2、オーレリア――黒碧――2
国王夫妻はオーレリアに会いに来る直前、宮廷占術師エーギルに一つの予言を落とされた。
「……姫さまはいずれ孤独に耐えかね、外の世界に出ようとなさいまする。その時、運命の出逢いがありましょう。けれどそれは姫さまの命を脅かす危険な相手です。姫さまは孤独を癒してくれるその者に利用され、手酷く裏切られてしまうのですじゃ」
その予言に国王夫妻は震撼した。
可愛い姫が利用されて裏切られるなど、赦しがたい。相手の情報を問い質したが、エーギルは詳しいことは分からないと首を横に振った。
その予言を回避するにはどうすればよいか詰問すると、エーギルは愛情を注ぐことだと伝えた。会いに行き、肌に触れる、ただそれだけでよいと。そして隔離している現在の状況を少し改善して姫を外へ出してやることだと。
その答えに国王夫妻は少々拍子抜けした。けれど、その通りであると受け入れた。
さらにオーレリアのお願いを聞いて、確信した。この子はとても愛情に飢えていると。それなのにウィルフレッドを遠ざけようとする。ウィルフレッドただ一人に重荷を背負わせ過ぎていたことも理解した。
国王はウィルフレッドを呼んで、オーレリアに会いに行くのは隔週でよいと告げた。
「何故です……?リアはとても淋しがり屋なのです。そんなの可哀想です」
憤慨するウィルフレッドを国王は好ましく思った。
「分かっているよ。けれどリアたってのお願いなのだ。そなたを自由にしてやりたいというな」
ウィルフレッドは驚いて言葉を失った。そして先週オーレリアが静かに心を閉ざしてしまったことを思い出した。
(あの、馬鹿……)
黒い感情がウィルフレッドの胸に広がる。
「リアに会ってきます」
国王の返事も待たず、ウィルフレッドは駈け出していた。国王はそれを咎めず、微笑んで見送った。
「リア!」
怒りの形相で突然乱入してきたウィルフレッドに、オーレリアは驚いて動きを止めた。
気持ちが満たされているからか、体調の良かったオーレリアは母親とお茶を愉しんでいたところだった。
王妃の存在に気付いたウィルフレッドは少し狼狽えた。
王妃はころころと笑ってウィルフレッドに譲った。
「わたくしは少し席を外しましょう。ウィルには大切なお話があるみたいですからね」
そう言って「頑張って」というようにウィルフレッドに片目を瞑って部屋を後にする。
オーレリアには訳が分からず、呆然とウィルフレッドを見上げていた。
「兄さま……?」
小首を傾げて問うと、ウィルフレッドは少し怒りが収まった様子で僅かに視線を伏せてオーレリアの座っていた長椅子の隣に腰かけた。
「…………僕の訪問を減らすように言ったそうだね」
オーレリアはああ、と頷いた。その顔は今にも泣き出しそうだった。
「…………!そんな顔するくせに、なんで言ったの」
ウィルフレッドの声は呆れを含んでいたがとても優しく響いた。
怒気はもうどこにもない。けれどオーレリアは緊張の為そのことに気付かない。
オーレリアは泣くのを堪えて言葉を紡いだ。
「兄さまに、……きらわれたくない」
ウィルフレッドはオーレリアの顔をじっと見つめた。
「…………なんで会うのを減らせば嫌われないと思うの」
「……兄さまにいっぱい甘えてしまっているから、だめなの」
オーレリアは俯いて必死に涙を堪えていた。
「リア」
声と共にオーレリアの頭はぽすんとウィルフレッドの胸に引き寄せられた。
「甘えていいって言っただろ。なんで急に離れようとするんだ。泣き虫の癖に」
堪えていた涙が溢れそうになる。
「……兄さまが大変だから……」
ウィルフレッドはオーレリアの両肩に手を置いてその碧の瞳に暗示をかけようとでもいうように強く見つめた。
「僕はリアに会いたいと思っているから来るんだ。なのにリアがダメって言ったら来れないじゃないか」
オーレリアはウィルフレッドの深い黒瞳に吸い込まれるような錯覚を覚えた。
オーレリアは動揺していた。
