4、ガイ――双紅――1
オーレリアは放置することに後ろ髪を引かれる思いだったがエリスに次に目覚めた時あの男は生きる気力を取り戻しているはずだから大丈夫だと言われ、前に進むことにした。
行く当てがあるわけではないが、オーレリアが何かに納得出来るまでは帰るわけにはいかない。
(妾はどうしたらいいのだ……貧民街を気に掛けろとはどういう意味だ、エーギル……)
自分でもどうしていいのか分からない。ただ、初めて貧民街へ足を踏み入れ、路上に座り込む人を見て、何か心の中がざわざわと落ち着かない。
再びコリンに手を握って貰いながら進もうとすると、反対側の手をエリスに取られた。三人横並びに手を繋いでいるのは目立つし狭い通路では邪魔だ。
オーレリアが戸惑ってエリスを見上げると、エリスはコリンに有無を言わせぬ笑顔で圧力をかけた。
コリンはなんとも言えない表情を浮かべると、仕方なさそうにオーレリアの手を離した。
「…………姫さま、俺は後ろを守ります」
「…………?」
オーレリアはよく分からなかったが警護上の問題だろうと納得し頷いてエリスに手を繋がれて歩き出した。
あちこち崩れかけた建物の間を通り抜けて進むとどこかで怒鳴り声と何かが壊れるような破壊音が響いた。
エリスが素早くオーレリアの肩を引き寄せて壁に身を寄せる。コリンが油断なく辺りに目を向けた。
「……!…………!」
切れ切れに誰かが何かを叫んでいる。
子供の泣き声が聞こえる。
また何かの破壊音。オーレリアたちがいる狭い通路に面した通りを数人の男たちが横ぎった。一人の男の肩には子供が担ぎ上げられていた。子供は意識を失っているのかぴくりとも動かない。
「待て……!ニーナをかえせ!!」
男たちを追って一人の少年が駆け寄って来た。男たちは少年を嘲笑う。
「おっまえ、しっつけぇな」
少年は炎を宿したような強い憎しみを浮かべた真紅の瞳で男たちを睨んだ。オーレリアは思わず息を飲んだ。強烈な輝きに惹きつけられる。男たちも一瞬少年に呑まれたように動きを止めた。
少年が男に体当たりした。だが男たちはびくともせず、逆に少年は弾き返されて尻餅をついた。
少年はオーレリアよりも一つか二つ年上だろうか。どちらにしても男たちに敵うはずがない。一人の男が少年の腹を蹴りつけた。
「ぐぅ……っ」
少年が呻いて嘔吐く。オーレリアは蒼白になった。激しい暴力に身体が震え、自分が蹴られたかのように顔を顰める。
「ニ……ナ」
少年は苦しげに顔を歪めながらも手を伸ばして男の足首を掴んだ。男は苛立たし気に舌打ちして足を振り上げた。
(―――ダメ!)
「――コリン!!」
疾風が通り抜けたようだった。
オーレリアの声に反応してコリンは少年を踏み潰そうとしていた男の鳩尾にネギ……もとい剣の柄を叩き込んだ。コリンは舞うように軽やかに男たちの間を通り抜け、一瞬後には男たちが全員倒れていた。男の一人が担いでいた子供はコリンがしっかりと抱き留めていた。
「…………え?」
何が起こったのかオーレリアには全く分からなかった。
エリスが可笑しそうに言う。
「…………ネギで倒される暴漢とは滑稽ですね」
暢気なエリスにコリンは脱力する。
「…………ネギはエリスさまの仕業じゃないですか…………」
オーレリアは倒れていた少年に駆け寄った。少年は呆気に取られたように目を丸くしていた。だが次の瞬間、連れ去られようとしていた子供のことを思い出したのだろう。
「ニーナ」
コリンが抱いている子供へと駆け寄ろうとして、ぐっと腹部を押さえて呻いた。
「大丈夫か?」
オーレリアが恐る恐る声かけると、少年は微かに顔をオーレリアに向けた。その目は険しく、近寄るなと言いたげだ。
「気絶しているみたいだけど無事だよ」
コリンが子供の脈を確認しながら安心させるように言うと、少年は少しほっとしたようだった。
だが警戒心は消えていない。自分とニーナ以外はすべて敵と言わんばかりだ。オーレリアは少年を安心させたくて微笑みかけた。自分たちは少年の敵ではないと伝えたかった。
少年は虚を突かれたように一瞬動きを止めた。笑いかけられることが青天の霹靂とでもいうようなその呆然とした表情にオーレリアの胸がズキッと痛んだ。
…………少年がとても孤独に見えた。今にも泣き出しそうに見えた。けれど泣いてはいけないと戒めるように強く唇を引き結んでいる。…………それはオーレリアがよく知る表情だった。だから救ってあげたいと思った。
「大丈夫。おまえは一人じゃない」
「―――――」
一歩前に出て、思い切ってぎゅっと少年を抱きしめた。
「「!?」」
少年は目を真ん丸にして固まった。コリンも声にならない悲鳴を飲みこんだ。エリスも目を見開いてオーレリアを見つめた。
オーレリアは少年の心を解そうとぽんぽんとその背を優しく叩く。
少年は突然自分に抱き付いてきた見知らぬ少年に戸惑った。驚き過ぎて抵抗することを忘れ、大人しくされるがままになっていた。例え相手が子供であっても警戒は解くべきではない。だが何かが少年の理性を狂わせるようだった。仄かに香る甘い匂いのせいだろうか。自分を抱きしめる少年の腕が思いの外柔らかく、温かいせいだろうか。張りつめていたものが解けてゆき、その温もりに溺れてしまいたくなる。
警戒心が薄れた少年にエリスが素早く近付きさり気なく少年からオーレリアを引き剥がして声をかけた。
「ここにいては目立ちます。場所を移しましょう」
温もりを奪われて少年は我に返った。
少年はコリン、エリス、オーレリアを順に見て、オーレリアが真摯な眼差しで自分を見ていることに気付くと、自然にこくりと頷いていた。
「……こっちへ」
少年は痛む腹部を押さえて顔を顰めながらも、三人を脇道へと案内した。




