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蒼黒のオーレリア  作者: 桐島ヒスイ
第一部 出逢い編

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8/13

4、ガイ――双紅――2




 少年が三人を案内したのは廃墟のような建物だった。入口は封鎖されており、壊れて穴の開いた壁から中に入った。

「ここが俺とニーナのアジトだ」

 内部もかなり傷んでいたが二人が寝起きする空間だけは辛うじて使えるようで少しばかり掃き清められていた。

 少年はニーナを抱えていたコリンに近付くとニーナを抱き取って礼を言った。どこにでもいる村娘にしか見えないのに、男たちを伸してニーナを軽々と担いで来たコリンを狐につままれたような心地で見つめる。

「あんたのお陰で助かった……。ありがとう」

「礼ならその子に。その子が君を助けてやれと言ったんだ」

 コリンはにこりと笑ってオーレリアを指し示す。少年は瞠目した。何故自分たちを助けてくれたのかと戸惑っているようだったが一拍後、ふっと肩の力を抜いて笑った。事実をそのまま受け入れることにしたようだ。あるいは考えても無駄だと割り切ったのだろう。

「そうなのか?……ありがとう。……俺はガイ、こっちは妹のニーナだ」

 ガイと名乗った少年の吹っ切れたような笑顔にオーレリアも釣られて笑った。

「わ……私はオーレ……ン」

 『妾はオーレリアだ』と言いそうになって隣でエリスがゴホンと咳払いしたので慌てて言い直す。エリスが付けてくれた偽名も直前で思い出した。

(危なかった)

 ほっと安堵するオーレリアだったが、この年頃の少年が「私」と言うのは少々不自然だった。いいところのお坊ちゃんならばともかく、ボロボロの服装の子が言うのは。

 エリスもオーレリアも気付いていないがガイが「ん?」と訝しんだことにコリンだけは気付いていた。

(姫さま、怪しまれてるよ~)

 だがガイが何かを言う前にエリスが別の話題を持ち出した。

「あの男たちはその子を攫おうとしていたのですか」

 エリスの問いに少年はあっさりと頷いた。

「ああ。あいつらは人攫いだ」

(…………え?)

 オーレリアは呆然とした。あんな白昼堂々子供が攫われることがまるでよくあることのようにガイもエリスも淡々としていることに動揺する。

「ニーナは器量よしだから狙われるんだ」

 ガイは愛しそうにニーナの寝顔を見つめた。汚れているのと今まで色々なことに衝撃を受けていたためオーレリアは気付かなかったが、言われて初めてまじまじとニーナを見つめると、ニーナが珍しい薄桃色の髪の持ち主で、瞼が閉じられているため瞳の色はわからないが可愛らしい顔立ちの女の子だと分かった。

 オーレリアはぼんやりとガイを見つめた。こちらも薄汚れているので分かり難いがガイの髪色は紅い。瞳も燃えるような紅だ。思わず見惚れてしまう。その鮮烈な色に先ほども惹きつけられたことを思い出した。

「な、なんだよ」

 ガイがオーレリアの視線に気付いて睨むように眦を上げる。オーレリアは純粋に思ったことを素直に言った。

「おまえの瞳、きれいだ」

「は!?」

 ガイは素っ頓狂な声を出した。

「な、何言ってんだおまえ」

 生まれてこの方、面と向かって「きれい」だなどと言われたことがないガイは動揺した。

「そうですね。驚きました。双紅ですか」

 エリスも真横でじっとりとガイの瞳を見つめる。ガイはたじろいだ。

「なんだよ双紅って……」

「髪色と瞳の色が紅で揃うことです」

 オーレリアはずっと繋いでいたエリスの手を引っ張った。エリスと目が合ったのを確認して小声で訊く。

「エリス、『あじと』とはなんだ。人攫いは危険だ。この二人を安全な場所へ」

「…………アジトとは彼らの隠れ家という意味です。ここに住んでいるのです」

「…………ここに?護衛やメイドは」

「それを持つのは貴族もしくは裕福な商人だけです。彼らには親すらいないのでしょう」

 オーレリアは衝撃を受けて言葉を失った。それは小さな王女にとって想像を絶する事実だった。

「……こども二人だけで?」

 オーレリアの視線にガイが顔を向ける。

「なんだよ」

「…………この辺りに孤児院はないのですか?」

「ねーよ、そんなもん」

 エリスの問いにガイは眉間に皺を寄せて答える。

「大抵人攫いに攫われるか、人買いに売っぱらわれる」

 想像以上に過酷な現状にオーレリアは蒼白になった。

(そんなことがこの国で……!?)

