7、ガイとオーレリア
ガイは執事のジョナサンから一時間正座をさせられてお説教を受けた。
「殿下に軽々しく触れてはなりません」
ジョナサンは厳しいが非情ではない。娼館では鞭を打たれたこともある。足は痺れて暫く動けそうになかったが逆らうつもりは全くなかった。ガイは神妙に頷いたが二度としないと誓うことは出来ないのだった。
その日の夜、夜着姿のオーレリアがガイとニーナの部屋を訪れた。
「今日はあまり二人とおしゃべり出来なかったからな。絵本も持ってきたぞ」
「ひめしゃま、絵本よんでー」
「いや、姫さま、拙いって!」
ガイはオーレリアの侵入を阻むために扉の前に立ち塞がった。
「軽々しくこんなところに来ちゃダメだ」
ガイが窘めるとオーレリアの眉根が寄って碧の瞳が哀しそうに細められた。
(そんな顔しないでくれよ、姫さま!!)
ガイは心底困ってしまった。どうしろというのだ。こんな淋しそうな顔をされれば突き放すことなど出来ない。
「――殿下」
そこへ凛とした声が響いた。振り返るとエリスが廊下の端に立っていた。
「殿下が我儘を通されれば、罰を受けるのはガイですよ」
オーレリアの肩が震えた。蒼褪めた顔でガイを見上げると困った顔をしていることに気付いた。
(妾は)
「……わ、るかった。…戻る……」
オーレリアが踵を返そうとした瞬間ガイがオーレリアの腕を掴んだ。
「ガイ!」
「構わねぇよ。俺も姫さまとおしゃべりしたい」
エリスが咎めるように声を上げたがガイは振り向いたオーレリアににかっと笑った。
「本、読んでよ、姫さま」
「だが」
躊躇うオーレリアの腕を強引に引っ張ってガイは室内に入れると、近付いて来たエリスの腕も引っ張り込んだ。
「は……!?」
「あんたも共犯だ」
そうしてガチャリと扉を閉める。
エリスが怒ったようにガイを睨んだ。
「ガイ!あまり好き勝手するとおまえはここを追い出されるぞ」
「させぬ!」
オーレリアは反射的に叫んでいた。
「妾が守ると決めたのだ。追い出させたりしない」
強い決意を浮かべる碧眼にエリスもガイも思わず息を飲んで魅入った。
「……ひめしゃま、おこってるの?」
不意に小さな手がオーレリアの手を握りしめた。
「ニーナ」
不安そうに自分を見上げるニーナにオーレリアはしゃがんで首を振った。
「怒ってなどいない。すまない、大きい声を出して驚かせてしまったな。ニーナの好きな本を読もう」
「うん!」
目をきらきらと輝かせるニーナに、エリスもそれ以上は反対しなかった。
「……エリス」
オーレリアがエリスの名を呼ぶと、エリスは軽く息を吐いた。
「……俺も共犯です。明日一緒に怒られましょう」
途端にオーレリアの顔が輝いた。それを見たエリスもつられて笑った。その笑顔はとても柔らかくて優しいものだった。
「エリスさままで……」
執事のジョナサンに呆れたように嘆息されてエリスは肩をすくめた。
「殿下はご兄弟やご両親と離れてお暮しです。ガイやニーナのことはご兄妹のように思われておられる。ガイもまだ少年です。暫くはよろしいのでは?」
オーレリアが愛情に飢えていることはジョナサンも理解していた。だからささやかなその願いを無下にはしにくい。
「……わかりました。殿下が七歳になられるまでは目を瞑りましょう」
ジョナサンはオーレリアの願いを受け入れることにしたのだった。オーレリアが生まれた時から側に居り、王女の我儘をすべて叶えてきたジョナサンにしてみればそれは可愛らしい我儘でしかない。けれど王女の我儘をすべて叶えることが己の職務ではないと最近開眼したばかりだ。本来ならば心を鬼にしてダメなことはダメだと諭すべきなのだろう。けれどジョナサンはついオーレリアを甘やかしてしまいたくなるのだった。
(ほんの少しの猶予を差し上げるくらいならば…赦されるでしょう)
自身は使用人としての態度を崩すことなくオーレリアに接してきたが、本心では実の娘同様に想っているのだった。
「…ただ、ガイの魔力を注視する必要はありますね」
まだ魔力を発現させていないようだが、双紅だ。髪や瞳の色が鮮やかであればあるほど潜在魔力も高いといわれている。突然発現させ、暴走する事態も想定出来た。
「そのことですが、俺がここに常駐しましょう」
さらりと笑顔で言ったエリスにジョナサンは目を見開いた。
「万が一の時は俺が魔術で防御します」
「……ですがエリスさまは週の半分は大学院で研究があると」
「暫くは休止ですね。今はそれよりもっと興味深い対象を見つけてしまったので」
エリスが常駐してくれることは有難かったがそれによってウィルフレッドがどう反応するか考えただけでジョナサンの頭が痛んだが小さく息を吐くだけでそれ以上は何も言わなかった。




