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特別編 石井渡の優雅かつエキセントリックなある日

 最初に一言、改めて皆さん、アンケートご協力ありがとうございます!!

 今回の特別エピソードは見事、人気投票一位に輝いた渡こと、石井渡のエピソードです。

 今回はいつものヤンデレ愛劇場とは違い、シリアスはほぼありません……が、『特別編くらいは、こんなヤンデレ愛劇場もありでは?』と、考えてくれる方は是非御覧ください。石井渡と言うのがどういうキャラクターなのか良い意味でも悪い意味でも改めて知ることが出来る……そう、考えてこの話を作りました。

 俺は過去の事、特に小学校以前の事を思いだすのは好きじゃない。

 

 理由の1つは、その頃俺の両親は仕事で家にいない事が多々あり夜、家に俺一人だけで眠る事も何度もあった事で、俺は夜中に一人の夜の度に非常に心細い夜を過ごしていた。

 そんな俺の様子を知り、悪いと思ったのかある日、俺の両親は非常に触り心地の良いテディベアを俺にプレゼントしてくれ、俺は両親の想いが込められた柔らかいテディベアを抱き締めて眠る事で俺はたとえ一人でも不安や恐怖を無くして安らかに眠りに付く事が出来た。その影響か今でも「クマサブロー」と俺が名付け愛用し続けたそのテディベアがいないと俺は一人で眠る事が出来ない。


 そして、もう1つは孤独そのものだった。

 当時から剣道場に通っていた俺は、両親とあまり会えない寂しさと悲しみを剣道にぶつけるかの如く暴れ、試合相手を必要以上に精神と肉体共に打ちのめして大泣きさせたり、病院送りにさせた事も一度や二度じゃ無く、当然ながら周りの皆はそんな俺を恐れて避け、自業自得ながら俺はいつも一人であったが、それでも当時の俺は妙な意地を張り、内心の寂しさを誰にも見せないようにしながら意地になって一人で生きていく決心をしていた。だから当時の俺はそんな自分も世界も大嫌いだった。


 丁度その頃だ、俺が田上。田上太郎と出会ったのは。


 小学校に入学した時、田上は俺の噂を聞いていたのであろうにも関わらず、ごく普通に俺に話しかけてきたのだ。まぁ、その理由と言えば同年代メンバーだけで見たい映画を観に行く為に両親から許可を貰える人数合わせ、と言うことだったらしいが。


 そうして当初は俺が一緒に行ったところで皆、不快になって楽しめないだけだろうと、すんなり両親の許可が取れた俺は嫌々、田上そして同じクラスだった澄、勇馬、良一の5人で朝早くから映画を観に行く事になったのだ。そして、眠くてうんざりしながら映画を見始めた俺は


 あっと言う間に魅了され、気付いた時には暇潰し用にと買ったポップコーンや飲み者をも忘れて食い入るようにように映画を見ていた。


 その映画は所謂、特撮ヒーローの劇場版だったのだが、その映画の中で俺は、個性的なキャラクター達が織り成す奇々怪々なストーリーに引き込まれ、恐ろしくも不気味な怪物達に震え、そしてそれぞれ迷い打ちのめされながらも懸命に自分の生きる道を探して戦うヒーロー達に魅了され、映画に未来を信じる美しい結末が訪れ、エンディングが流れるのと同時に俺は涙を流していたのだ。その変貌の凄さは俺の隣に座っていた勇馬が


「いやいやいやいや、映画よりお前の態度の変化の仕方がスルー出来ない程に凄くて、まともに見れなかったんですけどぉぉ!?」

 

 と、クレームを入れてきた程であった。


 ともかく、そのたった一本の映画がきっかけで今まで自分の中の苛立ちを他人にぶつけていた事が非常に愚かな行為に思えていた。それと同時に心が砕けてしまいそうな程に打ちのめされても諦めなかったヒーロー達に『彼らのようにありたい』と強い憧れを感じた俺は、映画が終わるなり田上達に頼み込んで彼らが持っていたヒーロー達のビデオ作品を借りて熱中し、雑誌を買い、今まで殆ど無視してきたTVで特撮ヒーローやアニメを見るようになった。


