表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
13/18

◇第十ヤンデレ タイプ(メイド)

 非常に危ない所でした……今回はやたら長く、気持ち他の話より大人しいと感じる方もいるかもしれません

 そして今回は、三奈子編の時に起きていたもう一つの事件となります。

 時にその特徴的な見た目で嫌われ、時には自身より大きな獲物を捉える姿が恐ろしいと怖がられ、虫がある程度平気だと言う人もこれだけは駄目。と、何故か知る限り否定的な意見が多いように思えるカマキリだが、とてもその事には納得できない


 と、私、針野(はりの)竹彰(たけしょう)は仕事の手を止め、自室の窓から見える庭木の枝の上で夏も終わりなのに未だに掠れきった声で鳴いていた事が記憶に残っているアブラゼミを捉え、一心不乱に補食しているどっしりと、言う言葉がぴったりの巨大なオオカマキリを見ながら心底そう思っていた


「カマキリほど文字通りスマートで強さと美しさのバランスを完璧に調和させた生きる芸術作品のような生物は昆虫広しとは言えどもそうそう存在しないと思うのだがなぁ……」


 ため息と共に私はそう誰に言うまでもなく一人、ぼそりと呟く。こんな私の超個人的意見が他人に理解されるなど端から求めてなどいない。あえて言うとするのならば集団での意見が絶対正義とするかのようなこの現代社会と言う広すぎる海に私が無駄だとは感じながらも波を起こそうと投じた一石だろうか。そんな余り嫌いではないネガティブな空気を味わっていた時だった


「ちゎーすっ、ご主人様! あなたのかわいい専属メイドが昼食とお飲み物をお届けに参りましたよーっと!!」


 そんな空気を一瞬にしてぶち壊し、つい昨日言ったばかりなのにノックをせずに無駄に元気良く私の自室のドアを開き、髪を小さなサイドポニーに結んだメイド、しかもどういう訳か私の専属メイドであり、十年近い付き合いになるメイドの志波(しば)四木乃(しきの)は片手に昼食とコーヒーが乗った、銀のお盆を持ちながらくるっとさながらバレリーナの如く華麗に一回その場で回ると、意味が分からない程に高いテンションで滑らかにそう言った


「四木乃……私の部屋に入るときはノックしろと言っただろ……」


 相変わらずの態度にため息を付きながら、私はそう言って椅子を動かして四木乃へと向き直りながらそう告げる


「はいはい、あ、すいません。それより昼食、食べますご主人様? 私の手作りですよ」


「私の話、『それより』の一言でスルー? 嘘で良いから感心する素振りくらいは見せてくれよ……と、言うか返事を聞く前に机に置く準備してるし……」


 そんな私の言葉を聞き流すように四木乃は机の上に私が散乱させたいくつもの原稿用紙を手早くしかしキッチリと纏めて机の端に置き、布巾で私の手前の机を拭いて掃除し、私愛用のペンをこれまた愛用にしている金縁のペンたてに入れると、さっと食欲を刺激する香辛料の香りがする料理の乗った皿と、ティーカップに入った香ばしい匂いのするコーヒーを順番に置いていく。そんな主人である筈の僕の話を聞かない四木乃の態度はいっそ清々しく、私は諦めて料理に向き直る事にした


「はいはい、ご主人様ご注目! 本日の昼食は私、四木乃特製の『きゅんっ! メイドの愛情タップリカレー』と『メイドの我流コーヒー ラージサイズ』。略して『キメタカ』と『メカコジ』です!」


「……全体的にツッコミ所は多いけど、取り合えずその略称は二度と使わせないし、流行らせないぞ」


 メイド喫茶にでも出てきそうなネーミングセンスの料理に私は恐らくは四木乃の思惑の通りにツッコミを入れるのをどうにか堪えて先程のスルーのお返しとばかりに、出来るだけ四木乃に視線を向けないようにしながらそう言うと、四木乃は拗ねたような顔をして頬を膨らませた


「もう……ご主人様細かい所にこだわり過ぎ! そんなんだから二十歳過ぎてもまだ、童て……何でもないです」


「おい今、何を言おうとしたお前」


 男として、そして同じ悩みを持つ同志達の為にも聞き捨てる事は出来ない言葉を言おうとした四木乃の肩を掴んで軽く力を込める


「何の事か分かりませんねぇご主人様……ご主人様の勘違いじゃありません?」


 私に肩を捕まれると四木乃は瞳を限界まで動かして視線を俺から反らし、下手な口笛を吹いて露骨に誤魔化そうとしてきた


「ハッ……! それともあれですか、ご主人様にはうら若き乙女に破廉恥な事を言わせたい趣味が……!」


「断じてない。と言うかお前はもう、うら若き乙女なんて年じゃあ……」


 と、その瞬間、四木乃は肩を掴んでいた私の手をはね飛ばし凄まじい速度で首を掴みむと、抗議しようとしていた私に向かってぐいっと顔を引き寄せてきた


「19才は立派な若き乙女。いいですねご主人様?」


「あ、あぁ、分かった……」


 表面上こそ笑顔だがその目の奥から感じる圧倒的迫力に秒殺されて負けた私は、素直にその言葉に従い冷や汗が滲む顔で四木乃に頷いた。……あの顔にはどう考えたって逆らえる気がしない。逆らった瞬間に泣くまで私が殴られるのも十二分にありうると断言出来るまでの物を四木乃の顔は秘めていたのだ


「ご主人様が素直に理解してくれて助かります」


 私の返事に満足したらしく、四木乃は首を掴んでいた手を離し、乱れた私の上着を整えると今度こそにっこりと微笑んだ


「おっと、こんな事をしている場合じゃありません……。せっかく私がご主人様の為に作った昼食が冷めてしまいます」


「……誰のお陰でこんな事になったと?」


 そう言って慌てた様子でカレー用のスプーン、そして角砂糖とミルクが入った坪を取り出していく四木乃に、私はぼそっと呟いたがその一言は当然のように四木乃にスルーされた


「これ、本当は付け合わせのサラダも用意したかったんですけど何分、時間が無くて……すいませんご主人様」


 私にスプーンを手渡しながらそう言うと四木乃は舌を出し、小首を傾げつつ上目使いでそう謝罪した。


「いや別に……それくらい構わないよ、私は」


「そうですか? ならいいですけど……あ、ご主人様、ミルク入れます? 砂糖は何杯にします?」


 そんな四木乃のどこか本職メイドでありながら、どこか世間に媚びているような仕草に奇妙な胸のもやつきを感じながら私がそう言うと四木乃は何事も無かったかのように表情を変えると、銀のティースプーンを手に取り私にそう尋ねてきた


