苦笑すると、そう出来うる限り、乱暴な言葉遣いにしないように気を使った様子で美亜にそう告げる
あぁ……そう言えば、田上は昔から名前の『太郎』で呼ばれるのを嫌っていた。それこそ、俺達が間違って今の美亜のように名前で呼べば直ぐ様訂正を入れてくる事は幾度となくあったな。と俺はようやく見せてくれた昔の田上と変わらぬ姿に何故か妙に安堵して、こっそりと田上に気付かれぬように笑った
「じゃあ……えっと、田上さん。あのね、おねぇーちゃんが……」
田上の言葉を受けてぎこちない感じで呼び方を訂正しながら美亜がそう言いながらちらりと背後、自分が走ってきた方角に視線を向ける
「田上さん、私たちと鬼ごっこで遊んでいたら牡丹お姉さんが……倒れてしまいそうで心配になって連れて来ました」
「はぁ……ごめんね、美雲ちゃん……美亜ちゃんも……はぁ……私、体力無くて……」
見ると、美雲が困ったように笑いながら自身よりほんの少しだけ背が高い少女の手を引きながらこちらに向かって歩いてきた。
美雲に手を引かれる少女、田上の彼女にして15歳と聞いても殆どの人が信じない程に胸だけを除いてその全てが小柄な体と見た目をより幼く見せるあとげない顔付きが特徴的な佐原は、疲れきった幼い顔に汗を離れて見ても分かる程にかきながらも、背は殆ど変わらないが高校生と小学生という年上の立場の意地か、美雲の手を引かれながら、しっかりと自分の足で歩き、美雲に弱々しくも強気な笑みを浮かべながらそう答えた
「悪い隆平……おい、牡丹大丈夫か?」
そんな佐原の姿を見た瞬間、田上は俺に短くそう告げると椅子を半ば蹴り飛ばすような勢いで立ち上がると素早く息を切らす佐原の元へと向かった
「あ、お兄ちゃん! うん、大丈夫だよ……ちょっと走って疲れちゃっただけだから……」
駆け付ける田上の姿を見た瞬間、佐原は一瞬にして目を輝かせて素早く顔に流れる汗を拭き取ると田上に、まさしく花が咲いたような満面の笑みを浮かべた
「まったく……あんまり無茶はすんなよ? お前は体育の成績だけ万年オール1なんだし」
そんな佐原の様子を見て田上も少し安心したのか、そう言って溜め息を付くと佐原の頭を優しく撫でた
「えへへ……年下の子にも『お姉ちゃん』なんて初めて言われたから少し張り切り過ぎちゃったかも……疲れちゃったなぁ……」
田上に頭を撫でられると佐原は、にへらっ、と言う言葉がぴったりな程に表情をほこらばせながら、どこか満足そうにそう言い
「あ、そう言えばお兄ちゃん。この疲れをすぐに取る方法があるんだけどなぁ……」
突如、言葉の途中で佐原は何かを思い付いたようにニヤリと笑ってその表情を変える。語調からして佐原本人としては妖艶な笑みを浮かべようとしていたようだが、残念ながら当人の持つ幼い顔のせいでそれは昨日見た、悪巧みを考えている時の美亜や美雲とさほど変わらない可愛らしい物でしか無かった
「ん? なんだよ唐突に……」
が、田上は敢えてなのか素なのかその様子に気付いた様子は無く、首を傾げて佐原に向けて少し背を屈めながらそう尋ねた
「えへへっ、それはね~」
その瞬間を待っていた、と言わんばかりに佐原が脚に力を込め
「ちゅっ……」
「!?」
次の瞬間、背伸びをして田上の唇を大胆に奪い取った
「いいっ!?」
「おぉ………」
「まぁ………」
「……っと! 美亜に美雲! お前らにはまだ早い!」
突然の佐原の熱烈な田上のキスに目を白黒させる俺。と、田上の首に手を回して抱き付きながら佐原がたっぷりとキスを続ける様子を興味津々に見ている美亜と美雲に気付いた所で俺はようやく動く事が出来、手遅れかと思いながらも慌てて両手で二人それぞれの目を覆って塞いだ
「んんっ……ぷはぁ……」
「んなっ……! な、な、な、何をやってるんだよ牡丹っっ!? まだ小学生の子もいるんだぞ!」
数十秒後、満足して体を離した佐原に田上は余程恥ずかしかったのか顔を赤くしながら一気にそうまくし立てる
「えへへっ、ごめんねお兄ちゃん。でも……」
しかし佐原は、そんな田上にまるで動じた様子は無く、頬をうっすらと朱に染め、先程の名残を確かめるように濡れた自身の唇をそっと指で撫でながら、にやにやとした笑顔で言葉を続ける
「お兄ちゃんも本当に嫌なら、私を突き放してくれれば良いのに……それをしなかったって事は太郎お兄ちゃんは……」
「……っ!! 人前でからかうのはやめろ牡丹……!」
佐原の言葉はずばり的中していたのだろう。田上はますます顔を赤くし、くせっ毛の多い髪をせわしなく動かすとぷいっと佐原に背を向けた。