 こうしてあっと言う間に俺は素晴らしき創作の世界に引き込まれ、見た作品達の影響を受けて少しずつ心持ちを変え、気付けば俺は孤独では無くなっていた。


 そして、今



「よぉーし……良いぞ三奈子……はい、ちょっとこっちに視線を向けてっ……!」


「あんたのそのテンションは毎度、どこから来てるのよ……」


 デジタルカメラで熱心に三奈子を撮影してくる俺に、そう言って呆れたような蔑む視線を俺に向けてくる三奈子。だが、そんな視線もまた素晴らしい、はっきり言えばご褒美です。ちなみに今の三奈子の姿は半袖黒のウェイトレス姿にガーターベルト着用で足はブーツ。そして手には勿論、おぼんを持っている。


「何を言う、こんな可愛い姿の三奈子を見てテンションが上がらない奴がいるものか。いいや、いないねっ!」


「か、かわいいっ……て」


 俺が、そう言った途端、三奈子は瞬時に顔を真っ赤にして恥ずかしそうに俯く。紳士諸君の皆はこれだけを見れば三奈子はちょろインと判断されるかもしれない。だがあえて言おう……だが、それがいい。と、考えて見てくれ、ちょっと誉められただけで恥ずかしがって赤くなってしまう女の子……非常にそそるとは思わないだろうか?


 そんな事を考えながら冷静で的確な判断力でしっかりとピントを合わせて照れる三奈子をありとあやらゆる角度から徹底的に撮影しまくる。ふはは!


「ちょっ……!?いい加減に……しろぉっ!!」


「どどんこっ!!」


 そして次の瞬間、三奈子の白ニーソックスと黒のミニスカートが魅せる美しき絶対領域を特に重点的に撮影していた俺は三奈子からの膝蹴りを顎に食らって悲鳴を上げて吹き飛ばされた。暴力?いいえ、我々の世界ではご褒美です。美しい脚で蹴って貰えるのはご褒美以外の何者でも無い。しかも蹴りを受けた時にしっかりと三奈子が履いていた青白の縞パンツも見えたから尚更だ。


「わは、わはっ、わっはっはっはっはっ!!」


 蹴りの勢いで床に寝転がりながら俺は高笑いをした。最高だ、今の人生は過去からは考えられない程に充実している。心の奥底から生きる気力が尽きること無く湧いてくる。脳は常にエクスタシーを感じ、体はやる気と気力で熱をおびた最高の状態だ。素晴らしい、全くを持って素晴らし過ぎるぞ俺の人生は!


「ちょっと……渡、大丈夫?」


 と、そんな感情に浸っていた俺がおかしくなったとでも心配したのか、三奈子が俺に近付き屈むと不安げに俺の顔を覗きこんできた。


「三奈子……!」


「きゃっ……!?」


 そんな三奈子を本能の赴くままに自分の体に抱き寄せる。そんな俺の行動に三奈子は驚きこそすれど抵抗はせず大人しく俺の腕の中に収まった。そんな三奈子の耳元に口を寄せ俺は小さく呟く。


「愛してるぞ、三奈子……」


「時間と場所を考えなさいよバカ……」


 口ではそう言いながらも三奈子は俺の体に手を伸ばして自分から俺を抱き締め返してきた。このデレ具合……俺としては大変満足です。


 そんな事を考えながら俺と三奈子は学校終わりの金曜日を静かに過ごしたのであった。



 そして、そんな非常に充実した金曜日の翌日、つまりは休日の土曜日。


「よし、行くぞ三奈子」


「ちょ……ちょっと、待ちなさいよ!」


 上空に開いた窓ガラスから差し込む暖かい太陽の光の元にと俺は三奈子の手を引いて歩く。ここは俺の暮らす市内から程近い、超巨大流れる温水プールとギネス登録を待つ程の長さと迫力を持つウォータースライダーを売りにしているウォーターパーク。そこに今、俺は三奈子、そして友人達と共に訪れているのだ。


「大丈夫だ三奈子、荷物は全部俺が持っているし場所の確保は田上に頼んである」


 ちなみに今の三奈子の姿は俺のチョイスでパレオと、生地にはフリル付きの黒ビキニ。理由はやはり三奈子の長く美しい脚を一層、素晴らしく魅せるため。一見単純だが非常に重要な事なのだ。


