11、ガイと貧民街2
男は額に汗を光らせて懸命に働いていた。穀類を扱う問屋の前に大量の袋詰めされた荷が積まれた荷馬車が止まり、男はせっせと荷降ろしをしていた。
相変わらず痩せてはいたが、元気そうだった。それに瞳に力があった。オーレリアが怖いと感じた昏い底なし沼のような深い絶望はなく、前を向く明るさがある。そのことにオーレリアはふう、と全身から力が抜けるほどほっとした。
縋り付くように握っていた手に力を込めると、エリスが視線を向けて微笑んだ。
「よかったですね、オーレン」
オーレリアはこくんと頷いた。
「……行ってみる」
僅かに緊張を滲ませながらもオーレリアは真っ直ぐに前を見つめた。
小さなバスケットにパンをいくつか入れて、男に近寄る。
「おじさん」
男は怪訝そうにオーレリアを見つめた。
「……パンをどうぞ」
バスケットを差し出すと男はポカンとした顔をしたが、数秒考えて笑った。
「ああ、パン売りかい」
(笑った……)
オーレリアは虚無の瞳をしていた男が笑ったことに驚いて、呆然と男を見上げた。男はオーレリアに構わずバスケットを物色し、一つパンを手に取るとオーレリアの手に銅貨を落とした。
「ありがとな、坊主」
「え、あ」
オーレリアはお金を取るつもりなどなかったのだが男は当然のようにお金を払った。想定外の成り行きに戸惑うオーレリアに男は首を傾げる。
「ん?足りなかったか?」
「そうじゃなくて……ええと、これ!」
お金を返すのは失礼に当たるのではないだろうかと考え、オーレリアはパンをもう一つ取ると男に押し付けた。
「サービス!」
男の目が見開かれる。オーレリアは突き返される前にと素早く一歩後ずさって笑顔を浮かべた。
「おじさん、元気でね」
男は困惑顔でパンとオーレリアを見比べたが、ふと少年の瞳に既視感を覚えた。
澄んだ碧色。
男に生きる希望を与えた天使と同じ。
男が何か言う前に少年はくるりと踵を返して駆け去ってしまった。
オーレリアがエリスたちの元へ戻ると、よく出来ました、というように頭を撫でられた。
オーレリアの頬は上気していた。男に話しかけるだけでかなり緊張したが、男は穏やかに笑ってくれた。全然怖くなかった。
「妾をパン売りと思ったみたいで、お金を払われてしまった」
「そうですね。相手が払えるのなら受け取るべきでしょう。施しは無闇に行うべきではない」
オーレリアは頷いた。男があの時の状態のままだったら施しが必要だっただろうが、立ち直って前に進んでいる今の男には不要だろう。
オーレリアたち一行は貧民街の中をゆっくりと進み、時折路上に倒れている者を見つけてはパンを配った。
彼らは一様にやせ細り、生気のない目をしており、無表情でパンを受け取ると躊躇せずに齧り付いた。
(パン一つでは全然足りぬ……)
オーレリアは飢えた獣のような目の彼らに圧倒された。
(妾も何日か食事を抜けば、そうなるだろう)
貧民街へ来る前にエリスと話したことを思い出す。
「リア。パンを与えても彼らは感謝するよりさらに奪おうとするかもしれません。極限までお腹の空いた人間は最早獣に近い。理性よりも本能を優先します。それを醜いと思いますか?」
オーレリアは試しに夕飯と朝食を抜いてみた。お腹が空きすぎて泣きたくなった。その後執事やアーネストに半ば強制的に食べさせられたため、それ以上は続けられなかったが、空腹もそれ以上我慢出来そうになかった。
貧民街の者は一日にパン一つ食べられれば贅沢なほうだという。数日何も食べられない日もざらだ。
それを聞いてオーレリアは決意した。彼らに満腹を教えてあげたいと。
すべての人が毎日ご飯を食べられるようにしたいと。