「……ミルクは少なめで、砂糖はいつも通り」


「ほいほい、了~解」


 いっそ清々しさする感じる四木乃の変貌に私は溜め息を付きつつ、そう注文する。すると四木乃は鼻唄を歌いながら砂糖をコーヒーに投入しドリップし始めた


 思い返せば、今ではこんな破天荒かつ常識のタガが地平線の彼方へと吹っ飛んでいてしまっているようなメイドの四木乃だが、それこそ私と出会った当初、つまりは十年と少し前の四木乃は今の状態の四木乃しか知らない者が見たら別人としか思わないと確信できる程に、大人しく引っ込み思案な子だった。


『あ、あの……ご主人さま……きょ、今日から、よろしくお願いいたします……』


 顔を真っ赤にしながら緊張で全身を震わせ、明らかにあまり着なれてないメイド服を着て、中学生だった私にオドオドしながら初めての挨拶をしてくる当時の四木乃はとても愛らしく感じ、私は思春期真っ盛りだった私は純粋な気持ち半分、下心半分でオドオドしてばかりの四木乃とどうにか距離を縮めようと模作していった。そして私がその切っ掛けに私が収集していたTVゲームを四木乃にやらせたとのではあったが……


「それじゃあご主人様、召し上がれ~。あ、私はその間、ご主人様のゲームしてますから」


「部屋に来てそうそうサボっているんじゃない!」


 某有名RPGからシューティングゲームにアクションゲームにパズルゲームは勿論、初な反応を見たいが為にホラーゲームや恋愛シュミレーションをプレイさせた結果、ご覧の通り四木乃は明らかに何か間違えた方向へと突っ走り、オドオドどころが私に対しては妙に馴れ馴れしい接し方をする用になっていた。……正直どうしてこうなったのかと思わずにはいられないが、四木乃の変貌の原因は八割以上は私にある為に誰にかに文句も言う事も出来ない


「やだなぁご主人様、これはサボりなんかじゃあ無いですよ? 私の自己判断で個人的な休憩を取っているだけです……よっと!」


 私が怒鳴り付けても四木乃はTVの電源を入れるのと同時に起動させたゲーム機でアクションゲームをプレイしており、こちらを見ようともしない


「それよりはご主人様、早く昼食を食べてください。私の手作りって言うのは正真正銘本当の事ですから……」


「はぁ……分かったよ」


 夢中でゲームをプレイし続けてる四木乃を見て、これ以上、何を言っても馬の耳に念仏にすらならないだろうと判断した私はため息を付きつつ、四木乃の進めるままスプーンを手にし、カレーを一口だけ具材と口に運んだ


「……うまい」


 サラサラ気味のカレーは口の中に入れた瞬間、底が見えない程に深くありながらも、どこか爽やかなカレーの味が口の中へと広がり、具材だった牛肉は歯で少し噛んだだけで溶けてしまう程に柔らかく、なおかつ旨味はしっかりと残っている。それに影響されて思わず私はカレーを飲み込んだ瞬間に思わず心の底から思ったことを口に出していた


「本当ですか? ……なら嬉しいです。作った甲斐がありました」


 と、その言葉にいつの間にかゲームを一時停止させていた四木乃は珍しく穏やかでゆっくりとした口調でそう私に微笑みかけながら言ってきた。


「あ、あぁ……普段の仕事もお前がこれくらい頑張れば良いのだがな」


 そんな四木乃に微笑みかけられるのがどこか恥ずかしくて私は、つい顔を背けそんな皮肉じみた事を言ってしまう


「むぅ……そう言うご主人様だって超スランプ中でまともに仕事出来てないじゃないですか」


 私の言葉に四木乃は頬を膨らませ、抗議するような視線と共に先ほど四木乃自身が散らばっていたのを片付け整理した原稿用紙を指差す。


「うっ……」


 四木乃に図星を突かれた私は思わずその原稿用紙、ほんの数行書いただけで残りは真っ白の所謂ボツ原稿から目を反らした


 学校を卒業してから私は一応、仮ながらも小説家を名乗り、渾身の力で書き上げた何作かの作品を本にして世間へと出した事もある。が、気持ちとは裏腹にその売れ行きはお世辞にも決して良いとは言えず、その影響もあって私は今、現在スランプへと追い込まれていたのであった。


「まぁ、私はお世辞でも身内ひいきでも無く純粋にご主人様の書くお話は好きですよ? だから頑張ってキリキリ書いてくださいな」


 と、少し落ち込み気味だった私に、四木乃はそう明るく言いながら軽く私の肩を叩いて励ますと、再びTVの前へと戻り、ゲームを再開し始めた


「分かってるよ……」


 私の数少ないファンでいてくれる四木乃からの純粋な応援の言葉は嬉しかったが、それを素直に本人に言ったら小一時間はからかわれそうな気がした為に私は食事に集中するフリをしながら、ぼそりとそう言う事しか出来なかった



 

 それから数週間後


「はぁ…………」


 私は自室に入ると同時に重いため息を吐いて肩を落とした。何て事は無い、またいつもと同じで共に独立して年収が2000万を越えるような絵に書いたような勝ち組の二人の兄に対し、本の売れ行きが不調でここ一年程まともに稼げてない私は朝からネチネチとその現状を両親に責められ『物書きなど下らん上に下劣な仕事など止めてしまえ』と嫌みを言われ、二人の兄達からも余程このまま両親の遺産の3分の1を私が受けとるのが許しがたいのか罵詈雑言を言われ、サンドイッチの如く絶えず悪態を吐かれ続けた。そんな事はもう数年近く毎日のように続けられ、すっかり慣れている。……はずなのに