「そうじゃなくて……っ!あんた今日になって、いきなりこの水着を渡したけど……何でサイズピッタリなのよ!な、何で私の正確なスリーサイズを……」


 手を引く俺の力には逆らわず顔を赤くしながら三奈子はそう若干抗議するような口調で言ってきた。そんな事ならば既に俺が言うべき答えは決まっている。


「何、俺が三奈子の裸を見たのは一回や二回じゃ無いんだ。むしろ、それくらいは分かって当然じゃないか?」


 俺はそう、三奈子の耳元に顔を寄せると誰にも聞こえないようにそっと囁いた。


「バカ……こんな人がいる所で言わないでよ……」


 すると三奈子はたちまち赤かった頬を更に赤く染め、軽く俯きながら小さく呟いた。ここで小説でよく出てくるような鈍感系主人公や俺と共に死線と苦行を幾度と無く乗り越えた友であり、なおかつロリコン疑惑のある田上なら聞き逃してしまうのであろうが、俺は勿論聞き逃したりはしない。


「すまん、あまりにも三奈子が愛しくて……つい……な」


「ふ、ふひゃあっ!?」


 俺は三奈子の耳元で再びそう囁くと、すっと顔を離す。予想外のコンボに三奈子はすっかり慌ててしまったのか危うい所で保っていた強気な態度も消し飛び、周囲に人がいるのにも関わらず奇っ怪な声と共に素を見せてしまった。


「……さぁ、先に行ってるはずの田上達をあまり待たせるのもいかない、待ち合わせ場所に急ごう」


 そして俺は、そんな恥ずかしい事になった三奈子には一切触れず、何事も無かったかのように再び三奈子の手を引いて待ち合わせ場所にしていたプールの休憩スペースへと向かう。


「もうっ……!あんたは……っ………もうっ!!」


 口では憤慨した様子でそう言っているが三奈子は握った手を全く離そうとせず、歩調もしっかりと俺に合わせている。この丁度いい(俺基準)ツンとデレの割合、これが三奈子の魅力なのだ。上手いこと計画通りに事が動いて思い通り三奈子のかわいい姿を見ることが出来てテンションが上がったのか、軽く鼻歌を口ずさみながら三奈子の手を引き、目的地へと向かったのだった。



「お前にしちゃ随分、時間がかかったな?何をし……あ、やっぱ想像は付くからいい。うん、何も言うな、黙って席につけ」


 俺と三奈子が休憩スペースへと到着すると、先に来ていた田上が椅子に腰掛けたまま、そう言いかけて小さくため息を付きながら俺に呆れたような視線を向けてきた。


「そうだな具体的に言うと……まず」


「ストップ!ストップ!俺、『言うな』ってついさっき言っただろ!!何、華麗にスルーしてんだよお前!?」


 俺が何気無く空気を和ませるジョークを言おうとすると、田上は座ったまま立ち上がりそうな勢いで勢いよく手振り付きでツッコミを入れてきた。


「なかなかのツッコミだ、63点と言った所か」


「何で点数つけてんだよ!?しかも得点微妙じゃねぇか!!」


 俺がそのツッコミ(からかうつもり)で誉めると、田上はますます大声で切れ味のあるツッコミを返してきた。こいつは将来有力なツッコミの一人なる。そう、確信しながら俺が次のネタを口にしようとした時だった。


「むぅ………お兄ちゃん手が止まってるよ」


 俺が到着した時からずっと田上の膝に座り、頭を撫でられていた牡丹ちゃんが頬を膨らませ、そう抗議してきた。ちなみに牡丹ちゃんの水着はピンク色のワンピースタイプのもので牡丹ちゃんの年齢よりも小柄で幼い体によく馴染み、特徴的な体にしては大きな胸が背徳的なエロチックさを描いていた。


「あ、悪い牡丹……」


 牡丹ちゃんに指摘されると田上は慌てて俺へのツッコミを中断して、髪にそって牡丹ちゃんの頭を再び撫で始めた。すると途端に牡丹ちゃんは上機嫌になり満面の笑みを浮かべて大人しくなり、それを田上も嬉しそうに微笑むと、そっと牡丹ちゃんを腕の中に抱き締める。……うむ、やはりロリコン疑惑は田上本人が頑なに否定し続けてるが払拭出来ないなこれ。


