12、人攫い撲滅作戦1
離宮に連行した五人の処遇はアーネストに一任された。
彼らにはニーナを攫ってどうするつもりだったのか洗い浚い吐いて貰わなくてはならない。
翌日、早くもアーネストから情報を得たとの連絡があった。
五人はアーネストの尋問に耐え兼ね思ったよりもあっさりと口を割ったらしい。「軟弱ですね」と笑うアーネストが恐ろしい、とコリンは思った。
オーレリアは午前の授業を終えたばかりの部屋でエリスとともにアーネストの報告を聞いた。
「結論から言うと貧民街には人身売買の地下競売があるそうです」
黒曜国では奴隷は禁止されている。だが裏では貧民街などから攫われて来た子供や望まれずに生まれた子供などを奴隷や使用人として売っているのだという。
容姿の美しい子供は人気が高く、貴族などに買われているという。
「……貴族の養子になるということか?」
「……いえ、そうではなく使用人としてこき使うのでしょう」
まだ幼いオーレリアには奴隷として扱われるということがうまく想像出来ない。
ただ、ニーナやガイが被害者になりかけたように本人の意志に反して攫われて離れ離れにされることは許容出来ない悪行だと感じている。
「……ニーナを競りにかける予定だった競売が三日後に開催されるそうです」
「!」
オーレリアは息を飲んだ。ニーナやガイに降りかかっていたかもしれない悪夢。それを実際に見て魘されている子供たちが確かに存在することに胸の奥が苦しくなる。
「……ただし場所は入札権を持つ者にしか公開されないそうです。入札権は事前に登録して契約書を交わさないと入手できず、さらに登録するには紹介者がいないといけないとのことです」
違法行為のため、参加者を慎重に選んでいるのだろう。
開催地は毎回異なり、売るために攫ってくる男たちも入札権を持っていないため情報を貰えないという。
「……だが攫った子供たちを主催者に引き渡す場所はあるはずだな?」
オーレリアの言葉にエリスは眉根を寄せながらも頷いた。
「そのはずですね。……アーネスト殿?」
エリスは確認するようにアーネストに視線を向ける。アーネストはにっこりと微笑んで頷いた。
「ええ。男たちの持つ情報はそこまでです」
「妾が囮に」
「「却下」」
オーレリアが言いかけた途端、二人が被せるように否定した。
「つまらない冗談はやめてください、リア。笑えません」
「私がそのようなことを許可するとお思いですか?あり得ません」
二人とも綺麗に微笑んでいるが目が全然笑っていない。怖い。それでもオーレリアは食い下がった。
「だ、だが、三日後までに攫われた子供たちの居場所を探して救わなければ――」
「勿論捜索させます。ですが殿下を囮にするなど天地がひっくり返ってもあり得ません」
「――俺が囮になる」
突然乱入した声はガイのものだった。
「ガイ」
オーレリアが振り向くと、ガイが素早く室内に入ってきた。アーネストとエリスはとっくにガイの存在に気付いていたようで特に咎めたりはせずガイの言動を見極めるように目を細めた。
ガイは真剣な表情でアーネストを見つめた。
「隊長。俺にやらせてください。俺なら自分で自分の身を守れます。それにあいつらは許せない」
ぐっと拳を握ってガイは真っ直ぐにアーネストを見つめる。紅玉のように赤い瞳は強い意志を湛えており、力強く煌めいていた。
オーレリアはガイの瞳に言葉も忘れて魅入った。
「……いいだろう。おまえに任せよう」
アーネストの許可にガイはぱっと笑顔を浮かべた。オーレリアははっとしてガイに近付いた。
「ガイ、待て――」
「姫さま、俺にも手伝わせてくれるって言ったよね。それにこれは俺の方が適任です。姫さまみたいな黒髪の女の子を攫っても買い手なんて付かないよ」
黒曜国において黒は至上の色。黒髪を持つ者は王族以外ほとんどいない。そんな子供が貧民街をうろついているのは怪しい以外の何物でもない。
「勿論変装して」
「黒髪じゃなくても、姫さまみたいにすっごく可愛い女の子が攫われたら捜索隊が出ると警戒されちまう」
「すっごくかわいい……」
オーレリアは一瞬その言葉の意味を取り損ねたが理解すると同時に頬が真っ赤に染まり、狼狽した。
(え、か、可愛い?妾のことか!?)
照れるオーレリアにガイも自分が口走った言葉に羞恥がこみ上げる。口元を拳で押さえて俯く。
(いや、事実だけど!なんか恥ずかしい)
「……そこ。照れ合わないでください」
エリスの冷たい声に二人は我に返る。オーレリアは照れ隠しに横を向いた。
「べ、別に妾は」
「……リア。貴女はとても可愛らしいです」
「!?」
「殿下以上に可愛い方などこの世に居りませんよ」
(アーネストまで!?妾をからかっているのか!?)
突然「可愛い」の嵐を浴びせられてオーレリアは困惑した。しかし頬は勝手に朱に染まる。
どうしていいかわからず俯くオーレリアは可憐の一言に尽きた。
エリスは瞠目した。
(これは癖になるな……)
アーネストは恍惚とした表情でオーレリアを見つめている。
狼狽えていたオーレリアだが、一先ず落ち着こうと深呼吸した。
(いや、今はそれどころではなくて。人身売買の――)
顔を上げたオーレリアはアーネストと目が合った。アーネストはにこりと笑むと口を開いた。
「ダメです」
「まだ何も言っていないぞ」
問答無用だった。オーレリアは少し脹れた。
「アーネスト。……ガイ一人では危険ではないか?」
アーネストは柔らかな笑みを浮かべたままオーレリアの目の前に跪いた。
「ガイなら大丈夫ですよ。訓練も受けていますし、ガイに危険が及ばないよう我々が務めますので。逆に殿下がおられると我々は身動きが取れません。殿下は至高のお方。万が一にも相手に素性が露見して人質に取られればこの国は終わりです」
アーネストはまるでこの世の終わりのような絶望を浮かべた表情で切々と説く。オーレリアは大袈裟だなと苦笑する。
「いや、妾に王位継承権はないし国は大丈夫だろう」
アーネストは大丈夫ではないかもしれないが。そう思った直後。
「いえ、私が国を滅ぼします」
「おまえが滅ぼすのか!」
「殿下に危害を加える国など滅べばいい」
「真顔で怖いことを言うな!」
アーネストが言うと全く冗談に聞こえない。本当にやりそうだし、彼ならそれだけの力がある。オーレリアは震えあがった。
「わかった、囮はやらない!」
オーレリアが叫ぶとアーネストは嬉しそうに笑った。
「ご英断かと。代わりに私が人身売買組織を完膚なきまで叩き潰し、すりおろし、燃やして灰にして殿下に捧げましょう」
「………」
主たるもの部下を労い健闘を祈りたいところだが、これ以上祈るのは危険だとオーレリアは思った。アーネストの瞳が完全に本気だからだ。
「……ほどほどにでよいぞ」
オーレリアは気付いていないが、もしオーレリアの身に危害が加えられた暁にはウィルフレッドが怒り狂うだろうし、ガイも魔力暴走をおこしかねない。国王も冷静ではいられないだろう。
そもそも、オーレリア自身が魔力暴走をおこす可能性が最も高い。
色々な意味で国が危険だとエリスは嘆息した。




