男神に拝まれる蘇生令嬢、求婚者達が屋敷に押しかけてきたので、やっぱりのんびりできません。
悪気のない転生を司る神が、どうやら『お詫び』という名の新企画を始動したようですが、果たして……。
蘇生令嬢、まさかの第三弾。よろしくお願いします。
窓から室内に届けられた柔らかな朝日は、女神様のモーニングコール代わりなご挨拶。
そんな爽やかな朝、外からはバルコニーの手摺りに止まった小鳥達の囀る声が聞こえてきた。
私はゆっくりベッドの上で身を起こし、ぐーーんと思い切り伸びをする。
「う〜〜ん……はぁ、よく寝た……」
眠りを司る神が長期休暇から戻られたのだろう。ここのところは断頭台で首を斬り落とされたあの日の悪夢を見ることなく、快適な睡眠生活を送れている。
ただ最近見る夢の内容……舞台がやたらトロピカルな南国なのが妙に引っかかる。
これは旅の余韻に浸っていたい神様の私情が反映されているのだろうか? それとも、旅行のお土産話をお裾分けしてくれているのだろうか? 楽しい夢だから……まぁ、いいか。
コンコンッ! ガチャッ!
「リノア様、おはようございます!」
「おはよう、ココ。いつもありがとう」
「いえいえ」
コトッ……
侍女のココが手慣れた様子で、水の張られた洗面ボールをサイドテーブルに置いてくれた。
頭の寝惚けた部分を目覚めさせようと、水面に顔を近づける。キラリと反射する水鏡が、首元の傷痕までもしっかりと映し出した。
私が今日も生きているという証……そんなことを思った瞬間、それは前触れもなく現れた。
ゆらぁっ……
「リ、リノア嬢! 大変だぁーーーーっ!」
「ぎゃあぁぁーーーーっ!」
びたーーん! バッシャーーンッ‼︎
突然、洗面ボール内の水鏡に男神の顔が出現! 不意打ちをくらった私は驚き、反射的に水面を思いっきり平手で叩いてしまった!
「び、びどびでばだぃがぁぁ〜〜」
ユラユラと不細工な顔に歪んだ男神が、私に文句を言ってくるが……それはこっちの台詞だ。水鏡出没禁止にしたのを、また忘れたのか?
あぁ、もう! 朝から男神のお陰で、辺り一面びしゃびしゃだ。
「リノア様、大丈夫ですか⁉︎ 今、ボールの底に手をぶつけませんでした?」
「え? あぁ、ちょっとだけよ……って、あれ? どこも痛くない?」
私がひらひらと自分の手を動かし見つめていると、私の言葉を耳聡く拾った男神が、ニヤニヤしながら言い放った。
「ふはははは! それは生命を司る私の加護のお陰だーーっ!」
「……そんなオプション、聞いてないわよ?」
「あれ? 言わなかったっけ?」
この男神だと『言った言わない問題』が生じる可能性が高いな。言質は取っておかないと……。
付帯サービス加護の一覧とか、取り扱い説明とかもちゃんと書面で渡して欲しいけど……男神自身が全部を把握しているか怪しいものだ。うっかりで不老不死にでもされたらたまらない。
男神との間に、きちんと契約書締結した方がいいのかしら?
私はこの男神のうっかりが原因でこの世を去り、『生き返ってくれ!』と土下座され、蘇生した過去がある。
それ以降、罪滅ぼしなのか、自己都合なのか、男神は私のサポート役として、いつもくっついている。
なぜ私がそこまで優遇されているかというと、この男神の愛する女神様が、ありがたいことに私のことを『推し』て下さっている。私が幸せになってくれないと、男神の婚約は破棄される……かもしれないらしい。
ちょいちょい女神様愛を語って惚気る男神の幸せそうな顔を知ってるだけに……そりゃあ、必死にもなるわ。
それだけ大好きな相手がいるということは、幸福なことでもあるのと同時に、苦悩を孕むことでもある。
かつての私もそうだった。今思えば、私を敵視したあの聖女も、そうだったのかもしれない。王子の愛を独占する為に、目障りな私を排除しようとした……まぁ、今となっては全て過去のことだ。
「少々お待ち下さい、リノア様。片付けてから、新しいお水を運んで参りますね」
「おや、ココ殿。その心配はないぞ? ほれ!」
パチンッ! ふっ……
「「?」」
男神が指を鳴らすと、びしょ濡れだった床もテーブルも一瞬で乾いて……というか、ボール内の水量が戻っている⁉︎ これは一体?