「ちょっと、あんた……」


 と、そんな牡丹ちゃんに俺が注目していたのが面白く無かったらしく、三奈子が肩を掴み軽く睨み付けてきた。そんな可愛らしい三奈子の嫉妬に対して俺は迷わず


「……きゃっ……わ、渡!?」


「これで許してくれないか?……三奈子」


 まるで三奈子の手を取り、さながらダンスでも踊るかのような動きで俺はくるっと一回転するとそのまま勢いで三奈子をお姫さまだっこした。これは三奈子に少女漫画のようなロマンをプレゼントするのは勿論、俺ももれなく三奈子の水着越しの尻や生足をたっぷり味わ事が出来る。まさに互いに得ばかりの素晴らしい行為だ。


「あ、謝るならいいわよ、それほど気にしていないし……」


 実際、ロマンス効果が聞いたのか三奈子は恥ずかしそうに顔を伏せながらも俺を許してくれ、俺は上機嫌のまま先に三奈子を下ろし、テーブルを挟んで田上達の対面側の椅子を引いて座らせるとすぐに俺も隣に腰掛けた。


「あぁ、丁度全員そろったようだな」


 と、その瞬間、突如、つい先ほどまで誰もいなかったはずの田上の背後から声が響き、俺と田上、それに牡丹ちゃんや三奈子も驚愕で目を見開いた。


「確認するが体調の悪い者はいないか?誰も熱は出していないか?タオル、替えの下着、財布、を忘れた者は?」


 四人全員に自ら声をかけてくるまで全く気配も姿も察知させないような軽く超人じみた行為を披露し、俺達がまだ呆気にとられているのを微塵も気にしていない様子で一人一人見渡すと、高身長かつ整った美しい自身の体系を大胆かつ美しく魅せるシンプルな青のビキニ姿の志那野は10人中11人が惚れてしまいそうな美しい微笑みで、そう声をかけてきた。


 樋村志那野、彼女こそが今回俺達四人をこのウォーターパークへと誘った張本人。志那野の話を信じるのならば『たまたまウォーターパークの無料来場チケットを貰い、5組10名まで入場可能だったので招待した』らしい。


「志那野……学校の先生じゃあるまいし、何もそこまで細かく聞くことは無いんじゃないか?」


 と、そんな志那野の背後から呆れたような声で少し疲れた顔をした澄が姿を見せる。


「いや、案外こういうシンプルかつ細かい事が後々役に立つことも多いんだ。それに私達は皆を招待した身……ならば全員に気を配るのは当然の配慮だとは思わないか澄?」


 澄の言葉に全く動じてない様子で志那野はテーブルの真ん中、自分から見て右手に三奈子と俺、左手に田上と牡丹ちゃんが来るような席の椅子にナチュラルに澄を座らせると自身はその隣の椅子、三奈子側の方に座り、これまた自然に動いた。


「さて……時間を有効に使うためにも改めて今日の日程を話しておくが、あくまで基本は自由行動。最低限の集合時間と場所の確認だけだから手間は取らせないさ……」


「あのさ、志那野の話は分かる。凄く分かるんだけどな……志那野?」


 このウォーターパークの地図をテーブルの上に広げつつ田上が呆然としながら、牡丹ちゃんは純粋に恥ずかしそうに、三奈子が半ば呆れたような視線を向けてくるのも気にせず至って真面目な表情で俺達に向かって話し出す志那野。そんな話に割って入り、耐えかねた様子で澄は言葉を発した。


「どうした澄、質問か?それともそれ以外?キスなら先程したが……一分では足りなかったのか?」


「うん、凄く自然な流れで俺に対して皆から誤解を受けそうな事を明かすのは止めてくれよ?それより、俺が聞きたいのは……」


 志那野の恐らくは、何の悪気も無いのであろう言葉を掻い潜る澄。こいつには田上とは違うベクトルでツッコミのセンスを感じる。と、その瞬間、どうにか志那野の腕の一本から逃れた澄が再び口を開いた。