「はぁ…………」


 私は壁に寄りかかると再び溜め息を吐いた。


 慣れている。確かにそうであるはずなのだが私の心は重く沈み、酷く憂鬱だった


「どうしたんですかご主人様? 入るなり溜め息二連発とは、今日はなにやら、いつもより矢鱈に落ち込んでいますねぇ」


 そんな私に当然のように全く断りも無く部屋に入っていた四木乃はカーペットの上のクッションの上に胡座をかいて座り、テレビに向かってシューティングゲームを熱心にプレイしている為に私の方を振り返りもせずに尋ねてきた。


「まぁ……いつもの事だけど、少しね……」


 そんな自由奔放な四木乃にいつものように漫才のようなやり取りをする余裕は今の私には残って無い。最低限の意地で情けなく座り込んでいる所を四木乃に見られないように声には出さない程度に気合いを入れて立ち上がり、テレビ近くに設置してある四木乃の背後の位置になるソファーに腰掛けた。


「……ご主人様、そう元気が無い時は甘い物がオススメです。と、言うわけで私特製の縁日の屋台風ベビーカステラをどうぞッス」


 と、私が腰掛けた瞬間、マジックの如く唐突に丸く小さな俵形にも似たカステラが入った紙袋を差し出して来た。先程まで袋があるなどまるで気付かなかったが、四木乃が胡座を書いてる状態では私の死角となる腹部辺りにでも隠していたのだろうか?


 そんな何気無い感じでやって四木乃がして見せた事に胸の奥で疑問を感じながらも、私はカステラの入った袋を受け取る。……何故か袋には四木乃の手書きらしい、雑貨店で売っていそうな水色の紙袋にやたら丸っこい『かすていら』と言うピンク色の文字と、その隣には恥ずかしげな表情で片手に『一回500円』と書いた書き割りを持ったままジャンブしているバニーガール姿の少女、それも所謂、四木乃ならば『ロリバニー!キターッ!!』とでも言いそうな贔屓目に見ても中学生程度にしか見えないアニメ調の幼い外見の少女が軽く腹が立つ程綺麗にプリントされていた。


「一応、聞くが四木乃。この印刷の意味は?」


「ん~、私的に縁日で感じる純粋な楽しさと、いかがわしさを分かりやすく我流に買った袋に表現して印刷してみたんですが……どうでしょう? あ、ちなみにその子は私の従妹を元にしたキャラで『ミナ』って言います」


 と、そう言いながらゲームのステージを完全ノーミスでクリアした四木乃は小首を傾げてわざとらしく自身の持つ可愛らしさをアピールしながら、まるで純粋に私の意見を聞きたいかと思っているかのように、そう尋ねてきた。全く……こいつは自分が周りと比べて容姿が優れている事をしっかりと自覚した上でこんな仕草を私にしてくるんだから実にたちが悪い


「いや、袋のいかがわしさが強すぎてカステラに頭が行きそうに無いんだが……そもそも何なんだ『一回500円』って」


「何なんだって言われても、500円は当然カステラの値段に決まっとるじゃあないですか。逆に聞きますが、まさかご主人様500円でミナちゃんとお楽しみ出来るなんて勘違いしてませんでしたか?」


 私のちょっとした問い掛けから瞬時に付け入る隙を発見すると四木乃は、してやったりと言う感じのニヤニヤとした笑顔をしながら私にそう言ってきた。どうやら私は、まんまと四木乃の罠にかかってしまったらしい


「甘いですよご主人様、エロゲーや官能小説じゃあるまいし、500回でかわいい女の子とお楽しみなんて出来るわけが無いじゃないですか。断言はしませんが、そんなんじゃご主人様、いずれ悪い奴等に騙されるかもしれませんよ?」


 そう四木乃は自分の目論見が成功した為か、上機嫌な様子で私に歌うように滑らかに告げる


「ぬうう…………」


 迂闊な事をしたのは自分だと頭では理解しているのだが、四木乃に思うように手玉に取られたのが少し悔しくて、気付いた時には私は歯噛みをしていた。


「……ちょっと言い過ぎましたね。仕方ない、お詫び代わりに私からご主人様にとっておきの甘いのをあげますか」


 どうやら私の顔からはハッキリとした不満が現れていたようで、私の表情を見た四木乃はそう軽く言いながらヘッドドレスを装着している頭を掻いて溜め息を付いた。


「なんだい、とっておきって。次は一……」


 次は一体、何をしてくるつもりか。私が半ば呆れながら冷静にそう四木乃に問いただそうとした瞬間だった


                                      

「ちゅっ……」



 全くの不意打ちで殆どモーションすら見せずに、四木乃は一瞬、軽く触れる程度のキスをしてきた。それも、頬や額では無く躊躇いも無く唇に


「!? なっ!? おっ、四木乃っ……!?」


「えへへっ、どーですかご主人様。甘いでしょ? とっておきでしょ?」


 そんな突拍子も無さすぎる四木乃の行動に私は盛大に慌ててバランスを崩し、ソファーから床へと転げ落ちそうになってしまった。と、ふと体制を整えながら文句の一つでも言ってやろうと、四木乃をよく見てみれば歯を見せて得意気に私に笑いかける四木乃の頬は赤く染まり、それはまるで気恥ずかしさを私に悟られまいと必死に誤魔化してるようにも見えた。


「い、いくらなんでも慌て過ぎじゃあ無いですかご主人様? ……何も私達、今のが初めてって訳じゃあ無いですし」


 と、視線に気付くと四木乃は慌てて視界から私を剃らすように上を見上げると、自身の人差し指を唇に添えながらそう言った



 そう、私と四木乃がこんな事をするのは決して初めてでは無い。出会ってからある事を境に、幾度と無く互いに誰にも見られず、気付かれないように秘密にしながら私達は唇を重ねてきたのだ