「ほんの少しだけ、時を戻してみたぞ」
「そう、時を司る神がとうとう復活したのね……って、なんで生命を司る男神がその能力を使えるのよ⁉︎」
「ふっふっふっ。リノア嬢に関してなら、少しだけ力が使えるよう、ヤツとは話をつけてある。今度、飯を奢る約束をしたんだ」
「……」
眠りを司る神といい、時を司る神といい……このままだと私、天界の全神々の加護を頂きそうだわね。
「そんな、あちこちの神に借りばかり作りまくってて大丈夫? 借金だらけの男神なんて益々、女神様との結婚が遠のきそう……そうなっても、知らないわよ?」
「えっ⁉︎」
「まぁ、いいわ。とりあえず、すぐ行くから続きは食堂で……」
「ちょ、ちょっと、あぁぁぁぁぁぁぁぁ〜〜!」
何か言いたげな男神を無視して、私は洗面ボールの水をバルコニーの植木鉢にぶち撒けたのだった。
ザバーーーーッ!
「ごめんね、ココ。うっかり流しちゃったわ。新しいお水の用意、お願いしてもいい?」
「承知致しましたわ」
そう言ってココが、ニッコリと微笑んだ。
◇◇◇◇
簡易的に支度を済ませ食堂に行くと、既に着席していた弟のヴェルムが、テーブルに置かれた鏡の中の男神にキレていた。
「おはようございます、この脳筋ポンコツ男神様。今朝もまたまた姉上に迷惑をかけて……男神が拝むのは日課なんですか? もう、神殿の象徴ポジションは隠居して、姉上にでもお譲りしたらいかがでしょうか?」
「うぅっ、すまぬヴェルム殿。わ、私も、わざとでは無いのだが……」
「失敗は誰にでもあります。その反省を生かして、同じ過ちを繰り返さないようにする……その姿勢が欠けているのです!」
「うぐっ! 至極正論!」
年齢不詳の男神が正座させられ、12歳の少年に説教を喰らっていた。しかも、すごく当たり前のことを言われている。
「おはよう、ヴェルム。私は神殿とはできる限り関わりたくないから、今のまま、男神にはお仕事頑張って頂きましょう」
「おはようございます。姉上がそう仰るなら……おい、次は無いと思っておけよ?」
「は、はひっ!」
ヴェルムのドスの聞いた声に男神が縮み上がるのを横目に、私の前に朝食の皿が運ばれて来た。
「男神も朝ごはん用意してるなら、一緒に食べましょう」
「はい、喜んでーー!」
「全くもう……姉上は優し過ぎますよ!」
こなれてきた男神は、鏡の向こうで自分の朝食セットをちゃっかり用意するようになっていた。最近の朝食時間はだいたいこのスタイル、ヴェルムは学校があるので、皆で会話を共有するには効率がいい。
「で、男神。一体、何が大変なの?」
「はっ! そうだ、忘れてた! て、て、て、て……」
「ててて?」
「転生を司る神の新企画が始動しそうなんだ!」
「「⁉︎」」
転生を司る神……この前、男神が教えてくれた例の黒幕よね?
私はふと、あの夜のことを思い出していた。
◇◇◇◇
ハーブティーを飲みながら、手元の灯りで本を読んでいた晩のこと……ティーカップの水面に突如、男神が現れた。
ぴちゃん……
「リ・ノ・ア嬢〜〜ごきげんいっかが〜〜?」
「お……男神、今、何時だと思ってるの? もうすぐ寝る時間よ? 顔が赤いわね……酔っ払ってるんでしょ?」
「ぴんぽーーん! えへへへへ〜〜」
「うっ……鬱陶しい……」
すると、へべれけ男神はこちらが聞いてもいないのに、次から次へとペラペラ口を動かす。ウンザリしてカップの中身を飲み干そうと思った矢先、話題は私の話になっていた。
「そうそう、第一王子とリノア嬢は相思相愛、幼い頃から安定した関係を築いていたじゃ〜〜ん? 『転生者』なリノア嬢のこと、それとなぁく転生を司る神は見守っててさ、『この者が幸せになるのを見届けたい』って思ってたんだって〜〜」
あら、光を司る女神様以外にも見ていて下さった方がいたのね。転生を司る神は……男神の飲み仲間?