「むふふ~……」
そして佐原はしてやったりと言わんばかりにそんな田上の背中に抱き付き、満足そうに顔を埋めていた
「田上の奴もしかしなくても……」
そんな田上を見ていた俺は一つだけ、確信していた。
初めの時点であんなに小さい佐原が彼女だと言う時点で大分怪しいとは思っていたが、今の言動からして間違いない。田上は暫く会わない間に所謂ロリコンと呼ばれる存在へと昇華してしまったのだろう
「ねぇ、ねぇ、隆平にーちゃん……」
友人が俺の知らぬ間にどこか遠くに行ってしまった事に対する寂しさ、そして田上を変えた世界の無情さを身に染みて感じていると、いつの間にか俺の手をすり抜けた美亜が俺の袖を引っ張りながらそう言ってきた
「なんだよ、美亜……」
「ん~……ちゅっ」
「おい、美亜? なんか顔が近っ……!?」
俺が声に反応するまま美亜の方向に顔を向けた瞬間、美亜は軽くジャンプすると、まるで先程の佐原を再現するかのように正面から一気に唇を重ねてきた。いや、それだけでは無い
「ちゅっ……」
同じく俺の腕をすり抜けていた美雲が、美亜にタイミングを合わせて俺の右頬にキスし、俺の視界には目を閉じ、合わせ鏡のようにそっくり同じ顔とどちらも見劣りしない程に美しい銀髪を持つ二人の美少女で多い尽くされてしまった。そんなどこか現実離れした絵画のような美しい光景に俺は幻惑されたかのように身動きする事が出来なくなってしまった。
「ぷはっ……」
「お、おいっ!! 二人と……!」
美亜が唇を離した事でようやく正気に戻る事が出来た俺は、すかさず二人に文句を言おうとしたがその瞬間、俺の言葉も聞かずにスライドするように美亜は滑らかに動く
「……隆平お兄さん。次は私ですよ?」
「美雲っ……!? ちょっと待……んぐぐ……」
それと同時に流れるようなタイミングで俺の目の前に移動した美雲がほぼタイムラグ無しで俺の唇を奪うと、それと同時に美亜が俺の左頬にキスをし再び俺の視界は二人で覆われてしまった
「………………」
幻惑的な光景の中、美亜と美雲二人の間から見えたのは、あらゆる感情が込められた奇っ怪な表情で俺を見る田上と
「…………!」
「「……!!」」
無言のガッツポーズで何にかの意志疎通を交わす、佐原と美亜と美雲の姿だった
◇
「だからっ………!! 最後もう一回、言っておくけど俺はロリコンじゃねぇんだ!! なぁ、分かってくれるよな田上!」
「分かってる……! 分かってるから、引っ付いてくるな!」
それから三日間ずっと、意図せずに実の娘のファーストキス(本人達が宣告した)を奪ってしまった事を英治さんに気付かれぬようハラハラしたり、寝ようとする度に美亜と美雲の唇の感触を思い出したりしてしまって『俺はロリコンじゃあない』と必死に自分に言い聞かせたりと、とかく悶々とした気持ちのままで過ごし、田上達が帰宅する当日になって、田上は迂闊に口を漏らすような奴では無いと理解してはいたが、急激に不安になってロープウェイ乗り場近くで、美亜達とお別れをしている佐原を待っている田上に、そう必死に頼み込んでいた
「……分かってるんならさぁ田上、俺に女の子を紹介してくれよ……具体的に言えば小学校の時に俺達のクラスにいた樋村とかさぁ………」
田上が情に熱い奴だと言う事を知っていた俺はだめ押しとばかり田上にすがり付くと、昔から気になっていた大人びた雰囲気が漂う一人のクラスメイトの少女、樋村、樋村志那野を紹介してくれと頼み込んだ。
「樋村……? いや隆平、あいつはな……」
「……? なんだよ田上」
その名を聞いた途端に田上は何故か見るからに驚愕し、慌てて俺に何かを言おうとし、その妙な態度を疑問に想った俺が尋ねた、その瞬間
「お兄ちゃん、お待たせっ!」
荷物を纏めた佐原がそう言いながら田上の元に非常に遅い小走りで駆け寄ってきた
「ぐすっ……牡丹おねぇーちゃん……」
「牡丹お姉さん、また田上さんと来てくださいね……」
その後には半泣きの美亜、そしてつい先程まで泣いていたのか目を赤くした美雲がちょこちょこ歩いて付いて来ていた
「うん、大丈夫だよ二人とも。私達は来年もきっとここに来るから……ねっ?」
「お、おう……そうだな……」
美亜の涙をハンカチで吹いてやり、美雲の肩を軽く叩いて励ましながら佐原は一瞬、田上に視線を向ける。それに田上は慌て佐原に合わせるようて答えて、そのままの流れで二人ともロープウェイに乗って帰ってしまった為に、結局あの時に田上が何を言おうとしたのか?