『あの……ご主人さま……あの……ご主人さまへの忠誠のしょうこを……してもよいでしょうか』


 私の記憶が間違って無いのならば、まだ純粋で臆病な一人の女の子だった四木乃がそう言ってきたのは八年前、丁度、四木乃と出会って2年になったその日の事。思えばあの時も、四木乃の発言の意味が良く理解できず困惑していた私に四木乃は急激に接近し、それこそお互いの歯をぶつけてしまうような勢いで唇を奪っていた。


 そして、それ以来、性格が徐々に今のように変化して言っても何かに付けては四木乃は私にキスをするようになっていった。それ以上、何かに発展する事も無くただ一瞬キスをするだけ。仕事上ほぼ自宅を離れる事は無く、必然的にかなりの時間を四木乃と過ごす私は自然と四木乃に深く心を許すようになり、いつも傍にいてくれる四木乃に実の家族以上の親愛を抱いていた私は四木乃からのキスを拒む気にはなれず、ずっと家族や親友以上、恋人未満の関係をズルズルと何年も引きずっていた。


「どーしましたご主人様? 次の小説のネタでも考えていましたか? あ、それとも私を前にしてえっちい妄想すると言う新手のプレイでも?」


 と、思い出にふけっていたせいで目の前の四木乃を無視していたせいか、四木乃はいつものように冗談を交えながらもどこかムッとした様子でそう告げる。


「教えない……秘密だな」


「むっ、私に秘密とはご主人様め……あと、私はもう子供じゃ無いんですよ。そう気軽に頭を撫でるのはどうかと思いますよ?」


 『子供じゃ無い』自身でそう言ってるのにも関わらず、頬を膨らませぶすっと拗ねている様子は誰がどう見たって子供そのものだ。そんな四木乃が愛しくて私は思わずその頭を撫でていた。口では文句を言っているが全く抵抗しない辺り、四木乃も満更では無いようだ。


「あっ、ご主人様何を笑ってるんです?」


 気付かぬ内に微笑んでいたのか四木乃はますます拗ねて、軽く私を睨み付けて来た


「(未だに未熟な私ではこれから先にも心が折れてしまいそうな出来事が待っているだろう。が、四木乃と一緒ならばきっと乗り越えられるさ……)」


 そんな四木乃は見ると証拠は無いながらも何故が、そう確信じみた思いが胸に込み上げていた


 いつの間にか初めに抱いていた疲労はすっかりと消えていた




「自分から約束しておいて……遅いな」


 私が不確かな確信を抱いてから、更に時が過ぎて雪が積もり始めた季節、無駄に大きく無駄に庭も広く無駄に装飾品も多い、そんな無駄だらけの実家のこれまた無駄に広い玄関前で私は記念に買ったコートに身を包み、時折文句を言いながら四木乃を待っていた。


 私が何故こんな真冬と言えるような時期に上物の暖房器具が聞いた部屋におらず、寒風吹き込むクソ寒い外に立っているような酔狂な真似をしているのと聞かれれば、つい先程前に私自身が『更に時が過ぎた』と言ったばかりの所で悪いが、時間は再び遡らせ一週間前の話をしなくてはならない。


 私が四木乃といる中で感じた僅かに胸に残った希望を頼りに、わずか一行書くのにも細かく模索し精密に考え、手直しを続けながら書いた奇怪なファンタジーの新作小説『鰐の反逆』が月の初めと同時に発売して以来、ゲテモノ小説呼ばわりした出版者の予想を裏切って私が今まで書いた数少ない中でトップの売り上げを果たし、ほんの少しは他人に誇れるような部数の本が世に出回った。まぁ……当然のように私の両親も兄達もそんな事で私の評価を変えたりするはずも無く『こんな下らん物が僅かでも流行るなど、世も末だ』と、わざわざ私の目の前で渡した新刊を捨てたりしてきたが、その程度の事は私の頭脳や身体能力が兄達に大きく劣ると判明した学生時代からとっくの昔にやられ慣れているので私は特にどうとも思わなかった


 ……話が少し逸れたが、まぁともかくその記念に近付いて来たクリスマスも兼ねて二人でパーティをしようと、私以上に新刊の販売好調を喜んだ勢いのままに四木乃は唐突に言い出すと、私の了承も得ずに今日この日この時間に玄関前で待っていてくれるように指定してきたのだ。

 

 話した事もない私の詳細なスケジュールを知っていて、指定したのであろうが丁度見事に何一つ予定が無かった私は、四木乃に上手いこと踊らされているような気がして余り良い気はしなかったが約束の五分前に着替えと自意識過剰だと思いながらも指で数える程度、それもややマイナー雑誌のインタビューに出たときがあるので一応、マスクとサングラスで顔を隠し玄関前に立つと、そこで四木乃から


『用事が思ったより忙しい上にぃ、急用も出来てしまいましたので少し到着が遅れます。ごめんなさいご主人様♪』


 と、文面なのにも関わらず、いつもの四木乃の素なのかふざけているのか判断しにくい滑らかで甘い口調が脳内で再生出来るようなメールと共に今日は休暇なのにも関わらず当然のようにメイド服を着た四木乃がウインクしながらカメラに向かって投げキッスをしている写真が添付されて届き、一気に脱力して自室へと戻る気力すら削がれた私はこうして間抜けのように玄関前に立って十分近く四木乃を待ちけているのである。


「そう言えば……」


 と、そんな時間の流れ妙に鈍く感じるような四木乃を待つ時間の中で、ふと直ぐに読もうと思いながらも仕事の忙しさに愛用している鞄に仕舞ったまま忘れていた一通のファンレターの存在を思いだし、折角の待ち時間を利用してここで読み始める事にした


「あ、渡くん、しっかりと私の新作も読んでくれたのか……」


 ファンレターの送り主は私が初めて著書を出版した時から、新刊が出る度に封筒に入った十枚程の譜面に渡って感想や自身の考察を律儀に書いて送ってくれている今回の新作で多少増えたとは言え、まだまだ数少ない私のファンの中でも四木乃を除けば最古のファンである石井渡くんからであった。顔を会わせた事は無いものの、彼からの心のこもったファンレターでの応援はいつも私の力になっていた。……まぁ、彼の書く文章から滲み出る彼自身の性に対する拘りは常日頃からどんな想像を脳内でしているのか疑問に感じる程に凄まじいとしか言えなかったが