「でも、老夫婦みたいに落ち着いちゃってる二人の恋愛はぶっちゃけ、見ててつまんないから……」
……は? つ、つまんない⁇
「誘惑に負けず結ばれ、次期国王夫妻となる二人の『真実の愛』を見てみたい〜〜って、言い出してさ。『転生者』の聖女を当て馬にしたんだと」
あ…… 当て馬⁉︎
「なんでも『王子との出会いを演出しろ!』って聖女のヤツがうるさかったらしくてさ……まぁ、障害があるほど恋は燃え上がるっていうし、王子カップルなら負けないだろうって……だが意外にも、王子はあっさり聖女にぐらついた。でも、リノア嬢も捨て難い。どちらにも真っ直ぐ愛を囁いた……王子は実に素晴らしき真のクズだったわ、うん」
そうね、堂々とした二股だったわ。正妃と側妃を迎える国もあるが……表面上は了承していても、寵愛を受けたい妃同士が平等をよしとするなんて、本心ではあり得ない。『二人とも仲良くしてね』なんてのは、男側の身勝手な幻想だ。
「聖女も不満タラタラ。『二股する王子なんて聞いたことがない! 私がヒロインでしょ⁉︎』ってガチギレ。転生の神も王子にはガッカリしちゃってさ。投げやりモードで『魅了』の魔法具をこの聖女に与えたってわけ。性格の悪い腹黒聖女がクソ王子をサクッと落として二人がくっつけば、泥沼恋愛バトルは即終了。リノア嬢は解放されるはず……だった。ところがアイテム悪用で、まぁ聖女はやりたい放題……」
「……そして、私は処刑されたのね」
感情は……驚く程に動かなかった。
王子の処遇を見届けた後だったことも一因かもしれないが、時の流れが私の心を少しずつ癒してくれていたのかもしれない。
だからといって、次の恋に進みたいとは少しも思わないけどね。
一通り聞き終えた私は、くだを巻く男神を完全無視して、ハーブティーを一気に啜ったのだった。
◇◇◇◇
朝食を綺麗に平らげた男神が、鏡の中で腕を組み、言葉を選ぶようにぽつりぽつりと話し出した。
「転生を司る神……アイツは根が悪いヤツではない。不遇な死を遂げた者をこの国に転生させ、次こそはどうか幸せになってほしいと願い、見守っている。ただ……少々、刺激を求めるきらいがあってな……良かれと思って、余計なお節介を焼く。恋のスパイスがなんちゃらとか……」
「……」
いや……スパイス効かせ過ぎでしょ⁉︎ 激辛通り越して、致死量よ‼︎
心の中でツッコミを入れる私の横、大人しく聞いていたヴェルムが、行儀悪く頬杖をついて男神に聞き返す。
「っつうか、その話、本当かよ? 幸せになって欲しいって言いながら、『転生者』のクソ聖女を当て馬扱いしてるじゃねぇか」
「そりゃあ、性格が悪いヤツは誰だって嫌いだろう?」
なるほど。神様にも好き嫌いはあるようだ。気の毒だと思って転生させたが、性格までは逐一調べていないのか……意外と雑ね。
それにしても……最近、男神を前にすると、随分と口が悪くなったわね、ヴェルム。ちょいちょい地雷を踏んでは、無性にイラつかせてくる男神にも責任の一端はあると思うけど……姉として少々、心配だわ。公爵邸内ならいいけど、お外では気をつけて頂戴ね。
「そ、それよりも、リノア嬢! 今日は庭に出てはならない‼︎」
「理由は?」
「リノア嬢は朝食後しばらくすると、庭の散歩と歌の練習をするだろう?」
「そうね、天気が悪い日と用事がある日以外は、日課にしているわね」
学院を無事に卒業し、たまに仕事の手伝いを両親に頼まれるが、平日の生活リズムはほぼ毎日同じような流れだ。
時には、侍女のココや執事のディオルと屋敷の作業をやらせてもらったり、調理場で簡単な料理をする時もある。全てはその時の気分次第。
何もしないという生活は、意外にも三日で飽きた。ゴロゴロ横になっているというのも、ヒマでヒマで……死なない程度にツラい。好きなことをして、自分のペースで動いてる方が、私は性に合っているようだ。
「転生を司る神は、リノア嬢の生活ルーティンをバッチリ把握している。本日、求婚者達を集合させて、新企画を始動するつもりだ!」
「だから、さっきからなんなのよ? その新企画って……しかも求婚者⁉︎」
「なんでも、王子との恋をぶっ潰した『お詫び』として、リノア嬢に新しい恋人を選んで貰おうと……ヤツが選抜した十数人の妙齢な男共をこの公爵邸に送り込む算段だ!」
「ええっと……送られましても……私、選ばないわよ?」
なんか……転生前の恋愛リアリティショー番組で観たことあるぞ? ハイスペックなセレブ一人に対して大勢の求婚者が交際を申し込むヤツだ……って、丸パクリじゃん!