(でもエーギルは兄さまを追うなって……)
オーレリアはぐっと唇を噛みしめた。
「……兄さまにはいつでも来てほしいです。……でも義務じゃない。だから来たくなくなったら、来なくていいのです」
泣くのを堪えようとしたら睨むような表情になってしまった。毅然と言うオーレリアにウィルフレッドは戸惑った。
「……リア……」
今までのオーレリアだったら「兄さま帰っちゃやだ」「またすぐ来て」と言って散々甘えてきたというのに。
「……で、でも、たまには会いに……来てください」
堪え切れずにとうとう泣き出してしまったオーレリアに、ウィルフレッドは何故かほっとした。
「リア。急に物わかりよくならなくていい。……どうしていいかわからなくなるだろ……」
泣きじゃくるオーレリアの頭をウィルフレッドは抱えるように胸元に引き寄せてふわふわの髪を撫でてくれた。オーレリアが落ち着くまでずっと。
それは確かな変化だった。
王はウィルフレッドに読めない笑みを向けた。泣き疲れたオーレリアが眠った後、ウィルフレッドは王に別室に呼び出されたのだ。
「ウィルフレッド。オーレリアのことはもう気にしなくていい。君には負担をかけ過ぎていた」
ウィルフレッドは顔を強張らせた。
「僕は」
「代わりに侯爵家のエリスをオーレリアの家庭教師として派遣しようと思うのだが、どう思う?」
「……え?」
「それならリアも淋しくはないだろう?月曜から水曜までを勉強の時間にしよう。それから隔週で何人か送ろうと思う。リアの友人――いや、婚約者候補として」
ウィルフレッドの黒瞳が見開かれる。
「最近はリアの魔力も安定しているようだからね。少し接する人数を増やしても問題はないだろう。……離宮暮らしは当面続けさせるが」
少しだけ淋しそうに目を伏せる王にウィルフレッドは眉を寄せて俯く。
オーレリアの遊び相手が今までウィルフレッドだけだったのは、万が一オーレリアの魔力が暴走した際の被害を最小限に食い止めるためだった。
王家に連なる者は総じて魔力が高く、オーレリアの暴走にも防御出来る可能性が高い。とはいえ要職にある者を危険に晒すわけにはいかず、現在ただの子供でしかないウィルフレッドが唯一オーレリアのために遣わされていた生贄だった。
離宮の使用人は執事と離宮の警固責任者以外はそのことを知らされておらず、ただオーレリアが病弱なだけだと認識している。
ウィルフレッドは突然役目を解任されて戸惑った。
義務だと感じたことはなかった。ただ自分にしか出来ないことだと、少し気負ってはいたかもしれない。
オーレリアは可愛い。妹みたいに懐いてくれて、ウィルフレッドは彼女を大切に想っていた。離宮で流れる二人だけの時間が嫌いではなかった。
そこに急に婚約者候補を見繕うと聞かされて、動揺した。
「急に接する人間が増えたら……リアも疲れてしまうのでは」
喉がからからに乾く。なんとかそう言うと、王は片眉を上げた。
「……そうだな。急にはリアに負担がかかる。……まぁ、徐々に増やしていこう」
王の気持ちは揺るがないらしいと察してウィルフレッドはそれ以上言葉を続けられない。
王はちらりとウィルフレッドを見遣って、少しだけ柔らかい表情を浮かべた。呆然としてしまったウィルフレッドが可哀想になって助け舟を出してやろうと考える。
「……ウィルフレッドがもう少しリアの側に居てもいいと思うなら、君が来訪することは禁止しないよ」
ウィルフレッドは反射的に顔を上げた。
「……だが君にはそろそろ公爵家の仕事を覚えてもらいたいという思いもある。いつまでもリアの遊び相手として遊ばせておくには惜しい」
「…………!」
それはウィルフレッドへの最大の賛辞だった。
ウィルフレッドは王に目をかけてもらっている事実に震えた。だが期待に応えるためにはオーレリアの側を離れなければならない。
「…………………………もう暫くは……リアの側にいます」
ウィルフレッドも急には決断など出来ないのだった。




