4、ガイ――双紅――3
姿を変えたせいか、誰にも見咎められることなく先ほどの通りを抜けることが出来た。
「男たちがいない……」
「当て身だったので気が付いてアジトに戻ったか、仲間が回収したのでしょう」
男たちを転がしたまま放置した大通りには既に誰もいなかった。
二人は小声で話しながら足早に歩いていた。
コリンたちは無事だろうか。オーレリアは不安に胸がドキドキしていた。
通路を曲がったところで人相の良くない男たちが三人、オーレリアたちの行く手を遮るように立ち塞がった。
「おい、兄ちゃんたち。この辺で餓鬼を見かけなかったか。桃色の髪と紅髪の」
「いや、見ていないが」
エリスはさらりと答えてさり気なくオーレリアを背後に隠す。オーレリアは震える胸を必死に宥めて無表情を貫く。
「隠すとためにならねぇぞ」
男たちは脅すように凄むがエリスは動じない。
「そんな目立つ髪色ならすぐ分かるだろうが……心当たりはないな」
「…………ふん」
エリスの態度から本当に知らないと判断したようだった。男たちは少し身を引いて道をあけた。
エリスとオーレリアは素早く男たちの脇を通り抜けた。
その後は特に何の問題もなく待ち合わせ場所の小熊亭まで辿り着くことが出来た。その脇道に乗って来た馬車が止まっている。
オーレリアはほっと安堵の息を吐いた。
「……あの者たち、ガイとニーナを探していたな」
「そうですね。連れ出して正解でした」
「……あの者たちを捕まえぬのか。人攫いなのだろ?」
「……それは守備隊の仕事ですね。ですが被害者が貧民街の子供ではなかなか動かないでしょうね」
「!?」
「あぁ、この話はいずれまた。それより今は身の安全が最優先です」
エリスはオーレリアを馬車に押し込んだ。
馬車には既にコリンとガイとニーナが待っていた。ニーナはまだ寝たままだ。オーレリアは微笑んだ。
「よかった、みな無事だったな」
「はぁ、姫さまと離れ離れで寿命が縮まりましたよ」
コリンが心底安心したといった風に深い息を吐いた。ガイはコリンの言葉に怪訝そうな顔をした。
「ひめさま?」
エリスはコリンの姿を元に戻した。
「コリンは御者台へ行ってください。狭いです」
「エリスさま、なんか俺に容赦ないですよね……。いつの間にか呼び捨てだし……いいですけど」
コリンは仕方なさそうに馬車を降りて御者台へ移った。
ガイはコリンが騎士の姿になったことに呆然としていた。既に一度町娘から肝っ玉母さんに姿を変えているため、変身出来ることは理解していたが、女性だと思っていたため少しばかりショックを受けた。
「男だったのか…………」
エリスは自分の姿も元に戻した。
「君とニーナは念のため郊外に出るまでは別の姿にしておきましょう」
手を翳して幻惑の魔術を発動する。ガイは貴族の少年に、ニーナも貴族の少女になった。
「この馬車の中に貧民街の住人がいては不自然ですからね」
そうしてオーレリアの姿も元に戻す。
ガイは最早言葉もなかった。エリスが自分と同じ年頃の少年であることにも、オーレリアが幼いながらも見たこともない美少女であることにも驚き過ぎて精神が一部麻痺したかのように何も感じない。
「……………………………………………………………………………………」
オーレリアは馬車が動き始めるととろとろと瞼が落ちて意識を保っていられなくなった。
「殿下、眠っていいですよ」
かくりと揺れるオーレリアの頭をエリスは引き寄せて自分の膝に落とした。オーレリアは抵抗することなくこてんと眠りに落ちた。
オーレリアが眠っている間にすべての手配は済んだ。
眠ったまま離宮に帰還したオーレリアをエリスは涼しい顔で抱き上げて寝台まで運んだ。執事のジョナサンは門番からエリスの伝言を預かっており、またエリスの指示で念のためオーレリアが乗った馬車の後方に密かに近衛の騎士を護衛に付かせていたので大体の状況は把握していたためそこまで心配はしていなかったが姫が無事到着したことに安堵した。
オーレリアが連れ帰って来た二人の子供には驚いたが、エリスから話を聞いて放置は出来ないと感じ、受け入れることに同意した。
早速メイドたちが二人を風呂場へ連行した。漸く目を覚ましたニーナは目を白黒させていた。
オーレリアが目を覚ましたのは二人の孤児がすっかり身綺麗になって軽食を済ませた後だった。
