6、コリン――雷光――1
ガイはアーネストに頼み込んで稽古をつけて貰うことになった。ウィルフレッドに全く敵わなかったことが悔しくて仕方なかった。
「まずは基礎体力をしっかりつけろ。私の稽古はそれからだ」
実際にはアーネストに稽古をつけて貰えるのは当分先だが騎士団の鍛錬に参加させて貰い、コリンや他の先輩騎士たちから指導して貰えるのは嬉しかった。
「毎日外周一周、その後腹筋背筋腕立て伏せ各百回、剣の素振り三百回――」
鍛錬メニューを聞いてガイはキラキラと目を輝かせた。大抵の者は気が遠くなるというのに、ガイの気合いに副隊長のジェロームは活きがいいなと破顔した。
ジェロームは三十三歳、大柄の熊のような男で有事の際は前線に立ち真っ先に敵陣に切り込む勇猛果敢な猛者だ。顔は凶悪だが性格は温厚で部下の面倒見もいい。
一見ジェロームの方が強そうだが騎士団は贔屓なしの実力主義だ。アーネストの戦闘力は人外レベルだという。
「隊長は人間じゃないっす」
「憧れるよなー、顔もいいし」
「怖いけど……格好いい……」
剣の腕もさることながら、魔力が凄いのだという。
現在離宮の警固は常駐する騎士団員がアーネストを筆頭に十五名、ひと月に一度王城の近衛部隊から騎馬の訓練を兼ねて十五名が派遣され、ひと月ごとに交代している。よって常時三十人による警固体制が敷かれている。
コリンはオーレリアと貧民街へ行ってからというもの、アーネストから厳しい視線を向けられるようになってしまった。
一人だけ外周追加されたり、突然アーネスト直々の剣の稽古と称したしごきを受けたり。
(~~~隊長、まだ根に持ってるんですね!!!)
外周五周では生ぬるかったようだ。
そんなコリンをガイは憧れと尊敬の眼差しで見ていた。
初めて会った時、貧民街で人攫いの男たちに暴行を受けていたガイを雷光の如き刹那に助けてくれたのがコリンだ。
瞬きする間に五人の男たちを気絶させたその絶技にガイは痺れた。その時のコリンは三つ編みの少女姿で手に持っていたのはネギ(に見せかけた剣)だったのだが。
アーネストから理不尽とも思われる指導を受けても難なくこなすコリンにくっついてガイは基礎体力作りに励んだ。
オーレリアはエリスの授業を受けていた。
「あの者は生きる気力を取り戻せただろうか」
貧民街で道端に座り込んでいたガリガリにやせ細った虚ろな目をした男のことが今も気懸かりだった。
「報告によるとあの男は以前事故で娘を失い、強盗に妻を殺され、仕事も手に付かなくなり生きる気力を失ってしまったようです」
オーレリアはいつの間にそこまで調べていたのかという驚きと、男の壮絶な過去に蒼褪めた。
「それはあまりにも……妾はあの者を連れて帰るべきだった」
「殿下。そういう者は他にも大勢います。そのすべてを連れ帰ることは出来ません」
「しかし」
「ですから皆で助け合える方法を考えるのです。殿下お一人で何もかも救おうとする必要はないのですよ」
それは不可能です、と続けるエリスにオーレリアは渋々頷いた。一番手っ取り早いが、全員をそうするわけにはいかないことは理解した。
休憩時間になり、オーレリアはニーナを伴ってガイを探しに庭に出た。
ガイはこの時間、コリンと共に鍛錬に励んでいるのだ。
ニーナはまだ幼いためメイドたちが交代で面倒を見てくれている。人懐っこく愛らしいニーナは離宮の人気者だ。
そんなニーナに対してお姉さんぶりたいオーレリアの様子もまた離宮の使用人たちにとっては悶える可愛らしさだった。
今まで我儘放題だったオーレリアだが、意外にも小さい子に対しては寛大で面倒見がよかった。そんなオーレリアを使用人たちが「殿下がご成長されている…」と涙ぐんでいることなど本人は勿論知らない。
「ガイ、コリン。おやつを持ってきたぞ」
小さなニーナの手を引いて庭の隅の木陰で剣の素振りをしていたコリンとガイに声をかけると二人は揃ってびくりと肩を揺らした。
「あ……ありがと、姫さま。後で頂くよ」
「俺も」
オーレリアは顔を顰めた。折角会いに来たのに二人は鍛錬を続けるつもりのようだ。
コリンはちらりと横目でオーレリアを見つめてぎょっとした。
口をへの字に曲げてじとっと睨み付けているオーレリアの目は今にも泣き出しそうだ。
「姫さま!そんな顔しないで」
ガイも狼狽えた。
ガイはウィルフレッドに「婚約者に近付くな」と威嚇されたことでオーレリアを避けてしまっていた。
けれど今、それは愚かな間違いだったと気付いた。
大事な恩人であるオーレリアに淋しそうな顔をさせてしまった。
「わ……妾のことが…きらい……なのか」
「そんなわけないでしょう!」
「ちがう!!」
コリンとガイは二人同時に叫んでいた。
コリンはアーネストの仕置きが怖くてオーレリアと距離を置こうとしていた。だが既にコリンとオーレリアの間にはただの騎士と王女という関係を超えた繋がりが出来てしまっていた。勝手に距離を置くことで相手を傷つけてしまうほどには。
コリンは覚悟を決めた。今日からまた外周5周でも構わない。オーレリアを放っておけるわけがない。
ガイももう間違わないと誓った。
近付いて来た二人をオーレリアは涙を堪えるようにして――身動ぐと零れてしまいそうだったので――上目遣いで睨み付けたが、そんなオーレリアの様子に何かを感じ取ったのか、ニーナがオーレリアの腰に抱き付いた。
「ひめしゃま、いたいのないない」
慰めるように背中をぽんぽんされてオーレリアは呆気に取られ、次いで笑みを浮かべた。
「……ニーナは優しい子だな」
ぎゅっと抱きしめ返すとニーナはくすぐったそうに笑った。
ガイはオーレリアの笑顔に見惚れた。ニーナはオーレリアの腰から離れるととてとてとガイの元へ行くと兄の腕を引っ張った。
「にいちゃもー」
ガイは「うん」と頷くとオーレリアに近寄ってオーレリアをぎゅっと抱きしめた。
「え」
オーレリアは突然のことに固まった。ガイはニーナを抱きしめるのだと思っていたのだ。
「俺、姫さまのこと好きだよ」
「え!?」
声を上げたのは隣で目を見開いているコリンだ。オーレリアは固まって声も出ない。
「姫さまが近寄るなって言うならそうする。でも他の誰に言われても関係ねぇ。俺は姫さまが大事だから、笑っていてほしいから……」
唐突にガイの腕が緩んだ。幾分低めの怒りを含んだ声が後ろからかけられる。
「……おまえは主従の垣根を全く理解していないね」
冷ややかな声とは裏腹にオーレリアは背後から優しく抱き上げられ、数歩離れたところに降ろされた。
後ろを振り返るとエリスがガイを冷厳な眼差しで射抜いていた。
「エリス……?」
ガイは石化してしまったかの如く動かない。エリスが魔術でガイを地に縫い止めているようだ。
「……全く、何を呆けている。殿下に近付く不届き者を排除するのがおまえの役目だろう、コリン」
溜息とともに反対方向から現れたアーネストがコリンの真横に立った。
にこやかな笑みを浮かべているが、コリンは一瞬で理解した。
(……あ、殺される)
コリンの顔から音を立てて血の気が引いていった。