「それと庭と何の関係があんだよ?」
「だって、ヴェルム殿。このお屋敷では有能な執事ディオル殿が、約束の無い来客は門前払いするだろ? 公爵邸の来賓室にまで通されるのは、公爵家より地位が上な王族くらいだ。ほとんど外出しないリノア嬢と、正攻法ではまず出逢えない」
「なるほど。確かに……」
外からの音に反応してひょっこり私が顔を出し、ご対面からのフォーリンラブ、とか……ワンチャン狙いか? 流石に、大勢の野郎共が押し掛けてきたら、様子を見に表へ回る可能性はあるからね。
首斬りから蘇生した私は、王国内で神格化されつつある。ちょっとしたお出掛けでも、すぐ周囲に黒山の人だかり……お忍び芸能人並みに変装しないとおちおち外も出歩けない。色々と面倒くさいので、最近は屋敷に引きこもりがちな生活だ。
社交界にも全く出なくなったから、私が顔を合わせるのは家族と我が家に長く仕える使用人達、それとごくたまに来る客人だけ。
でも、家で過ごすことは嫌いではない。勉学や王妃教育漬けな地獄の生活を送っていた自分にとって、毎日の新しい発見や小さな幸せがとても新鮮だ。
でも今日は……のんびり出来そうにないわね。
「転生を司る神のお詫び……そのサプライズプレゼントって……受け取り拒否できないんでしょう?」
「まぁ、強制執行だな」
「はぁ……だったら……受けて立とうじゃないの」
私は深く溜息を吐き出した後、スクッと椅子から立ち上がった。
「よっ! リノア嬢、カッコイイ!」
男神が鏡の中で、パチパチと拍手をする。それを見たヴェルムから、『ブチッ』という音が聞こえた。
「いや、そもそも天界で飲み友達なら、男神が全力で新企画を阻止すればいいだけの話だろうがーーっ!」
「ひぃぃぃぃぃぃーーーーっ!」
屋敷を揺るがすヴェルムの怒声に、男神は震え上がるのだった。
◇◇◇◇
ヴェルムは、今朝も同窓の第二王子ルバァージ殿下が懲りずに馬車で迎えに来たので、舌打ちをしながら出て行った。王家は、我が公爵家との繋がりをなんとしても離したくないのだろう。
段々、私の脳内では王様と王妃様がタヌキとキツネに変換されてきたわ。ルバァージ殿下も流石は王族、気弱そうに見えても意外とメンタル強い。
「さて、男神。何かあったらサポート頼むわよ」
「はい、喜んでーー!」
「……本当に、大丈夫かしらね?」
パチンッ……
男神を食堂の鏡からコンパクトミラーへと移動させ、それを閉じ、そっと服に忍ばせる。やらかし系だが一応こんなでも神殿で崇められている神様。ただの王国最高位公爵令嬢が、自由自在に男神を呼び出せると知られれば、また国中大騒ぎになってしまう。
生命を司るこの男神は、人間の記憶も操作できるが……もし対象が多い時はどうするのだろうか? ちまちま消すのは面倒くさい、って一斉に発動して、王国内全員記憶喪失とか……うっかりやりかねないわね、恐ろしい。そういう事態にならないよう、気をつけましょう。
カタンッ……
扉を開け中庭に出て、腕を横に開いて大きく深呼吸。
「はあ……今日もいい天気。緑が美し……」
ピタッ!
