9、ガイの覚醒1
ガイはアーネスト直々に指導を受けていた。
本来それはもう少し先の予定だったのだが、ガイとオーレリアが仲良くなってよく一緒に遊ぶようになるとガイの魔力が暴走した場合にオーレリアが危険に晒される恐れと、オーレリアの不安定な魔力の暴走によりガイ自身に危険が及ぶ可能性が高まるため予定を繰り上げて鍛えることにしたのだった。
ただし副隊長のジェロームに言わせるとガイが姫に近付き過ぎたために龍の逆鱗に触れてしまっただけのことだったが。
「ガイ。おまえは私と遊びたいようだね」
いい笑顔でガイを手招きするアーネストは心臓が凍り付くほど恐ろしかった。しかし抗えない。
近くで見ていたジェロームは美しさで人を誘惑し地獄に突き落とす悪魔のようだと思った。
ガイはこくりと唾を飲みこむと一歩踏み出し、アーネストの前に立ってしっかりとその瞳を見た。
ガイは強くなりたかった。以前はニーナを守る力が欲しかった。今は自分もニーナも安全に食べ物や住むところを心配しなくてよい生活をおくれているが、いつまでも続く保証はない。オーレリアが守ると言ってくれているが、そのためにはガイ自身がオーレリアの側に居てもいい理由が必要だった。それと自分やニーナのためだけでなく、ガイはオーレリアに恩返しがしたかった。
姫さまを守る近衛になる。コリンを見てガイが抱いた望みがそれだ。だからガイはアーネストの指導に弱音を吐くことなく食らいついた。ウィルフレッドに敵わなかったこともガイを鍛錬に駆り立てていた。
強い剣戟がガイを吹き飛ばした。
ガイはごろごろと転がって衝撃を逃がすと、素早く立ち上がった。
(……なかなか打たれ強い)
アーネストは子供相手とは思えない程容赦のない攻撃を仕掛けている。勿論手加減はしているが、並の子供なら泣き出すか気絶しているだろう。
それでもガイの魔力が発現することはなかった。
発現させるための訓練は始めていたが、ガイは今まで魔術を知らずに育ち、魔力がどういうものかいまいち理解出来ないらしい。今まで表出もしていなかっただけに、自分の中に魔力があることを実感出来ないようだった。そのためアーネストは強制的に引き出そうと稽古を瀕死寸前まで追い込む鬼メニューにしていたのだが。
(もっと危機的状況まで追い込むかあるいは)
アーネストは思案しながらもガイに鋭い一撃を繰り出していた。
ガイはぎりぎりでなんとか躱す。だがもう息も絶え絶えだ。そろそろ休憩が必要だろう。
アーネストは目で近くに待機していたジェロームに合図を送った。
その時、かさりと音がして反対側の木立の間からオーレリアが現れた。
「姫さま……」
ガイの意識が一瞬逸れたその瞬間、アーネストがガイの模擬刀を撥ね飛ばした。それは真っ直ぐオーレリアに向かった。
「!!」
模擬刀なので刃は潰してある。けれど勢いを付けて飛んでいけば当たり所によっては大怪我をする。オーレリアは硬直して動けない。側には誰もおらず、ガイもアーネストも手が届かない距離だった。
「――――!!!」
ガイの声にならない悲鳴が上がる。届かないと分かっていても走り出し尚手を伸ばして強く願う。
届け、間に合え。嫌だ、ダメだ、消えろ、なくなれ――!
強い感情が炎のように身体の中を一気に駆け巡り、体温が上昇する。腹の底から熱い何かが湧きでてガイの心臓が大きく収縮する。苦しい。熱い、痛い。
でも今はそんなことどうでもよかった。――姫さまを守らないと!
ただその一心で暴れる炎を抑え付ける。オーレリアが死ぬという恐怖が全てを凌駕した。
出口を求めて体の中で暴れるマグマの様な熱気が伸ばした腕を通って真っ直ぐに模擬刀へと向かう。
ボウッと音を立てて真紅の焔が迸り、模擬刀を瞬時に焼いた。
オーレリアにぶつかる寸前でそれは灰となって消えた。間一髪。文字通り、髪一筋分の距離で。あとほんの僅かでも遅かったら間に合わない所だっただろう。
「っ……」
ガイは呆然とそれを見た。
はぁ、はぁと息が苦しい。全力で外周を10周走ったかのように肺が痛い。
パチパチと手を叩く音が聞こえて、ゆっくりと首を回すとアーネストが面白そうに笑っていた。
「よくやった、ガイ」
ガイは何が何だか分からずぼんやりしている。
「え……?」
「隊長、酷いですよ……」
オーレリアがぼやく声にガイは違和感を覚えた。この声は。視線を巡らせるとオーレリアのいた場所にはコリンが立っていた。
「なん……」
ガイはそれ以上考えられなかった。くらりと目が回り、意識が遠のく。
「ああ、限界だな。いい、眠れ」
アーネストの声が聞こえた気がしたけれど、ガイは朦朧としており、何も考えられないままふつりと意識が途切れた。