「なんで俺は、志那野の胸元に抱きよせられたまま話を聞くことになってんの!?」


 そう、現在、澄は例えるならば椅子に座ったまま中途半端に膝枕を止めたかのような体が斜めになった奇妙な体勢で、隣席の志那野の胸元にしっかりと抱きよせられていた。その状況を抗議する澄の頬には豊満な志那野の胸が押し付けられ澄は半ば志那野の胸に顔を埋めてる形で喋っていたのだ。


「これは私からの愛情表現だよ。これでも自重したつもりだったんだが……仕方ない」


 珍しく大声をあげた澄の声を聞くと、志那野は一瞬、悩ましげな顔しながら小さくそう呟いた。


「澄が言うならば、先週のリメイクのような事を今ここで……」


「……すまん、やっぱり抱き締めてて大丈夫……むしろ、これがいいから止めろよ!?」


 志那野が最後にぼそりと言った瞬間、分かりやすいくらいに表情に動揺を見せると再び志那野の胸元に収まった。


 一体、澄の先週に何が、いやナニがあったのか?個人的に非常に興味を引かれる内容だったが俺は未だに自称だが紳士を名乗っている身だ。故にこの場で『先週、何があったんだよ?』などと正直に尋ねるような恐ろしく愚鈍でマナーに欠けた行いはしたくはない。


 結果、俺はあくまでそれを自身の脳内妄想に押さえて志那野の話の終了と同時に早々と三奈子を連れてプールへと向かっていった。



「ね、ねぇ渡、このウォータースライダーの名前とか……あと宣伝文が『地獄が君を襲う!』で凄く不吉なんだけど……。だ、大丈夫なのかしらね色んな意味で」


「あぁ、『地獄の阿修羅狂犬鬼神ウォータースライダー!!鋼鉄海峡MK-Ⅱ』か……ウォータースライダーに付けるには中々にエキセントリックで挑戦者な名前だったが……お前こそ大丈夫か三奈子?」


 一通りの施設を楽しみ、いよいよ本番とばかりに設置された案内の看板に従ってウォータースライダーに乗るべく、乗り場のある頂上を目指して白いペンキ塗りの階段を上へ上へと登っていると先頭を歩いていた三奈子が唐突に背後の俺へと振り返り、何気無いような素振りで聞いてきた。その口調や表情は一見すると平静を保っているかのように見えたが目には明らかに怯えが見えており、脚は細かく震え、三奈子が語り終えるのと同時に一筋の汗が三奈子の白く滑らかな太股も這うように流れて床へと落ちた。


「も、勿論大丈夫よ。いくらスリルを売りにしているウォータースライダーだからって怖がるなんて……子供じゃないのよ私は?ねっ?」


 そんな三奈子を心配して俺が声をかけると(まぁ、脚は凝視してたが)、三奈子は脚が震えたままそう言って無事をアピールした。


 ここで三奈子が怯えながらもウォータースライダーを断念しない理由は大きくわけて二つ。


「三奈子さん大丈夫ですか~?」


 今、階段下では全く汚れの無い純粋な表情で、自身の背が足りずにウォータースライダーを断念していた牡丹ちゃんが精一杯首を飢えに向け、背伸びをして手を振りながら階段の踊り場で足を止めた三奈子を応援していた。当然と言えば当然かその隣には田上もおり、不安げにこちらを見つめている。


「大丈夫よ牡丹ちゃん!す、少し休んでるだけだから!」


 慌てて少し上ずった声で牡丹ちゃんにそう返事を返す三奈子。三奈子は日常では牡丹ちゃんを実の妹のように可愛がっている。故に応援してくれている牡丹ちゃんの思いを無下に出来ない。それが一つめ。


「さ、さぁ行こうじゃない渡!」


 声と体を震わせながら何とか言うと、再び三奈子は階段に向き直って一段一段をしっかりと踏み締めるようにゆっくりと登り始めた。


 そう、二つ目にして最も大きな理由がこれ、三奈子のプライドの高さだ。半ば牡丹ちゃんに気を使ってではあるかま三奈子は自分の意志でウォータースライダーに乗ると決めたのだ。ここで逃げ帰るなどと言う行為は三奈子のプライドが決して許さないのだろう。