「うん? 来たか……」


 と、私が丁度渡くんからのファンレターの最後の一枚を読み終えた所で車のヘッドランプの光が見え、それと同時に四木乃がボーナスを貯めて買い、自身が運転する比較的大きな四輪の愛車。名前は残念ながら忘れてしまったが和訳すれば、ヨーロッパ地方に吹く風。と言うような物だった。ともかく、その車がディーゼルエンジンの音を響かせながら現れると、キッとブレーキを効かせて止まった


「いや~ご主人様、本当にお待たせしてすいません。ささ、早く行きましょう」


「お、おい、ちょっと……」


 ドアを開いて車から降りてくるなり四木乃は、冬場の為に防寒用の黒いストッキングを履いた脚をせわしなく動かしつつ、どこか社交辞令染みた謝罪を私にするとグイグイと私の手を引き助手席へと半ば押し込むような形で乗せていく。その勢いに押されて慌てながらも私は大切なファンレターを折り曲げないように再びそっと封筒に戻すと丁寧に鞄に仕舞った。


「いやいや、私もこんなに時間がかかるなんて思ってなかったですよホントに? でも人生って予想出来ないから面白いと思いませんご主人様?」


「……露骨に話を誤魔化そうとするなよ」


 やたら消臭剤の臭いが効いた車内で私がシートベルトを付けたのを確認してから、自身もシートベルトを装着し、車を発進させた四木乃は妙に高いテンションで次々と私に言葉をかけ、その、そもそも隠す気もないであろうくらいの清々しさを感じる四木乃の言葉に私はどこか頭痛を感じながらもそう返事を返した


「もぅ……ご主人様は相変わらず細かすぎ!」


 と、そう言うと四木乃は赤信号で止まったのを良い事に、片手でハンドルを握ったまま運転席から少し身を乗り出して私の頬を人差し指で幾度と無く突っついてきた。全く痛くは無いが、こそばゆいし小馬鹿にされてるようで軽く不快だ


「運転するときは前を見なさい。……おや、もう信号は青になってるんじゃあないか?」


 暫くはあまんじて四木乃に頬をつつかれていた私ではあったが信号が青にと変わり、まだ四木乃が私の方を見ている事を確認した瞬間、私は軽い仕返しのつもりであたかも立った今、気付いたようにそう四木乃に指摘した


「えっ……うぉっと!? 危なっ!!」


 私の言葉で、ようやく信号に気付いた四木乃は慌てて体を正面に戻すとアクセルを踏み込むと、車を急発進気味に発車させた 


「今回は誰もいなかったが……もし私達の車の後部に他の車両があって、しかもそのドライバーが怒りやすい人物だったら乱暴にクラクションを鳴らされていたかもな。今のは」


 バックミラー越しに先程の信号を捉えつつ、畳み掛けるように私は責めるような素振りを見せず、四木乃にそう淡々と告げる。すると、四木乃は流石に同じ鉄は踏まないのか今度はしっかりと正面を見て、両手でハンドルを握ったまま頬を膨らませると、小さく口を開く。


「む~……まさか、ご主人様に正論を言われる日が来るとは」



「おいこら、それって私は普段はおかしな事を言ってると言いたいのか? 私に喧嘩売ってると考えて良いんだな?」


 四木乃の口から漏れた宣戦布告としか言えない言葉に、私は思わず身を乗り出して四木乃に詰め寄ろうかとした瞬間、私が履いていた靴、その足先に軽く、小さな衝撃と共に何かがぶつかった。


「これは……?」


 私はその感触が何故か妙に気になり、車が動いている故にシートベルトを付けたまま出来うる限り体勢を低くして屈み、自分の脚が邪魔ではっきりとした場所は分からないのを堪え、先程靴先にぶつかった感覚から直感的にその当たったはずの物があるであろう大体の場所を手を伸ばして探り、手に当たった物を身を起こしながら拾い上げて良く見て見るとそれは赤い表紙に『市立砂子中学校』と金文字で書かれた一冊の生徒手帳だった


「ちょっとご主人様、運転中に屈んだりしたら危な……って、あれ、それ三奈子ちゃんの生徒手帳じゃないですか?」


 絶好の反撃の機会だとばかりに私に何かを言おうとしていた四木乃は私が手に持つ生徒手帳を横目で見ると、その目を丸くさせた


「三奈子ちゃん……?」


「あれ、前に教えませんでしたっけ? 三奈子ちゃんは私の従妹の中学生の女の子ですよ。これがもう、私に似て美少女なうえに無理していつもツンツンしてて……! そりゃあ、かわいいんですよ!」


「はいはい、そりゃあ何より……」


 体を奇妙に痙攣させながら、何処かうっとりとした表情で言う四木乃の話半分に聞き流しながら私は、確認の為に四木乃が三奈子ちゃんの物だと言う生徒手帳を開いてみた。


「ふむ……」


 どうやら四木乃の言う通り生徒手帳は三奈子ちゃんの物であったらしく、生徒手帳には四木乃と全く同じ漢字で『志波』と言う名字と三奈子ちゃんの名前と住所、そして張られていた三奈子ちゃん本人の写真はなるほど確かに何処か四木乃に似てはいたが、常日頃からニヘラニヘラ笑っている四木乃とは違い、その表情には一切のふざけた感じは無くつり上がり気味の眉からは気の強そうなイメージを感じ取る事が出来た


「……を、乗せたときに落としたのかな……まぁ、あんな事があれば焦るのも仕方ないかもしれないけど……三奈子ちゃん手を急がせ過ぎなんだよなぁ……」


 と、その時、生徒手帳を見ることに意識を集中させた為にその全文を聞き取る事が出来なかったが、四木乃の口から小さく、明らかに私に言おうとしているのでは無く、頭で思った事を思わずして口にしてしまった。そんな感じの四木乃の小さな声が私の耳に届いてきた