言いかけた私の動きが止まる。中庭の造形が昨日よりも、さらにアップグレードしている気が……。
「ココの作成ステージが……どえらいことになってきたわね」
侍女のココに『好きにしていい』と、中庭のデコレーションを任せているが……新たに、見慣れない彫像が置かれている。
それは歌唱用ステージの下、台を支える奴隷の如く体を折り曲げた……肉体労働を強いられる男神像⁉︎ ……うん。見なかったことにしよう。
さて、求婚者達がどのタイミングで突撃して来るか分からないから、私はいつも通り、好きに歌いましょう。
「それにしても……女神様のお気に入りの歌は一体何かしら?」
前世の記憶は無くとも、鼻唄で幅広いジャンルの曲を歌っていた私。王道ポップス、懐かしのアニソン、マイナー鬱ロックまで網羅する。
男神に女神様のお好きな曲を教えて貰おうとしたが……音痴な男神では、超難解イントロドン。私の記憶の検索ヒットはゼロ件。
早々に、突き止めるのを諦めた私は、一曲ずつ歌うことにしたのだ。『これこれ!』という曲に当たれば、女神様はなんらかのアクションを起こしてくれるはずだからね。
現在、天界にはどうやら芸術の神が不在らしい。もしも就任されたら、とりあえず初めに、男神へのプライベート鬼レッスンをお願いしたいわ。
ガヤガヤ……ザワザワ……
その時、複数人の騒めく声が、表門の方角から中庭にまで響いてきた。
「リノア様!」
「えぇ、ココ。どうやら、お客様達が来たようね」
私はスカートをふわりと翻し、声のする方向へと足を進めたのだった。
◇◇◇◇
ガシャンッ!
「「「「リノア様ーー!」」」」
「こ、困ります! お静かに! 屋敷前では騒がないで頂きたい!」
鋼鉄製の門扉を縋りつくように握る男性達に向けて、執事のディオルが珍しく声を張り上げていた。
そんな彼の背中に向けて、私が言葉を掛ける。
「ディオル、ありがとう。ここからは私が対応致しますわ」
「リノア様! しかし……」
「ふふっ、大丈夫よ」
いつでも私の身を案じてくれる優しき執事を後ろに下げ、私は門扉の向こう側の方々にそっと挨拶をする。
「ご機嫌よう、皆々様。私が、リノア・クロスグロッドですわ」
「「「「リノア様ーー!」」」」
静かに頭を上げながら、彼らを足元から頭の先までゆっくりと見遣り……私は眉を顰めた。
身長も顔のタイプもバラバラだが、素材の良い男性陣。だが……皆、揃いも揃ってボロボロの服装で、その表情には悲壮感が漂っていた。
想像していた求婚者達とはイメージが違う! キラキラしたイケメン貴族共だったら、上から目線で一喝して追い返すつもりだったのに……。
「ちょ、ちょっと失礼……」
私は彼らにくるっと背を向けて、こっそりコンパクトミラーを取り出し、ヒソヒソ声で男神に話しかける。
「な、なんか想像してたんと違うんですけど⁉︎」
「それが、ヤツの作戦だ。リノア嬢の優しさを逆手に取って……あんな捨てられた仔犬のようなメンズと遭遇したら、強気では追い返せないだろう?」
「くっ!」
男神の言う通りだ。ちらっと後ろを振り向くと、ウルウルとした瞳の青年達が身を寄せ合うようにして集まっている。
神のお告げか何かで召集されたのだろう。よく見ると数名、見たことのある顔も混じっている。
「全員、磨けば光る原石のような彼ら、性格も良い。リノア嬢処刑にも関わってはいない。ただ……ここで見捨てられたら、行き場の無い者達でもある」
「実家で虐げられている、とかってこと? ……じゃあ、求婚をお断りしつつ、彼らの今後の生活保障も考えなきゃならないの?」
ざっと彼らを見回す。劣悪な生活環境の中、神の導きでここまで辿り着いたとしたら……一人一人をきちんと救わないと、なんか後味が悪いわ。
やりやがったわね、転生の神! よくもこんだけドアマットヒーロー達を集めたもんだわ!
………………
「はっ! まさか……これ、全員……転生者?」
「流石はリノア嬢! 勘が鋭い!」
男神に褒められても、全然嬉しくなーーい!