「あぁ、行くとするか……一緒にな」


「あっ…………」


 大股で一歩歩いて、前を進む三奈子の隣に立ち、そう言いながらそっと三奈子の手を握った。瞬間、三奈子は小さく声を漏らし、少し潤んだ目で俺を見た。


 恐怖していながらも自分のプライドのせいで退くことが出来ず、結果、震えながらも前に進む三奈子。人によってはそれを愚かと評し、嘲笑う者だっているのだろう。だが、彼女という身内評価を差し引いても俺はそうは思わない。


「何、俺と三奈子ならば越えられない物など何もない……そうだろ?」


 三奈子のか細い背中を軽く撫で、そう俺は三奈子に力強く言った。


「渡…………」


 そんな俺を三奈子は、身動き1つせずに静かに見つめていたが


「……うんっ!そうね、渡と一緒なら!」


 次の瞬間には、瞳から恐怖を消し飛ばしいつものような強気な視線を向けてきた。俺はそれに無言で頷くと、三奈子に合わせて同時に再び階段を登り始める。もはや三奈子の足取りにはまるで震えは無く頂上へとたどり着くまで三奈子は恐怖の素振すら全く見せなかった。


 と、ここで終わるのならば、ただの良い話で終わったのだろう。


 確かに三奈子は頂上まで全く恐怖しておらず、乗り場に係員から許可を貰って俺と二人で乗り込んでもそれは変わらなかった。が、


「ちょ、ちょ、ちょっと!、は、早い!早い!?早すぎるわよぉぉぉっ!?あぁぁぁぁ目がまわ……!きゃあああぁぁぁっっ!!」


 発射した瞬間、三奈子は宣伝文の通りウォータースライダーの安全ギリギリを越えてしまってるのでは無いかと思えるような超加速&連続カーブによる回転で仮初めの勇気は消し飛び、悲鳴を上げながら必死で俺の体に抱き付いて来た。


「…………おお、これは中々のスピードとスリル……景色も思ったより綺麗だな……」


 そして俺は、そんな三奈子をしっかりと抱き締め返しながらウォータースライダー、走っている時よりもずっと素早く流れていく景色、そして役得とばかりに合法的に抱き付いている三奈子の体の胸や脚や腹、そして太股の感触をたっぷりと味わうのであった。




「ご、ごめんなさい三奈子さん……私がウォータースライダーを進めたせいで……」


「いいのよ牡丹ちゃん、選んだのは私だから……それに少し落ち着いて来たから、気にしないで……本当」


 それからしばらくして、予定通りに昼食を取りに休憩所に俺達は集合していた。と、そこで未だにぐったりとしてテーブルの上に突っ伏してる三奈子に牡丹ちゃんがそう言って頭を下げると、弱々しく顔を上げて微笑みながら小さな声でそう返事を返した。


「と、とにかく皆が揃ったら昼食にしよう!うん、もう12時だしな!!」


 そんな空気を何とかしようとしたのか、田上が無理に明るい声を出しながら大げさな身振りでそう宣言する。


「そうだな、私もその意見には賛成だ田上太郎。丁度、全員が揃った事だし食事にするとしよう」


「うわっ!ひ、樋村っ!?ふっ、フルネームで呼ぶな!名字で呼べ!!」


 と、その瞬間、午前中の再来の如く唐突に、今度は俺の背後から志那野が姿を表した。突然の志那野の登場に田上は大きく動揺していたが、どうにか落ち着きを取り戻してそうツッコミを返した。


「ふふふ……なるほど、だから君は牡丹ちゃんに好意を抱かれ、渡と友でいられるのだろうな」


 そんな田上を見て志那野は口に手を添えながら小さく笑うと、何事も無かったかのように椅子へと座った。


「おぉ……昼食か……」


 その後に続いて澄もまた何故かふらふらとおぼつかない足取りで志那野の隣に座る。志那野と澄は俺達と別行動をしていた為に何があったのかは分からないが、やたらに澄は疲れているようで首元にはタオルを巻いている。