「今……何か、言ったか四木乃?」


 何故なのか、と聞かれても私にも上手く説明する事が出来ない。だがしかし私はその時、そんな小さな四木乃の呟きを聞いた瞬間に背中からスッと一筋の汗が滲み、その汗が体を伝わって落ちながら下着へと染み込んでゆくような悪寒、そんな物を感じ取り気が付いた時は震える声で四木乃にそう問いかける


「んぁっ? 何々、何の事ですか、ご主人様?」


 が、四木乃は私の問いに、少し不思議そうな表情をしなが、いつもと変わらぬ調子で私に返事を返した。その声え四木乃の様子からは先程一瞬だけ感じた異様な感覚は全くと言って良いほどに消え失せていた


「いや……何でもない、私の勘違いだったみたいだ」


 そんな全く変化があったようには感じ取れない四木乃を見た私は、先程の事を単なる勘違いと判断する事にした。

 さて、いざそう考えてみれば、昨夜床についた時間は立て込んでいた事もあって、確かいつもより2時間程遅かった。もしかしたら、その影響がおかしな空耳を生み出し、私は勝手に震えていたのだろう。

 頭の中でそう考えてしまえばスッと胸の支えは無くなり、同時に心も軽くなり、気付けば自然と笑みを浮かべていた


「急に真剣になったかと思えば、突然の笑顔…….相変わらず変なご主人様ですねぇ……ハッ!? 待てよ……もしかしてこれは、そうやって場の雰囲気を良い感じにしつつ、運転中に『運転チュー』とかをするためのご主人様の策略!?」


「そんなわけないだろ、どこまで話を変な方向に持っていくつもりなんだお前は……」


 途中で四木乃が言った、限りなく用途が限定されているであろう低レベルでシュールなギャグには一切、言及しないようにしつつ、私は今日何度目かも分からぬ溜め息をついた  

 

「あ、そうですか……ご主人様にその気が無いならば、私が貰っちゃいますね」


「お、おい……ちょ……うむっ……!?」


 その言葉が終らないうちにタイミング良く線路前で一時停止した瞬間を狙って四木乃は私にいつものようにキスをしてきた


「さ、ご主人様、目的地はすぐですよ。この私でも予約とるのに苦労した名店ですから楽しみにしておいて下さいね」


 動揺した私を放置し、さっさと唇を離すと四木乃は再びハンドルを握って車を走らせた。


「目的地がすぐなら、キスなんかするんじゃない……」


 そして私は、軽く文句を言いながら未だに臭う消臭剤の香りを堪え、四木乃が薄いながらも化粧をしていた為に私の唇に残った四木乃が付けていた口紅の跡を外の寒さの為に少し曇った車のミラーを頼りに店に付くまでにハンカチで落とそうと奮闘するのであった。





「四木乃が紹介した店にしては、食事も美味だし従業員の人達も皆礼儀正しいし、落ち着いた雰囲気の良い店だったな……男は普通なのにウェイトレスの女の子が全員バニーガールなのだけが気になってしょうがなかったけど……」


 礼儀正しく、なおかつ全員がキチンと見えるように美しく並んだバニーガール姿の女性店員達に見送られながら外から見ればごく普通の、所謂ちょっとお洒落なイタリアンレストランにしか見えない店舗から外へと出ると、外は真っ暗になり星が輝き始めた空を見上げ、そう呟く。周囲の気温も太陽が沈んだ事で入店した時より大分下がったのか、私が呟いた事一息で吐き出された吐息ははっきりと白く変わっていた


「まぁ、しかし今日は色々と問題は……問題は多いにあったが……!」


 誰に言うまでも無く、四木乃提案の記念パーティを振り返り総括しようとしていた私の脳内に一気に今回の記念パーティで起きた出来事、その中でも特に胃痛の原因になりそうな場面


 店舗側が何を勘違いしたのか、四木乃が妙な伝えかたをしたのか、その利用法なのかデザートにチョコで描かれた私と四木乃を中心としてその回りに大量のハートが描かれたどう見てもカップル同士にしか見えないようなケーキを持ってきたり


 誰が利用するのかバニーガールの衣装を着れるという店のサービスに食い付いて、帰り際までバニーメイドと言う主旨の良く分からない格好をしていたり


 終いには、ノンアルコールドリンクを飲んで『私、酔っちゃいました♪』と、私にもバニーガール衣装を着せようとしたり(幸い、男性用は無かったので免れたが) 


 そんな記憶がフラッシュバックのように鮮やかに甦り、私は思わず言葉を詰まらせてしまった。


「あったが……だが、楽しさの方が上回った。今日は良い一日であった、そう言えるだろう」


 しかし、それでも私は自然と今日の出来事を素晴らしいと心の中から思う事が出来た。


 思えば、あらゆる面で兄達と努力では埋められないような差を付けられ、両親から疎まれるようになった私に、決して傍を離れず、どんな時も私を味方であり、積極的に私の力となってくれようとしたのは四木乃だけだった。


 何かの弾みで口を滑らせたら最後、冗談でも無く私が棺に入るまで話のネタにされると確信出来るので決して本人の前では言わないが、私にとって四季はこの世界で私が唯一心から信頼出来る仲間であり家族であり、私が絶望しないで生き続ける為の希望であった


 世間的には私のただ一人の専属メイドに過ぎない四木乃は出会ってから十年の間に、私の中でそこまで大きな存在へと変わっていたのだ。


「しかし……まさか一日に二度とはな……」


 そして現在、私は希望たる四木乃によって本日二回目となる待ちぼうけを受けていた。一見、悲惨と見るような人もいるだろうが私としては、ここまで漫画のギャグ染みたような出来事が起こると苦笑にも似た実に奇っ怪な笑みしか出てこなかった


 私がこうして店舗の前で待ちぼうけを食らった理由は単純明快、食事を終えていつものメイド服姿に着替えた四木乃が会計を済ませて、いざ帰宅しようとした瞬間、四木乃は思い出したかのように何処かへと電話をかけ始めたのだ。『すぐ終わりますから、ご主人様は外で少し待っていてくださいね』と、四木乃はやたらに広く、おまけに人がいなかった事もあって店内の待ち合い室で電話を始めたのだが


