8、ウィルフレッドVSエリス1
金曜日になりウィルフレッドが離宮にやって来た。
馬車を降りたウィルフレッドは出迎えたジョナサンに軽く頷いたが内心訝しんでいた。オーレリアがいない。今週は寝込んでいたという連絡は受けていないはずだが。
ちらりとジョナサンを見遣ると、執事は申し訳なさそうに頭を下げた。
「殿下は只今授業を受けておられるためお出迎え出来ず大変心苦しいと仰せです」
「……授業?」
眉根を寄せるウィルフレッドにジョナサンはそれ以上何も言わない。
屋敷に入り、いつものウィルフレッド専用の部屋へと案内されるが退屈極まりない。
「……その授業、まだかかるのか?」
「……あと半刻ほどは」
「僕もその授業を一緒に受けてみようか」
ウィルフレッドが思いついたように言うとジョナサンの眉がぴくりと動いた。だが練達の執事はすぐに目を伏せると恭しくお辞儀した。
「恐れながら現在授業は佳境にて中断しては殿下の集中も途切れてしまいますのでご容赦頂きますよう」
「……わかっている。冗談だ」
ウィルフレッドはつまらなそうに言うと横を向き窓の外を見た。
ウィルフレッドの部屋は正面玄関とは反対側の庭園に面しており、美しい花壇が一望できる。その花壇の先、開けた庭の側面の木々の近くに紅い髪の少年が木の棒で素振りをしているのが見えた。
「………ガイはまだ魔力を発現していないのか?」
「……はい。訓練はしているのですがなかなかうまくいかないようです。ですが特に問題はないと。現在は心身の成長を優先させる時期だとアーネストさまが」
魔力を体内に保持していてもそれが表出しないことがあるが大抵は訓練をすれば使えるようになる。しかしそれとは別に命の危険や強い衝撃を受けた場合、突発的に魔力を発現させてしまう場合がある。これが問題だった。防衛本能ともいえるものだが、時として強い魔力を持つ者がその身に危機を感じた場合、混乱と恐慌を来たし、魔力を暴走させてしまう恐れがあるのだ。
それを防ぐためには早目に訓練を積んで魔力を制御できるようにすることが重要だった。その前段階の魔力発現で手こずるというのは極めて珍しい。
ウィルフレッドは目を眇めた。
アーネストの家は少々特殊で魔力についてはどの家よりも詳しい。そのアーネストが問題ないと言うのならばそれでいいのだろう。そしてガイは相当な魔力の持ち主ということになる。膨大な魔力を持ちながら肉体の成長が不十分だとオーレリアのように魔力にあてられてしょっちゅう寝付く羽目になるため器である身体の発育を優先するのだろう。
魔力の訓練は大抵十歳前後から始める。
主に貴族の子女を対象にした専門の学院があり、そこに通うことになるのだ。
魔力を持つ者ならば誰でも入学資格があるため庶民も通えるが、庶民で魔力を持つ者は稀なため生徒のほとんどが貴族の子供だ。
学院入学は義務ではなく、魔力を持つ者が必ず受けなければならない試験を合格出来れば入学の必要はない。
ただし専任の指導者を個人で雇うよりも学院で優秀な指導者から教授されたり、同年代の貴族の人脈を繋ぐことが出来る学院に入学する方がメリットが大きいため大抵の貴族はこの学院の出身者だ。王族を除いて。
王族は他の貴族よりも魔力が高く、幼い頃より英才教育を受け魔術力も群を抜いているため大抵は十歳前後で試験合格基準に達してしまう。そのため学院に入学する必要が全くないのだ。
ただ最近は王族も同年代の子供たちと接することで一般の常識(といっても貴族のものだが)を学ぶ必要があるのではないかと考えられるようになっていた。
魔術の勉強よりも大勢と接することで人としての幅も考え方も広げられるメリットのために王族も学院に入学させるべきだと。
ウィルフレッドがガイの学院入学について思案していると、ぱたぱたと軽やかな足音と共に扉が開いてオーレリアが飛び込んで来た。
「兄さま!いらっしゃいませ」
「リア」
嬉しそうに瞳を輝かせて駆け寄ってくるオーレリアにウィルフレッドの頬が無意識に緩む。
「お出迎え出来なくてごめんなさい。授業が長引いて…」
「金曜日も授業を受けることになったの?何の?」
「歴史と数学です」
オーレリアが顔を顰めたのでウィルフレッドはその額をつついた。
「苦手なの?」
「……課題をいっぱい出されました。……午後もお勉強です」
相当厳しい先生らしい。課題を仕上げないとどうなるか分からないと顔を蒼褪めさせるオーレリアにウィルフレッドは苦笑した。しかし折角来たのに午後も忙しいとなればウィルフレッドは暇でしょうがない。
「……それなら僕も一緒にその授業を受けようかな」
ウィルフレッドがそう言うとオーレリアは目を瞠った。
「そうすればリアと一緒にいられるし、リアが分からないところも教えてあげられるかもしれないし」
楽しそうに言われてオーレリアは名案だと思った。
早速エリスに相談してみようと思い、ウィルフレッドをテラスに誘う。そこでお茶をしながらエリスを紹介しようと用意していたのだ。