「俺も凄い腹が減ってるんだ……昼食にするなら早くしようぜ……な?」


 そう弱々しく澄は言うと確認するように周囲を見渡した。


「お、おう………」


 その無言の迫力に押された田上は思わず頷き、奇妙な空気のまま牡丹ちゃん、三奈子、志那野が動きだして昼食は始まった。


「(志那野と澄は相変わらずか……志那野の事だ、心配は不要だとは思うが澄に何かスタミナが回復する物を渡しては置くとするか……)」


 そして俺は昼食の準備している三奈子を手伝いつつ、やつれた澄に目をやりそんな事を思うのであった。



「この煮物の味付けと唐揚げ……中の具をさらに引き立てる塩加減のおにぎり……さすがは牡丹ちゃん……私じゃまだまだ勝てる気がしないわ……」


「えへへ……一応、三奈子さんに料理を教えたのは私ですから……あ、志那野さんの飾り寿司、細工が凄いですね!動物とかお魚とか……わぁ、これ私の花……牡丹だぁ!」


「はは、喜んでくれて嬉しいよ牡丹ちゃん、私は料理では牡丹ちゃんに勝てる自信が無いからな。こういった小細工で補っているんだ……ふむ、三奈子の作ったサンドイッチも悪くない味付けだな……うん、おいしいよ」


 奇妙な雰囲気から始まった昼食だが、いざ牡丹ちゃん、三奈子、志那野が作ってきた弁当を食べ始めると途端に話は弾み始め、特に食事を担当した三人は熱心に話し合い、互いに創意工夫したであろう弁当の具材について教えあっていた。


 その姿は実に微笑ましく絵になり、写真撮影して販売したら半端では無い利益を得る事が出来そうだがこの光景を余り人には見せたくも無い気持ちも俺にはあり、俺は行動には移さなかった。……ところで、我らが男組はと言うと


「ちょっ……澄、凄い勢いだけど、そんなに食べて大丈夫かよ。何か明らかにいつもより食べてないか!?」


「ん?あぁ、大丈夫だ。皆の分も食べたりはしない、ただ腹が減ってるだけだから俺は平気さ。……午後の分の体力付けておきたいし」


 半ばがっつくような勢いで昼食を咀嚼していく澄を心配して話しかけてきた田上、そんな田上に澄は口の中の物を飲み込み、少し元気を取り戻した笑顔でそう返事をすると片手でガッツポーズをして自身の体に問題はない事をアピールしてみせた


「お前が言うなら、いいけどさ……」


 その様子に田上はどこか納得していない表情ながらも田上はそれ以上は澄に尋ねようとせず食事に戻り、澄もまた食事を再開した。


「(なるほど……しっかりとスタミナ回復はさせているようだな)」


 そんな澄が食べている食事、志那野から配膳された紙皿に乗せられているのは鰻の巻き寿司に人参と大根と豆が彩り豊かな煮物、そして三奈子が作った野菜多めの豚肉の野菜炒め。見映えも良くばっちりとスタミナが取れるメニューだ。


 そんな風に周りを観察しながらも俺は個性的でそれぞれが旨い三つの弁当を味わい、三奈子の料理が一番だと誉めて三奈子を真っ赤にし、皆と会話しながら自然と田上をからかったら殴られたり、等と言った非常に優雅で楽しい昼食時間を過ごしているとあっと言う間に三つの弁当は空になり、俺達は思い思いの方法で食事休みを取っていた。


「あぁ……そうだ、皆にこれを渡しておこう」


 自信が持ってきたマグネット製のチェスセット、その黒のナイトを右手で起きながら志那野はそう言って、もう一方の手で自身の鞄を探ってそれぞれ異なる色の四枚のカードを取り出すとさながらマジシャンのようにテーブルの上でカードを滑らせて、俺、三奈子、田上、牡丹ちゃんの四人に配った。


「今、このウォーターパークでは来場者全員が抽選可能なくじをやっているらしい。配ったのはその抽選券だよ」


 そんな志那野の言葉を聞きながら、俺に配られた赤いカード状の抽選券を手にとって見てみると確かにそこには志那野が言っていたような抽選の内容と共に六つの抽選番号が刻まれていた。俺と同様に三奈子達がそれぞれの抽選券を手にとって確認するのを見ると志那野は口を開く。