「四木乃……終わったか?」


 外に出てからきっちり十五分が過ぎたあたりで私は再び店の扉を開くと、店の迷惑にならない程度に声を抑えて待ち合い室にいる四木乃にそう呼び掛けた


「だから、落ち着きなって~……何回でも言うけどそもそも今回は少し先を急ぎ過ぎてるんだよ?」


 が、残念な事にすぐに終わるはずだった四木乃の電話は十五分が過ぎた今となっても終わってはいないらしく、四木乃は、しかめ面をしながら誰とも知らぬ電話の相手と熱心に話を続けていた。が、店に入ってきた私に気が付くとテーブルに置いてあった一枚のメモ用紙を片手で掴むと、それを私に良く見えるように広げる


『もう少しだけ、時間がかかりそうですのでご主人様は私の車の中で待っていてください』


 途中で電話が自分が言ったように簡単には終わらないと予想していたのか、四木乃が広げたメモ用紙には特徴的な丸文字でそんな事が書かれていた


「あ、あぁ……分かった。そうさせてもらうよ」


 私が四木乃のメモを読み終えてそう返事をすると、四木乃は無言で頷き、ポケットの中から車のキーを渡すとそれを私に向かって放り投げた


「店内で物を投げるなよ……」


 そんな私の文句にウインクしながらと言う、殆ど誠意の見れない四木乃の謝罪を見送りながらもキーを受け取った私は店を出ると、店舗のすぐ近くにあり、私達が乗ってきた四木乃の車を停車させてる立体駐車場へと向かって歩き出した


「あいつはどんなときでも態度がぶれる事は無いな……ま、まぁ、そこが魅力的とも言えるかもな。あくまで『かも』だが」


 店舗から立体駐車場までの一分もかからないような短い距離を歩きつつ、私は後ろから電話を終えた四木乃が来てないことを確認しつつ、人通りが少ない事に影響されたのか気がつくと、そんなこっ恥ずかしい事を呟いていた


「……今日の私は自分で言うのもどうかと思うがどうにもおかしい。まさか、パーティで私も浮かれているのか? ……と」


 そう、ついつい本音を口に出してきまい気味の今日の自分について考えている間にあっと言う間に四木乃の車の前へとたどり着き、私は迷わずキーで助手席の扉を開き、運転席の椅子に車のキーを置くと助手席へと腰掛けた


「うぅんっ……ふぅ…………」


 その瞬間、今日のパーティでの疲れが思い出したかのように一気に現れ、私は背伸びしながら深いため息をついた。


 どうせ、もう少し待つことになるんだ。だったらここで休憩するのも悪くない


 そう決めた私が座席を倒し、厚手のコートを布団がわりに眠ろうとし目を閉じた瞬間だった




『……っ、うぅ……』



 弱々しい、しかしはっきりとした男の呻き声が何処からか聞こえてきた。


「今のは……?」


 眠ろうとした間際に聞こえたそんな声を不審に思った私は閉じていた目を再び開くと、起き上がり耳に手を当てると耳を澄ませた


『だ、誰か……』


 そのままの姿勢で数秒ほど待っていただろうか、再び前ぶりも無く苦しげな男の声が響き、耳に神経を集中させていた私はその発生源を特定させる事に成功。したのだが


「!? ま、まさか……!?」


 何と、男の声は車内。それも座席を倒し、四木乃の荷物が数多く乗せられている車の最後尾の座席から聞こえて来たのだ


「……………………」


 それを認識した瞬間、私の背中には明らかに外気や室温による寒さとは無関係の、本能的な感覚によって引き起こされた恐怖による鳥肌が立ち、気付けばその恐怖に体も呼応しているかのように小刻みに震えていた。


 

 後ろに何があるのか知ってはならない、見てはいけない


 本能が全力でそう警告を発するが、私は恐怖に直面してもなお『知りたい』と言う欲求、あるいは『目の前の恐怖を否定する為の確証』か、ともかく説明し難い何かに突き動かさせるように恐怖に震えながら自分が置いたキーを手に取り、助手席のドアを開いて車の外へと降りると、外部、そして運転席や助手席からは全く見えない後部座席の扉を握り締めた


「大丈夫だ……落ち着け……私の気のせいに過ぎなかった可能性が……いや、むしろその可能性の方が大きいんだ……」


 私は震える体を押さえつけ、自分に言い聞かせるようにそう言うと、恐怖を振り払うように勢い良く後部座席の扉を開き


「うわあぁあぁぁぁっっ!!」


 中にあった『モノ』を見た瞬間、私は絶叫して駐車場のコンクリートの上へと倒れこんだ


「た、助け……助けて……」


 明らかに意図的に荷物で隠され、助手席に座っていた私に見せないように細工されていた最後部座席いたのは四肢をロープで痣が出来ている程に堅く拘束され、緩んでいたのかどうにか自力で外したのか緩んだ猿轡越しに私に助けを求める一人の男。


 それだけでも十二分に異様な光景ではあったのだが私が絶叫したのは、男の姿であった


 その全身には鞭で打たれたのか赤黒く痛々しい程のみみず腫れが多いつくし、指は切断された上にその傷口を丁寧に焼かれた後がある。そして何より、如何なる方法で行われたのか想像もしたくは無いが男の左目は抉りとられ、そこにはただの空洞が広がっていた。


「こ、これは一体……っ!」


 沸き上がる強烈な吐き気を堪え、口を押さえながら私が懐から携帯電話を取り出して通報をしようとした瞬間


「……あ~あ、やっぱり横着はするもんじゃ無いですね」


「しき……うぐっ……!?」


 そんな極限まで覚めきった様子の四木乃の声が聞こえたかと思うと、私の体は飛んできた一本のロープ……いや、鞭で拘束され私はその弾みに携帯電話を手から取り落としてしまった