目が覚めたオーレリアは見慣れた天蓋を目にして暫くぼんやりとした。
「……朝……?」
だが辺りは暗い。日没を過ぎている。そして瞬時に思い出した。
「ガイ!ニーナ!」
がばりと起き上がって寝台から転がり落ちるように飛び出そうとして側に控えていた侍女に止められた。
「殿下、落ち着いて下さい。ご安心くださいませ。ガイとニーナは別室に控えております。呼んでまいりましょう」
すぐに別の侍女がガイとニーナを呼びに行ってくれた。
「……エリスは」
「エリスさまも別室に。お呼びいたしますか?」
オーレリアが頷くと部屋着に着替えさせられた。
寝室の隣の居間のお気に入りの椅子に座って待っていると三人が一緒に入って来た。
ガイとニーナはすっかり磨かれて、服装もウィルフレッドとオーレリアの古着を急遽貸し出したためどこぞの貴族の子女といった雰囲気だった。
「見違えたな」
オーレリアは満足そうに微笑んだ。
一方ガイは完全に固まっていた。すべてが彼の許容量を遙かに超えていた。
ニーナは寝ている間に天国にでも来たような心地だった。現実とは到底思えないお城と見たこともないドレス。美味しい食事。目の前のオーレリアのことは天使かお姫さまだと思った。何故自分がお姫さまと会えているのかなどと難しいことは全く分からなかったが。
エリスはオーレリアが目覚めたことに密かに安堵していた。初日から無茶をした自覚はある。けれど気乗りがしなかったこの仕事に興味が湧いたのは予想外の幸運だったと感じていた。
オーレリアの側に居るのは退屈しない。
エリスはにっこりと微笑んだ。
「殿下。今日の視察はいかがでしたか」
「いろいろと勉強になった。妾は知らないことが多すぎる」
生真面目に答えるオーレリアにエリスは笑みを深めた。
「そうですね。一緒に勉強していきましょう。では本日のまとめをレポートにして明日提出してください。何が問題で何が必要なのか、よくお考えください」
「…………!!」
いきなり課題を出されてオーレリアは酢を飲んだような顔をした。エリスはスパルタだった。
そんなオーレリアに癒しを与えてくれたのはニーナだった。
目が覚めたニーナは桃色の瞳の可愛らしい少女だった。年は三歳だという。ちなみにガイは八歳だった。
「おひめたま、ここはてんごくなの?」
オーレリアは自分より小さい子に接するのは初めてだった。
舌っ足らずなニーナにきゅんとした。
(か、可愛いな……)
「おいで、ニーナ」
思わず手招きすると、ニーナは何の疑問も持たず椅子をよじよじと降りてテーブルを挟んで反対側のオーレリアの前にとてとてと歩いてきた。
こてんと首を傾げて円らな瞳でオーレリアを見つめる。
「なぁに?」
「~~~~!!」
(可愛いぞ!!!)
オーレリアは陥落した。
ぎゅうっとニーナを抱きしめるとニーナはびっくりしたようだがふにゃっと笑った。ニーナの笑顔を見て漸くガイが覚醒した。
「よかったな、ニーナ」
ガイも柔らかい笑顔を浮かべた。釣られてオーレリアも笑う。その笑顔にガイはドキッとした。
(って……しっかりしろ俺――――!!!)
ガイもこの数時間の間に起きていることは夢じゃないかと半分疑っていた。
ニーナじゃないが、ここが天国だと言われればそうかと信じるだろう。
(何が起きた!?俺、何かに騙されてないか!?)
「ガイ、どうした?」
澄んだ声で名を呼ばれて心臓が跳ねた。
何度見ても目の前にいるのは黒髪に綺麗な碧眼の可愛らしい女の子だ。
貧民街で出会った自分と同じ年頃の少年とは似ても似つかない。ただ、その碧の瞳だけはオーレンを彷彿とさせる。
「…………オーレン、なんだよ、な?」
「……あぁ、こちらが妾の本当の姿だ。名はオーレリアという」
「オーレリ、ア」
ガイがオーレリアの身分を正確に把握しているはずもなく、また敬語なども使い方を知らないだろうことは理解していたが、エリスは容赦なかった。
「ガイ。殿下とお呼びしなさい」
「妾は構わぬぞ」
言いかけたオーレリアにエリスの絶対零度の笑顔が向けられる。
「殿下。ガイは使用人として殿下にお仕えいたします。けじめはきちんとつけるべきです」
オーレリアは何も言えなかった。エリスには逆らってはいけないと本能的に悟ったのだ。