「商品はそれなりに豪華な物のようだから、それなりに期待して待ってるのも悪くないと私は思う……と、これでチェックメイトだ澄」


「うっ……!」


 と、それと同時にチェスはあまり詳しくは無い俺にも一方的だった澄と志那野のチェスの試合は終了し、同時に澄は呻いた。


「私はキング、ボーン、ナイトのみでの対決。そして澄は私の取った駒をいくらでも好きに使って構わない……澄の望み通り、いやそれ以上にハンデを付けた試合だったのだが……残念ながら君の負けだ……約束は守ってもらおうか?」


 ボーンとナイトに壊滅させられた自軍を呆然とした様子で見ている澄の顎を人指し指でつっ、といやらしく撫でながら志那野はそう優しく小さな声で囁く。


「で、で、でも、そのっ!えっとな……!?」


 対する澄は顔を真っ青に変えたかと思えば忙しく今度は、赤に変え非常におぼつかない口調で何とか志那野を説得しようとしていた。


「(あぁ、あれは志那野においしく『食われる』な……)」


 澄の様子を観察して、そう思いながら俺は三奈子の膝枕を楽しむのであった。



 それから丁度一週間後、つまりは土曜日。その日の午後


 


 俺はかなり本気で神に感謝していた。



「この短い期間で……こんな素晴らしい物が見れるとは……」


 何とか押さえようとはするのだが自然と声は震え、カメラを持つ手の痙攣も収まりそうには無い。それほど俺の心は歓喜で打ち震えていたのだ。


「ううっ…………」


 目の前にある天国の光景に、気が付けばいつの間にか俺の目からは涙が流れていた。


「ちょっ……そこまで感動するっ!?」


 そんな俺の変化に、つい先ほどまで恥ずかしがっていたはずの三奈子が驚愕して俺に尋ねる。


 そんな三奈子が今、着ている衣装はバニーガール


 バニーガールなのだ


「当然……むしろこの程度で感情の高ぶりを抑えられている程が不思議な程だ……」


 震える声で俺はそう強く三奈子に主張した。


 何せ三奈子が着ているのは女性の体の美しさを最も引き立てる衣服であり、MとS、胸フェチと脚フェチの両者を満足させる事が出き、そして俺が個人的に最も好きな衣装、三奈子にサイズがピッタリの黒いレオタードが反則的に美しいバニーガールなのだ。


 当然の事ながら頭にはウサギのヘアバンド、網タイツも捨てがたいが俺のチョイスでストッキングを履いた脚にはレオタードど同じ黒い上質なハイヒール、首には蝶ネクタイ、腕にはカフス。勿論尻尾だってついている。


「はぁ……それにしても……あんな子供も行くようなパークのくじの3等景品が完全オーダーメイドバニー服っておかしいでしょ……?」


 そんな俺の様子を見て軽く溜め息を付きながら三奈子はそう呟く。そう、まさしく今三奈子が着ているバニー服、それは俺が先週のウォーターパークのくじで引き当てた物であった。そして、そのおかげで俺は今、天国を体験してる訳であるが。


「そう言いながらも、きちんと着てくれる三奈子は素晴らしいと思うぞ……」


「んなっ……!?べ、別にこの服がかわいいから……じゃなくて……!ちょっと!何でそんな微笑ましい物を見るような目で見てるのよ渡!?」


 俺がそう指摘すると、三奈子は頬を染めてすぐに動揺した。実に分かりやすいツンデレ、だがそれが三奈子の魅力である


「折角だ、怒るののついでに一つその脚で俺を踏んではくれないか?」


「馬鹿なの!?あんた馬鹿なの!?ちょっ……脚を舐めるなぁ!!」


 そんな言葉を言いながらも、つい心の欲望を抑えられずにストッキング越しに三奈子の脚を舐めていると、三奈子は脇腹をハイヒールで小突き、心地よい痛みが体を包む。


「ふふっ……ふふふふふっっ……」


 心の中が溢れるほどに満たされ、自然と口元には笑みを浮かべていた。


「(なんて……何て優雅かつエキセントリックな休日なんだ……!)」


 心の底からそう思いながら俺はこの素晴らしき時間を堪能すべく、意識を案外まんざらでも無さそうな顔をしたバニーガール、俺の最愛の人である三奈子に集中させるのであった。

 色々、言いたい事もありますでしょうがここは二言だけ。


 渡は元からこんな奴です


 そして


 僕はバニーガールが超超大好きです

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