それを一生、俺は知ることが無かった
◇
「ほら二人とも、風呂入れたから早く入ってきな」
その日の夜、夕食後に二人で使っている部屋で寛いでいた美亜と美雲に、夕食の後片付けを済ませた俺はエプロンを付けたまま、部屋のドアの前からそう言って呼び掛けた
「はーい……」
「今、行きます……」
少しの間を置いて佐原が去ったからか、美亜と美雲はいつもより少し元気が無い語調で着替えを手にしてドアを開いて部屋から出てくると、そのままゆっくりと風呂場へと歩いてく
「ふぅ……やれやれ、子守りも楽じゃあないな……俺は将来、絶対に保育士にはならないぞ」
美亜と美雲の夕食を作り、片付け。それと洗濯を経験していた俺は、二人が風呂場へと行った事を確認するとそう溜め息をついた
「とりあえず、二人を風呂に入れて寝かせれば俺の仕事は今日は終わり……俺もゆっくりと風呂に入って……ん?」
と、そこで俺は目の前のドア、つまりは美亜と美雲の部屋の扉が閉じておらず、半分ほど開いている事にふと気が付いた
「あれは……」
ドアの隙間から見えている部屋の中、フカフカのぬいぐるみや可愛らしい家具が溢れたその中で、ふと目に付いたのはシールがあちこちに張られたテーブルの上に置かれた一冊の本。それには手書きの丸い文字で『えにっき』と書かれていた
「………………」
そんな、たわいのない一冊の絵日記が何故か気になった俺は自然とドアを開いて部屋の中に入り、気付けば絵日記を手にとって読み初めだした
「いや本当、美亜と美雲に見られたらどう謝ろう……」
振り返って見てもあまりにも突飛としか言えない自分の行動に苦笑しながら、俺は手に取った絵日記を最初から眺め始めた
『きょうから夏休み! 花火に海にプールに怖い話とイタズラ……! 楽しみだなぁ 美亜』
『今日の夜、美亜ちゃんが一週間ほどアサガオのかんさつ日記を書くのを忘れていたと泣いていたから、私のをうつさせてあげました。美亜ちゃん……絵日記を書いてるのにどうして、アサガオの事を忘れちゃうんだろう 美雲』
『きょうは美雲ちゃんとあそんでいたら、わたしたちのひみつきちでねている大きなお兄さんをみつけました。お兄さんの名前は、りゅうへいにーちゃん! りゅうへいにーちゃんは私たちのおうちで働くことになりました! りゅうへいにーちゃんはかっこいいし、やさしいからこれから毎日、楽しくなりそう! 美亜』
『今日は、隆平お兄さんのお友達の田上さんと牡丹お姉さんが家に泊まりに来ました。牡丹お姉さんは頭がよくてお菓子を作ってくれたり、私達に隆平お兄さんにちゅーする方法を教えてくれたりしました。色んな事を教えてくれる牡丹お姉さんが三日で帰っちゃうのが少し残念です…… 美雲』
「あれは佐原が原因か……全く……ふふっ……」
二人が毎日、交代で書いたらしいほのぼのとした雰囲気が溢れる日記を読みながらどこか晴れ晴れとした気持ちで俺は呟いた。やはり、こんな純粋な心を持っている子達の日記を俺が盗み見ようなんて間違っている。恥ずかしい事をしてしまったな、と思いながら俺が開いていた日記を畳んで再び机の上に置こうとした
「うおっ……と」
と、その瞬間、俺の手が滑り閉じようとしていた日記が開き、ごく最近の日付の日記が書かれたページが開かれてしまった。俺は慌てて再び日記を拾い上げて閉じようとしたのだが
『牡丹おねぇーちゃんの話を聞き、美雲ちゃんとよく話し合って決めた。やっぱり隆平にーちゃんが帰っちゃう前に私と美雲ちゃんだけの物にしよう』
「えっ……」
絵日記の開かれたページにそんな文章を見つけ、俺は思わず硬直してしまった
『隆平お兄さんは、私達とでもちゃんと遊んでくれるし、お兄さんとくっついたりお兄さんに触って貰うと私も美亜ちゃんも凄く嬉しくなる。私は……そして美亜ちゃんも隆平お兄さんが欲しい。なら、
何も迷う必要なんか無い、お兄さんを手に入れよう』
冗談や何かの見間違いであって欲しいと思っていたのだが、次のページに書かれていたのは小学生の少女が書いたとは到底思えない程に異様な程に丁寧に、まるで犯行計画書のように丁寧に書かれた字。
「まさか……そんなまさか……っ!」