あぁ、そうか。ドン底からの成り上がりポジションに転生者を置いたはいいが、失敗。今いる地獄の環境から抜け出せていない彼らに、ここらで一発逆転狙わせる……的な三流台本か⁉︎
何がお詫びだ! とんでもないもん、押し付けてくるんじゃないわよーーっ!
「はぁ……頭が痛いわね」
「なにっ⁉︎ 私の加護がありながら⁉︎」
「……物理的にじゃ無いわよ」
パチンッ……
コンパクトを閉じ、私はそっと目を瞑る。
さて、どうしたものか? 転生を司る神としては、私に誰か一人を選ばせたいようだが……そんなのはお断りだ。お前の思うようになってたまるか!
だが、彼らだって、起死回生をかけて私の元へとやってきた。求婚を断ったところで、すんなり受け入れはせずに、足掻くだろう。
じゃあ、『選ぶ』のと真反対なのは……逆ハーレム? あの人数を囲うとなったら、いくら私に資金力があるとはいえ、永続的に養うのはちょっと大変よ? ましてや『クロスグロッド公爵令嬢、逆ハーレム!』なんて、格好のスクープネタじゃない! 公爵家の評判にも差し障る。家には迷惑かけたくないわ。
いや、ちょっと待てよ……自分の食い扶持は……自分で稼がせればいいんじゃない?
私はパチッと目を開き、くるっと彼らの方を向き直る。
「皆様……少々、お話がありますわ」
ガチャンッ……ギィィィィッ……
そう言って私は門扉を開き、全員を屋敷の中へと招き入れたのだった。
◇◇◇◇
カタンッ……キィ……ガチャッ……
とある屋敷前に、貴族家が所有する馬車が次々と停車する。その車内から煌びやかに着飾った令嬢や淑女が降り出て、レッドカーペットの上を真っ直ぐに進んでいく。
カーペットの先、屋敷の出入り口では、見目麗しい青年達が膝をつき、彼女らを丁重に迎え入れていた。
「今宵は、ようこそお越し下さいました」
「どうか、素敵な夜を私と共に……」
「「きゃぁぁぁぁっ〜〜‼︎‼︎」」
老若問わず、女性達のハートをバンバン撃ち抜いていく青年達。その様子を遠くからオペラグラスで覗き、私はニヤリと笑う。
「あら、皆、なんだかノリノリじゃない。最初はどうなることかと思ったけど……」
あの日、ボロボロな姿で屋敷前に現れた求婚者達をクロスグロッド家の総力を上げて、磨きに磨き上げた。
すると、公爵家来賓室は、瞬く間に神々しいイケメンパラダイス!
うおっ! 眩しっ! め……目がぁぁ〜〜っ!
全員に対して、私が誰一人とも恋愛の意思がないことを告げ、さらには今後の生活についてを提案したのだ。
一人一人ときちんと面談し、彼らが置かれた状況を確認。身元引き受けの契約書面を実家に送り付け、安全を確保。王家さえも頭の上がらないクロスグロッド公爵家の後ろ盾となれば、文句を言える貴族など、この王国内に誰一人いない。
求婚者達の救世主となった私は、すっかり彼らに懐れた。
「リノア様!」「リノア様!」「女王様!」
「 おい、こら。今、誰よ? 女王様って言ったヤツ……とりあえず、自分達の魅力を最大限に活用して、生活の基盤を整え、その後の人生は貴方達にお任せしますわ。はい。これが契約書です」
「って……ホストっ⁉︎」
そう、私が養わずとも、彼ら自身がお金を稼ぐ……安易な発想だが、私は『ホストクラブ』を経営することを思い付いたのだ。健全な範囲での接客に良心価格設定。お客様が貴族ともなれば、バンバンお金を落としてくれるはず。軌道に乗れば、ゆくゆくは孤児院への寄付も検討を……。
「おっ! 貴方は、記憶持ちの『転生者』ね! だったら、話が早いわ、どうぞこちらへ……」
「⁉︎」
面談者の中には、前世を思い出している者もいた。そんな彼らには、ホストと裏方、どちらがいいか選んでもらい、知恵を借りた。
私のポケットマネーで、空き家を買い上げ、リフォームし……こうして、崖っぷちな敗者復活戦シンデレラボーイ達のホストクラブ『リヴァイヴ』をオープンしたのだ。
◇◇◇◇
コポコポコポッ……
ゆっくりとボトル瓶からグラスに炭酸水を注ぎ、執事のディオルがそっと私に渡してくれた。
私の部屋のバルコニーから、ホストクラブの煌々とした明かりがよく見える。手摺りに寄り掛かりながらそちらを眺め、グラスを高く翳す。
「ふふっ。転生を司る神……貴方の思い通りになんていかないんだから。ねぇ、ディオルも一緒に飲みましょ?」
「いえ、私は仕事中ですので……」
「アルコール入ってないんだから、固いこと言わないの」
「では、一杯だけお付き合いしますよ、リノア様」
カチンッ!
