4、ガイ――双紅――5
ウィルフレッドはオーレリアが熱を出したと聞いて、心細がっているだろうと思い、一日繰り上げて離宮へ行くことにした。
日の出とともに出発したため、朝食の時間前に離宮に到着したウィルフレッドに使用人たちは驚いた。
「リアの容体は?」
「殿下はすっかり体調も戻りましてお元気にございます。ですがまだお休み中でして――」
「構わない。一目顔を見るだけだ」
ウィルフレッドがオーレリアのお見舞いをするのはいつものことで、寝ているときでも枕元に行って看病することもままあった。
だからウィルフレッドを止められなかったとしても侍女を責めることなど誰にも出来ないだろう。
ウィルフレッドをオーレリアの寝室に案内した侍女とウィルフレッドが見たのはオーレリアの空っぽの寝台だった。
離宮中の使用人を総動員して捜索した結果、ガイとニーナの部屋で二人に挟まれてすやすやと眠るオーレリアが発見された。
オーレリアは現在ブリザードの中にいた。
最近めっきり涼しくなっては来たが、別に外にいるわけではない。それにまだ秋だ。そこまで寒くはない。
ここはウィルフレッドに宛がわれている部屋だ。
部屋は十分暖かい。その筈だ。だが前方から漂う冷気が半端じゃない。黒と青を基調にした部屋だからだろうか。オーレリアは半ば本気でカーテンを暖色系に変えようかと考えた。
「……兄……さま?」
「………………………………」
ガイとニーナの部屋で目覚めたオーレリアは突然ウィルフレッドに手首を掴まれこの部屋に連行されたのだった。
ウィルフレッドは一言も口を利かず、目も合わせない。
オーレリアは未だに夜着姿だ。ウィルフレッドが部屋の扉を閉ざしてしまったため使用人たちは中に入れずオーレリアには状況が呑みこめていない。
何故ウィルフレッドが目の前にいるのか、何故怒っているのか。
オーレリアの胸が不安でいっぱいになる。
(妾は兄さまに嫌われてしまった…………)
予言の通りに。
「……っ」
ひぐ、と堪え切れずに嗚咽が漏れた。
「……!リア!」
その声にウィルフレッドははっとしてオーレリアに視線を向けて、オーレリアが泣いていることに気付いて慌てた。
「泣くな、違う」
ウィルフレッドはオーレリアを抱きしめた。オーレリアがぎゅっとしがみ付いてきたのを感じて、ようやく自分がどうしたかったのか理解した。
「…………リア。僕はリアを独り占めしたかったみたいだ」
オーレリアが顔を上げると、ウィルフレッドはしかめっ面で悔しそうな表情をしていた。
オーレリアはきょとんとした。そんなオーレリアにウィルフレッドはちょっと腹が立った。自分ばかりが振り回されているみたいだ。
「…………あの紅髪はなに」
「…………ガイ?」
「……もうそいつがいれば僕は必要ない?」
少し皮肉っぽく言われてオーレリアは蒼白になった。
「な……!?……そんなわけない!!」
叫んでぎゅっと抱き付いて来たオーレリアにウィルフレッドはやっと安心できた気分だった。
オーレリアはウィルフレッドの胸を盛大に濡らした。
(僕は最低だな……)
泣かせたいわけではないがオーレリアが泣くと何故か仄かに安心出来る。そんな自分の仄暗い感情に胸がちくりと痛んでウィルフレッドは顔を顰めた。
「ごめん……リア」
意地悪を言った自覚はある。
オーレリアの波打つ艶やかな黒髪を撫でて少女を慰めると次第に泣き声が小さくなった。ウィルフレッドはオーレリアのうねりのある髪の手触りが好きだった。
「にいさま……もう怒っていない……?」
「………………」
兄さま、と呼ばれてウィルフレッドは無意識に眉間に皺を寄せた。
今までは別に何も感じなかったその呼び名が、今はどうしてか酷く苛立たしい。
「……ウィル、だよ」
「……ウィル兄さま?」
「……僕はリアの兄じゃない」
オーレリアはぐっと心臓を握り潰されたような心地がした。ウィルフレッドの気持ちが分からない。今まで誰よりも近くに居てくれた人なのに、とても遠く感じる。
嫌だ、行かないでと叫びたい。けれど予言がオーレリアの口を閉ざさせた。
追いすがってはならないと。
けれどまだ幼いオーレリアには泣くことを我慢する術がなかった。
「……やだ、いや……にいさま……」
ウィルフレッドは泣きじゃくるオーレリアに罪悪感が湧いた。ぎゅっと抱きしめてあやすように背中を撫でる。
「……リア。泣かないで……ごめん、僕が悪かった」
するりとオーレリアの小さな手から力が抜けた。
腕の中の少女の身体が熱いことにウィルフレッドは気付いた。
「……っ、リア、熱が」
ウィルフレッドは自分の未熟さに呻いた。オーレリアを泣かせて、病み上がりの彼女に薄い夜着のままで長時間いさせたことにも気付いていなかった。
すぐに執事のジョナサンを呼んでオーレリアを寝室に運ばせた。
オーレリアが目を開けるといつもの見知った天蓋が目に映った。
(妾の部屋……)
「……リア」
優しい声に顔を向けるとウィルフレッドが泣きそうな顔で笑っていた。
「兄さ……」
言いかけて、直前のウィルフレッドの言葉を思い出し、不自然に唇を閉じたオーレリアにウィルフレッドが促すように微笑んだ。
「リア。兄さまでいいよ。…………ごめん、意地悪なことを言って。…………今日はずっと側に居るから……ゆっくり休め」
ウィルフレッドは躊躇いがちにそっと手を伸ばし、オーレリアの頭を撫でた。オーレリアはきゅっと目を瞑ってその優しい感触を味わった。
そっと目を開けると、ウィルフレッドの綺麗な黒瞳が優しく細められた。
「兄さま……大好き」
オーレリアが嬉しそうに笑うと、頭を撫でていた手が止まった。
ウィルフレッドは拳を唇に当てて顔を背けた。その頬が仄かに赤いことにオーレリアは気付かない。
ウィルフレッドはとても困っているように見えた。オーレリアは言ってしまったことを後悔した。
(……また嫌われてしまう……)
哀しくなって掛布を頭まで被り寝具に潜り込む。
ウィルフレッドはオーレリアがまた眠ったのだと思い、そっと足音を忍ばせて部屋を出た。
扉が閉まる音にオーレリアの眦から涙が一雫零れたことに気付かぬまま。