その異様な雰囲気に飲まれてか俺の心臓の鼓動は自然と上がり、額にはじっとりとした脂汗が流れだし、手は小刻みに震え始めた。
そして俺が痙攣の収まらぬ手で絵日記の最後のページ、つまりは今日の分の日記を捲れば、そこには一言、美亜と美雲が協力して書いたらしい文字が
一ページを丸々使用して書かれていた
『『きょう、隆平にーちゃん、そして隆平お兄さんが、私達のモノになる』』
「……っ!!」
たったそれだけの言葉で、俺が今までに感じた事がないような恐怖、体じゅうにまとわりつくような得体の知れない闇のような恐ろしさを感じ、気付けば俺は日記を投げ捨て、玄関へと向かって走り出していた。
「(逃げろ! 絶対に逃げなくちゃあマズイ! 当ても何も無いけど、ここにいるよりはマシだ!!)」
決して後ろを振り返る事は無く、俺は真っ直ぐに足を進め続けるとすぐに玄関は見えてきた
「早く、早く………」
玄関の入り口の扉の前に立つと、俺は出来うる限り扉にかかっている鍵を素早く外そうと取りかかり始める。が、やっかいな事に鍵は上と下の両方で施錠しており更にドアストッパーまでもがかけられている。圧倒的な不利に内心で舌打ちし、自分の不運を呪いながら解錠に取りかかろうとした時だった
「あぁ……隆平お兄さんには気付かれてしまいましたか……残念です」
「そうだね……美雲ちゃん……」
背筋が凍り付くような冷たい二人の声が響いてきた。
「なっ……!?」
絶対に無視する事など出来ないような本能的な恐怖から、反応しようと俺が振り向こうとしたその瞬間
ひゅんっ
と、風を切る音と共に二つの何かが飛来し、それは吸い込まれるように
狙い違わず俺の両手のに全く同じタイミングで突き刺さった
「うっ……ぎゃああぁぁっっ!! こ、これはっ……!?」
「あまり、隆平お兄さんに、こんな事はしたくは無いんですがね……」
視界がぐらつく程に激しい痛みに耐えながら、目をどうにか開いて見てみれば俺の手に突き刺さっている物を見てみれば、ダーツ。ぞっとする程嫌らしく正確に正確に骨を避けて肉を貫通している一本のダーツの矢だった。それを実に申し訳なさそうな表情でパジャマ姿に身を包んだ美雲が俺に目掛けて放ってきたのだった。しかも、美雲は更なる一撃を放つべく暗い闇を写し出したような目でもう一本の矢を俺に向けて狙いを付けているのだ
「隆平にーちゃん、ちょっとごめんね? 動かないでね……」
と、痛みにもがき苦しむ俺の耳に美亜の声が聞こえ、再び寒気が走った瞬間
「がっ……!! いぎっ……!!」
俺の右足は美亜が手にしていた2本の鋏、その片方が楽々と俺の衣服を貫通して脚に突き刺さり、俺は声にならぬ悲鳴をあげる。そんな美亜の口調もまた心底俺に申し訳なさそうながら、美雲と同じく真っ黒な想いに染まっており、それが一層俺の恐怖を駆り立てた
「お兄さんに気付かれてしまったなら……二人でゆっくり私達だけを好きでいてもらえるように『教えて』行こうか美亜ちゃん……」
「私達は子供だし、時間はいーっぱいあるもんね。美雲ちゃん……」
痛みの中で薄れる意識の中、俺が最後に耳にしたのは俺の前に立ってそんな相談をする美亜と美雲の声だった
◆
「ねぇねぇ、隆平にーちゃん。私の事は好き?」
「隆平お兄さん……私の事は好きですか?」
あるコテージの一棟にこっそりと作られた一つの隠し部屋。そこで美亜と美雲は半裸の姿で、衣服はおろか下着すらまともに着用していない隆平の胸に子犬がじゃれつくように甘え、熱っぽい口調でそう聞く
「あぁ……もちろん。美亜も美雲も大好きだぞ……」
それに答える隆平の体には無数の傷、二人の言う事を聞かなかった度に付けられた傷でボロボロの体を動かして二人の頭を撫でる
「えへへっ、隆平にーちゃんだーい好きっ!」
「隆平お兄さん、愛しています……」
隆平のその答えに満足した二人はそう言うと、彼にマーキングでもするかのように首筋に盛大に口付けをした
「くすぐったいよ……」
そう、どこか抑揚の無い声で答える隆平の目には一切の光が失われており、それはもはや何が起ころうが彼の心が再び戻って来ることは無い事を意味していた
今回の話は、薫編の最中、田上達の元で起こっていた事件となります