「君はよくその状況下で妹と二人無事でしたね」

「…………俺たちには母さんがいた。五ヶ月前に……死んじまったけど」

 オーレリアは目を見開いたままただ愕然とガイを見つめた。

 ガイとニーナは五ヶ月前までは母親に守られていたから無事だったのだ。

 だがこの五ヶ月は辛苦を舐めた。

 母親は娼婦だった。彼ら親子はニーナが生まれてからとある娼館に身を寄せた。元々借金があって娼婦になったわけでもなく、売られて来たわけでもないので他の娼婦のように年季があるわけではない。ただ、子供がいるのでその分の食い扶持を賄う必要はあった。

 ガイも幼いながら出来ることはなんでもやった。館の掃除や料理の下拵え、その他様々な雑用。

 家族三人幸せだった。他の娼婦たちにもそこそこ可愛がられた。けれどそれも母親が生きている間までだった。

 娼館の女将は悪い人ではなかったが、まだ幼い子供二人を養うつもりはなかった。そこまで余裕のある娼館ではない。館に置いてもらいたければ客を取れと言った。まだ幼いが、そういった嗜好の持ち主もいるので需要がないわけではない。

 ガイは自分が働くと言った。ニーナの分まで。けれど女将はそれに頷かなかった。子供一人で二人分の生活費を購うのは無理だと言ったのだ。そしてニーナは売ると言った。

 ガイは女将の気を変えるのは無理だと悟った。ガイはニーナを連れて母親の残してくれた僅かな貯金を持って館を出た。行く当てはなく、その日から寝る場所に困ったがまだ初夏で野宿でも大丈夫だったためその日は運河の橋の下で妹と身を寄せ合って眠った。それから数日間街中を彷徨って運よくこの廃屋を見つけた。母親の残してくれたお金でなんとか食べ物は手に入れられるが住むところや働くところは見つからない。貯金も残り僅かになってしまっていた。

 そんな生活を五ヶ月も続けて、ニーナが病気になってしまった。ガイは街中走り回って医者を探して、性質の悪い男たちに目を付けられてしまった。薬代の代わりにニーナを連れて行かれそうになっていたところにオーレリアたちが通りかかったのだった。