「全く……ご主人様とデートを楽しみつつ汚物処理……なんて自分で立てた計画は上手く行かないものですね。ご主人様もそう思うでしょ?」


 そう『鞭』を手にした四木乃は動けない私を覗き込むように見ながら妖艶に微笑みかけた。


「……四木乃なぜ、こんな……!」


 打たれた時の痛みは全くと言って良いほどに無いが、鞭で体を拘束されて全く身動きが取れないなからも、私はそう四木乃に向かってそう叫ぶ


「なぜ……ですか。うん、こうなった以上ご主人様には全てを話しておいた方が良いかもしれませんね」


 私の問いかけに四木乃は鞭を持ったまま考え込むように歩き、すっと後部座席の男に近付いていく


「私がこんな事をした理由は簡単ですご主人様。こいつはご主人様のご両親と御兄様方に雇われた殺し屋。こいつが影に隠れて、ご主人様を亡き者にしようとしていたのを私が捕まえて誰に依頼されたか吐かせる為に軽く拷問した……これはその結果です」


「なっ…………!」


 衝撃


 鋼鉄のハンマーで叩かれたかのような衝撃的な四木乃の言葉に思わず私は、拘束されてるのも忘れて硬直しその場で時間が止まったかのように固まった。


「(殺し屋……っ!?……それに依頼したのは私の……馬鹿な……そんな馬鹿なっ!!)」


「……私も嘘と思いたかったんですがね。残念ながら証拠もあるんですよ」


 あまりの無惨な出来事に言葉を失い、思考すらままならなくなる中、追い討ちをかけるように四木乃はボイスレコーダーを取り出すと静かに録音された音声を再生させた


『いいか、我が家の恥さらしの、あいつを必ず始末してこい!』


『報酬は約束するわ、確実に殺害するのよ。アレは私の息子では無いもの』


『あんなゴミにこれ以上、調子に乗られるのが俺はガマンならないんだよ!』


『使用人も犠牲にしようが構わない!奴を殺せ!』


 そこから聞こえてきたのは、合成でも何でもなく紛れもない私の両親、そして兄達の声、その全ての声が心から私の死を願う、どす黒い悪意と敵意に満ちていた


「やめろ……やめろやめろっ!!……やめてくれ……四木乃……」


 薄々は感じていたが、認めたくは無かった。そんな事実を直視させられた私は心が砕け、気付いた時には鞭の拘束が緩んでいるのにも気付かず、地面に項垂れていた。


 両目から流れる絶望の涙は止まりそうに無い。


 結局私がどれ程努力しても、奮闘しても家族は一度たりとも私を認める事は無く、それどころか私の死を願ってすらいた。


 いつか認められる日が来ると信じていた私は、両親や兄達から見ればしつこく滑稽な愚か者だったのだろう。


 私がした事は全てが無駄だったのだ


 そうして絶望の闇が私の心を包み込もうとした瞬間


「大丈夫、私は……私だけは何があろうとあなたに味方します。あなたを否定しませんよ……」


 いつの間にか近付いてきた四木乃は項垂れる私の元に座り込み、そう囁きながら抱き締めてきた


「ご主人様が本当に信頼すべきなのは家族でも無く私だけ……ご主人様の全てを私が受け止めます。ご主人様は私を必要とする……私無しじゃ生きられない人なんですよ」


「私は……四木乃無しでは生きられない……?」


「そうです、ご主人様は私無しでは生きられないのですよ……だから……」


 悪魔の囁きのように、心へと染み渡っていく四木乃の言葉を私が復唱するかのように言うと四木乃はそれを肯定し、私に言い聞かせるようにそう告げると、そこで四木乃は行ったん体を私から離し、天使のように柔らかな笑みを浮かべると右手を私に向かって差し出す


「だから、これからは誰にも傷付けられないように一つの家で私と生活しましょうご主人様? そうすれば私とずっと一緒にいれるし……二人が寂しいなら、私と三人目でも作れますよ?……ねぇ、だからご主人様……」


 そこで四木乃は改めて私をじっくりと優しげに見つめる、気付けば四木乃のその目は明らかに暗く淀み獲物を狙う捕食者のようにギラギラと輝いていた


「だから、私と一緒に来てください。ご主人様」


 そして私は四木乃のその誘惑が危険だと本能で感じていながら、四木乃の纏う微笑みや想いの本質は決して天使などでは無く悪魔の持つそれだと頭で理解しながら


「あぁ……お前と、四木乃と私は共に行くよ……」


 私は自ら進んで悪魔に自分の魂を売り渡した


 家族に捨てられた今、私に残っているのは四木乃だけだ。ならばもういい、溺れてしまもおう。進んで食われてしまおう。空っぽの心の中で唯一残った四木乃への想いが気付けば私にそんな思考をさせ、私は四木乃の手を取っていた


「あはっ……あははっ……ひっ……ついに! ついにご主人様が私の……私だけのものに!!ご主人様……私だけのご主人様……!!」


 痛いほど激しく私の手を握り締め、興奮した勢いのせいか四木乃は互いが手を繋いだ状態のまま舌を出すと、さながら自らの唾液を刷り込んでマーキングでもするかのように一心不乱に私の手を舐めまわし始めた


 もはや私は後には決して戻れぬ道へと自ら足を運んだのであろう。しかし胸には一切の不安は無い。


 私が頼れるような人間も、愛情を抱くような人間も四木乃しかいなかったのだ


「(これが愛する人に全てを捧げると言う事なのかは分からない。だがきっとこれが私にとっては正解なのだろう……)」


 未だに私の手を舐め続けている四木乃の頭を撫でながら私は何処か、晴れやかでさえある気持ちでそう思っていた…………












 それから5年後、竹彰の書いた恋愛シリーズ小説『君と私』は空前の大ヒットを果たして世間を騒がせ、竹彰は妻の四木乃と共に忙しい毎日を送る事となった。


 その丁度同時期に、竹彰の両親そして兄弟達が行方不明となる事件が起きていたのだが、それは奇妙な事に一部のマスメディアに取り上げられたのみで、警察組織による捜査の進展が無いこともあって多くの人々が何も知らずにその事件は静かに忘れられていったのであった。

 四木乃が電話をかけていた相手は勿論三奈子です。実はさらっと三奈子編に会話の中で出てきていた三奈子の従姉こそが四木乃であり、渡誘拐の協力者でもあるのです

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