二人でグラスを合わせると、仲間に入れて欲しかったのか、ボトルの中身に男神が現れた。
一応、水鏡ではないから、出没禁止の約束はギリギリセーフか?
「流石はリノア嬢! でも、女神は残念がっておったな。『リノア嬢は一体、どの殿方を選ぶのかしら?』って、ちょっと楽しみにしていたからな……」
「あら。それは申し訳ないことをしたわね。そういえば今回、転生を司る神からテコ入れが無かったのは、なぜ? 一応、身構えてはいたんだけど……男神なんか知ってる?」
「ヤツは今、嫁に叱られ、それどころではないからな」
「嫁?」
転生を司る神……男だったのか! 恋愛に首突っ込みまくりだから、てっきり女神かと思っていた。決めつけは良くないわね。
「嫁である転移を司る神に、日頃の行いがバレ、こっぴどく叱られてなぁ……彼女、子供を連れて実家に帰ってしまった」
なるほど。それは、人の色恋沙汰をとやかく言ってる場合じゃないな。ってか、転生を司る神よ、嫁も子供もおったんかーーい!
「でも、良かったの? 私が誰かとくっついてたら、男神は女神様との結婚話が一歩前進したかもしれないのに……」
「え? ……し、しまったぁぁぁぁぁぁーーっ!」
ボトルの中で、頭を抱える男神を見て、私とディオルが揃って溜息を溢した。
「はぁ……平穏なのんびり生活をゲットする為に、色々と手回しで忙しく動いているって……一体なんなのかしら? もしかして、天界の影響が届かない魔国の方が、のんびりスローライフが送れる? 亡命しようかしら?」
この世界は、天界、地上界、その裏に魔界の三層構造になっている。間に挟まれているここ地上界は、上からも下からも影響を受ける……と、以前、男神が話していた。
「リ、リノア嬢、それは……」
「ダ、ダメです!」
男神よりも先に、ディオルが慌てて私に『待った!』をかけた。
「だいたい、のんびりって……リノア様は、具体的に何をなさるおつもりです?」
「う〜〜ん、何かしら〜〜?」
のらりくらりと言葉を返す私に、急にディオルが真剣な顔を向けてくる。
「リノア様! もう、あの日のような思いは沢山です! 貴女には、私の目の届くところで幸せに生きて頂きたい! どうか、お願いですから……私を……置いていかないで下さい……」
そう言って彼が、私の首に巻かれたリボンをそっと触った。いつも冷静沈着な彼の縋るような瞳に見つめられ……一瞬、呼吸が止まる。
ドクンッ!
私の中で、心臓が大きく跳ねた。
「ディオル……」
「リノア嬢〜〜! 嫌だぁーーっ! 魔界なんて行かないでくれぇぇーーっ! 私、頑張るから、見放さないでぇぇーーっ!」
「「……」」
半泣きな男神が、ボトルの中で土下座をしている。神官達がこれを見たら、ドン引きするわね。まぁ、私に逃げられたら、男神の婚約解消に王手が掛かる。
「ふふっ。全く、しょうがないわねぇ……あ〜〜、のんびりライフ目指して、また明日も頑張るしかないわねぇ……」
私はクスッと笑ってから、グラスの炭酸水を一気に飲み干したのだった。
おしまい
最後までお読み頂き、ありがとうございました!
お暇つぶしになりましたでしょうか?
評価、感想、いいね等、頂けると幸いです。
前作、前々作に頂戴した感想から発想を膨らませてみました。お声を下さった全ての皆様に、心より土下座を捧げます。