――大丈夫。おまえは一人じゃない――

 奇しくもそれはガイにとって縋り付きたいほど欲しかった言葉だった。

 限界だったのだ。ニーナを守って二人だけでまっとうに生きていくことは。

 ガイ一人なら娼館で生きていくことは出来た。けれどニーナを売ることが前提の話に頷ける筈がなかった。



「離宮に連れて行く」

 ガイはオーレンという少年が自分を見て言った言葉にぱちくりと瞬いた。何を言われたのかよく理解できない。

「…………りきゅう?」

 オーレリアははっとして慌てて言い直した。

「わ、私の……『あじと』だ」

 ガイは半眼になった。このオーレンはどうも貧民街の子供とは毛色が違う。

「…………あんた、何者?」

 怪しむような視線をコリンにも向ける。

「…………そのネギ、硬すぎじゃねぇ?」

 そもそもただのお下げの町娘が大の男五人を一瞬で伸したのだ。只者の筈がない。

 コリンはネギを見つめて苦笑した。見た目は完全にネギだが手に伝わる感触は剣だ。

「…………まぁ、あの男たちを倒してしまって、ガイがこの街で無事生き抜くのは至難でしょうね」

 エリスが仕方ないなという風に溜息を吐いた。ガイに問うような視線を向ける。

「君はどうしたいですか、ガイ。オーレンの屋敷で働く気はありますか?」

「!」

 ガイは弾かれたように顔を上げた。働く。それは彼が一番望んでいたものだ。

 ところがオーレリアはエリスの言葉にびっくりしたように目を見開いた。

「え、働くのか?私は二人を養子に兄妹として迎え――」

「それ以上バカなことを言ったら彼らは置いていきます」

 エリスが絶対零度の微笑でオーレリアを黙らせた。

(姫さまにバカとか言っちゃったよ、エリスさま……。いや、今の発言は俺でもないと思うけど)

 コリンは何とも言えない顔をした。呆れたような吹き出すのを堪えているような表情だ。

 オーレリアはしょぼんとしてガイに済まなそうな顔をしたが、ガイは慌てて首をぶんぶん横に振った。いきなり養子とか言われてもむしろ困る。

「お、俺は働きたい!」

 だからそんな顔をするなと内心絶叫する。後ろのエリスから流れて来る殺気が怖すぎる。

 ガイは必死にオーレリアを見つめた。怒られてしょんぼりしていたオーレリアはガイが働きたいと言ったことに少し戸惑うように瞬きしたが、一拍後にっこりと笑って手を差し出した。

「ガイ。私と共に来い」

 ガイはオーレリアの碧眼に魅入られたように目が離せなかった。

 会ったばかりの相手だ。どこの誰とも分からない。簡単に信用など出来ない。

 けれど誰も差し伸べてくれなかった手を差し出してくれた相手。ガイは今すぐその手に縋り付きたかった。だが辛うじてぎりぎりのところで踏みとどまり大事な確認をする。

「…………ニーナも一緒だ」

「当然だ」

 オーレリアは何でもないように笑った。

「……!……ニーナはまだ幼い。だから働くのは俺だけだ」

「おまえもまだ子供だ。働くのは大人になってからだ」

「!?」

 ガイは言葉を失った。オーレリアが何を言っているのか本気で理解出来ない。今まで他人に何の見返りもなく親切にされたことなどないのだ。

黙り込んでしまったガイにオーレリアは訝しんだ。ガイが何に驚いているのか分からない。

そんな二人にエリスが引導を渡す。

「細かい話は後です。ガイ、悪いようにはしません。食器洗いとか草むしりとかそんな仕事をやればいいです。だから今は大人しく付いてきなさい。オーレン、貴方が何か言うと話が拗れます。それ以上はもう喋らないでください」

 何だか投げやりな言い方にガイは唖然とし、オーレリアはぷくっと脹れた。コリンは笑うのを必死に堪えている。

 エリスは無理矢理ガイに頷かせると全員を一瞥した。

「では一刻も早くこの街を抜けましょう。姿も変えた方が良さそうですね」

 言うなりエリスは手を翳して何でもないように全員の姿を変えた。

 オーレリアとエリスは労働者風の青年に、ガイは中肉中背の男、コリンはがっちりとした体型の肝っ玉母さんだった。やっぱりネギを背負っている。

「………………」

「コリンは彼女を背負って下さい」

 エリスがニーナを指し示して涼しい笑顔で命令する。ニーナは少し太めの茶色い髪の少年になっていた。

 ガイは初めて見る魔術に目を白黒させた。

「は!?なんだこれ、変身!?」

「説明は後です。全員で移動すると目立ちますので二組に分かれましょう。ガイ、君は下町の『小熊亭』という宿は分かりますか?」

 ガイが頷くのを確認してエリスは歩き出した。

「ではそこまでコリンを案内して下さい。俺は彼を連れて行きます」

 腕を引っ張られてオーレリアはエリスを見上げた。

「エリスは道が分かるのか?」

「通って来た道は覚えています。それと大体の地形は頭に入っていますからなんとかなります」

 コリンはオーレリアと離れることに心配そうに顔を顰めたが、道を覚えている自信がないため渋々引き下がった。

「気を付けて」

 お互い頷き合って廃屋を後にした。





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